【居酒屋】
ハジメ
「それじゃ···」
「今日は時間を作ってくれてありがとな!かんぱーい!」
サトコ
「かんぱーい!」
勢いよくジョッキを合わせると、一気に半分ほど飲み干した。
(あ、そう言えば···)
サトコ
「一緒に飲むの、これが初めてだよね」
ハジメ
「そうだな。あの頃はまだ10代だったからなぁ」
サトコ
「そうだね。さすがに飲みにはね」
「でも、すごいよハジメは!」
「あの頃の夢をちゃんと叶えるなんて」
ハジメ
「まだ叶ってないだろ。ようやく前に進み始めた程度でさ」
サトコ
「でも、すごいって!」
「すごいよ、ほんと」
ハジメ
「······」
サトコ
「···なに?」
ハジメ
「いや···8年前もそうだったと思ってさ」
「俺が医大に受かった時、お前は何度も『すごい、すごい』って」
サトコ
「ハハッ···たぶん私、ボキャブラリーが少ないんだよね」
ハジメ
「でも、嬉しかったよ。あんなに褒めてくれて」
サトコ
「ハジメ···」
(って、なにちょっとドキドキしてんの!)
(元カレ!元カレだから、ハジメは!)
それから、しばらくハジメの話が続いた。
今の研修先や今後のことについて···
サトコ
「···そっか。へき地に行くなら専門分野だけやってちゃダメなんだ」
ハジメ
「そういうこと。ジェネラリストが必要とされてるからな」
「その点、警察はどうなんだ?」
サトコ
「うちはパキッと分かれてるんだよね」
「同じ刑事でも、殺人・汚職関係・盗犯って部署が分かれてるし」
ハジメ
「へぇ、そうなんだ」
「で、サトコはどこを目指してるんだ?」
サトコ
「それは···」
(まさか「公安です」とは言えないし···)
サトコ
「え、ええっと···盗犯かな」
「ひったくり犯を追いかけて『コラーっ』みたいな?」
ハジメ
「ハハッ、それ、分かる気がする」
「お前、昔から正義感が強かったもんな」
サトコ
「えっ、そうかな」
ハジメ
「ああ。実はあの頃から密かに思ってたんだよな」
「お前は警察関係に進めばいいのにって」
サトコ
「うそ!」
ハジメ
「ホントだって」
「ほら、警察官って『正義の味方』って感じだろ」
「だから、お前にぴったりだと思ってる」
サトコ
「···そっか」
(そう言えば、最初の頃···東雲教官にも言われたよね)
(私は、公安部より『刑事部』の方が向いてるって···)
少し胸が疼いたのは、本当のことをハジメには言えないからだ。
(でも、仕方ないよね。そういうのも覚悟して私は公安部を選んだんだもん)
(事件を解決して感謝されるより、未然に防ぐほうを···)
ハジメ
「あ、そう言えばさ」
「お前の彼氏ってどんなヤツ?」
サトコ
「ゲホッ···」
ハジメ
「たしかお前、無口でクールなヤツが好きだったよな」
サトコ
「そ、そうだっけ?」
ハジメ
「そうそう。あとは、ええと···」
「だいぶ前に引退したアイドルの···たしか、えっと藤咲なんとか···」
サトコ
「ううう、うん、まぁ、そうなんだけどね!」
「実際お付き合いする人は違うっていうか···」
ハジメ
「そうだよな。最初に付き合ったのが俺なわけだし」
「で、今の男は?」
サトコ
「え、ええと···同じ警察関係者でね」
ハジメ
「へぇ、同僚とか?」
サトコ
「ううん、教か···」
(っと、教官っていうのはマズイかな。だとしたら···)
サトコ
「今は先輩と付き合ってるんだ」
ハジメ
「なんだ、また年上かよ」
「で、どんなヤツ?」
(うっ‥けっこう引っ張るな。この話題···)
サトコ
「えっと···頭が良くて、メガネをかけてて···」
ハジメ
「おっ、インテリ系か?」
サトコ
「うん。まぁ···そうかも。それで···」
「肌がきれいで、お手入れをいつも欠かさなくて···」
ハジメ
「···ん?」
サトコ
「月イチで髪の毛を切ってて、髪が濡れるのが大嫌いで···」
「あと、甘いものが好きで···」
ハジメ
「···ちょっと待て」
「それ、本当に『彼氏』か?」
サトコ
「そうだけど···」
ハジメ
「でも、『肌のお手入れ』って···」
サトコ
「あっ、店員さーん、『電気ブラン』を1つ!」
「それでね···」
1時間後···
サトコ
「···とういうわけでね」
「ぶっちゃけ···ええと、私が···」
ハジメ
「先に好きになったんだろ」
サトコ
「そう、それ!」
「それで、好き好き好きーってなって···」
「で、いろいろあってー、ようやく振り向いてくれてー」
ハジメ
「···そのくだり、もう5回は聞いたから」
サトコ
「そうだっけー?」
ハジメ
「そうだよ。ていうか、お前、飲みすぎ」
「ありえないだろ、『電気ブラン』2杯って」
「ほら、グラスこっちによこせ」
サトコ
「あっ、ちょっと···」
ハジメ
「···で、今はどうなんだよ」
「まだピーチネクター買いに行かされてんのか?」
サトコ
「それはー」
「通販でまとめ買いをしてまーす!」
ハジメ
「······」
サトコ
「でもですねーハジメさん···アレですよ···」
「恋はね···惚れた方が負けですよ···」
ハジメ
「······」
サトコ
「惚れた方が···負け···」
ハジメ
「······」
サトコ
「きっと、教官···」
「今日のことも···気にしてないんだろうなぁ···」
ハジメ
「···『教官』?」
(あ、マズイ···)
(なんか、酔いが回り過ぎて眠気が···)
ハジメ
「···サトコ?」
「おーい、サトコ···」
サトコ
「······」
ハジメ
「寝るなよ。寝たら俺んちに連れ込むぞー」
サトコ
「んー···やだ···」
ハジメ
「······」
サトコ
「お断り···むにゃ···」
ハジメ
「···ったく、しょうがねぇな」
「スマホ貸せよ。迎え、呼んでやるから」
サトコ
「んー···」
ハジメ
「あ、ロックかかってる···解除番号は?」
サトコ
「んー···誕生日ー···」
ハジメ
「お前の?」
サトコ
「07···1···7······むにゃ···」
ハジメ
「ふーん、『0717』か···」
サトコ
「すう···すう···すう······」
???
「ああ、やっぱり7月17日生まれですか」
???
「そうですけど···どうしてそれが?」
???
「いえ、なんとなく」
???
「···そうですか」
(んー···今の声って···)
サトコ
「教官···」
東雲
「なに?」
(え···返事···)
サトコ
「!?」
「な、なんで教官がここに···」
ハジメ
「ああ、そのことなんだけどさ」
「彼氏が誰か分かんなかったから、お前が一番電話してるヤツに連絡してみたんだ」
東雲
「ダメだよ、氷川さん。飲み過ぎは」
「警察官たるもの、ほどほどにしないとね」
サトコ
「は、はぁ···」
(まずい···冷や汗がダラダラと···)
ハジメ
「ところで、警察学校でのサトコってどんな感じなんですか?」
東雲
「すごく優秀ですよ」
「なにせ首席で入学してますし」
(ぐ···っ)
ハジメ
「へぇ、すごいな···首席って···」
「お前、いつの間にそんなに頭良くなったんだよ」
サトコ
「え、ええと、それは···」
ハジメ
「たしか高校の頃、世界史の解答欄を間違えて3点採ってたよな」
サトコ
「そ、その話はやめてよ!」
東雲
「へぇ、そういうところは昔から変わらないですね」
ハジメ
「じゃあ、今も?」
東雲
「ええ、先日のテストでは···」
サトコ
「ああっ!ダメです、教官!その話は内緒で···」
こうして2人は、何故か妙に意気投合し···
ハジメ
「ああ···笑った!」
「お前、本当に昔も今も変わってないんだな」
サトコ
「べ、べつにそんなことは···」
東雲
「変わってないよね。全然」
(うっ···教官まで···)
ハジメ
「ああ、俺···ちょっとトイレに行ってくるな」
サトコ
「うん···」
ハジメがいなくなり、私は教官と2人きりになる。
とたんに、教官はそれまで被っていたネコをあっさり脱ぎ捨てた。
東雲
「聞いたよ」
「なに?電気ブラン2本って」
「オレが彼の立場だったら、誰にも連絡しないで自分の家に連れ込むよ?」
サトコ
「す、すみません···」
(でも、ハジメはそんなことしないっていうか···)
(そこは大丈夫っていうか···)
東雲
「···なるほど」
「信頼してるってわけ」
サトコ
「えっ」
東雲
「キミってアレだね」
「油断していて食べられるタイプだ」
サトコ
「そ、そんなことは···」
チュッ!
サトコ
「!!」
東雲
「···ほら、簡単」
「ほんと無防備すぎ」
サトコ
「そ、それは教官の前だからです!」
「ハジメの前では、そんなこと···」
ハジメ
「俺がなんだって?」
(ぎゃっ!)
サトコ
「なな、なんでもない!なんでもないから!」
ハジメ
「そうか?だったらいいけど···」
「それじゃ、そろそろ帰るか」
サトコ
「そうだね。じゃあ、お会計···」
ハジメ
「ああ、済ませてきたから」
(えっ···)
ハジメ
「さ、行こうぜ」
サトコ
「待って、ハジメ!」
東雲
「······」
【店外】
サトコ
「いいよ。もう昔とは違うんだし」
「ちゃんと割り勘にしよう?」
ハジメ
「いいって」
サトコ
「でもっ」
ハジメ
「しつこいぞ。サトコ」
「おらっ」
ハジメの大きな手が、私の左わき腹をつまみあげた。
サトコ
「···っ!」
ハジメ
「ハハッ···まだ弱いんだ。左の脇腹」
「彼氏は知ってんの?そのこと」
サトコ
「!」
ハジメ
「知らないなら自己申告しておけよ」
「大事だぞ、そっち系のコミュニケーションは」
サトコ
「よ、余計なお世話···」
涙目になりながら睨もうとしたところで、スッと隣に気配を感じた。
東雲
「すみません、オレまでご馳走になってしまって」
ハジメ
「いえ···こちらこそ、すみません」
「こいつのためにわざわざ来ていただいて」
東雲
「······」
ハジメ
「それより···」
いきなり、ハジメは深々と教官に頭を下げた。
ハジメ
「コイツのこと···どうぞよろしくお願いします」
「バカでおっちょこちょいなヤツだけど···」
「『人の役に立ちたい』って気持ちは人一倍強いんです」
東雲
「······」
ハジメ
「それに、正義感だって···」
東雲
「···知ってます」
(えっ···)
東雲
「彼女には、刑事に必要なものを誰よりも持っています」
「だから、きっといい刑事になります」
(教官···)
ハジメ
「···良かった。それを聞いて安心しました」
「じゃあ、サトコ···元気でな」
サトコ
「うん。ハジメも···」
チュッ!
サトコ
「!!!」
(な···っ、なんでデコチュー!?)
ハジメ
「ハハッ···あいかわらず隙だらけだな。お前」
「これからはもっと、気を付けろよ」
(な···な···っ)
ハジメ
「それじゃあ、俺はこれで」
東雲
「···気を付けて」
ハジメ
「ええ」
「じゃあな、サトコ」
笑顔で去っていくハジメとは対照的に、私は呆然とするばかりだ。
(な、なんで、最後の最後であんなこと···)
(しかも、よりによって···)
東雲
「だから言ったじゃん」
「無防備すぎるって」
サトコ
「!」
東雲
「ていうかさ」
「いつまで押さえてんの、そのおでこ」
サトコ
「そ、それは···」
東雲
「外しなよ」
サトコ
「え···」
東雲
「手、外せ」
(こ、これは『やきもち』···)
(からの、報復キッス···)
恐る恐るおでこから手を外すと、私はギュッと目を瞑る。
教官の手が肩にかかり、前髪を払われて、そして···
バチンッ!
サトコ
「痛···っ!」
(うそ、デコピン···っ!?)
東雲
「キモ···」
「ほんと、キモ···」
「なに、ニヤニヤしてんの」
サトコ
「だ、だって、この流れは報復キッス···」
東雲
「は?なにキス?」
サトコ
「だから、報復···」
東雲
「ていうか酒くさ!」
「ほんと、ありえない!」
(うう···そりゃ、たくさん飲んだけど···)
東雲
「うちに来れば」
サトコ
「!」
東雲
「貸すよ。洗面所」
サトコ
「えっ···じゃあ、お泊り解禁···」
東雲
「泊めないから」
「洗面所、貸すだけだから」
サトコ
「······」
(···ですよねー)
【東雲 マンション】
ともあれ、私はいったん教官の家に立ち寄ることになった。
東雲
「タオルの場所は···」
サトコ
「えっと···たしか2番目の棚です」
東雲
「そのとおり」
「はい、ゴー!」
(そんな、犬みたいに···)
【洗面所】
前髪をバレッタで留めながら、鏡をジッと覗き込む。
(おでこ···やっぱり赤くなってる···)
もちろん、これはハジメにデコチューされたせいじゃない。
教官からデコピンをくらったせいだ。
(これって、やっぱり『やきもち』のせいかな)
(でも、そのわりに『キモい』とか『酒臭い』しか言われてないし···)
プルル···
(ん?ハジメからメッセージ···)
ハジメ
『今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかった』
(いえいえ、こちらこそ···)
ハジメ
『でも、眠っちまったときは参った。今度から気を付けろよ』
(うっ···確かに···)
ハジメ
『ところで、東雲さんのことだけどさ』
『お前、さんざんパシられてるって言ってたけど』
『あの人、俺が連絡したら速攻で駆けつけてきたぞ。それもすごい汗だくで』
(え···)
ハジメ
『お前、良い教官に恵まれたな』
その一文に、じんわりと胸が熱くなる。
同意する気持ちと、教官を褒められて嬉しい気持ち···
その2つが、ないまぜになったようで。
ハジメ
『じゃあ、お互いこれからも頑張ろうぜ。お前のこと、応援してるから』
(ありがとう、ハジメ···私も頑張るよ)
(頑張って、立派な公安刑事に···)
プルル··
(あ、またメッセージ···)
サトコ
「!」
(こ、これは、どう解釈すれば···)
東雲
「へぇ‥『確かに惚れた方が負けかもな』···ね」
サトコ
「!?」
驚いて振り返ると、着替えを済ませた教官がドア口に寄りかかっていた。
サトコ
「み、見ないでくださいよ!」
東雲
「いいじゃん」
「見えたんだし」
「それより意味深だよね。『惚れた方が負け』って」
<選択してください>
サトコ
「そ、そんなことはないですよ」
「もともと、私がハジメに言った言葉ですし···」
東雲
「キミが?」
サトコ
「はい、その···」
「恋バナしてるときに『惚れた方が負けだよね』って···」
「つまり、まぁ、私のことなんですけど···」
東雲
「···そうでもないんじゃない」
サトコ
「えっ」
(それって···)
サトコ
「やっぱりそう思いますか?」
東雲
「まぁね」
「よかったじゃん」
「人生初のモテ期到来で」
サトコ
「!」
「べ、べつに『初』ってわけじゃないですけど」
「これでもいちおうモテモテだった時期が···」
東雲
「ああ、幼少期?保育園のころとか?」
(ぐ···っ)
東雲
「それ、定番だよね」
「モテない子のモテ自慢として」
(ヒドイ!当たっているだけにヒドイ!)
東雲
「···冗談」
サトコ
「え、ええと···」
「教官も思いますか?『惚れた方が負け』って」
東雲
「······」
サトコ
「私は、そう思ってるんですけど···」
東雲
「···べつに」
「むしろそっちの方が楽しそうじゃない?」
「ちょっとしたことで、浮かれたりヘコんだり···」
「無意味にバタバタ騒いだりして」
(それって、まさか···)
サトコ
「私のこと···とか···」
東雲
「さあ、どうだろうね」
教官は少し表情を和らげると、私の顔を覗き込んできた。
東雲
「なんかさー」
「意外とまともだったね、キミの元カレ」
サトコ
「まとも?」
東雲
「だって物好きなはずじゃん」
「キミと付き合ってたなんて」
サトコ
「それを言うなら教官も···」
東雲
「オレだけでいいのに」
サトコ
「!」
東雲
「オレだけでいいのにね。そんなヤツ」
(こ、これはもしや···)
(ついに···ついに···!)
サトコ
「やきもちですか!?」
「ようやくやきもちを妬いてくれましたか?ハジメに」
東雲
「···は?」
サトコ
「だって、普通ならもっと修羅場になるはずじゃないですか」
「『元カレなんかと食事に行くな!』『オレだけを見ていろ』···」
「ドンッ···ブチューッ!って感じで···」
東雲
「···なにそれ」
「キモ···」
サトコ
「いいじゃないですか!」
「女子のロマンですよ。月8の世界ですよ!」
東雲
「······」
サトコ
「でも良かったです。ちょっとだけでも妬いてもらえて」
「私が逆の立場だったら、たぶんモヤモヤして夜も眠れな···」
「ひゃっ!」
いきなり変な声が出たのは、教官が左の脇腹をつまんできたからだ。
東雲
「···へぇ」
「ほんとに弱いんだ。ここ···」
サトコ
「!」
(ま、まさか帰り際の会話を···)
東雲
「ああ、でも、もうちょっと外側の方かな」
サトコ
「ちょ···なにを···」
東雲
「違った。むしろ逆か」
サトコ
「···っ!」
(そこは···っ!)
東雲
「···へぇ」
「キミ、ほんと多いよね」
「身体の弱いところ」
サトコ
「ん···っ」
東雲
「で、どうされたい?」
「つまむの?撫でるの?」
「どっちが気持ちいいの?」
サトコ
「そ、そんなの···」
東雲
「ああ、カレに聞けばいいのか」
「キミの『ハジメテ』くんに···」
サトコ
「そ、それは···」
(ていうか、ダメ···そこ触るの···)
(ほんと、力、抜けて···)
東雲
「······」
「···なにその涙目」
「『カレ』にも見せてたの?そんな顔···」
サトコ
「し、知りません···」
「ていうか覚えてないです···10代の頃の‥話ですし···」
涙の滲んだ目で睨みつけると、教官は驚いたように瞬きをした。
そして‥
東雲
「···そうだね」
「今はオレのだ」
(あ···なんか、笑った···)
火照った頬を軽く撫でられ、そっとキスを落とされる。
東雲
「···熱いね、頬」
サトコ
「教官のせいです」
東雲
「そうだね。でも」
「元カレくんのせいでもあるけど···」
「彼が『ココ』を見つけたんだし」
サトコ
「ひゃ···っ」
(また触って···!)
サトコ
「教官···っ!」
東雲
「ハイハイ」
「もうやらないから」
サトコ
「ほんとですね!?」
東雲
「ほんとだって」
「さすがに、ちょっとムカついてきたし」
(え···)
東雲
「割り切ってたはずなのにね」
「『彼は彼、オレはオレ』って」
サトコ
「······」
東雲
「そもそも知らない部分があって当然なのに」
「キミとはまだ1年も付き合ってないし」
「最後まで、してないし」
(教官···)
サトコ
「でも、教官が一番よく知ってると思いますよ」
「『今』の私を···」
東雲
「······」
サトコ
「ハジメが知ってるのは、17歳までの私ですし」
「『今』と『これから』の私は···」
「教官に、一番知っていて欲しいです」
東雲
「······」
「···そうだね」
こつん、とおでこがぶつかって···
それからゆっくりとキスを交わす。
頬に集まっていた熱が、溶け出して全身に広がっていくような···
甘くて、ふわふわするようなキス。
東雲
「また涙目···」
サトコ
「教官のせいです···」
東雲
「じゃあ、責任をとって···」
「もっと『イイトコ』探さないとね」
教官の手が、私の左脇腹に添えられる。
<選択してください>
サトコ
「それって、どうやって···」
東雲
「え、言って欲しいの?」
「だったら言うよ」
「放送禁止用語だらけになるけど」
サトコ
「そ、それは、さすがにちょっと···」
サトコ
「今、探しますか?」
東雲
「······」
サトコ
「その···今でもいいかな···なんて···」
東雲
「え、無理。お断り」
サトコ
「ええっ!?」
東雲
「だって、癪じゃん」
「キミの元カレに触発されたみたいで」
サトコ
「そ、そうかもしれないですけど···」
東雲
「それに自信ないし」
「触るだけで終われるかどうか」
サトコ
「···!」
サトコ
「じゃあ、私も探します」
東雲
「は?」
サトコ
「教官の『イイトコ』、探してみせます!」
東雲
「···いいけど」
「たぶん、限られてるよ。そういうとこ」
サトコ
「え···」
東雲
「オレ、脇腹平気だし」
「指もなんともないし」
サトコ
「じゃあ、耳···」
東雲
「ああ···弱かったよね、キミ」
「こうして囁かれるの」
サトコ
「···っ!」
(な、なんで私ばかり···)
東雲
「ま、結局はさ」
「すべて卒業後だよね」
「つまりキミ次第」
サトコ
「···ですよね」
(ほんと、頑張らないと···)
東雲
「ああ、ところでさ」
「ひとつ気になってることがあるんだけど」
サトコ
「なんですか?」
東雲
「ほら、だいぶ前に···」
東雲
「キミの初めてのキスは大学時代」
「ということは、おそらく初カレも大学時代」
「ついでに初めての相手も···」
サトコ
「わーわーわー!」
東雲
「···アレはなに?」
「なんであの反応?」
サトコ
「え、ええと···」
東雲
「もしかしてさー」
「初カレ以上の『元カレ』がいたとか?」
「それとも、別れたはずの『ハジメテ』くんと、大学時代にまた···」
サトコ
「わーわーわー!」
「ノーコメント!ノーコメントで···」
東雲
「あっそう」
「じゃあ、身体に訊こうか」
サトコ
「ひゃ···っ!」
「ダメ···そこはほんとにダメです、教官···っ」
そんなわけで···
洗面所を借りるだけのはずが、いつ帰れるのか分からないまま。
「今カレ」との夜は更けていくのだった。
Happy End