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ふたりの恋敵編 石神 シークレット2

Ishigami’s Side2

【学校 廊下】

吉川からのクレームがあった翌日。

呼ばれて振り返ると、サトコが申し訳なさそうに眉を下げていた。

サトコ

「おはようございます。あの、昨日のことなんですけど‥」

石神

他の教官から指示があったはずだ

その件についてはもう話すことはない

サトコ

「‥はい。勝手な真似して申し訳ありませんでした」

石神

‥‥‥

(サトコにとっては“勝手な真似”なのか‥)

謝るな。十分すぎるくらいの働きをしてくれたと、抱きしめてやりたいほどだというのに。

(だが、それをしてしまった後のサトコの成長のイメージが尻すぼみだ‥)

サトコは、自分なりに考えて動いた結果、失敗したと思っている。

「そうではない」と言うのは簡単だが、それでは「失敗してなかった」という事実しか残らない。

(お前は、一歩先を考えたいんだろう‥?)

サトコ

「‥石神教官?」

サトコは、ひどく傷ついたような目をして俺を見上げた。

(頑張れ、サトコ‥)

石神

‥ああ、すまない

今後は俺もまたしばらく不在が増える。何かあれば後藤を通せ

サトコ

「分かりました‥」

(厳しく指導することに、こんなに悩むのは初めてだな‥)

元来、自分にも人にも厳しいきらいがあるのは自覚している。

公私混同しないようにと、常に頭にはあるが‥

ことサトコに対しては、感情のふり幅が大きい。

(とにかく今は、サトコの成長を妨げないことだ‥)

できるなら、危険を伴うこの事件にはもう関わらせたくない。

(‥室長、か‥)

指示を出している公安の刑事に電話を掛けながら、廊下を振り返る。

上からの指示、自分の役割、サトコの想い‥

幸か不幸か、そのどれもに妥協はない。

(今回は特に、きつい役回りだな‥)

懸命に顔を上げようとしているサトコの背中が、ただただ俺の胸を痛めた。

【本庁 ロビー】

それから、サトコとほとんど話すことのないまま、1週間が過ぎた。

警察庁を出ようとしたところで、難波室長に呼び止められる。

難波

石神。ちょっといいか?

【屋上】

難波

いやぁ、今日もいい天気だなー

石神

‥何かありましたか

難波

石神

‥‥‥

目も合わせずに差し出された携帯の画面には何かメモのようなものと写真が写されていた。

(テロ予告、か‥)

3日後の、ターミナル駅を標的にした爆破テロ。

俺が確認したのを横目に見て、室長はさっさとその画像を削除した。

難波

氷川、どうにかならねーか

石神

‥相手が爆破テロと言っているところに、訓練生を連れていくわけにはいかないでしょう

難波

ハハ、相変わらずお前は頭が固いな

過保護すぎるのもよくないぞ?

石神

‥‥‥

難波

おいおい、冗談だって。そんな怖い顔すんな

石神

冗談に聞こえなかったもので

(こうまでして捜査に口を出すのも稀だ)

(つまりは、氷川のことも本気で言ってるんだろう)

他部署との攻防ならまだしも、連携すべき上官との板挟みは、正直なところ避けたいところだ。

難波

吉川がどう動くかは分からないが、万が一、現場に現れた場合‥

氷川がいれば、抑止力になると思う

石神

危険すぎます

(吉川自身が来なければ、来る相手はただのテロリストだ‥)

難波

‥‥‥ま、いいや

俺もあとで学校に行くから、その時に改めて話そう

石神

‥‥‥

室長は俺の返事も聞かずに、さっさと階段を下りていった。

(サトコは‥行けと言われれば行くだろう)

石神

‥‥‥っ

ガンッとフェンスに拳をぶつける。

このヤマを逃すと厄介‥だからこそ、室長の考えは理解はできる。

だが、いくらサトコが望んだとしても、これ以上関わらせるのは教官として‥‥

また男として、首を縦に振れる気がしなかった。

【駅】

結局‥

室長と、サトコの意思と‥それぞれに根負けして、

サトコを伴ってテロ予告のあった現場へ向かった。

サトコ

「誰かいました‥気のせいじゃないです」

石神

‥‥‥

(吉川か‥?いや、こんなところに有名議員が立ち入れる隙がない)

駅周りは規制しているうえに、駅構内には警察関係者がごろごろしている。

(となると‥)

嫌な予感しかしない。

自ずと神経を尖らせるが、それと同じくらい‥サトコも目もしっかりと“刑事”だった。

(行動を共にする捜査員として不足はない)

(俺は、サトコのことは信じている‥)

石神

‥今だけは、補佐官であることは忘れるか

サトコ

「え、何か言いましたか?」

俺の独り言は、煩く鳴る足場の金属音にかき消された。

緊張感のある現場では、第六感のようなものが働く。

研ぎ澄まされた神経で何を察知したのか‥‥

考える暇もなく、一歩駆け出していた。

石神

‥‥サトコ!

俺はこんな大きな声が出せたのかと、妙に冷静に感心する。

サトコの腕を引いて、ほとんどぶつかるように覆い被さった。

(間に合ったか‥?)

間に合っていて欲しい。

爆破の状況を察する間もなく、頭に激しい衝撃を感じて‥プツリと意識が途切れた。

サトコの声が聞こえた。

何度も、何度も俺を呼んでいる。

(待て‥俺はここにいる)

サトコ

「石神さん、早く手を掴んでください‥!」

俺はサトコに向かって手を伸ばした。

(サトコ‥)

しかし、サトコが差し出す手がどんどん遠のいて、触れることさえできない。

(これは夢か‥?)

(夢だとすれば、嫌な夢だな‥やめてくれ)

サトコ

「石神さんが私に話せないことがあったとしても、私はいつでも気にしてます」

「私なら大丈夫です!」

(大丈夫なわけないだろう‥)

(他の男を選んでいれば、そんな言葉を吐かせなくて済んだ‥)

それでも、俺はサトコの傍にいることを望んでいる。

俺が、自らサトコの手を離すことなどあり得ない。

どんなに身勝手だろうと、それだけは‥‥

【病院】

意識が浮上して、ぼんやりと目を開けると、白いカーテンに囲まれていた。

(病室‥)

石神

‥‥‥

(‥サトコは無事なのか?)

咄嗟に身体を起こそうとするが、上手く動かない。

ぐっと奥歯を噛み締めてしまうほどの、猛烈な頭痛に襲われる。

石神

く‥っ

???

「え、今何か音がしませんでした!?」

???

「黒澤、大きい声を出すな。迷惑だろ」

???

「ちょっと、開けてみてくださいよ!」

カーテンの向こう側で騒がしい声がして‥それから、静かに後藤が顔を出した。

後藤

‥‥‥

石神

‥‥‥

後藤

!? 石神さん!気が付いたんですね

やっと、自分の置かれている状況がリアルに分かってくる。

こいつらの顔を見た途端、すっと痛みの波が引いていった。

石神

氷川は‥氷川はどうした

後藤

‥氷川は無事です

石神

‥‥‥

後藤

最後まで迷ってましたが、学校へ行きました

黒澤

石神さん‥!

ああ、良かった‥ホントに良かった‥!

後藤

‥だから黒澤、病院で大きな声を出すな

石神

今日ばかりは文句も言えん‥

後藤

氷川もギリギリまで付き添っていたんですが‥

石神

‥そうか

(氷川が無事ならそれでいい‥)

石神

実行犯は‥

後藤

行方をくらませました

石神

‥‥‥

(これ以上、後手になれば完全に命取りだ‥)

後藤

‥お分かりかと思いますが、今は大人しくしていてください

石神

できるわけないだろう

黒澤

いや、それで動けたら名実ともにサイボーグですから!

そこ、リアリティ求めなくていいですからね

石神

‥‥‥

黒澤

う‥

麻酔明け一発目でその視線の殺傷能力‥

後藤さん、どうやら石神さんは大丈夫なようです

後藤

お前は‥

黒澤

じゃ、じゃあオレはドロンします‥!

そそくさといなくなる黒澤に呆れながら、言える範囲で後藤に指示を出す。

後藤

‥氷川には、どう説明しますか

石神

‥‥‥

そこは、一番迷うところだ。

だが、またひどく頭が痛む。

思わずこめかみに手を当てると、後藤は慌てた素振りを見せた。

後藤

すぐ医師を呼んできます

石神

ああ

‥後藤は、あいつの出方を見てくれないか

後藤

‥‥‥

石神

氷川の、自分で考えたなりの行動を、補助してやってほしい

後藤

‥分かりました

自分のものとは思えないほどの身体の重さに勝てず、瞼が下りてくる。

(サトコ‥)

最近やっと、躊躇いなく呼べるようになった名前を、心の中で繰り返していた。

【病院内】

それから数日。

ようやくひとりで動けるようにはなったものの、そこかしこが痛んで元通りとはいかない。

後藤

‥!

石神さん!なに出歩いてるんです‥

ちょうど面会に来た後藤が、呆れたように俺の肩を支えた。

石神

‥‥‥

後藤

じっとしていられないのは分かりますが、無茶はしないでください

石神

無理な話だな

後藤

‥最近、思ったんですが

石神

後藤

石神さんと氷川って、似てますね

石神

‥俺はあそこまで無鉄砲にはなれない

後藤

分からないでしょうから、認めなくてもいいです

言いながら、どこか嬉しそうに病室に足を踏み入れる。

【病室】

石神

なんだと‥?

後藤から報告を受けて、俺は目を見開いた。

後藤

氷川が室長に直談判に行ってくれたおかげで、俺たちも連携できるようになりました

加賀さんたちにテログループを任せて、俺たち石神班で明日、吉川を確保します

石神

‥‥‥

後藤

何か問題でも?

俺は指示通り、氷川の意思を尊重したまでです

‥思いのほか、斜め上の発想で驚きましたが

石神

‥俺も心底驚いている

後藤

‥‥‥

最初はどうなることかと思いましたが、氷川は案外公安向きかもしれませんね

石神

ああ‥

(成長を喜びたいが‥複雑だな)

教官と、男としての感情が入り混じる。

石神

‥明日、もう一度立ち寄ってくれ

後藤

そのつもりです

公安部の連中、石神さんにしか情報渡さないって言うので‥

石神

だろうな

後藤

あと、無理して現場に行きかねない石神さんを止める役も兼ねて

石神

‥お前も言うようになったな

後藤

俺が石神さんの立場なら、ベッドで大人しくなんて、とてもじゃないけどムリですから

‥危なっかしい補佐官が頑張ってることですしね

言いながら席を立って、後藤は静かに部屋を出て行く。

(不思議ともう、危なっかしいとは思わないな‥)

サトコの成長を感じて、俺はどこか安心した心持で目を閉じた。

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