カテゴリー

研修 東雲 2話

【プール】

(うわ、すごい人‥)

(そりゃ、そうだよね。8月最後の土曜日だし)

(でも、どうして「プールに来い」なんて‥)

サトコ

「あっ!」

(あのデッキチェアに座ってる、キノ‥マッシュルームカットの男性は‥)

もしや、と思いながら近づいてみる。

(やっぱり!この髪の毛のサラサラ具合‥絶対に教官だよね)

(それに恐竜のスマホケースも、見覚えがあるし)

東雲

‥‥‥

(‥起きてるのかな、寝てるのかな)

(サングラスかけてるから、いまいち分かんな‥)

東雲

‥なに?職質?

(うわっ、起きてた!)

サトコ

「お、おつかれさまです!」

東雲

おつかれ‥

ふわぁ‥

教官は気怠そうにあくびをすると、サングラスを外し、身体を起こした。

東雲

8分24分。めずらしく余裕だね

じゃあ、これ

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-072

(‥日焼け止めクリーム?)

東雲

塗って。背中に

サトコ

「はぁ‥」

(なんだ、そのために呼び出されたんだ)

(そうだよね。誰かに背中の日焼け止めは1人じゃ無理‥)

サトコ

「じゃなくて!」

「なんで教官がここにいるんですか!」

東雲

え、暇つぶし

会計の件、いろいろ時間かかりそうだったし

サトコ

「そうじゃなくて‥!」

「教官はみんなと一緒に帰らなかったんですか?」

東雲

ああ‥

無理じゃん。キミだけ残すとか

サトコ

「!」

(そ、それって‥)

(私が気になる!とか、私がいないと寂しい、とか)

(つまり、私が恋人だから‥)

東雲

キミ、まだ訓練生なんだし

責任者も必要じゃん。万が一の時のために

(なんだ、そういう意味‥)

そのとき、私のポケットからひらりとチケットが落ちた。

東雲

なにこれ

水着無料レンタル券?

サトコ

「ああ、それ‥」

「さっき、フロントの人から『お詫びに』ってもらったんです」

「例の会計トラブル、向こうの勘違いだったんで」

東雲

ふーん、じゃあ‥

着替えてくれば?

サトコ

「えっ‥」

「いいんですか?遊んでも」

東雲

いいんじゃない?勤務時間外だし

ていうか夏休みだし

(やったー!)

サトコ

「じゃあ、急いで着替えてきます!」

東雲

ハイハイ

ああ、せっかくだからさ

ドキッとさせてよ

(‥ドキッ?)

東雲

ここ、リゾートだし

プールだし

この1週間、くたびれたキミしか見てないし

(うっ‥)

東雲

久しぶりにさー

ドキッとしたいな。キミに対して

(そ、そこまで言われたら‥)

サトコ

「分かりました!氷川サトコ、頑張ります!」

東雲

そう。じゃあ、よろしく

あと、ついでにピーチネクターのソーダ割りも買って来て

サトコ

「了解です!」

(よーし!思い切ってセクシー路線に挑戦するぞー!)

【レンタル店】

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-073

ところが‥

店員

「申し訳ございません」

「お客様のサイズは、現在ほぼレンタル中でして‥」

サトコ

「じゃあ、1枚もないんですか?」

店員

「いえ、その‥小学生向けのスクール水着と‥」

「こちらの『カッパ』をモチーフにしたビキニならございます」

サトコ

「その2つはちょっと‥」

(スクール水着じゃ、ドキッとしないだろうし‥)

(カッパは‥絶対教官に笑われそうだよね)

サトコ

「あの‥もう少し大きなサイズならありますか?」

店員

「そうですね。たしか1着だけなら‥」

「ああ、こちらの水着ですね」

(あっ、ワンピースタイプの水着なんだ)

(胸元のデザインがちょっとセクシーな感じだし、これならいいかも‥)

サトコ

「すみません。その水着、レンタルしてもいいですか?」

店員

「えっ‥ですが、その‥」

「バストのサイズが、少々合わないかと‥」

サトコ

「‥‥‥」

【プール】

数十分後。

(シリコンパットって意外と重たいんだな)

(でも、いい感じにバストアップできたし‥)

内心ウキウキしながら、私は教官の背中に声を掛ける。

サトコ

「お待たせしました。ピーチネクターのソーダ割りです」

東雲

ああ、ありがと‥

‥‥‥

(な、なんか、ジーッと見られてる‥?)

サトコ

「え、ええと‥どうですか?この水着‥」

「ドキッとしますか?」

東雲

ドキッというか‥

おかしくない?

サトコ

「!」

東雲

違和感っていうか‥

特に胸‥

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-074

(マズい!)

<選択してください>

A: あまり見ないで

サトコ

「やだ‥あまり見ないでください」

「なんだか恥ずかしい‥」

東雲

え‥それ何プレイ?

それとも新しいギャグ?

(な‥っ!)

サトコ

「違います!本気の恥じらいです!」

東雲

その割に妙に芝居がかってたけど‥

サトコ

「うっ‥」

東雲

ま、いっか

それじゃ、楽しんでおいでよ

B: あふれ出る色気のせい

サトコ

「え、ええと‥」

「あふれ出る色気のせい‥」

東雲

違うから。絶対

(絶対!?)

(っていうか即答!?)

東雲

‥ま、いっか。そのうちなにがおかしいのか分かりそうだし

じゃ、楽しんできなよ

C: マッサージ効果かと‥

サトコ

「マッサージ効果かと」

東雲

‥は?

サトコ

「こう‥マッサージクリームを塗って‥」

「寄せて、寄せて‥って感じで毎日マッサージを‥」

東雲

‥‥‥‥わ、わかったから

それより楽しんで来れば?

サトコ

「なにをですか?」

東雲

プール

オレはここで待ってるけど

サトコ

「ええっ、一緒に行きましょうよ!」

東雲

無理

人多すぎ

サトコ

「確かにそうですけど‥」

(だからって1人で遊んでもなぁ。なにか一緒に楽しめるものを‥)

(‥そうだ!)

サトコ

「教官!ウォータースライダーに乗りましょう」

東雲

は?

だから人混み‥

サトコ

「大丈夫です!あれ、滑る時は2人きりですから!」

東雲

‥‥‥

サトコ

「教官~、お願いですから~」

「一緒にひと夏の思い出を作りましょうよ~」

東雲

‥うざ

教官はため息をつくと、ごろりと背中を向けた。

(‥やっぱりダメか)

(ウォータースライダーならもしかしてって思ったんだけど‥)

東雲

1回きりだから

サトコ

「えっ」

東雲

2回は乗らない

疲れてるし日焼けしたくないし‥

それに密着‥

ドンッ!

東雲

ちょ‥なに抱きついて‥

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-075

サトコ

「教官、好きです!」

「大好き!」

東雲

‥バカ

ほら、行くよ

サトコ

「はいっ!」

【ウォータースライダー】

そんなわけで、私たちはひと夏の思い出作りを決行することになった。

スタッフ

「ペアでのライディングをご希望ですね?」

サトコ

「はい!」

スタッフ

「では、お2人でこちらのボートに乗ってください」

(えっ‥意外と小さい?)

東雲

いくよ、ほら

サトコ

「は、はい‥」

(うわ、やっぱり小さいよ)

(ってことは、かなり密着するんじゃ‥)

東雲

何してんの

もっと寄りかかって

サトコ

「!」

東雲

‥なに驚いてんの

サトコ

「だ、だって‥」

(こ、これって教官が大好きなバックハグ‥)

(だけど、くっついてる肌面積が、いつもより多いっていうか‥)

(それに水着越しの密着って、なんか‥なんか‥)

スタッフ

「準備は整いましたね。では、いきますよー」

「3‥2‥1‥」

「GO!」

サトコ

「きゃあああっ」

(速っ、速すぎっ)

(目、まわって‥)

サトコ

「きゃあっ!」

(うそっ、回転まで!?)

東雲

ちょ‥手離すな!

サトコ

「はいぃぃぃっ!」

その後も、ボートはぐるんぐるんと何回転もして‥

バッシャーン!

サトコ

「ぷは‥っ!」

(お、終わった‥)

(なんか‥予想以上に凄かった気が‥)

東雲

サイアク。濡れた

サトコ

「髪の毛ですか?」

東雲

他に何があるの

だからこのテの乗り物‥は‥

‥‥‥

(えっ、なんで驚いて‥)

東雲

バカ!

いきなり、ものすごい勢いで教官に抱きしめられた。

サトコ

「ど、どうしたんですか、いったい‥」

東雲

谷間!見えてる!

サトコ

「ええっ‥」

(ウソ!そんなはず‥)

すると、ボートのすぐ横をぷかぷかと透明なものが流れてきて‥

サトコ

「パット!」

東雲

どれ!?

サトコ

「あれです!あのシリコン製の‥」

東雲

バカ!

ほんとバカ!

サトコ

「す、すみません!」

その後、なんとかパットを回収したものの、さすがにもう泳ぐ気にはなれず‥

【街】

サトコ

「その‥すみませんでした‥」

東雲

ほんとやだ

粗末なもの曝して

サトコ

「うっ‥」

(ひどっ‥そりゃ、いろいろ足りてないとは思うけど!)

(足りてないから、詰め物してたんだけど‥っ!)

東雲

‥夢に出そう

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-077

サトコ

「!?」

東雲

赤くなるな

サトコ

「教官こそ!」

東雲

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

(ど、どうしよう‥この微妙な雰囲気‥)

(なにか違う話題を探さないと‥)

そのとき、すれ違った浴衣姿のカップルたちの話し声が聞こえてきた。

女の子

「場所、大丈夫かな」

男の子

「大丈夫だって。昼から行ってる奴らが場所取りしてるから」

(場所取り‥)

(そうだ、今日って花火大会があるんだっけ)

サトコ

「教官‥」

東雲

無理

(な‥っ)

サトコ

「まだ何も言ってないじゃないですか!」

東雲

わかるから。キミの顔を見れば

人混みとかほんと無理

サトコ

「‥そうですか」

(そうだよね。プールの人混みも嫌がってたくらいだもんね)

(花火大会なんて、絶対にイヤだろうなぁ)

東雲

それより夕飯食べて帰ろう

東京着いてからだと遅いし

サトコ

「そうですね。何系がいいですか?」

東雲

なんでもいい

ゆっくりできれば

(ゆっくりかぁ‥となると‥)

サトコ

「居酒屋はどうですか?もう17時過ぎてますし‥」

東雲

いいけど、ビールは1杯までね

キミ、酔うとグズグズになるし

サトコ

「そ、そんなことは‥」

東雲

あるから

この間だってオレを迎えに来させたくせに

サトコ

「‥っ」

「あ、あのときは、その‥」

ムニッ!

サトコ

「ひゃっ!」

「やめてください!左脇腹つまむの‥っ」

東雲

だったら1杯

サトコ

「ええっ、せめて2杯で‥」

結局、交渉に交渉を重ねてビールは2杯までOKにしてもらった。

けれども、疲れているせいか、いつもよりも酔いがまわるのが早くて‥

東雲

ちょ‥それ、皮!

サトコ

「皮?」

東雲

枝豆の皮!食べられないから

本物はこっち!ほら‥

サトコ

「あーん‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「あーん‥」

東雲

‥バカ

そんな訳で、お店を出たあとも私はふわふわ夢心地な気分で‥

【駅】

東雲

ほら、ベンチに座って

電車が来るまで、あと20分はあるから

サトコ

「‥‥‥」

東雲

‥なに?眠いの?

サトコ

「それもありますけど‥」

「変な感じだなぁって思って‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「なんだか、教官と旅行に来たみたい」

「本当は、地獄の合宿の帰り道なのに‥」

東雲

‥確かにね

最後の最後で、ちょっとしたリゾート気分も味わえたし

シリコンパットのおかげで、ギョッとされられたし

サトコ

「そ、そこはできれば『ドキッ』って言ってください」

東雲

え、無理。それ、嘘だし

サトコ

「ひどいっ!」

東雲

けど、まぁ‥

密着した時は、さすがに‥

ドォォンッと響いた大きな音が、教官の声をかき消した。

サトコ

「教官、あれ‥っ」

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-078

「花火‥っ!」

(嘘!ここからでもこんなによく見えるなんて‥)

サトコ

「すごい!ここ、超穴場じゃないですか!」

「ラッキーですね!私た‥」

「ち‥」

隣を見て、ドキリとした。

だって、教官が私の顔をじっと見ていたから。

サトコ

「え、ええと‥」

<選択してください>

A: なにか用ですか?

サトコ

「なにか用‥ですか?」

東雲

‥べつに

サトコ

「じゃあ、なんで‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「花火‥」

東雲

さあ‥

なんでだろうね

サトコ

「‥っ」

(ず、ずるい!こんな時に甘い感じで笑うなんて‥!)

B: 花火、見ないんですか?

サトコ

「花火、見ないんですか?」

東雲

見るよ。でも‥

目が離せなくて。キミから

(えっ‥)

東雲

だって、ついてるし

青のり。唇に

サトコ

「‥‥‥」

(ええっ!?)

サトコ

「や‥見ないで‥」

「花火!花火、見て‥」

東雲

無理。気になって

ね、青のりさん

サトコ

「‥っ」

C: 無言で見つめ合う

(ど、どうしよう。こういうとき、なんて言えば‥)

サトコ

「‥‥‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

(‥ダメだ、会話が‥)

東雲

‥顔、あげて

サトコ

「えっ‥」

東雲

いいから。早く

サトコ

「は、はい‥っ」

ドォォンッ!と次の花火が上がる。

けれども、そっちに顔を向けことなんてできない。

サトコ

「教か‥」

東雲

黙って。じゃないと‥

キス‥

できない‥

花火の音を聞きながら、そっと唇を重ねた。

ちょっとほろ苦い、ビール味のキス‥

東雲

‥1週間ぶり

サトコ

「ですね‥」

東雲

する?1週間分‥

サトコ

「えっ、今ですか?」

「でも、ここ‥ホーム‥」

東雲

見てないよ。誰も

花火に夢中で‥

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-079

サトコ

「‥‥‥」

東雲

オレ以外は‥

再び、花火の音。

それからホームにいる人たちのはしゃぐような声。

でも、そんなものはどんどん遠ざかっていく。

1週間分のキスに応えてる間に。

(どうしよう‥)

(花火を見るたびに、思い出しそう‥)

クラクラするような1週間分のキスを。

そっと絡めた指の感触を。

(忘れられない‥)

(最高の夏の思い出‥だよね‥)

Happy  End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする