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ふたりの恋敵編 石神2話

吉川

「岩下先生!」

瑞貴

「危険です!離れてください!」

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吉川

「でも‥!」

そら

「いいから離れて!」

車が一台、轟々と燃えている。

血を流した人たちの呻く声が、周囲の悲鳴にかき消される。

サトコ

「爆破テロ‥!!」

(こんな無差別に‥)

石神

‥‥‥

藤咲さんが手際よく岩下議員を避難させているのを眺めながら、石神さんは何かを考え込んでいた。

(石神さん‥?)

選挙期間中とあって警戒していたせいか、警察関係者が駆けつけるのも迅速だ。

そこに、石神さんも躊躇いなく踏み込んでいく。

「そら!お前はこっちにこい!」

そら

「まだ動けるし」

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「‥‥‥」

(あ‥一柳教官も来てる)

怪我をしてなお、職務に徹するそらさんに、

ギリッと音がしそうなくらい奥歯を噛み締めているのが分かった。

「‥救急車両の導線確保!負傷者はビル1階へ!」

男性刑事A

「おい、すぐ鑑識を回せ!」

石神

狙いは岩下か

男性刑事A

「!」

「‥これは公安の石神さんじゃないですか。嗅ぎ付けるのがお早い」

石神

お互い様だろう

まさか真っ先に出てくるのが捜査一課とはな

「‥石神」

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石神

‥‥‥

一柳教官は何か言いたげに、でも現場を優先してその場を離れる。

男性刑事B

「フン」

「それで?あんた自ら出てくるっつーことは‥」

「このヤマどうするつもりだ?何を追ってる?」

男性刑事A

「聞くだけ無駄だろ。公安だ」

男性刑事B

「クソ‥」

石神

お分かり頂けているようで何より

氷川、岩下議員の容態を確認して来てくれるか

サトコ

「はい」

(戦場だ‥)

初めて、他部署との攻防を目の当たりにする。

指示通り、その場を離れながら背中でやり取りを窺っていると、

石神さんはその場にいた警視庁公安部の刑事と何か言葉を交わしていた。

石神

‥一度、本部へ戻るぞ

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サトコ

「はい」

「岩下議員の搬送先も確認済みです」

「頭部をガラスで切ったのと、捻挫だということですが、念のために精密検査を行うようです」

石神

車を降りた後だったのが幸いだったか‥

サトコ

「ただ‥そらさんが重傷です」

「火傷もですが、金属片が背中に直撃したみたいで‥」

説明する声が、少し震える。

(今こそしっかりしなきゃ‥)

(私がここで落ち込んでも、いいことなんてひとつもない‥!)

サトコ

「でも、致命傷を負った人はいないそうです」

石神

‥お前は、怪我はないのか?

<選択してください>

A: おかげさまで無傷です

サトコ

「おかげさまで無傷です」

石神

ならいい

サトコ

「でも、石神教官がいなかったら、負傷者リストに加わってたかもしれませんね」

石神

これだけで済んで良かった

B: 石神さんこそ怪我してないですか?

サトコ

「石神さんこそ怪我してないですか?」

石神

‥‥‥

サトコ

「え、なんで驚くんですか‥」

石神

お前を守ることばかり考えて、自分のことに考えが及んでいなかったらしい

サトコ

「ええっ」

石神

大丈夫だ。怪我はしていない

サトコ

「なら良かったです‥」

C: 大丈夫です!

サトコ

「大丈夫です!」

石神

逞しいな‥

サトコ

「こんな現場じゃ、怖いだの何だの言ってられませんし」

石神

その意気だ

サトコ

「‥‥‥」

踵を返す石神さんの後を追いながら、爆破現場を振り返る。

頭から血を流した岩下議員が、到着した救急車に担ぎ込まれるのが見えた。

【教場】

その日の報告会に、石神さんの姿はなかった。

颯馬

初日から大変でしたね。皆さんお疲れさまでした

千葉

「最後にひとつ質問いいでしょうか」

颯馬

ええ、どうぞ

千葉

「自分たちは岩下議員が取り仕切る派闘議員を視察対象にしているようですが」

「爆破テロが起こったとなると、この任務の目的を知っておくべきだと思います」

「知らないままでは危険予測できません」

(そうだよね‥)

(少なくとも、石神さんは何か探っているようだったし)

颯馬

千葉くん

いい質問ではありますが、それには答えられません

なぜなら君たちは知る立場にないからです

颯馬教官はキッパリとそう言い放った。

(私たちの使命は、ただ対象を完璧に視察すること‥っていうことだよね)

それ以上でも、それ以下でもない。

与えられた任務に最善を尽くすしかなく、異議を唱える権利なんてものはない‥そういうことだ。

千葉

「‥分かりました」

サトコ

「‥‥‥」

颯馬

では、今日はここまでです

断ち切るようにそう言って、颯馬教官が教場を出て行く。

サトコ

「爆破に巻き込まれるかもしれないのにね‥」

千葉

「氷川は怪我なかったの?負傷者多数って聞いたけど」

サトコ

「うん。石神教官の判断が早かったから‥」

(私ひとりだったら、岩下議員みたいに怪我してたかも‥)

それくらい、危険な現場に居合わせた。

(それでも知る権利はないんだよね‥)

千葉

「‥大丈夫?」

サトコ

「‥うん、明日からも頑張るよ」

千葉

「石神教官も付いてることだしね」

「でも、十分気を付けて」

サトコ

「千葉くんもね」

千葉

「ありがとう」

(さすがに怖いけど‥でも、大丈夫)

石神さんがいる、それだけで無条件に頑張れる気がした。

【病院】

翌朝。

事情聴取のために、岩下議員の入院先へやってきた。

サトコ

「吉川議員、到着しました」

石神

よし、行くぞ

サトコ

「はい」

(吉川議員って確か、怖いって噂なんだよね‥)

若手女性議員の中でも強気の物言いが印象的で、事情聴取にも少し腰が引ける。

【病院内】

吉川

「一体どういうこと!?」

「何のための警備よ!」

「‥仰る通りです」

(うわ‥)

吉川議員の金切り声が響いている。

対応していた一柳教官は、彼女に向かって深々と頭を下げた。

???

「こらこら、病院で騒ぐものじゃないよ」

人垣を掻き分けるように、声の主がその場に入ってくる。

岩下

「僕はこの通り元気だから、何の問題もない」

「それより、末広君は大丈夫なのか?」

「おかげですぐに処置できました。ありがとうございます」

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「今回は私たちの‥‥‥」

岩下

「待ちなさい。一柳君」

「‥‥‥」

岩下

「確かに少し不備があったかもしれないが、僕は生きている」

「末広君には本当に、感謝してもしきれないくらいだ」

「だが、まだこれから選挙戦も続く。君たちが無事なら最後まで頼めるだろう?」

「‥はい」

吉川

「岩下先生‥」

岩下議員は何でもないことのように朗らかに微笑んで、その場を収める。

(“先生”って呼ばれる人の中には、もっと血も涙もない人もいるのに‥)

それこそ、自分の命は守られて当然だというスタンスでふんぞり返ってる人だっている。

(次期総理って言われて、支持者が多いのも頷けるな‥)

岩下

「守られて当たり前じゃないんだよ。みんな体張ってくれてるんだから」

「今回のことも、一丸となって乗り切ろうじゃないか」

「最善を尽くします」

吉川

「‥申し訳ありませんでした。よろしくお願いします」

「いえ、吉川先生のお言葉は当然のことですので」

(こうやって、仕事してるんだ‥)

遠巻きにその様子を見つめていると、

一柳教官の悔しさが握りしめた拳に込められているのが分かる。

マルタイの命を守る仕事というのは、どれほどの重責があるのだろう。

(かっこいいな‥)

(岩下議員も、一柳教官も‥)

不謹慎だとも思いながら感動していると、石神さんが隣で呆れたようにため息を吐いた。

石神

あまり美化するな

これは事件を未然に防げなかった、俺たちの責任でもある

サトコ

「はい‥」

岩下議員が二言三言、今後の予定を伝えて、一柳教官は出口に向かう。

石神

岩下が病室に戻ったら、すぐに行くぞ

関係者が入り乱れる様子を見守りながら、落ち着くのを待った。

【病室】

石神

失礼します

警察庁警備局の石神と申します

サトコ

「失礼します」

石神さんに続いて病室へ入ると、ツカツカと吉川議員が私たちの前を遮った。

吉川

「警察の方へのお話はもう済んでます」

「今後の対応のSPに任せますので」

石神

いえ、捜査面では我々が動きますので、ご協力いただけると助かります

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岩下

「いいじゃないか。また同じことが起きては困る」

「捜査関係者は多いに越したことはないよ、吉川君」

吉川

「ですが今は安静にしなければ‥」

岩下

「そうは言っても、こうなってしまったからには暇だからねぇ」

サトコ

「少しだけお時間頂けませんか?」

「できれば、吉川議員にも‥」

恐る恐る彼女の顔を窺う。

吉川

「‥暇だなんて思ってるのは岩下先生くらいですよ」

「私はこれから選挙事務所に戻ってスケジュール見直してきます」

「その間に岩下先生への聴取を済ませておいてください。私も戻り次第ご協力します」

サトコ

「ありがとうございます」

吉川

「岩下先生」

岩下

「なんだい?」

吉川

「ゆっくり休めるのは恐らく明日の正午までです」

「それまでは各所フォローしておきますので、今はゆっくり休んでいてください」

岩下

「ありがとう」

「君がいてくれて助かるよ」

吉川

「‥失礼します」

テキパキと段取りを組んで、吉川議員は一礼して病室を出て行く。

(かっこいい‥)

当初の“怖い”という印象は払拭されて、

岩下議員の片腕として胸を張って仕事する、とても素敵な女性に見えた。

石神

それでは、予定より時間が押していたことは把握されていたということですね

岩下

「ええ」

「新宿での街頭演説中に、足を挫いてしまってね」

「処置する時間もなかったものですからそのままマイクを持って‥」

「演説を終える頃には歩くのもつらいほどに腫れてしまったんですよ」

サトコ

「それが原因で事務所へ戻るのが遅れたと‥」

岩下

「そうです。応急処置をしながら事務所へ戻って、車を降りようとして‥」

「SPの方が異変に気付きました。すぐに降りろと」

「だが私は思うように動けず、爆破に巻き込まれてしまったんですよ」

サトコ

「もし怪我をしていなかったら‥?」

岩下

「少なくともこうして病室に押し込まれることはなかったと思います」

石神

‥お時間ありがとうございました

今日はこれで失礼します

岩下

「おや、聞きたかったのはこれだけですか?」

「‥ああ、言葉通り”今日のところは”ということかな」

サトコ

「え‥」

(何‥?)

石神

‥どうぞお大事に

氷川、行くぞ

サトコ

「あ、はい」

訝しがる間もなく、私は慌てて石神さんの後を追う。

にこやかな岩下議員に見送られながら、静かに病室のドアを閉めた。

【車】

吉川議員の視察と並行して、現場確認と事情聴取を終えた。

(面が割れちゃったから、コソコソする必要が無くなって楽は楽だけど‥)

釈然としないのは、自分がしていることがどんな意味合いを持っているのかが分からないからだ。

(真意を知る立場にない‥)

(私は訓練生で、視察訓練中にたまたまテロ事件が重なっただけ‥)

捜査に加わりながらも、どういう意図で吉川議員を追っているのか‥

自分がしていることがなんの役に立っているのか、知る術がない。

サトコ

「‥石神教官たちも、こんな思いをしながらやってきたんですね」

「なんだかものすごくもどかしいです」

石神

そうだな‥

だが、お前たちは特殊なパターンだ

どんな状況でも、今は教官が味方として付いている

サトコ

「はい‥」

石神

安心して、思うように動けばいい

手綱を握ってもらえるうちに失敗を重ねられるというのは、恵まれている

サトコ

「言われてみればそうですよね」

石神

お前の場合は調子に乗ると厄介だが‥

サトコ

「う‥」

<選択してください>

A: 適度に頑張ります

サトコ

「適度に頑張ります」

石神

お前の場合はそれがいい

サトコ

「さじ加減が難しくて‥」

B: 見捨てないでください

サトコ

「できれば見捨てないでください」

石神

見捨てられる程のことをしなければいいだろう

サトコ

「分かってはいるんですが‥早く一端の大人になりたいところですね」

石神

‥お前は確か、年齢的には大人と呼ばれるはずだが

サトコ

「昔思い描いてた大人像とはかけ離れてるんです」

「ハハ‥」

C: いつか優等生に‥!

サトコ

「いつか優等生に‥!」

石神

なってくれるのか。それは楽しみだな

サトコ

「流しましたね、今」

石神

好きに受け取るといい

サトコ

「‥石神教官が楽しそうだから、この際もう何でもいいです」

石神

‥それでも、俺が見てやれるうちはまだ安心かもしれない

ひとり立ちされて口が出せない立場になるのが恐怖だな

サトコ

「ヒドイ言われようですね‥」

「反論できないのが残念です」

(でも、そっか‥)

(私が理解してなくても、石神さんがちゃんと見てくれてるんだから‥)

(今は、与えられた任務を完璧にこなすことだけを考えればいいんだよね)

サトコ

「公安って‥気持ちの持ち方が難しいですね」

「でも、少しわかってきました」

石神

‥お前は嫌になったりしないのか?

サトコ

「え?」

石神

不毛な仕事だというのは十分見えてきただろう

サトコ

「‥確かに、どんな功績を残しても世間が拍手喝采してくれるわけじゃないですし」

「窃盗とか殺人事件とか追う派手な捜査とは対照的ですけど‥」

「でも、不毛だとも思いませんよ?」

石神

‥‥‥

サトコ

「石神教官がそういう背中を見せてくれてますから」

「それに、どんなに地味でも犯罪を未然に防げる可能性を持ってます」

「事件が起きる前に動けるなんて、活躍されてる公安刑事の皆さんに感謝したいくらいです」

石神

‥そうか

ステアリングを握って前を向いたまま、石神さんは少し目尻を下げた。

【寮門前】

石神

昨日からよく動いてくれたな。今日はゆっくり休め

サトコ

「はい。ありがとうございます」

「石神教官はまだお仕事‥ですよね」

石神

そうだな

(このあと本庁に戻ってまだ仕事か‥)

(ホントに寝る間もないみたい‥)

それでも送ってくれた気遣いが、申し訳ないやら嬉しいやら。

石神

‥サトコ

サトコ

「え‥はい」

(名前で呼ばれた‥?)

極力、公私を分けようと学校では氷川と呼ばれるのに。

同じように、私もプライベート以外は教官と呼んでいる。

(帰り際だからもういいのかな。時間外だし‥)

石神

明日の夜、食事にでも行かないか?

サトコ

「!」

「いいんですか?」

石神

大きな動きがなければ、だが

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サトコ

「はい!」

(久しぶりのデートだ‥!)

盛大にニヤける顔は、隠しようもない。

石神

‥‥‥

サトコ

「あ、すみません」

「浮かれすぎですね‥」

石神

いや‥

石神さんの手が、すっと私の頬に触れる。

サトコ

「‥‥‥」

石神

‥何か、食べたいものの希望があったら、連絡を入れといてくれ

サトコ

「はい‥!」

石神

‥‥‥

石神さんは困ったように微笑んで、大きな手のひらが私から離れていく。

石神

では、また明日連絡する

サトコ

「はい。楽しみにしてます」

(もしかして‥気分転換に誘ってくれたのかな?)

車に乗り込んだ石神さんを見送りながら、やっぱりひとりでに頬が緩んだ。

to  be continued

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