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元カレ 颯馬 1話

パリンッ

颯馬
······

クスッと笑う颯馬さんを見ると、持っているマグカップの取っ手が割れていた。

サトコ
「!?」

黒澤
しゅ、周介さん···凄い力ですね

颯馬
おっと···
力が入り過ぎてしまいましたね

(こ、この笑顔の裏に、いったいどんな感情が···!?)

颯馬さんは笑みを見せているけど、どことなく雰囲気が怖い。

(···黒澤さんに乗せられて、喋りすぎちゃったけど)
(颯馬さん、どう思ったかな···?)

颯馬
サトコさん?どうかしましたか?

サトコ
「い、いえ···」

颯馬
そうですか···

颯馬さんは優しげな笑みを浮かべた。

(あれ?怒ってない···?)
(私の勘違い···?)

そんなことを考えていると、突然携帯のバイブが鳴る。

(こんな時に電話?誰だろう···?)

そう思って、携帯電話の画面を見ると···

(ハ、ハジメ!?)

元カレからの電話で、私は出るのをためらってしまう。

東雲

電話鳴ってるよ、なんで出ないの?

サトコ

「えっ、いや、あの···」

颯馬
サトコさん、私たちのことは気にせず出てもいいんですよ?

サトコ
「···あ、ありがとうございます」

鳴り続ける携帯を持ったまま、私は教官室から飛び出した。

【廊下】

廊下に出た私は、小さく深呼吸をしてから通話ボタンを押す。

サトコ
「も、もしもし···?」

ハジメ
『サトコ?仕事中にごめんな。今、大丈夫か?』

サトコ
「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」

ハジメ
『···実は、さ···話したいことがあるんだ』

サトコ
「話したいこと?···なに?」

ハジメ
『いや、電話じゃなくて···会って話せないか?』

サトコ
「え?会ってって···」

電話の向こうのハジメは、少しためらっている。
彼の態度を不思議に思い、私は首を傾げてしまう。

ハジメ
『···少しでいいんだけど、ダメか?』

サトコ
「えっと···」

ハジメ
『俺たち、結婚の約束までした仲だろ?』

サトコ
「結婚の約束って···!もう、昔の話でしょ」

ハジメ
『ははっ、ごめんごめん。からかいすぎたか』

サトコ
「お互いに若かったっていうか···あの年齢で結婚の約束なんて恥ずかしいよ」

ハジメ
『だよな。あ、結婚っていえば田中と鈴木が結婚したの知ってた?』

サトコ
「うそっ!知らなかった!」

ハジメ
『式はしないで、婚姻届だけ出したらしいんだ。俺も事後報告で聞いたんだけど』
『あと、田中ン家の近くにあった駄菓子屋がつぶれたらしいよ』

サトコ
「そうなんだ···なんか、やっぱりみんな変わっていくんだね」

(···なんだか、ちょっと切ないな)

昔話をしていると、懐かしさと切なさが入り混じった気持ちになる。

ハジメ
『あ、ごめん。話が逸れたな』
『できれば、会って直接言いたいんだけど···』

サトコ
「···ごめん。ちょっと忙しくて無理かも」

ハジメ
『···そっか』
『っていうか、ごめんな。仕事中に電話した挙句、長話までさせちゃって』

サトコ
「ううん、気にしないで」

ハジメ
『それなら、俺の用件はまた改めて電話で言うよ』

電話を切ろうとした時、廊下の陰からこちらを見る姿に気付いた。

(黒澤さん···!?)
(もしかして、電話の内容全部聞かれてた···?)

黒澤
サトコさん···!結婚の約束をしていた相手がいたんですか!?

サトコ
「えっ!?」
「い、いつから聞いていたんですか!?」

黒澤
サトコさんの『も、もしもし···?』からです!

サトコ
「最初からじゃないですか!」

黒澤
これはスクープ!みなさんに知らせなくては!

サトコ
「ああっ!ちょっと待って···!」

ハジメ
『···サトコ?』

サトコ
「ごめん!後でかけ直すから!」

ハジメの言葉を聞く前に、私は電話を切り、黒澤さんを追いかける。
しかし···

【教官室】

黒澤
みなさん!スクープです!
サトコさんは結婚の約束をしている人がいました!

教官室に入ると同時に黒澤さんの大きな声が耳に入ってくる。

加賀
ほぅ?こんなクズを欲しがるヤツがいたとはな

サトコ
「欲しがるヤツって···ヒドイです!」

東雲
へー、結婚の約束をしたことは否定しないんだ?

サトコ
「そ、それは···」
「若気の至りでそういう話になってしまったといいますか···」

後藤
過去形ということは、約束は破談になったのか?
···それなら、あまりそのことには触れてやらない方が···

サトコ
「後藤教官!口約束だけですから!」

石神
氷川が結婚していようといまいと、何か問題でもあるのか?
公私混同をしなければ、特に問題はないかと思うが?

東雲
···そういうことじゃないんですけどね

他の教官たちが色々というなか、颯馬さんだけが何も言わなかった。

<選択してください>

A: (誤解してないよね···?)

(颯馬さん、誤解してないよね···?)
(さっきから何も言わないし、その沈黙がちょっと怖い気がする)

颯馬
フフ、どうしたんですか?
そんなに不安そうな顔をして···

サトコ
「い、いえ···」

B: (不安に思わないのかな?)

(···颯馬さん、不安に思わないのかな?)

颯馬
フフ···どうしたんですか?

サトコ
「え?」

颯馬
何か言いたそうに見えたのですが、私の気のせいでしょうか?

サトコ
「き、気のせいです···!」

C: (訂正しようかな···)

(訂正しようかな···)
(でも、訂正したら他の教官たちに関係をバラすようなものだし···)

言いたいのに、言えない。
そんなもどかしい状況が余計に私を焦らせていた。

颯馬
······

その間も颯馬さんは黙ったままで、別の意味での不安が募っていた。

黒澤
それで、元カレってどんな人なんですか?

サトコ
「···外科医、なんですけど」

東雲
へー、そんなエリートがキミなんかと付き合ったりするんだ

サトコ
「···東雲教官、さりげなく酷いです」

東雲
いや、事実でしょ

サトコ
「彼、赤十字の派遣で、いろんな人を助けたいって夢を持ってる人なんです」

後藤
立派じゃないか

加賀
フッ···面白味のねぇ男だな

石神
そうやって人を貶る癖、やめたらどうだ

颯馬
サトコさん

サトコ
「は、はい!?」

颯馬
明日の講義の準備を手伝ってほしい、とお願いしていましたよね?
早めにしておこうと思うのですが、これから付き合って頂けますか?

颯馬さんの、有無を言わさない雰囲気に押され、
私は無言のまま、何度も頷くことしかできなかった。

【個別教官室】

颯馬さんの個別教官室に来て、明日の講義の準備をする。

颯馬
······

サトコ
「······」

しかし、さっきから颯馬さんとは会話がなく、私は気まずい空気に耐えていた。

颯馬
···さっきの電話、もしかして噂の元カレですか?

サトコ

「え?」

突然、颯馬さんが口を開いた。
でも、私は咄嗟のことで何の言葉も出てこない。

(どうしよう···)

正直の答えるのも気まずいが、だからと言って颯馬さんに嘘はつきたくない。

颯馬
サトコさん

サトコ
「は、はい?」

颯馬
元カレの話を、しづらいのは分かるのですが···
本当のことを話してもらえたら、嬉しいです

颯馬さんはそう言って微笑む。
いつもの優しい笑みではなく、少し寂しさが滲んだ笑みに見えたのは、きっと気のせいじゃない。

<選択してください>

A: 正直に話す

サトコ
「···はい、元カレからの電話でした」

颯馬さんに嘘をつくのも嫌で、私は正直に話した。

颯馬
ありがとうございます

サトコ
「え···?」

颯馬
隠さずに正直に話してくれたでしょう?」
嘘をつかないでいてくれた、それが嬉しかったんですよ

B: 曖昧に話す

サトコ
「···えっと、そうですというか、そうじゃないというか···」

颯馬
曖昧に話されると、妙な勘繰りをしてしまいそうです
‥···話題が話題なので言い辛いのは分かりますが、曖昧に話してほしくありませんね

サトコ
「す、すみません···」
「さっきの電話、颯馬さんの言う通り···元カレからの電話でした」

C: 誤魔化す

サトコ
「えーっと···」

颯馬
おや、もしや何か触れられたくないことでしたか?

サトコ
「いえっ、ただ電話をしていただけです···!」

颯馬
そうですか‥
ですが、さっきも言った通り、私は正直に話してほしかったです
誤魔化されると、痛くない腹を探られかねませんよ?

サトコ
「···はい、すみません」

(颯馬さんを怒らせちゃったかな)
(最初から素直に、元カレからの電話だったって言えばよかった···)

サトコ
「さっきの電話は元カレからでしたけど···」
「普通の会話をしていただけなので···その、誤解しないでくださいね?」

颯馬
ええ、私はサトコさんを信じてますから
···ですが、元カレという割には、随分と仲が良いのですね

サトコ
「え?」

颯馬
元カレの話をする貴女は、どことなく穏やかな表情をしているように見えます

サトコ
「そ、そんなことないです···!」

颯馬
本当にそうですか?

颯馬さんは、こっちを見ないまま、言葉だけを返してくる。

颯馬
そういえば、彼はどんな用件で電話を?

サトコ
「それが、分からないんです」
「用件を聞く前に、その···黒澤さんを追いかけたので」

颯馬
そうだったんですか···

颯馬さんは淡々と言葉を返してきて、それ以上何も聞いてこなかった。
信用されているのだと思うと嬉しいけれど、なんだか複雑な気持ちになってしまう。

サトコ
「何か···話したいことがあるみたいで、会えないかって言われたんです」

颯馬
······

サトコ
「もちろん、断りました···!」

颯馬
え?何故断ったんですか?

サトコ
「な、何故って···」

颯馬さんからの意外な返答に、私の方が戸惑ってしまう。

サトコ
「だって、彼女が元カレと会うのって···いい気はしないですよね?」

颯馬
もう何とも思っていないなら。元カレと会うことは問題じゃありません
懐かしい話もあるでしょうし、私は行っても構いませんよ?

サトコ
「······」

(颯馬さんの言うことは、正しい···)
(もう、ハジメのことは何とも思ってないから‥やましい気持ちなんてない)

それは分かっているけど、嫉妬もされないって‥逆に私の方が不安になってくる。

(颯馬さん、どうして引き留めてくれないんだろう)
(···私がもし、ハジメとヨリを戻したら···とか考えないのかな)

もちろん、そんなつもりなんてないけど、少しくらいは心配してくれてもいいのに···
心に溜まっていく不安は増していくばかりだった。

颯馬
サトコさん?

サトコ
「···分かりました」

颯馬
え?

サトコ
「ハジメからのお誘い、受けます」
「せっかく颯馬さんが言ってくれたんですから、カレと会ってきます···!」

颯馬
···そうですか

颯馬さんは、何ひとつ表情を変えない。

颯馬
楽しんできてくださいね

サトコ
「······」

その言葉が悲しくて、準備が終わった後、半ばヤケになるような感じでハジメに電話をかけ直した。

【街】

そして、当日···
ハジメに会う楽しみよりも、勢いで会う約束をしてしまった自分に、後悔が募っていた。

サトコ
「はぁ···」

(颯馬さんの言葉に、ついムキになって来ちゃった···)
(···でも、颯馬さんは何とも思ってないんだろうな)

そう考えると、寂しくなる。

(···話ってなんだろう?)

ハジメのことは嫌いになった訳ではないし、いい思い出だ。

(···もしも、ヨリを戻したいなんて言われても、ちゃんと断ればいいだけだよね)

そんなことを考えながら、私は携帯を見る。

サトコ
「···連絡はない、か」

もしかしたら、颯馬さんから連絡がくるかもしれないと思っていたけど、結局連絡がなかった。

サトコ
「はぁ···」

ハジメ
「サトコ?どうかしたのか?」

小さなため息をついた時、私の前にハジメが現れた。

to be continued

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