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ふたりの恋敵編 石神7話

入校して1年にも満たないというのに‥‥

そう長くはない期間に、銃口を向けられるのは何度目だろうか‥

妙に冷静な頭の中では、今のこの状況下としてはどうでもいいことがグルグル回っている。

(大丈夫。落ち着いてる‥)

(黒澤さんもそこにいる。大丈夫‥)

そう言い聞かせながら、吉川議員と目を逸らさないよう対峙する。

サトコ

「‥拳銃を下ろしてください」

吉川

「‥‥‥」

サトコ

「お願いです。これ以上、岩下議員を悲しませないで‥」

吉川

「黙りなさい!」

サトコ

「あなたの大義を、そんなちっぽけなものにしないでください!」

「お願いします‥」

(あんなに一生懸命、岩下議員の下で働いてたのに‥)

その姿勢に、私は憧れすら抱いていた。

吉川

「‥‥‥」

サトコ

「‥‥‥」

カチリ‥と音がした。

もう、引き金を引かれてしまえば、弾が当たるか当たらないか運任せだ。

思わずぎゅっと目を瞑る。

(石神さん、ごめんなさい‥)

(任務完遂どころか、最悪の形での報告になるかもしれません‥)

ひとつ、大きく息を吐く。

ガタン‥

非常口から続くドアが開く音がした。

(え‥)

吉川議員の視線がほんの一瞬、そちらに向けられる。

黒澤

‥‥‥

パンッ‥!

乾いた音が、耳をつんざいて‥

手元の拳銃が弾かれた衝撃で、吉川議員は自分の手を抱え込んだ。

吉川

「‥っ」

黒澤

‥‥‥

サトコ

「黒澤さ‥」

吉川

「どうして邪魔をするの‥!」

???

「‥‥こうしてまでもまだ分からないのか!」

吉川

「!」

(え‥?)

私の背後からの声に、思考が停止する。

石神

あなたのその行動が、岩下議員を苦しめている

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彼が真っ直ぐに歩みたい人間だということは、あなたが一番よく知っているんじゃないのか

サトコ

「石神さん‥!」

後藤

黒澤、よくやった

黒澤

久々にドキドキしちゃいましたよ

吉川

「うう‥」

石神さんは後藤教官に肩を借りて、鋭い目で吉川議員を見つめていいる。

その後ろから‥

(あ‥)

岩下

「‥‥‥」

危険を伴う可能性があるからと、この場には来ないように伝えていた岩下議員が顔を出した。

岩下

「‥君を、そこまで追い詰めてしまっていたんだね」

吉川

「岩下先生‥」

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岩下

「君の想いにきちんと向き合うべきだった」

「触れないように濁して‥君の能力を評価していたからこそ、失わないようにと」

「本当にすまなかった」

吉川

「やめてください‥」

「あなたは総理になるんです。そんな人が簡単に頭を下げないで‥」

岩下

「自分の非を認める器がない人間が、人を束ねる資格なんてないんだよ」

「僕は君に悪いことをした」

「君もまた‥きちんと罪を認めて償うべきだ」

吉川

「‥っ」

サトコ

「‥‥‥」

吉川議員はその場に崩れ落ち、静かに涙を流す。

(意志の強い人だから、間違いに気付くことさえできれば反省もしてくれるはず‥)

(ううん、きっともうしてる‥)

大切な人を悲しませていることを魔の足りにすれば、否応なく思い知らされるはずだ。

サトコ

「吉川秋穂さん」

「爆発物取締罰則違反容疑及び銃刀法違反の現行犯で逮捕します。余罪についても署で追及します」

吉川

「‥はい」

やるせない思いで、吉川議員に手錠をかける。

石神さんたちはそれを、安堵した様子で見守っていた。

【官邸前】

後藤

加賀班も逮捕者2名連れて本庁に戻るそうです

石神

そうか‥

黒澤

いや~良かったですね

それもこれもサトコさんの愛のおかげ

サトコ

「な‥!」

「何言ってるんですか!」

颯馬

フフ‥良かったですね、石神さん

石神

‥‥‥

外部でテロリストを警戒していた颯馬教官とも合流して、私たちは警察車両へと向かう。

サトコ

「‥っていうか、石神教官はなに出歩いてるんですか!」

「病院にいなきゃ‥」

(自力で歩いてるし‥!)

(顔色も少し悪い気が‥)

黒澤

だから言ったでしょう?どうせ後藤さんが喋っちゃうって

石神さんも病院でなんて寝てられませんよねー

教え子にこんなに体張られたら

サトコ

「やっぱり口止めしとくべきでした‥」

後藤

上官への報告義務を果たしたまでだ

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それに俺は止めた。一応な

颯馬

聞く耳は持つわけないでしょうけどね

後藤

そういうことだ。石神さんのことは、あとは氷川に頼む

サトコ

「え、ええ‥?」

石神

ここまで来たら、本庁に立ち寄るくらい問題ないだろう

黒澤

何言ってるんですか!

これ以上、氷川さんに心配かけたら彼女ハゲちゃいますよ

サトコ

「‥確かにハゲるかもかもしれません」

「どれだけ心配したと思ってるんですか!」

石神

それは俺の台詞だ

サトコ

「え‥」

思いのほか真剣な眼差しに、失速する。

石神

‥‥‥

後藤

‥俺からしてみると、どっちもどっちですが

黒澤

この教官にしてこの補佐官あり‥

サトコ

「そ、そんなバカな‥」

「鬼の石神教官ですよ?私と一緒にされたんじゃ困りますって」

後藤

アンタと石神さんはどこか似ている

今回はそう思わされた

(嬉しいような、申し訳ないような‥)

ちらりと石神さんの顔を窺うものの、その胸中は読み取れない。

黒澤

ということで、今度はちゃんと病院で寝かせてあげてくださいね

今は、石神さんの手綱を握るのはサトコさんですよ

颯馬

吉川たちのことは任せてください

サトコ

「えーっと‥」

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(な、何て答えれば‥)

<選択してください>

A: お言葉に甘えて看病を‥

サトコ

「じゃあ‥お言葉に甘えて看病を頑張ります」

黒澤

石神さん、報告書必須ですから

石神

‥‥‥

黒澤

ウソですゴメンナサイ

石神

病み上がりに面倒な対応をさせるな。また頭が痛くなる

サトコ

「ふふっ」

石神

はぁ‥

B: 荷が重いです

サトコ

「荷が重いです‥」

石神

いつまでも俺を怪我人扱いするな‥

黒澤

テンションが息ピッタリですね。ふたりとも

サトコ

「お、面白がらないでください!」

C: 吉川さんの件はよろしくお願いします

サトコ

「吉川さんの件はよろしくお願いします」

ガバッと頭を下げる。

黒澤

ああマズイ‥また目から鼻水が‥

颯馬

サトコさんも、石神さんをよろしくお願いしますね

石神

‥あとは頼んだ

教官たちが警察車両に乗り込むのを見届けて、隣を見上げる。

石神

‥よく頑張ったな

サトコ

「石神さん‥」

石神さんが、微笑みかけている。

歩いて、息をして、私の手を引いてくれる。

それだけで、喉元に何か熱いものが詰まってしまったように言葉が出てこない。

サトコ

「‥‥‥」

(良かった‥)

もしかしたら今ここに、石神さんはいなかったかもしれない。

こうして隣にいることが、なんだか奇跡みたいに思えてくる。

石神

サトコ‥?

サトコ

「‥おかえりなさい」

石神

‥‥!

サトコ

「‥‥‥」

石神さんの足を止めて向かい合うと、ゆっくりとその背中に腕を回した。

ちゃんと温かで、耳を当てると鼓動の音が聞こえてくる。

石神

‥ただいま

そっと私を抱き寄せながら、ぽつりとつぶやく声が降ってきた。

【病院】

サトコ

「石神さんが叱られているところを見るなんて、貴重な体験」

石神

誰のせいだ‥

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石神さんに付き添って病院へ戻ると、ベテランナースからのお説教が待っていた。

(“よくまぁそんな身体で歩けたわね‥”って呆れはしてたけど)

(でも、動けるようになって良かったって先生も言ってたし‥)

聞けば、とてもじゃないけれど外出許可なんて出せる状態ではなかったらしい。

<選択してください>

A: 無茶しすぎです

サトコ

「‥無茶しすぎです」

石神

ここで無茶をせずにいつするんだ

サトコ

「‥屁理屈」

石神

お前にだけは言われたくない

サトコ

「ふふっ」

B: やっぱり私のせいですか?

サトコ

「‥やっぱり私のせいですか?」

石神

言わなくても分かるだろう

サトコ

「分かるけどあえて聞きたいなーなんて」

石神

‥‥‥

C: 病は気からって本当ですよね

サトコ

「病は気からって本当ですよね」

「後藤教官に話を聞いただけで、動けるまでに回復するなんて‥」

石神

‥危機感で回復するなんて二度とごめんだ

生きた心地がしなかった

サトコ

「う‥すみません」

サトコ

「‥って、こんなことしてたらダメですよね」

「ごめんなさい、ゆっくり休んで‥」

石神

大事な女が自分の代わりに危険な場へ出向いていると聞いて、じっとしていられる男はいない

サトコ

「え‥」

ベッドに腰掛けた石神さんに手を引かれたかと思うと、その腕の中に収められる。

石神

頼むから‥そんなに急いで成長しようとするな

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心臓がいくつあっても足りない

サトコ

「‥‥‥」

「私‥少しは役に立てましたか?」

石神

ああ

サトコ

「余計なことじゃなかったですか‥?」

石神

‥お前が先手を打って動いていなければ、吉川は生きていなかったかもしれない

サトコ

「え‥!?」

石神

吉川が繋がっていたテログループは、中東圏で強大な力を持つテロ組織の末端だ

日本の首相を脅かすことに協力関係が生まれたとすれば

成功すれば上の人間までもがでてきていただろう

そうなれば吉川は取り込まれて海外へ放り出されるか、消されるかの二択になった

(そ、そんなに大きな事件だったんだ‥)

石神

捜査一課は連続窃盗犯を追っていた。テログループ内に資金集めをしている人間がいたからな

知らずに目標が同じだったというわけだ

捜一に先を越されて逮捕者を出せば、吉川が罪を重ねることはなかったかもしれないが‥

テログループ自体は野放しになっただろう

サトコ

「‥‥‥」

つまり、何を取ってもどこかに犠牲が出たということだ。

石神

結果的に、吉川を守り罪を償わせ、テログループ壊滅に繋げることが出来る

‥最善のシナリオだ

サトコ

「い、今頃になって震えが‥!」

(夢中で突っ走っただけだったから、そんな大それたことをしてるつもりなんてなかったのに‥!)

石神

知らない、ということも武器になるものだな

抱き締め合ったまま、テロだ何だと色気のない話をする。

ここ数日の不安が溶けて、やっと肩の力が抜けていく気がした。

サトコ

「‥こうやって石神さんと話すの、ものすごく久しぶりな気がします」

石神

‥心配かけてすまなかった

サトコ

「謝らないでください。もとはと言えば、私を庇ったせいなんですから‥」

「助けてくれてありがとうございました」

石神

‥‥‥

サトコ

「私が動いたことに意味があったってわかって、本当にホッとしてます」

石神

そうか‥

サトコ

「‥石神さんの足を引っ張りたくなかったんです。どうしても」

「無茶でも何でも、ここで諦めたら石神さんに顔向けできないって、そればっかり‥」

石神

サトコ‥

サトコ

「でも本当は怖かったんです」

「石神さんがもし、このまま動けなくなったらとか‥」

「刑事生命に関わるくらい深刻な症状が出たらどうしようとか‥」

「吉川議員に拳銃向けられるよりも、そっちの方がずっと怖かったんです」

石神

‥‥‥

(捜査に必死で、無意識に考えないようにしてたけど‥)

石神さんの腕にぎゅっと力が込められて、私は鼻先をその胸に押し付けた。

この温もりを失いかけたのだと思うと、苦しいくらいに胸が痛む。

石神

‥吉川にも、お前のような心があればまた、違ったのかもしれないな

サトコ

「私のような心‥?」

石神

相手の気持ちを汲める心だ

サトコ

「‥吉川議員にも、それはあったと思いたいです」

「相手の気持ちを汲んで尽力してるんだって、一時は私、憧れすら抱いてましたから‥」

「ああやってテキパキとサポートして、石神さんに付いて行けるような人になりたいって」

(私も、石神さんが成そうとしていたことをどうしてもやり遂げたかった‥)

(吉川議員だってその一心だったんだよね。やり方は間違ってたけど‥)

石神

‥お前と吉川が決定的に違うことがひとつある

サトコ

「え‥」

「それはだから、実力が伴ってないところですよね‥?」

石神

「そんなものはこの先に付いてくるものだろう」

サトコ

「‥そう願いたいものです」

石神

‥少なくともお前は、ちゃんと愛されている

俺にな

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サトコ

「!」

石神

それに今回は、お前の力なしでは解決しなかった

感謝している

サトコ

「石神さん‥」

少し身体を離して見上げると、石神さんの手が優しく頬に添えられる。

どちらからともなく引き寄せあって‥静かに唇を重ねた。

愛おしげについばむようなそれに、胸の奥がじんと痺れる。

(ちゃんと、あったかい‥)

石神さんの腕の中で繰り返される甘いキスに、泣きそうなほどの幸福感を覚えた。

to be continued

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