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元カレ カレ目線 颯馬 2話

あれから、サトコは私が作った料理を何度も『美味しい』と言って食べてくれた。
彼女の喜ぶ顔をもっと見たい、そう思った私はとっておきのものを取り出した。

サトコ
「あ···これ···!」

颯馬
これ、以前サトコさんが見たいと言っていたDVDですよね
良かったら一緒に観ませんか?

サトコ
「颯馬さん、覚えててくれたんですね」

颯馬
ええ、貴女の言葉なら私は何でも覚えていますよ

サトコ
「···っ」

颯馬
フフ、照れてるんですか?

サトコ
「も、もう!からかわないでください···」

颯馬
からかってなどいませんよ?すべて本心ですから

サトコ
「わ、私にとっては、それがからかわれていることになるんです···」

たわいもない会話の中、私の言葉でサトコが微笑んだり、頬を赤らめたりする。
ただそれだけのことが、この上なく特別で嬉しく感じた。

サトコ
「······」

そんなことを考えていると、サトコが不思議そうに首を傾げる。

サトコ
「颯馬さん、今日は何かいいことでもあったんですか?」

颯馬
え?

サトコ
「今日は颯馬さん、ずっと笑っている気がして···」
「普段も笑顔なんですけど、今日は特に機嫌が良さそうっていうか···」

どうやら浮ついた気分が顔に出ていてしまったらしい。
だらしない表情を見られてしまい、少し気恥ずかしい気持ちに駆られる。

サトコ
「あの、颯馬さん?」

颯馬
···いえ、貴女と一緒にいられて嬉しいだけですよ
いつも嬉しいですけど、今日は特に嬉しいんです

サトコ
「颯馬さん···」

照れ臭そうな表情を見せた後、私の手を繋いでくれるサトコ。
そんないじらしい姿が愛しくて、彼女を強く抱きしめる。

サトコ
「あの···」
「私も颯馬さんと一緒にいられて嬉しいです」

颯馬
今日は、ずっとそばにいてくださいね

(本当は今日1日寂しかった。と言えればいいのですが···)
(大好きな彼女の前ではカッコよくいたい···)

素直になれない性格は、いまだに直っていないようだ。
サトコの髪を撫で、前に落ちてきた髪をそっと耳にかけながら苦笑してしまう。

サトコ
「もちろんです!颯馬さんさえ良ければ、いつまでもいますから···!」

颯馬
フフ、それは頼もしいですね
しかし、貴女には危機感と言うものが少々欠けているようです

サトコ
「え?」

颯馬
夕食の時も言いましたよね?
私がせっかく我慢しているのに、そうやって貴女が煽ってくると

サトコ
「っ···」

颯馬
サトコさんが悪いんですよ
私がせっかく我慢しているというのに、そうやって煽ってくるんですから

サトコ
『わ、私は別に煽ってなんか···!』

颯馬
それならば、無自覚ということになりますね
···ですが、自覚があろうとなかろうと責任は取ってもらいますよ

颯馬
あの時も言いましたが、責任は取ってもらいますからね

サトコ
「せ、責任···」
「でも、DVDを見なくちゃ···」

颯馬
サトコは、俺とこうしているのは嫌?

サトコ
「い、嫌だなんて···っ」

サトコは顔を赤らめながら、困ったように視線を泳がせている。
そんな姿にさえ、心を乱されるのだから恋と言うものは本当に厄介だ。

(そんな自分が嫌じゃない···なんて、私も相当重症ですね)

颯馬
冗談ですよ。この映画は貴女もDVDになるのを楽しみにしていましたからね
飲み物を用意してきますから、サトコはDVDをセットしていてくれますか?

サトコ
「あっ、飲み物は私が準備します!」
「颯馬さんは夕食の準備をしてくれましたし···」

立ち上がりかけるサトコを、そのまま制する。

颯馬
いいんですよ、私がしたいだけなんですから
たまには、素直に私に甘えてくれませんか?

サトコ
「···私、いつも颯馬さんに甘えてますよ」

颯馬
そうですか?
では、まだまだ足りないということですね

サトコ
「···それ以上甘えるのは、颯馬さんに悪いですよ」

そんな表情のサトコを見ていると、今にも抱きしめたい感情に駆られる。

サトコ
「私も颯馬さんを甘えさせられることがあったら、何でも言ってくださいね」

颯馬
······

(煽らないで欲しい、と言ったばかりなんですけどね)
(まぁ、こういうところが彼女の良いところなんですけど)

苦笑しながらキッチンに向かい、私は二人分の飲み物を用意し始めた。

女性
『あなたはいつもそうよ、私が何をしても冷静な顔ばかりで···!』
『だから私はあの人のところに行ってしまったんじゃない!』

(この映画、こういう内容だったのか)

恋人に嫉妬して欲しい女性が、元カレの元に向かう。
まるで今回の私たちのようで苦笑してしまう。

サトコ
「ぐすっ···」

颯馬
サトコさん···

サトコ
「この人は、不安だっただけなんですよね」
「···最後はハッピーエンドになって欲しいです」

颯馬
そうですね。きっとハッピーエンドで終わりますよ

サトコの肩を抱き寄せ、再び視線をテレビに向ける。
私自身も不安だったのか、自然と彼女の肩を抱く力が強くなっていた。

それから映画はハッピーエンドに向かい始め、サトコも涙をポロポロ流している。

サトコ
「良かった、ふたりとも幸せになれて良かったです···」

颯馬
そうですね、でも···

サトコ
「颯馬、さん···?」

颯馬
映画の中の二人を見ていたら、貴女の唇に触れたくなりました

サトコ
「そ、颯馬さんっ···」

颯馬
ダメですか?

サトコ
「···ダメ、じゃないです」

颯馬
フフ、良かった

サトコの頬に手を添え、ゆっくりと味わうようにキスを落とす。

サトコ
「颯馬、さ···ん、どうしたんですか?」

颯馬
どうもしませんよ?
ですが、少々困ったことになりました

サトコ
「え?」

颯馬
···このまま、寝室に連れて行ってもいいですか?

サトコ
「···っ!」

颯馬
貴女の嫌がることはしたくありませんからね
嫌なら、ちゃんと否定してください

サトコ
「···意地悪ですね」

颯馬
フフ、それは肯定の意味で受け取ってもいいのでしょうか?

DVDはまだ終わっていないけれど、サトコを横抱きにして寝室に向かう。
お互いの愛を、しっかりと分かち合うために···

【寝室】

お互いを求め合い、夜が更けた頃···
私は疲れ切ったサトコの髪を撫でていた。

サトコ
「···ん、颯馬、さん···」

髪を撫でられる心地よさと、先ほどの気だるさがあるのか、彼女の目はとろんとしている。

颯馬
眠いのなら眠ってしまってもいいのですよ

サトコ
「···はい」

颯馬
おやすみなさい

サトコ
「おやすみなさい···」

(髪を撫でていると眠くなるのは、サトコのクセなのか)
(この、安心しきったように眠る姿は、他の誰にも見せられない···俺だけの特権だ)

颯馬
···サトコさん、私は貴女が思っている以上に独占欲が強いみたいです
今まで他の女性には
こんなふうに自分の感情がコントロールできなかったことはないんですよ?

サトコの髪を撫でながら、私は独り言を続ける。

颯馬
貴女が寝ている時は、こんなに素直に言えるんですけどね···

そんな時、サイドテーブルに置いていた携帯が鳴った。

(こんな時間にメール···?)

訝しげに携帯を見ると、また御子柴からメールが届いていた。

御子柴
『アニキ、こんな時間にすみません!』

(やれやれ、今日は彼からよくメールが届く日だな···)

御子柴
『今日、実はあの後···姐御を尾行しちゃったんですよ』

(···また余計なことを)
(今度会った時にでも、少しキツく言っておかなきゃいけませんね)

颯馬
ん···?

御子柴
『そしたら、一緒にいたイケメンにアニキのことを話してましたよ!』

画面をスクロールさせる指が、ピタリと止まる。

(サトコが、私のことを···?)

どんなことを話していたのか、少し不安になりメールの続きを見るのを躊躇ってしまう。

颯馬
······

御子柴
『アニキのことを、優しくて頼れる大好きな人だって言ってました!』
『相変わらず、ラブラブっすね!』

颯馬
······

(優しくて頼れる大好きな人、か···)

颯馬
そう言えば···

颯馬
そういえば、ひとりで拗ねていたと言っていましたが···
私は貴女を拗ねさせるようなことをしてしまいましたか?

サトコ
『それは···』

おずおずとサトコが言葉を続ける。

サトコ
『···その、ちょっとヤキモチ妬いてほしかったんです』

颯馬
ヤキモチ···ですか

サトコ
『元カレと会うと言っても、颯馬さんは冷静で···』

(冷静で···)

今日の私を知らないからこそ、サトコはそんなことを言えるのだろう。
早起きしすぎたり、料理を作り過ぎたり···
お世辞にも『冷静』とは言い難い行動ばかりだった。

(元カレのところに送り出したのだって、ちょっとした強がりだ···)

サトコ
『信じてもらえているのは嬉しいんですけど、それが複雑で···』

サトコは申し訳なさそうな表情で、俯きながらどんどん言葉が小さくなっていく。

サトコ
『···ごめんなさい』

颯馬
どうして謝るんですか?

サトコ
『だって、ヤキモチ妬いてほしいなんて···嫌な女ですよね』

颯馬
そんなことありませんよ。貴女はとても可愛いですから

サトコ
『そ、そんなことは···』

颯馬
そう思ってくれるほど、私のことが好きと言うことなんでしょう?

私の問いかけに、サトコはゆっくりと頷いて答える。

颯馬
だったら、私が怒る理由は見つかりませんよ
むしろ、貴女の本心を知られて嬉しいくらいです

サトコ
『本当ですか?』

颯馬
もちろん

その言葉に、サトコは嬉しそうな顔を見せる。

サトコ
『あ···そういえば、ハジメ‥元カレが言っていたことがあるんです』

颯馬
···何でしょう?

サトコ
『私が元カレと付き合っている時、今みたいな笑顔はなかったって言われました』
『元カレと付き合っていた時より、私が幸せそうだって···』
『きっと、颯馬さんとのお付き合いが充実しているからなんでしょうね』

颯馬
······

平然と言ってのける彼女に、私は何も言葉を言い返せなかった。

颯馬
···本当は、ものすごく妬いていたんですよ

けれど、御子柴のメールでいつの間にか、俺の不安は完全に消えた。

颯馬
元カレに私との惚気話をするなんて、さすがに私も驚きましたが···

サトコ
「···ん」

指で髪をすくと、サトコは気持ちよさそうに微笑んだ。

颯馬
『過去』にこれほど嫉妬したのは、生まれて初めてだ···
···なんて、絶対にサトコには言えませんけど

素直になれず、どうしてもサトコの前では大人でいたいと思ってしまう。
思ったよりも青い自分に思わず苦笑いしてしまった。

サトコ
「そう···まさん···」

颯馬
サトコ···?起こしてしまいましたか?

けれど、彼女の眼は閉じられたままだ。

颯馬
寝言か?

(寝言でも俺の名前を言うなんて···)

サトコ
「···だい、すき···です···」

颯馬
!?···本当は起きているんじゃないですか?

サトコ
「む···」

軽く頬をつつくと、寝言と共にサトコは眉をひそめる。

颯馬
フフ、まるで子供みたいですね

再び髪を撫でてやると、サトコは穏やかな寝息を立てはじめた。

颯馬
······

自分を惜しげもなく愛してくれる、そんな人が傍にいてくれるこの上ない幸せ。
人を信じることさえできなかった私に、こんな気持ちを教えてくれたのはサトコだ。

(『過去』なんて過ぎ去ったことで、何も心配する必要はないんですよね)
(サトコと俺が過ごすのは『過去』ではなく、これから先の『未来』なんだ)

颯馬
元カレに嫉妬させるほど、素敵な『これから』を作りましょう

サトコに布団をかけなおし、その華奢な身体をしっかり抱きしめる。

サトコ
「···ん」

か細い寝言を紡ぐ唇に、そっと自分の唇を重ねる。
それだけで、サトコは幸せそうな表情を見せた。

(ずっとずっと、一緒にいてくださいね)
(私にとって、貴女はもう手放せない大事な人なんですから···)

俺はこのまま、サトコを抱いて眠ることにした。
朝になったらきっと、顔を真っ赤に染めたサトコが隣にいることが。
それを楽しみにしながら、サトコの頬にキスを落とし、俺も目を閉じたのだった。

Happy   End

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