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難波 出会い編 1話

【モニタールーム】

警察学校の入学式が終わって突然始まった訓練は、各教官とペアでの潜入捜査。

誰を選ぶか迷っていると、石神教官と目が合った。

こめかみが、ピクリと動く。

石神

時間切れだ

サトコ

「えっ!?」

石神

任務中の優柔不断は命取りになる

氷川は後藤と組め

サトコ

「‥はい!後藤教官、お願いします!」

後藤

‥‥‥

石神

後藤、お前はこの案件を頼む

後藤

了解です

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後藤教官は石神教官から書類を受け取ると、チラリと私を一瞥した。

後藤

行くぞ

サトコ

「は、はい!」

【カジノ】

潜入先は、都内の高級マンションの最上階フロアを改装したらしき裏カジノ。

後藤教官はなんなくセキュリティを抜けると、

シャンパングラスを2つ取って、1つを私に手渡してくれる。

後藤

サトコも飲むだろ?

サトコ

「あの、きょ、教‥」

後藤

“誠二”だ

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後藤教官が耳元で囁く。

(い、いきなり教官を呼び捨てって!?それに、恋人同士の設定だなんて言われても‥)

(でも任務だし、やるしかないよね)

サトコ

「せ、セイジ‥さん」

後藤

まぁ、それならいいか。この場にいるすべての人間を観察しろ

視線だけをさりげなく移動させて、顔は動かさないようにするんだ

サトコ

「わかりました」

後藤

よし、行くぞ

後藤教官に微笑みかけられ、不覚にもドキッとする。

後藤教官は構わず私の腰に手を回すと、パーティの輪に入っていった。

(これはあくまでも捜査なんだから。捜査に集中しないと‥!)

【個室】

後藤

氷川、今から俺が盗聴器を部屋の中に仕掛ける

お前はその間、店員と他の客を近付けないようにしろ

サトコ

「他の人が入ってくるんですか?」

後藤

ハプニングバーの一面もあるからな。適当にあしらっておけ

サトコ

「が、頑張ります!」

コンコン!

後藤

3分だ。誰も入れるな

サトコ

「はい!」

でも、部屋に来た男たちを誤魔化すのは至難の業で‥‥

後藤教官のお蔭で、なんとかその場を乗り切った。

【車】

サトコ

「すみませんでした。部屋に来た男たちを誤魔化せずに‥」

(あと少し作業が遅れていたら任務は失敗していた)

(もしあのまま見つかっていたら‥)

ぎゅっと目を瞑って、後藤教官に頭を下げる。

後藤

この程度、大した任務じゃない。結果的に成功したんだから落ち込むな

まだまだ訓練は必要そうだが

サトコ

「‥はい」

(後藤教官の会話術や手際は完璧だった)

(教官は本当に優秀な刑事なんだな‥)

後藤

この後、警察庁に寄ってから寮に戻る

【警察庁】

(ここが、超エリートの集まる警察庁‥)

私たちは空き部屋で着替えを済ませると、長い廊下を奥へ奥へと歩いて行った。

後藤

あまりキョロキョロするな

そういうクセは、潜入先で必ず出る

サトコ

「はい」

(そっか‥日頃の心がけが大切なんだよね)

???

「なんだ、後藤くんじゃないか」

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前から歩いてきたのは、偉そうな人たちの集団。

そのど真ん中にいた人物に声を掛けられ、後藤教官が敬礼した。

後藤

山田副総監、ご無沙汰しております

(山田副総監って、次期警備局長候補って言われてる人じゃ‥)

山田

「君は相変わらずそうで何よりだね」

山田副総裁は後藤教官の肩をポンッと叩くと、取り巻きを連れて歩き出す。

後藤教官と並んで頭を下げていると、ふと目の前に立ち止まった足が見えた。

???

「おお、後藤。おつかれ~」

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最前までの緊張感をものともしないゆるい空気が漂い出す。

(誰だろう、この人‥)

(雰囲気からは偉い人って感じはしないけど‥)

後藤

お疲れさまです。ここにいらしてたんですか

氷川、公安課室長の難波さんだ

(え‥この人が、室長!?)

サトコ

「公安学校の氷川サトコです。よろしくお願いします」

難波

ああ、学校のか‥

こんな若い子が入ったんなら、俺もたまには顔出すかなぁ

後藤

‥はい。みんな待ってます

難波

またまた。嬉しいこと言ってくれるね

じゃあ。はい、これ

室長はおもむろにスーツのポケットに手を入れると、中から次々にお菓子を取り出した。

キャラメルに板チョコにのど飴に、スナック菓子まで‥‥

<選択してください>

A: あの、これは?

サトコ

「あの、これは‥?」

難波

疑問に疑問で返され、戸惑いながら後藤教官を見た。

後藤

‥貰っておけ

サトコ

「はい‥ありがとうございます」

B: ありがとうございます

サトコ

「あ、ありがとうございます」

思わず受け取ってしまった。

サトコ

「あの、これは‥?」

難波

入学祝だな

捜査の基本は体力だ。これでも食って、頑張れよ、若者

サトコ

「はい‥」

C: いただけません

サトコ

「い、いただけません!」

とっさに断ると、室長は不思議そうに私を見た。

難波

なんでだ?

(なんでだって言われても‥)

難波

別に餌付けしてるわけじゃないから安心しろ

サトコ

「そ、そんなつもりじゃ!」

「‥それじゃ、いただきます」

両腕で抱え込むように、お菓子を受け取った。

室長が近づいてきた瞬間、フワッとした香りが鼻孔をくすぐる。

(あれ‥なんかいい匂いがする‥)

(香水か何かかな‥?)

問いかけるような視線を上げた時には、室長はもう何事もなかったように歩き出していた。

(なんだか、不思議な人だな‥)

【寮 談話室】

鳴子

「昨日の潜入捜査も大変だったけど、今日の訓練も厳しかったよね」

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翌日。

訓練を終えた私と鳴子は、談話室でぼんやりとテレビを見つめていた。

サトコ

「こんなに筋肉痛になったの、警察学校の時以来だよ」

「あの時も悪夢の日々だと思ったけど‥」

鳴子

「上には上があったね」

サトコ

「ホント‥この先が思いやられるよ」

「でも、世界には大変な人たちがたくさんいるんだし、頑張らなきゃね」

鳴子

「そうだよ。この人たちに比べれば、私たちの辛さなんてさ」

テレビには、難病の子どもへの募金を訴える親の必死な姿が映し出されていた。

(移植手術に1億必要か‥用意するのにどのくらいかかるんだろう‥)

後藤

氷川、ここにいたのか

サトコ

「後藤教官!」

慌てて立ち上がると、厳封をされた封筒を渡された。

後藤

昨日一緒に行った場所は分かるな

今から、そこにこれを届けて欲しい

サトコ

「分かりました‥!」

(場所は確か‥警察庁の4階奥だったっけ?)

【警察庁】

サトコ

「それでは、失礼いたします」

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部屋を出るなり、緊張の糸がほぐれた。

サトコ

「確か、こっちから来たから‥」

(‥‥あれ?)

元来た道を戻ってきたつもりが、なんとなく来た時と景色が違う。

サトコ

「おかしいな‥さっきの角は、右だった?」

少し戻って角を曲がり直すと、今度は見たこともない喫煙所に遭遇してしまう。

サトコ

「やっぱりこっちじゃない‥!」

引き返そうとした時、中にいる人影が目に留まった。

(あれは、もしかして室長‥?)

ガラス越しに立つ室長は、どこを見るともなくゆっくりとタバコの煙をくゆらせている。

その少し物憂げな様子に、何故か視線が釘付けになる。

(こうして見ると、意外とカッコいい人かも‥?)

<選択してください>

A: そのまま見つめる

ぼんやり見つめていると、不意に室長が私を見た。

サトコ

「‥っ!」

私は慌てて、喫煙所のドアを開けた。

サトコ

「し、室長。お疲れさまです」

難波

今、見惚れてただろ?

サトコ

「い、いえ、そんなことは‥」

難波

いや、わかる。今の俺、ちょっとかっこよかったからな

サトコ

「はぁ、まぁ‥」

難波

‥なんて冗談だよ

B: 声を掛ける

邪魔かなと思いつつ、喫煙室のドアを開けた。

サトコ

「あの、室長‥」

難波

ああ‥おつかれ~

サトコ

「お疲れさまです」

C: 黙って立ち去る

邪魔するほどでもないかと思い、そのまま元来た道を歩き出した。

難波

おいおい、無視か?

サトコ

「え?」

振り向くと、室長が喫煙室から出てきている。

サトコ

「し、室長!」

難波

おっさんだって、悲しいぞ

サトコ

「そ、そんなつもりじゃ‥!」

「失礼しました!」

難波

おつかいか?

サトコ

「はい。後藤教官に頼まれまして」

難波

終わった?

サトコ

「はい‥」

難波

それじゃ、行くか

サトコ

「え、どこに‥でしょう?」

室長は何も答えず、のんびりと歩いていく。

【屋台】

サトコ

「こ、ここは‥」

難波

ここのラーメン屋はうまいぞ~

大将、ラーメン3つ

サトコ

「え、3つ?」

室長はまたしても私の疑問に答えないまま、ぼんやりと大将の動きを見つめている。

(何を考えてるんだか、さっぱり分からない‥)

後藤

室長、お待たせしました

難波

おお、来たか

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サトコ

「な、なんで後藤教官がここに?」

後藤

室長に呼び出されたんだ

難波

なんだ、もしかして俺と2人がよかったか?

サトコ

「そ、そういうわけではっ!」

難波

まぁ、そう照れるな、あ‥

サトコ

「?」

難波

名前、なんだったっけ?

サトコ

「氷川です。氷川サトコ」

難波

ああ、氷川な。よし、覚えた

大将

「はいよ、ラーメン3つ、お待ち!」

難波

おー、来た来た

ほら、どんどん食え。後藤も‥

私の顔を見たまま、室長の動きが止まる。

(もしかして私の名前、もう忘れたとか‥?)

難波

ひよっこも

サトコ

「はい?」

難波

紛らわしいから、今日からお前はひよっこだな

サトコ

「あの、よっぽどその方が紛らわしい気が‥」

難波

いいから。食え、ひよっこ

サトコ

「は、はい‥」

難波

腹が減っては戦はできねぇからな?後藤

後藤

‥はい

いつの間にか、私の名前は「ひよっこ」になってしまったらしい。

(まぁ、いいか‥)

サトコ

「それじゃ、いただきま‥」

気を取り直して食べ始めようとすると、不意に室長が私の顔を覗き込んだ。

サトコ

「!?」

そっと髪の毛を触られ、心臓が一瞬鼓動を止めた。

サトコ

「あの、室長?いったい何を‥」

室長は私の動揺に構わず、髪の毛をゆっくりと私の耳に掛ける。

難波

スープがついちまう

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サトコ

「!?」

難波

ラーメンも捜査も、まずは準備からだ

サトコ

「は、はい‥」

(なんだ、びっくりした‥)

あっという間にラーメンに集中しだした室長は、あっという間にラーメンを平らげ、立ち上がった。

難波

じゃあ、お先な

頭にポンと手を置かれた瞬間、何かが頭にコツンと当たった。

サトコ

「いっ‥!」

難波

あー、悪い悪い

それじゃ、後はよろしく

後藤

はい

室長はひらひらと手を振りながら行ってしまう。

後藤

大将、会計3人分

(あ、あれ‥?お会計って‥)

(もしかして、奢らせるために部下を呼んだとか‥!?)

唖然とする私の前で、後藤教官は当然のように代金を支払った。

【学校 教場】

入学して1週間。

今日も朝から訓練に追われ、午後の講義が始まる頃にはクタクタに疲れ切っていた。

サトコ

「鳴子、何でそんなに笑顔なの?」

(しかも、少し不自然な笑顔だ‥)

鳴子

「昨日雑誌で読んだの。辛い時は、口角を5ミリ上げるといいんだって!」

「それだけでも気持ちが前向きになるらしいよ」

サトコ

「それって‥相当追い詰められてるんじゃ‥」

鳴子

「ほら、サトコもやってごらん!」

サトコ

「こ、こう?」

???

「何をしている‥」

サトコ

「い、石神教官‥!」

いつの間にか、石神教官が背後に立っていた。

口角を上げた顔のまま振り返ってしまった私たちを、厳しい表情で一瞥する。

石神

本日はこれより、行動確認実習を行う

(行動確認実習?)

【街】

行動確認とは、捜査対象者を尾行・監視して、対象者にまつわる情報を集めることだ。

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公安が捜査対象者とするのは思想犯やテロリスト、国際スパイと疑われる人物など多岐にわたる。

しかし訓練生の私たちには、その人物がなぜ捜査対象者となっているのか知る権利はない。

今回私が尾行することになったのは、NPO法人の代表をしている永谷という男だ。

どうやら永谷は、難病の子供たちを救うための募金活動を、支援しているようだった。

(あれって、この間テレビのニュースに出てた団体だよね)

(『こどもの太陽』っていう名前なんだ‥)

『こどもの太陽』の事務所を出た永谷は、何ヶ所かの会社に立ち寄った後、住宅街の方へとむかう。

(確か、この人の家もあの辺のはず‥)

絶妙な距離を取りながら、永谷の後を尾けていく。

すると、通りかかったパチンコ店のガラス越しに見知った顔を見つけた。

(し、室長!?)

タバコ片手に、真剣な表情で台に向かう室長の肩越しには、景品の数々が見える。

(あのキャラメルも、チョコも、のど飴も、この間貰ったのと同じような‥)

(もしかして、ちょいちょいここでサボってるの?)

信じられない思いで見つめていると、目の端で信号待ちしていた永谷が歩き出したのが見えた。

(いけない。任務に戻らないと!)

【電車】

その後、一度家に戻った永谷は、再び駅へと向かった。

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私は2つ隣のドアから同じ電車に乗り、じっと永谷の様子を見守る。

(特別怪しい動きはないみたいだけど‥)

ふっと視線を外したその時、すぐ目の前で怪しい動きをしている男を見つけた。

(この男‥もしかして‥)

サトコ

「やめなさい!」

とっさに、男の手を捻り上げる。

隣にいた女子高生が涙目で振り返った。

「な、なにすんだよ!」

サトコ

「あなた、今痴漢してましたよね?」

「ふざけんな。何で俺が痴漢なんか‥!」

男に腕を振り払われそうになり、一瞬、任務中だということを忘れてしまった。

サトコ

「私は警察です。現行犯で逮捕します」

【駅】

次の駅で電車が止まるなり、男を車内から引きずり出した。

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駆けつけた駅員に男を引き渡す傍らで、静かに電車のドアが閉まる。

サトコ

「あっ‥」

(いけない。やっちゃった‥)

去っていく電車を呆然と見送った。

仕方なく改札に向かおうとした時、すすり泣きが聞こえてくる。

サトコ

「あなた、さっきの‥」

痴漢をされていた女子高生は、身体を震わせながら必死に涙を堪えている。

サトコ

「大丈夫?」

女子高生

「‥はい。ありがとう‥ございました」

サトコ

「ああいう時は、怖いかもしれないけど、きちんと声を上げた方がいいよ」

「痴漢は犯罪なんだから」

女子高生

「でも‥声が出なくて‥」

サトコ

「そうだよね‥じゃあ今度から防犯ブザーを持ち歩いてみたらどうかな?」

「あとは、声が出なくても身体は動くようだったら、こうやって手を掴んで‥」

逆手の取り方を教えてあげると、女子高生はわずかに微笑んだ。

女子高生

「婦警さん、強くて羨ましいな‥」

サトコ

「えー、あんまり強くなってもモテないよ?」

笑いながら言って、女子高生を次の電車で見送った。

(さてと、困っちゃったな‥)

(なんて報告しよう)

【教官室】

石神

見逃しました、で済むと思っているのか?

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報告をしに行くと、教官たちに取り囲まれた。

石神

しかも、報告も遅い

訓練だと思ってナメているのか?

サトコ

「そんなつもりでは‥」

石神

だったら‥

難波

石神、もういい

教官たちの輪に、割って入ってくる室長。

(室長‥)

思わず、救いを求めるような目を室長に向けた。

難波

そいつを降ろせ

(えっ‥?)

石神

分かりました

サトコ

「ちょ、ちょっと待ってください!これには、訳が‥」

難波

言い訳をするな

サトコ

「!」

今までの室長からは想像できないような、冷たく毅然とした言葉が響いた。

鋭い視線が突き刺さり、射竦められたように動けなくなる。

難波

お前が逃がした永谷が、あの後テロを起こしたらどうする?

もしも実際に命が奪われていたら?

それでもお前は、自分が奪った命に言い訳できるのか

サトコ

「‥本当にすみませんでした」

難波

すみません、か‥

室長は嘆かわしげにつぶやくと、大きなため息をついた。

難波

俺たちの仕事に、すみませんで済まされるようなもんは一つもないんだよ

突然、室長が声を荒げた。

難波

お前は、公安失格だ

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プロに徹することができないヤツは、辞めちまえ!

to be continued

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