カテゴリー

元カレ カレ目線 颯馬 1話

【教官室】

パリンッ

気が付くと、持っていたマグカップが壊れていた。

(これは···)

自分でも信じられないけれど、サトコの元カレ話に結構動揺してしまったらしい。

黒澤
しゅ、周介さん···凄い力ですね

颯馬
おっと
···力が入り過ぎてしまいましたね

なるべくいつも通りを装ったつもりだが、サトコは心配そうな顔をしていた。

(今まで考えなかったわけじゃない。彼女も大人の女性だし交際期間がゼロのはずがない)
(それを目の当たりにするだけで、これほど動揺することになるとは···)

自分の心を落ち着かせようとした時、サトコの携帯が鳴る。

サトコ
「······」

(電話に出るのを躊躇ってる···)
(なるほど、噂のカレからか···?)

元カレからの電話というだけで、自然と手に力が入ってしまう。

颯馬
······

けれど、それを我慢して握りこぶしをそっと開き、平静を装った。

東雲
電話鳴ってるよ。何で出ないの?

サトコ
「えっ、いや、あの···」

颯馬
サトコさん、私たちのことは気にせず出てもいいんですよ?

サトコ
「···あ、ありがとうございます」

颯馬
······

サトコは鳴り続ける携帯を持って、教官室から出て行った。

東雲
元カレかー。やっぱり元カレの存在って気になるものですよね
そう思いませんか、颯馬さん?

歩は意味深な笑みを浮かべながら、言葉を投げかけてくる。

颯馬
なぜ、私に話を振るのか分かりませんが、それはどういう意味ですか?

東雲
いや、一般的によく言うじゃないですか
だから、颯馬さんはどう考えているのかなって、思っただけですよ

颯馬
···そうですか。人の過去はあまり詮索するものではありませんよ、歩

東雲
へぇ、颯馬さんって過去のことはまったく気にしないタイプなんだ

颯馬
変えられない過去よりも、今が大事ですからね

東雲
さすが颯馬さん、大人ですね

石神
おい、無駄話はいい加減にして仕事に戻れ

東雲
すみません

(まったく歩は···)
(過去がどうであれ、彼女の今の恋人は俺だ)

自分に言い聞かせ、仕事に集中しようと報告書に目を通したときだった。

黒澤
みなさん!スクープです!

石神
···もっと静かにドアを開けられないのか

石神さんがため息交じりに呟いた時、黒澤は爆弾発言を投下した。

黒澤
サトコさんは結婚の約束をしていた人がいました!

(結婚···?)
(···噂の元カレとサトコは、結婚を考えるほど深い仲だったというわけか)

せっかく落ち着かせようとした心も、黒澤の言葉で再び穏やかではいられなくなった。

【個別教官室】

サトコ
「······」

颯馬
······

あれから、私は話を途中で切り上げさせ、彼女に明日の講義の準備を手伝ってもらっていた。
この雰囲気に気まずさを覚えているのか、先ほどからチラチラと視線を感じる。

颯馬
···さっきの電話、もしかして噂の元カレですか?

サトコ
「え?」

質問を投げかけてみると、彼女は視線を泳がせ、言葉を選んでいるように見えた。

(恐らく私のことを考えてくれているのでしょう)
(でも···はっきりと言ってもらった方が安心できることもあるのですが)

どうやら、私は意外と嫉妬深い性格らしい。
元カレが何のために電話をしてきたのか、サトコに対してやましい感情がないか······
それらをすべて知りたくて仕方なくなっているのだから···

颯馬
サトコさん

サトコ
「は、はい?」

颯馬
元カレの話なんて話し辛いのは分かるんですが···
本当のことを話してもらえたら、嬉しいです

私の言葉に、彼女は少し安堵したような表情を見せて話し始めた。

サトコ
「さっきの電話は元カレからでしたけど···」

サトコがおずおずと口を開き始める。

サトコ
「普通に話しただけなので···その、誤解しないでくださいね?」

颯馬
ええ、私はサトコさんを信じていますから
···ですが

(本当なら、こんなことを言うべきじゃない)
(···それは、分かっているんですけどね)

颯馬
元カレと言う割には、随分と仲が良いのですね

サトコ
「え?」

私の意地悪な言葉に、サトコは目を瞬かせながら驚く。

颯馬
元カレの話をする貴女は、どことなく穏やかな表情をしているように見えます

彼女の前では余裕のある大人でいたいと思うのに、嫉妬心が邪魔をしてくる。

サトコ
「そ、そんなことないです···!」

颯馬
本当にそうですか?

動揺した顔を見られたくなくて、私は視線を逸らす。

サトコ
「······っ」

(違う···彼女を困らせたいわけではない)
(もう少し、私も大人の対応が出来ればいいのですけど)

サトコ
「あの······」

その後、彼女は嘘偽りなく話してくれた。
その表情、言葉から嘘など微塵も感じられず、私の猜疑心が溶けていくのが分かる。

(素直なサトコだからこそ、私は心配できるんでしょうね)
(···元カレからの電話だけで動揺するなんて、子どもじゃあるまいし)

これでは、歩にからかわれても文句は言えない。

(嫉妬深くなるのはやめよう、冷静でいなくては···)
(サトコは疑われることなど何もしていないのだから)

サトコ
「あの、それで···」
「えっと···話したいことがあるから会えないかって言われたんです」
「もちろん、断りました···!」

颯馬
え?何故断ったんですか?

サトコ
「な、何故って···」

サトコは酷く驚いたような表情を見せた。

サトコ
「だって、彼女が元カレと会うのって···いい気はしないですよね?」

確かに、さっきまでならそう考えていたかもしれない。
けれど、今の私には嫉妬や疑いなど必要のないもの。

颯馬
もう何とも思っていないのなら、元カレと会うことは問題じゃありません
懐かしい話もあるでしょうし、私は行っても構いませんよ?

サトコ
「······」

私の言葉に、サトコは少しだけ不安げな表情を見せた。

(サトコが友人として元カレに会うのなら、何も心配は要りませんからね)
(サトコも元カレと友人として会いたいでしょうし···)

それに、サトコはこう見えて意志の強い女性だ。
相手がヨリを戻したいと言ってほだされるような人ではない。

サトコ
「···颯馬さんは」

颯馬
はい?

サトコ
「いえ、なんでもありません···」

結局、サトコは元カレに会いに行くことを決めた。

(休日にサトコと過ごせないのは残念ですが···)
(まぁ、私たちにはこれからがありますし、彼女を束縛したくもありませんからね)

【颯馬 マンション】

そして、サトコが元カレと会う日···

颯馬
···はぁ

休日でアラームをセットしていないのにも関わらず、やけに早く目が覚めてしまった。

颯馬
気にしないようにしていたはずなんですけどね···

(···こうして目が覚めてしまうのは、サトコと元カレを気にしているからか)
(信じて送り出したのに···これじゃ、小さい男と変わりないな)

時計を見ると、午前7時前。

(これがサトコと過ごす休日なら、もっと楽しい気分でいられたんだろうけど)
(···少し早いけれど、掃除と洗濯でも終わらせておくか)

颯馬
······

普段と変わりない休日を過ごしているにもかかわらず、つい携帯電話をちらちら気にしてしまう。

(もう、元カレと会っている頃だろうか)

時計はお昼前を指している。

(確か、お昼頃からだと言っていたような気が···)

颯馬
はぁ···

気にしないようにしていても、頭の中をチラついてしまう。

颯馬
テレビでも見ようか···

テレビのリモコンを手にした時、携帯電話にメールが届いた。

(まさか、サトコ···?)

淡い期待を胸に抱くも、送信主の名前を見て、思わずため息が漏れる。

颯馬
御子柴か···

御子柴
『突然すいません!姐御がしらないイケメンとふたりで歩いていました!』
『アニキにはいちお、知らせておいた方がいいかと思いまして···』

(···イケメン)

御子柴
『ちょっと、尾行してみましょうか?』

(······)

尾行しろ、というのは簡単だ。

(けれど、それでは私がサトコを信じていないことになってしまう···)

「詮索するものではありません。友人と会うと聞いています」···と返信する。
すると、数分経たないうちに『分かりました!』という一言が返ってきた。

(家にいても気が滅入るばかりだし、買い物にでも行くか···)

何度目になるか分からないため息をついた後、私は近くのスーパーへと向かい始めた。

【スーパー】

男性
「今日は俺が夕飯作ってやるよ」

女性
「えー、大丈夫?」

男性
「こう見えても、やる時はやるんだって!」

(やる時はやる、か···)
(そういえば、以前サトコも同じ言葉を言っていたな)

あれは、1ヶ月ほど前の話だ。

颯馬
···サトコさん?

私の部屋に来たサトコは、色々と食材を買い込んできた。

颯馬
どうしたんですか?そんなに食材を買い込んで···

サトコ
「颯馬さん、今日は私に夕飯を作らせてくださいね」

颯馬
今日は、サトコさんが作ってくれるんですか?

サトコ
「はい!いつも美味しいご飯をご馳走になってるので···!」

颯馬
そんなことは気にしなくてもいいんですよ?

サトコ
「大丈夫です!私だってやる時はやるんですよ?」

颯馬
フフ、それではふたりで作りましょうか

サトコ
「えっ、それじゃ普段のお礼にならないですよ···」

颯馬
私はサトコさんと一緒に料理をしたいんですよ
リビングでひとりで待っているのは淋しいじゃないですか

そう言うと、サトコは頬を染めながら、嬉しそうに微笑んだ。

颯馬
それとも、サトコさんは私にひとりで過ごせ···
なんて、冷たいことを言うんですか?

サトコ
「···ずるいです。そんなこと言われたら断れないじゃないですか」

颯馬
フフ、断れなくしていますから
さぁ、ふたりで料理をしましょう

(こんな時でもサトコのことを思い出すなんて···)

自分の考えに苦笑しながら、私は手早く買い物を終らせた。

【マンション】

颯馬
···さて、これはどうするべきか

目の前に並んでいる料理を見て、私は苦笑する。
並んでいるのは、サトコの好物ばかり。

(最近の休日は、ふたりで食事をするのが当たり前になっていたから···)
(それに、いつも美味しそうに食べてくれるので多めに作るのがクセになっていますし)

心の中で呟きながら、携帯電話を見る。

(···変わらず着信も、メールもなしか)
(今日、サトコはここには来ない)

つまり、この量をすべて私が食べきらなくてはいけない。

(残った分は明日の弁当にでも···)
(···いや、それより後で彼女を夕食に誘ってみるのもいいか)

そこで、今日の自分がサトコのことしか考えていないことに気付く。

颯馬
···まったく、私はどれだけ気にしているんだ

考えてみれば、ここまで女性に執着したことはなかった。

(嫉妬しているなんて、サトコに知られたくないのも···)
(サトコのことが、こんなに気になるのも···)

颯馬
この私が余裕をなくすくらい、サトコのことを好き···ということですか

すると、キッチンの窓から見慣れた姿が視界に入ってくる。

颯馬
おや?あれは···

まるで緊急事態の時のように、必死になるサトコの姿。

(今は元カレと会っているはずじゃ···?)

ここにいるはずのないサトコに、私は何かを考えるより前に、自然に身体が動いていた。

【エントランス】

颯馬
そんなに焦ってどうしたんですか?

なるべく平静を装いながら、私はエントランスのドアを開ける。

サトコ
「えっ!?」

インターホンが押される前にドアを開けたせいか、サトコはビックリしていた。
けれど、私の姿を見た途端、嬉しそうな笑顔を見せて···

サトコ
「やっぱり、私···颯馬さんが大好きです!」

颯馬
···!

その言葉は、まるで魔法の言葉のように聞こえた。
彼女の言葉が、心の中の不安も何もかもが消えてしまうのだから。

(···やっぱり、俺はサトコのこの笑顔が好きなんだ)
(そんなに急いで来てくれたのか···?)

走ってきたせいか、サトコの髪は乱れている。
それを直していると、彼女はジッと私を見上げてきて···

サトコ
「ひとりで勝手に拗ねて、あんな態度を取ってしまいましたけど···」
「ごめんなさい。やっぱり、私には颯馬さ···」

颯馬
···っ

サトコが最後まで言う前に、私は彼女を強く抱きしめていた。

(本当に、貴女には敵いませんね···)

不思議とそれが嫌じゃなかった···

(貴女になら、一生敵わなくてもいい)
(私に、そんな風に思わせるんだから···貴女は怖くて、愛しい存在ですよ)

抱きしめる腕に力を込めながら、私はそんなことを考えていた。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする