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温泉 後藤

サトコ

「っ‥」

急に手を引かれ、振り返る。

サトコ

「あっ‥」

後藤

‥‥‥

私の手を引いているのは、後藤さんだった。

サトコ

「後藤さん‥?」

後藤

‥すまない

首を傾げながら声を掛けると、後藤さんはハッとした表情になり手を離した。

後藤

その‥アンタの浴衣姿、色っぽいな

サトコ

「そ、そうですか‥?」

後藤

ああ‥

後藤さんは、上から下へと視線を移動させる。

熱っぽい視線に射止められ、頬に熱が集中するのが分かった。

鼓動が逸るのを感じながら視線を僅かに逸らすと、私たちの間に沈黙が訪れる。

(ど、どうしよう‥まともに後藤さんの顔が見れないよ‥)

後藤

まだまだ、宴会は続きそうだな

先に沈黙を破ったのは、後藤さんだった。

サトコ

「は、はい‥」

後藤

なぁ‥サトコ

名前を呼ばれ、私はようやく後藤さんと視線を合わせる。

後藤

この後のことだが、ふたりで宴会を抜け‥

黒澤

後藤さ~ん、サトコさ~ん?どこですかー!

サトコ・後藤

「っ!?」

(く、黒澤さん!?)

聞き慣れた声が耳をつき、私たちは慌てて手を離す。

黒澤

あっ、見つけました!

黒澤さんは笑みを浮かべながら、バタバタと私たちの方へ駆け寄ってきた。

黒澤

おふたりがなかなか帰ってこないから、探しちゃいましたよ

サトコ

「す、すみません」

後藤

‥‥‥

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後藤さんは黒澤さんを一瞥すると、小さくため息をついた。

黒澤

あれれ?そんなに残念そうにするなんて、もしかして‥

黒澤さんは、ニヤリと笑みを浮かべる。

黒澤

なるほど、そういうことだったんですね!

なんだか、熱~い雰囲気が漂っているなと思っていたんですよ

後藤

は?お前、何を言って‥

黒澤

大丈夫ですよ、後藤さん!オレはちゃ~んと分かっていますから!

後藤

くだらないことを言うな

黒澤

ヒドイッ!せっかくの好意を、バッサリ切り捨てるなんて‥!

後藤さんからの冷たい視線に、黒澤さんは目元に手を当てる。

黒澤

オレはこんなにも後藤さんのことを想っているのに、それが伝わらないなんて‥

こんなに悲しいことはありません‥

ブリザードのように冷たい後藤さんに耐えるオレ‥なんて健気なんでしょうか‥!

後藤

はぁ‥

泣き真似をする黒澤さんに、後藤さんは深いため息をつく。

(後藤さんは呆れているけど‥)

サトコ

「ふふっ」

いつもの二人のやりとりが微笑ましく感じ、笑みが漏れる。

黒澤

って、サトコさん!そこで楽しく笑わないでくださいよ~

サトコ

「あっ、すみません。お二人が仲良いなって思って、つい‥」

後藤

それで、黒澤。俺たちになにか用か?

黒澤

あっ、そうでした!

落ちこんでいた黒澤さんは、後藤さんの言葉に顔を上げる。

黒澤

これからトランプ大会をしますので、後藤さんとサトコさんを呼びに来たんです!

ささ、みなさんお待ちかねです。行きますよ!

後藤

あっ、おい!

サトコ

「わわっ!」

私たちは黒澤さんに手を引かれながら、宴会場へ向かった。

【宴会場】

(教官たちが仲良くトランプをする姿って、なんだか想像つかないかも‥)

そんなことを思いながら、宴会場へ戻ると‥

石神

‥‥‥

加賀

‥‥‥

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お互いを睨み合う教官たちの間で、火花が散っていた。

石神

お前らに負けるはずがない

加賀

無駄口叩いていられんのも、今のうちだクズ眼鏡

颯馬

フフ、みんなでトランプだなんて‥修学旅行を思い出しますね

難波

七並べだと時間がかかりそうだし、ここはやっぱりジジ抜きか?

東雲

怠‥オレはパスで

颯馬

上官たちがやる気ですから、逃げられませんよ?歩

東雲

‥はぁ

案の定、仲の良さは微塵も感じられず、教官たちは熱くなっている。

(で、ですよね‥)

黒澤

いや~、せっかくだからトランプでもと提案をしたら

思いのほかみなさん熱くなっちゃったんですよね

東雲

よく言うよ。兵吾さんたちを焚き付けた張本人のくせに

黒澤

なんだかんだ言って、歩さんもやる気じゃないですか

東雲

透、黙れ

面倒くさそうにしながらも、東雲教官も参加するらしい。

サトコ

「す、すごいですね、後藤教官」

後藤

‥‥‥

サトコ

「って、後藤教官!?」

後藤さんからは、やる気のオーラが漲っていた。

(意外と、こういうのに熱くなるタイプなのかな?)

(他の教官たちも、熱くなってるし‥)

(いや、みんなだいぶお酒が入ってるからだよね)

教官たちの思わぬ一面に、苦笑いする。

黒澤

あっ、もちろんサトコさんも強制参加ですよ!

サトコ

「私もですか!?」

黒澤

はい!トランプは大勢でやった方が楽しいですからね☆

難波

そろそろ始めるぞー

難波室長の声に、みんなは円を描くように座る。

難波

そんじゃ、今回はジジ抜きってことで

トランプが配られると、熱い戦いが幕を開けた。

(どっちがジジだろう‥)

教官たちは次々とあがり、最後まで残ったのは私と難波室長だった。

私は難波室長の持つ二枚のトランプをじっと見る。

サトコ

「‥こっちです!」

右のトランプを取ると、自分の持ってるトランプと同じ数字だった。

サトコ

「私、これで上がりです!」

難波

あーくそ、俺の負けか‥

颯馬

それでは、罰ゲームは難波さんですね

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颯馬教官はそう言って、ニッコリと笑みを浮かべた。

そう、負けた人には罰ゲームが待ち構えている。

(ギリギリで上がれて、よかった‥)

何をやらされるか分からないと、心の底から安堵した。

黒澤

それでは‥最初はこのお酒からいってみましょうか!

難波

あ、そんなのでいいのか

難波室長は、なみなみとお酒が注がれたグラスを手に取ると、軽く飲み干した。

黒澤

おお~、いい飲みっぷり!

東雲

こんなの酒豪には罰ゲームにならないでしょ

黒澤

言われてみれば、そうですね‥

それでは、次からの罰ゲームは色々なことを暴露してもらいましょうか!

加賀

くらだねぇ‥ガキじゃあるまいし

石神

同感だな

颯馬

まあまあ、たまにはこういうのもいいじゃないですか

暴露が嫌なら、負けなければいいですし‥ね?

クスリと笑みを浮かべる颯馬教官には、黒いオーラが出ている。

(こ、怖っ‥!)

後藤

それじゃあ、配ります

後藤さんはトランプを切ると、みんなに配り始めた。

黒澤

うぅ‥負けてしまいました‥

最後まで上がれたなかった黒澤さんは。ガクリとうなだれる。

難波

さっき俺も暴露したんだから、観念しろ

難波室長は二連敗し、暴露を終えたばかりだ。

とはいえ、難波室長は暴露と言いつつ、みんなからの質問をのらりくらりとかわしていた。

黒澤

分かってますよ‥さあ、どーんとこい!

教官たち

「‥‥‥」

黒澤

って、何もないんですか!?

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東雲

そりゃあ、透だしね

颯馬

普段から、暴露しているようなものですからね

黒澤

ヒドイ!

後藤さん!なんでもいいので質問してくださいよ~!

後藤

俺に振るな

黒澤

うぅ‥みなさんからの扱いがヒドイとは常々思っていましたが、ここ最近は特にヒドイです‥

難波

続きするぞー

難波室長は黒澤さんの嘆きを無視し、トランプを配り始めた。

黒澤

な、難波さんまで‥!

(ど、ドンマイです、黒澤さん!)

私は心の中で合掌した。

そして次の回もサクサク進み、残り二人になる。

黒澤

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

黒澤さんは私の持つ二枚のカードに、真剣な目を向ける。

黒澤

オレはもう‥心の平穏のためにも、負けるわけにはいかないんです!

サトコ

「あっ‥!」

黒澤さんがトランプを引き、私の手元に残ったのは‥ジジであるトランプだった。

黒澤

やった~!上がりです!

颯馬

それでは、サトコさんが罰ゲームですね

サトコ

「うぅ‥」

(ま、まさか、罰ゲームをする羽目になるなんて‥)

私は覚悟を決め、教官たちからの質問を待ち構える。

難波

それじゃあ、お前が一番講義を受けたくないのはどの教官だ?

サトコ

「えっ!?」

難波

暴露大会なんだろ?素直に答えればいいんだよ

颯馬

フフ、なかなか面白い質問ですね

サトコ

「それ、は‥」

チラリ

加賀

おいクズ、なんで今俺の顔を見た?ああ゛?

サトコ

「ひぃぃっ!き、気のせいです!」

私は今まで受けてきた講義を思い出す。

(石神教官はとにかく厳しいし、颯馬教官は分かりやすくて丁寧だけど)

(たまに黒いオーラが出ることがあって‥)

(東雲教官は意地悪な質問が多いし、加賀教官はとにかくクズ呼ばわり‥)

(後藤教官は‥ああ、もう!なんて答えればいいの‥!?)

東雲

ほら、サトコちゃん。早く答なよ

サトコ

「え、えっと‥」

(‥そうだ!)

東雲教官に迫られた私は、思考を巡らせ一つの答えに行きつく。

サトコ

「受けたくない講義は‥ありません!」

難波

ほう?

楽しそうな笑みを浮かべる難波室長に、言葉を続ける。

サトコ

「教官たちにはそれぞれ厳しいところはありますが」

「だからと言って受けたくないにはつながりません」

「まだまだ教官たちからは、たくさんのことを学びたいって思っていますから」

東雲

そんな面白くない答えいらないから

東雲教官は、意地悪な笑みを浮かべる。

東雲

それじゃ、次の質問に行くよ?

それから私は、後藤さん以外の全員から質問攻めにされていた。

黒澤

それでは、次の質問ですね!

サトコ

「ちょ、ちょっと待ってください!私だけ、罰ゲーム長くないですか!?」

黒澤

長くてもいいじゃないですか!オレなんて‥一つも質問が来なかったんですよ!

それに比べたら、天国だと思わなきゃダメです!

サトコ

「どんな理屈ですか‥」

黒澤

続けていきますよ!ズバリ‥今、好きな人はいますか!?

黒澤さんの質問に、ドキッと心臓が跳ねる。

(さ、さすがに本当のことは言えないし‥)

後藤さんの様子を窺うため、さり気なく視線を向けようとすると‥

東雲

好きな人って‥サトコちゃんって、恋愛とは無縁でしょ

サトコ

「なっ‥!」

東雲

負けん気が強くて、男と張り合うことだって多いし

そんなサトコちゃんが恋愛なんて、考えられない

サトコ

「わ、私にだって、好きな人くらいいます!」

黒澤

へぇ、そうなんですか?

(し、しまった‥!)

黒澤さん東雲教官は掛かったと言わんばかりに、口元に笑みを浮かべる。

黒澤

サトコさんは、その人のどこが好きなんですか?

サトコ

「そ、それは‥」

東雲

正直にいいなよ

サトコ

「その‥優しいところ、です」

東雲

他には?

サトコ

「も、もういいじゃないですか!」

黒澤

ダメですよ。これは罰ゲームなんですから!

サトコ

「うぅ‥」

私は強制的に、口を割らされる。

(後藤さんの好きなところは‥)

優しさ以外にも、たくさんある。

真面目なところ、真っ直ぐなところ、たまに照れる表情‥たどたどしくも、口にしていった。

黒澤

サトコさんは、本当にその人のことが大好きなんですね!

それじゃあ、お次の質問は‥

(も、もう無理‥!)

サトコ

「わ、私‥買い出しに行ってきますね!!」

耐えきれなくなった私は、その場から立ちあがる。

颯馬

フフ

東雲

わかりやす‥

石神

買い出し‥?何を買いに行くんだ?

サトコ

「と、とにかく!行ってきます!!」

教官たちにそう言い残し、私は宴会場を飛び出した。

【外】

(後藤さんだって、バレてないよね‥?)

私は旅館の外に出ると、頭を冷やしていた。

いくらなんでも素直に言い過ぎてしまったと思うも、後藤さんのことで嘘はつきたくなかった‥

(宴会場に戻りにくいな‥)

???

「‥サトコ!」

名前を呼ばれて振り返ると、そこには後藤さんがいた。

サトコ

「後藤さん‥?」

後藤

アンタ一人じゃ危ないだろ

後藤さんはそう言いながら、自然な手つきで私の手を握る。

(さっき、あんなことがあったばかりなのに‥)

サトコ

「だ、ダメですよ!もし、誰かに見られたら‥」

後藤

大丈夫だ。みんななら、また飲み始めたからな

少し、散歩でもしよう

優しい笑みを浮かべ、後藤さんはゆっくりと歩き始めた。

虫の鳴き声が聞こえ、静かに耳を傾ける。

後藤さんとこうして二人でのんびり過ごす時間が、心地よかった。

後藤

‥アンタのさっきの言葉、嬉しかった

後藤さんが、不意に口をつく。

サトコ

「あ、あれは‥」

(私、みんなの前で後藤さんの好きなところを言っちゃったんだよね‥)

恥ずかしいという気持ちが顔を覗かせ、下を向く。

サトコ

「す、すみません‥あれは、勢いといいますか‥」

「あっ、でも、話したことは本当ですよ!?」

「後藤さんは優しくて頼りがいがあって、誰よりもかっこいい‥じゃなくて!」

「いえ、かっこいいのは本当なんですけど‥!」

後藤

少し、落ち着け

後藤さんは苦笑いしながら、歩みを止める。

そして、空いている方の手で私の頭をポンッと撫でた。

後藤

言っただろ?俺は嬉しかったって

サトコ

「あっ‥」

後藤さんは私の手を引き、腕の中に閉じ込める。

薄い浴衣越しに、彼の体温が伝わってきた。

後藤

‥俺は、アンタのそんな素直なところが好きだ

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サトコ

「っ‥」

後藤さんの甘い吐息が、耳元にかかる。

後藤

負けず嫌いなところも、何に対しても一生懸命なところも、笑顔が可愛いところだって‥

全部好きだ

言葉の一つ一つが、心に沁み渡っていく。

後藤

それに‥

サトコ

「ご、後藤さん‥!もう充分です!」

後藤

なにが充分なんだ?

サトコ

「そ、それは‥」

どこか妖艶に微笑む後藤さんに、心臓が壊れそうなほどドキドキした。

後藤

アンタの‥その、すぐに照れるところも好きだ

サトコ

「ん‥」

後藤さんは私の頬をそっと撫で、唇にキスを落とす。

触れるだけのキスは、すぐに終わりを告げた。

後藤

‥俺は、充分じゃない

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サトコ

「っ‥」

熱い視線を当てられ、頬が赤くなるのを感じる。

後藤

そういう俺の前でだけ、見せる表情も好きだな‥

私を抱きしめる力が強くなり、キスの雨が降ってくる。

額、頬、耳元、首筋‥色々なところに唇が触れ、そして最後に‥

サトコ

「んっ‥」

唇が、重なり合った。

先ほどの触れるだけのキスとは違い、深くお互いを求め合うようなキス。

(ここ、外なのに‥)

キスに夢中になりながらも、どこか冷静でいる自分がいた。

ひとけがないとはいえ、いつ人が通りかかるか分からない。

後藤

‥大丈夫だ

僅かに唇が離れ、後藤さんは私の心を見透かしたように言う。

後藤

こんな時間に出歩く奴は、そういないだろう

サトコ

「で、でも‥」

後藤

‥あと、少しだけ

サトコ

「んっ‥」

そして再び、唇が重なり合う。

私たちは甘くとろけるようなキスに、酔いしれていった。


【後藤の部屋】

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翌朝。

サトコ

「ん‥」

目を覚ますと、隣には後藤さんの姿があった。

(そういえば、昨日‥)

あの後、私は後藤さんに誘われて部屋にお邪魔したのだ。

熱い夜を思い出すだけで、恥ずかしさが込み上げてくる。

(そろそろ、部屋に戻った方がいいよね)

時計を確認すると、まだかなり早い時間だった。

(今なら、誰にも見つからないで部屋に戻れるだろうし‥)

後藤

ん‥

起き上がろうとすると、後藤さんが手を伸ばして何かを探っていた。

(どうしたんだろう?何か夢を見ているのかな‥?)

後藤

サトコ‥

サトコ

「あ‥」

後藤さんは薄っすらと目を開けると、私の腕を掴む。

そして私の身体を抱きすくめると、柔らかい笑みを浮かべてそのまま瞳を閉じた。

サトコ

「後藤、さん‥?」

後藤

‥‥‥

後藤さんは再び、静かな寝息を立てはじめる。

(もしかして、私の夢を見ててくれたのかな?)

それで、私を探しくれたのかもしれない。

夢の中まで一緒なことに、嬉しさを覚える。

(早く部屋に戻った方がいいんだろうけど‥)

もう少しだけ、後藤さんと一緒にいたい。

サトコ

「おやすみなさい‥」

彼を起こさないように、小さな声で言って‥

私は後藤さんの腕の中で、ゆっくりと瞼を閉じた。

Happy  End

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