カテゴリー

元カレ カレ目線 東雲 1話

【個別教官室】

うちの彼女が、最近「昔の男」と再会したらしい。

(狭霧一、大学病院勤務、出身地・長野県···)
(高校時代の交際相手···)

カチャカチャとキーボードを叩いて、訓練生名簿の追加記載を済ませる。
最後にSNSで拾った「ハジメテ」くんの写真を添付して、オレは保存ボタンを押した。

(はい、終了っと)

こんなの、どうってことない。
誰にだって「ハジメテ」はあるだろうし、彼女もいい大人だ。
これまでに物好き···いや、恋人がいたことくらい担当教官として把握している。
まぁ、若干、情報修正をしないといけないようだけど。

(そのあたりのことは、あとで確認するとして···)
(さしあたっての問題は···)

黒澤
いやぁ、いつ見てもエグいですよねー、訓練生名簿って
趣味も交友関係も、バレた時点で全部記録されるんですから

···そう、コイツ。
空気を読めないフリが得意な、オレの後輩。

東雲
別に訓練生だけじゃないじゃん
オレや透のことも、別の名簿にあれこれ書かれてるんだし
透なんて、これまでの合コンの回数も記載されてるかもね

黒澤
ちょ···勘弁してくださいよー

透はケラケラ笑いながら、オレのPCを覗き込んできた。

黒澤
で、サトコさんの他の交友関係は···
『親しい友人:佐々木鳴子、千葉大輔』···
えっ、これだけですか?

東雲
そうだけど

黒澤
えー、肝心なことが書いてないじゃないですかー
一番大事な『今カレ』についての記載が!

(···ほら来た、面倒なパターン)

東雲
さぁ、そのうち記載されるんじゃない?

黒澤
あれあれ~?
歩さん、もしかして心当たりでもあるんですか?

そこは、あえて反応しない。
すれば面倒なことになるのが目に見えているわけで···

黒澤
あー、でも案外···
この『元交際相手』が『現交際相手』になったりして···

···ダメだ、前言撤回。

東雲
透、うるさい

いったん黙らせようと、オレは透の「弱点」に手を伸ばした。
ところが、今日に限ってするっとかわされてしまって···

黒澤
知ってましたか、歩さん
再会した元カレとの復縁率はなんと78%だそうですよ

(は?)

東雲
···なにそれ。どこ調べ?

黒澤
『KL情報バンク』調べです
ちなみに一番復縁しやすいのは
再会後2人きりで飲みに行った際に女性が酔っ払ったパターンで···

透のくだらない話は、その後1分ほどで終了した。
石神さんが直々にやってきて、鉄拳回収していったからだ。

(これで、この件は終了···っと)

オレは、サクッと名簿用のファイルを閉じた。
それと同時に、今回の一件も頭の中からデリートした···

···はずだったんだけど

東雲
食事会?

サトコ
「はい、その···例の元カレが3人でどうかと···」

東雲
え、ムリ
興味ない

遠慮なくそう答えると、彼女はあからさまに肩を落とした。

サトコ
「分かりました。食事会の件は断ります」

(ん?なにそれ···)

東雲
なんで断るの?

サトコ
「え···」

東雲
もともと誘われたの、キミだけだよね
だったら行けば?
キミだけでも

とたんに、彼女は大きく目を見開いた。

サトコ
「で、でも2人ですよ!?」
「ハジメと私、2人きりで食事するんですよ!?」

東雲
それが何?

サトコ
「なにって···」
「教官は気にならないんですか?私がハジメと食事をするの···」

東雲
べつに
ただの元カレでしょ
名前も勤務先も知ってるし
その気になれば住所も実家も分かるし

(ていうか、実はすでにどちらも調査済みだし···)

ついでに、トイッターや他SNSでの書き込みも一通り確認した。
結果、狭霧一はいい意味での「意識高い系リア充」
つまり、危険思想の持ち主ではないと判断した。

(だったら、オレに止める理由はないわけだし)

それなのに、彼女はあからさまに不満そうな表情を見せてくる。

(なに、そんなに3人で食事をしたいわけ?)

···そうか、そうじゃなくて···
分かっていたからこそ、わざと「外した」答えをぶつけてやった。

東雲
ああ、でも1点あるかな
元カレの気になってる点

サトコ
「···何ですか?」

東雲
性癖
相手に移るって言うじゃない。ああいうの

彼女は、口をパクパクさせた。
そりゃそうだ。
さすがのスッポンにも恥じらいくらいはあるだろう。
オレは彼女に背を向けると、気付かれないようにため息をついた。

東雲
とにかくさ
2人で行って来れば
別に反対しないし

そう、反対していないんだよ、オレは。
それなのに···

サトコ
「···いいんですか、本当に」

東雲
しつこい
むしろなんで行かないの?
まだ元カレに気でも···

サトコ
「ありません!」
「これっぽっちもないです!」

ものすごい食い気味に、彼女は答えた。

サトコ
「本当に私、今は教官のことだけが···」

東雲
知ってる
だから行っておいで
へんに疑ったりしないから

(キミの気持ちなんて、ウザいくらい知ってるから)

サトコ
「···わかりました」
「それじゃ、失礼します」

背後で、力なくドアの閉まる音がした。
それで、ようやくオレは視線を室内へと戻した。

東雲
······

だって、もうどんな表情をしたっていい。
ここにはオレしかいないんだから。

まぁ、とにもかくにも···
オレは、元カレとの食事会をためらう彼女の背中を押してやった。
その判断は、教官としても恋人としても、別に間違っていなかったと思う。
だって、あの子が浮気するとは思えないし、
それくらい好かれている自信は、いちおうオレにもあるわけだし。

【モニタールーム】

ただ、彼女の方は釈然としなかったようで···

サトコ
「お疲れさまです。資料持って来ました」

東雲
ありがと
そこの机に置いといて

サトコ
「はい」

いったん、彼女の気配が遠ざかる。
けれども···

サトコ
「······」

東雲
···なに?まだなんか用?

サトコ
「あの···」
「例の食事会、明日に決まりまして」

東雲
···ああ

サトコ
「時間は19時からで···」
「場所は吉祥寺で···」

東雲
······

サトコ
「お店の名前は···」

聞いても行かないよ、と言いかけて口をつぐんだ。
今、ここでそう答えるとちょっとマズいことになる。

東雲
わかった。その件については報告書を出して
明日までにメールでいいから

サトコ
「······」

東雲
···聞こえた?メールで報告···

サトコ
「本当にいいんですか?食事会に行っても」

(あ、バカ···!)

サトコ
「わかってます!教官は私を信用してくれてるって···」
「頭では分かってるんですけど、なんかこう···」
「なんか···」

ついに1人告白大会が始まった。
仕方なく、オレは彼女をさえぎってモニタールームに声を掛けた。

東雲
兵吾さーん、そろそろ休憩しませんか?お茶でも淹れますよ

サトコ
「!!」

加賀
···コーヒー、ブラック

ああ、妙な間が空いた···
ってことは、たぶん聞かれてた。今の会話。

(ったく···)

彼女に目配せをして、「帰れ」と合図を送る。
彼女は、何度も頭を下げて、逃げるようにモニタールームを出て行った。

(はぁぁ···もう面倒くさ···)

もっとも、聞かれたのが透や颯馬さんじゃないだけ、マシだったのかもしれない。
あるいは、室長じゃないだけ気がラクかも。

加賀
やっぱり砂糖を入れろ

東雲
了解でーす

リクエストにお応えして、使い捨てカップに砂糖を2袋。
さらに煮詰まったコーヒーを注いで、兵吾さんの前にコトンと置いた。

東雲
で、どうでした?ほしかった映像は···

加賀
ねぇ

東雲
やっぱり。まぁ、保存期間過ぎてますしね
それか、誰かがすでに持ち出したあとで···

加賀
いいのか

話してる途中だったのに、あっさり遮られた。

東雲
何がですか?

加賀
······

東雲
補佐官のプライベートにまで口出しするつもりはありませんよ
オレにそんな権限ありませんし、それに···

加賀
甘ぇ

ゴン、とテーブルが鳴った。
兵吾さんが、使い捨てカップを乱暴に置いたせいだ。

東雲
···砂糖なら2袋しか入れてませんよ

加賀
······

東雲
じゃあ、次から1袋に···

バタン、と音を立ててモニタールームの扉が閉まった。
半分以上も残っているコーヒーを眺めながら、オレは自分の分に口をつけた。

【学校 廊下】

翌日。
昼過ぎに学校に来ると、資料を抱えた千葉と出くわした。

千葉
「お疲れさまです。休日出勤ですか?」

東雲
ま、そんなとこ
そっちは?颯馬さんの手伝い?

千葉
「はい。資料の整理を頼まれてしまって···」

千葉の視線が、そわそわと動く。
その意味に気付いて、オレは唇の端をつりあげた。

東雲
来ないよ。うちの補佐官は

千葉
「えっ」

東雲
デートだってさ
高校時代の元カレと

千葉
「ええっ!?」

明らかに動揺している千葉を見て、少し気分が良くなった。

(ほんと、いじり甲斐のあるヤツ)

もっとも、彼女はオレにこういう反応をしてほしかったのだろう。
だからこそ、昨日もわざわざ直接報告しに来て···

(···バカバカしい)

すれ違いざまに千葉の肩を叩いて、オレは教官室へと向かった。

【個別教官室】

この日の仕事は、予想以上にはかどった。
雑務中心とはいえ、いつになく集中できたおかげだろう。
実際、コーヒーのおかわりとトイレ以外の休憩は取らなかった。
それくらい黙々と作業に打ち込んだ結果···

気がつけば日は暮れ、時計は20時を回っていた。

東雲
ああ、これ···

(スマホのデータフォルダに関連資料があったはず···)

キーボードを打つ手を止めて、スマホに手を伸ばす。
そこで、ようやくLIDEのポップアップメッセージに気が付いた。

······食事会に行ってきます

受信時刻は1時間以上前。
オレは、改めて現在の時刻を確認した。

(レストランなら、ちょうど食事が終わる頃···)
(でも、居酒屋だったら···)

数日前のことが、嫌でも頭を過る。
タブレット画面で確認した「ハジメテ」くんの写真と履歴。
そんな彼のひととなりを誇らしげに語っていた、うちの彼女。
そして······

黒澤
知ってましたか、歩さん
再会した元カレとの復縁率は、なんと78%だそうですよ

東雲
···なにそれ、どこ調べ?

黒澤
「KL情報バンク」調べです!

気がつけば、人差し指が勝手に文字入力していた。

(復縁率···KLバンク調べ···)
(検索···)

東雲
···じゃなくて!

オレは、慌てて検索バーの文字をすべて消した。

(なに今の)
(バカなの、オレ)

でも、たぶんこれがオレの本音だ。
「ハジメテ」くんのことが、本当は気になって気になって仕方がない。

東雲
サイアク···
ほんと、バカ···

これまで、過去なんてどうでもいいと思っていた。
それは恋愛に限らず、生きていくうえでのあらゆる面において‥
大事なのは「今」だから、「今」だけを見ていればいいと思って来た。
それに···
(そもそも、さちのこと···いろいろバレてるし···)

彼女は、オレが長年好きだった女性のことを知っている。
しかも、そのことで何度も傷ついてきたはずだ。

(なのに···)

彼女の元カレは認めない、なんて言えるはずがない。
もちろん「復縁する」などと言い出したら話は別だけど···

(2人で食事をするくらいなら···)

ふいに手の中のスマホが鳴り出した。
これは、メールやメッセージではなく音声通話の着信だ。

(しかも、この着信メロディー···)

ディスプレイを確認するまでもない。
このメロディーを振り分けている相手は1人しかいないのだ。
だから、わざと素っ気ない声で電話に出た。

東雲
はい···

???
『東雲さんの携帯でよろしかったですか?』

(···男?)

瞬時に身構えたのは、職業柄、仕方のないこと。
何かあったのかと、オレは口調を改める。

東雲
失礼ですが、どちら様ですか?

ハジメ
『ああ、すみません。私、狭霧と申します』
『氷川サトコさんのこと、ご存知ですよね?』

東雲
ええ、彼女がなにか?

ハジメ
『今、一緒にいるのですが、彼女酔いつぶれてしまいまして···』

受話口の向こうから「ハジメぇ」と甘えた声がする。
それに対して「今、電話中だから」と苦笑まじりに応じる男。

(あのスッポン···)

気がついたら、口が勝手に動いていた。

東雲
迎えに伺います。場所はどちらですか?

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする