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難波 出会い編 2話

難波

俺たちの仕事に、すみませんで済ませられるようなもんは、一つもないんだよ

突然、室長が声を荒げた。

難波

お前は、公安失格だ

プロに徹することができないヤツは、辞めちまえ!

サトコ

「!」

凄みすら感じるその言葉の余韻が、頭の中でこだまする。

(こんな室長、初めて見た‥)

頷くことも否定することもできずに佇む私を、教官たちも冷たい目でじっと見つめている。

(どうしよう‥足が動かない)

難波

出て行け

サトコ

「あ、あのっ‥!室長!」

難波

‥‥‥

室長はクルリと背を向けたまま、もう私の顔を見ようともしない。

後藤

氷川、行け

サトコ

「っ‥」

「‥失礼します」

【屋上】

悔しさと自分への苛立ちで涙が滲んだ。

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サトコ

「私は‥どうしたらよかったの?」

室長の叱責を受けながら、何度も何度も自問した。

あの状況で、目の前の犯罪に目を瞑ることは出来ただろうかと‥

でも、何度考えても答えは「ノー」だ。

(室長の言いたいことはすごくよく分かる)

(言い返す言葉もないくらい正論だけど‥)

(でも、あの子のあんな怯えた表情を前にして、見ないフリなんてできないよ‥)

グッと拳を握る。

コツンと、硬い音が響いた。

強張った心の扉をノックするかのようなその音に、ふと隣を見る。

ポツンと置かれた缶コーヒー。

それを見た瞬間、温かいものが溢れそうになった。

後藤

飲め

サトコ

「後藤教官‥」

いつの間にか、後藤教官が来ていた。

サトコ

「‥ありがとうございます」

後藤教官は隣に座ると、自分も黙って缶コーヒーを飲み始める。

甘くて冷たい感覚に、熱くなっていた気持ちが少しだけ落ち着いた。

サトコ

「私、退学でしょうか‥」

後藤

‥なんでだ?

サトコ

「私には、あの女子高生を見捨てることはできませんでした‥公安失格です」

後藤

辞めるのは勝手だが、適性があるかどうかを決めるのはお前じゃない

サトコ

「え‥」

後藤

お前が永谷を見失った駅で、騒ぎがあったことは把握している

サトコ

「!」

「どうして‥」

後藤

お前たちはあくまでも訓練生だ

訓練生だけに任務を任せることはしない

サトコ

「‥‥‥」

後藤

お前の正義を責めるつもりはないが

でもあれは、公安のやるべき仕事ではない

サトコ

「‥同じ、警官でもですか?」

後藤

同じ警官でもだ

サトコ

「!」

後藤

公安は国を守るのが仕事だ

その正義は別のところにある

サトコ

「‥‥‥」

後藤

室長は、背負うものの重みを自覚しろと言いたかったんだろう

サトコ

「背負うものの、重み‥」

後藤教官はコーヒーを飲み干すと、また静かに去って行った。

その背に、そっと頭を下げる。

(つまり、くじけずに頑張れってことだよね‥)

今はやけに、後藤教官の優しさが胸にしみた。

サトコ

「よし‥こうなったら、つまみ出されるまで、とことん頑張るぞ!」

(このくらいのことで、負けていられない!)

(‥だいたい、室長だってサボってパチンコしてたじゃない)

(絶対に挽回して室長を見返してみせる‥)

【教場】

翌日のお昼休み。

鳴子

「ねぇサトコ、今日は中庭でランチしようよ!」

「あそこ、人気も少なくて結構穴場っぽいよ?」

サトコ

「へぇ‥そうなんだ?」

(人の多いところに行くと室長に会っちゃいそうだし、ちょうどいいかも)

サトコ

「いいね、そうしよ!」

頑張るとは決意したものの、無意識に室長を避けている自分に気付く。

やはり、昨日のあの厳しい言葉は胸にこびりついていた。

【中庭】

鳴子

「うん、なかなかいいかも!独占だし貸切だよ!」

「この解放感が、たまんないね」

鳴子が思いっきり伸びをする。

(確かに、少しリフレッシュになるかも‥)

苦笑いしながらふと目をやると、木陰に座る人影が見えた。

(あれ、もしかして室長じゃ‥!)

<選択してください>

 

A: 逃げる

考えるよりも早く、身体がまわれ右をしていた。

(やっぱり気まずい‥)

鳴子

「ちょっと、サトコ?」

「なんで行っちゃうのよ?」

サトコ

「シー!」

鳴子

「ん?」

サトコ

「だから、シーって」

難波

なんだ、お前かー

サトコ

「し、室長‥いらしたんですか‥」

B: 気付かないフリ

(なんか気まずいな‥)

気付かないフリで、わざと遠くを指さした。

サトコ

「鳴子、あっちにしようよ」

鳴子

「いいけど‥こっちのが気持ちよさそうじゃない?」

サトコ

「そ、そんなことないって‥」

鳴子

「ほら、あの木陰とか‥」

鳴子に引っ張られ、室長のところに連れて行かれてしまう。

難波

なんだ、お前かー

サトコ

「し、室長‥いらしたんですか‥」

C: 声を掛ける

(なんか気まずいけど‥)

(無視するわけにもいかないし‥)

気が進まないまま、室長に近づいた。

サトコ

「室長‥おつかれさまです」

難波

ああ、お前かー

さっさと立ち去ろうとすると、鳴子が駆け寄ってきた。

鳴子

「え?室長って、まさか‥」

サトコ

「そのまさかだよ。こちら、公安課の難波室長」

鳴子

「そ、そうでしたか!私、公安学校訓練生の佐々木と言います!」

「よろしくお願いします!」

難波

ああ、よろしくな

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室長はもぐもぐと口を動かしながらのんびりと手を上げた。

(また適当な感じに戻ってる‥)

(昨日のは一体なんだったの?夢?それとも幻?)

私の困惑に構わず、鳴子はさっそく室長のお弁当箱を覗き込んだ。

鳴子

「へぇ、手作り弁当なんですね」

「栄養満点のおかずがたくさん!」

(もう鳴子ったら、早く行こうよ‥)

室長に気付かれないように制服を引っ張るが、鳴子は全然気付かない。

鳴子

「おいしそうですね」

難波

ああ

鳴子

「やっぱり、掴むべきは胃袋ってことですね」

難波

ん?ああ、まあな

なんでも、できることに越したこたぁない

体力づくりの基本は食いもんだからな。しっかり食えよ、ひよっこ

鳴子

「はい!」

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(ん‥?「ひよっこ」ってもしかして‥)

(訓練生全員、「ひよっこ」って呼んでるってこと?)

(まさか、誰一人として名前を覚えていないってことじゃないよね‥)

ちょっと呆れて、ようやくまともに室長の顔を見た。

難波

そういえばお前ら、『ぴよ子』って菓子、どこの土産か知ってるか?

サトコ

「へ?」

鳴子

「それなら、東京土産ですよね」

難波

俺もずっとそう思ってたんだがなー

福岡のヤツに言わせると、あれは福岡土産らしい

鳴子

「ええ!そうなんですか?」

難波

本当のところはわからんけどな

どっちが本当か、裏が取れたら俺にも教えてくれ

鳴子

「はい、わかりました!」

サトコ

「‥はい」

(昨日のことなんかなかったみたいに、元の室長に戻ってる‥)

(ていうか、この2人、一体何の話をしてるの‥!)

不思議に思いながら鳴子と2人、室長の傍を離れた。

鳴子

「見た?あの栄養バランスバッチリの愛妻弁当」

サトコ

「あ、愛妻!?」

鳴子

「そりゃそうでしょ。既婚者なんだから」

鳴子が、自分の左薬指を指す。

鳴子

「あれは、かなり献身的な妻とみた」

(そっか‥)

室長のいる木陰を振り返る。

髪の毛をかき上げた室長の左手で、何かがキラリと光った。

(指輪か‥)

難波

じゃあ、お先な

頭にポンッと手を置かれた瞬間、何かが頭にコツンと当たる。

サトコ

『いっ‥!』

難波

あー、悪い悪い

サトコ

「あれ、結婚指輪だったんだ‥」

鳴子

「やだ、今さら何言ってるの?」

「左手の薬指なんだから、結婚指輪に決まってるじゃん」

サトコ

「そうだよね‥」

(見えてたはずなのに、全然気付かなかったな)

(まさかあんな人にステキな奥さんがいるなんて、思ってもみなかった‥)

【寮 自室】

サトコ

「鳴子、寝ちゃダメだよ!」

「寝たら、大変なことになるよ!」

その夜、翌日にテストを控えた私と鳴子は勉強に追われていた。

サトコ

「鳴子、起きてってば!」

鳴子

「サトコ‥もう、ダメ‥」

「あとは頼んだ‥」

サトコ

「もう、朝になっても知らないよー?」

完全に寝落ちしてしまった鳴子にタオルケットを掛け、あくびを噛み殺しながら勉強に戻る。

サトコ

「私だって眠いけどさ‥」

テストの点が低かった時の教官たちの反応を考えると、とても寝る気にはなれない。

想像しただけで、身体がぶるっと震えた。

(この間の失敗もあるし、頑張らないと‥)

ガタガタガタ‥ドスン!

サトコ

「ん?」

外から大きな物音が聞こえて、窓の隙間から様子を窺う。

???

「う‥」

わずかなうめき声に目を凝らすと、塀の傍らで誰かが倒れ込んでいるのが見えた。

(た、大変‥!まさか、泥棒!?)

【外】

サトコ

「そこのあなた!」

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「そこで何をしているんですか?」

勇気を振り絞って、倒れ込んでいる男性に声を掛ける。

サトコ

「わ、私は警察です!大人しくしなさいっ!」

その瞬間、静かに上下を繰り返していた背中がピクリと動いた。

サトコ

「わっ‥」

難波

いけね。寝ちまった‥

サトコ

「え‥室長‥?」

(なんで室長が‥ここに?)

(しかも、この状態で寝ちゃったって‥)

難波

いて~

起き上がろうとした室長が顔を歪める。

サトコ

「あの、もしかして、あそこから落ちたんですか?」

塀の上を指さすと、室長がゆっくり頷いた。

難波

鍵が見当たんなくてな

言いながら、ごそごそとポケットを探る。

難波

パスワードもなんだかわからなくなっちまったから、とりあえず潜入

サトコ

「と、とりあえずって‥」

(さらに適当っぷりがアップしてる気が‥)

(これは酔ってるよね。完全に‥お酒臭いし)

サトコ

「それなら、寮に電話入れればよかったじゃないですか」

「中からなら簡単に開けられますし」

難波

おー、そうか!その手があったな

ひよっこ、なかなかやるじゃねぇか

大きな手でグシャグシャと私の頭を撫でながら、室長は呑気に笑っている。

(これが私を怒鳴り散らした人だなんて‥)

(ますます信じられない‥)

難波

ん‥?何だ?

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サトコ

「!」

ふわりと香るお酒の匂い。

いつの間にか、室長がすぐ間近で私の顔を覗き込んでいた。

<選択してください>

A: なんでもありません

サトコ

「な、なんでもありません」

難波

あんまり見ると、おっさんでも惚れるぞ

サトコ

「え‥?」

難波

なんてなー

B: 草がついてます

サトコ

「く、草がついてます」

「顔に‥」

難波

なんだ、草かー

室長はどうでも良さそうに顔をパタパタと手で払った。

難波

クソじゃなくてよかった、よかった

サトコ

「‥‥‥」

C: 別人みたいだなと思って

サトコ

「その‥別人みたいだなと思って‥」

ボソッと言った私の言葉に、室長はポカンとなった。

難波

ん?俺、日本人だけど‥?

サトコ

「‥いえ、そういうことじゃなくて」

「もう、いいです」

難波

なんだ、冷たいな‥

難波

いてっ

室長はようやく立ち上がろうとして、再び顔を歪める。

難波

腰が‥

俺ももう、若くねぇな‥

(もう、しょうがないなぁ)

サトコ

「どうぞ、掴まってください」

難波

おお、助かる、助かる‥

私の肩に掴まると、室長はゆっくりと歩き出した。

【寮監室】

サトコ

「それじゃ、私はこれで」

鍵を開けて帰ろうとすると、室長がひらひらと手招いた。

難波

ちょっと、まだ

任務が残ってる

(任務?)

首を傾げる私の目の前で、いきなり室長が服を脱いだ。

サトコ

「し、室長!?」

顔を背けた私の肩に手を置き、強引に前を向かせる。

上半身裸の室長がすぐ前に迫り、真っ赤になった顔を俯けた。

サトコ

「こ、困ります‥」

「私は、その‥」

(なんて言えばいいんだろう?)

(そういう関係になるつもりはない、なんて言ったら角が立ちそうだし‥)

(でも、言うべきことはちゃんと、言うべき時に言っておかないと‥!)

不意に、プーンと懐かしい香りが漂った。

(ん?この香りは‥)

視線を上げると、室長がぺらっと湿布を差し出している。

難波

届かねぇから、貼ってくれ

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サトコ

「ああ、そういうことですか‥」

ホッと胸を撫で下ろす私を、室長は面白そうに見つめた。

難波

なんだ、お前、照れてるのか?

サトコ

「だ、だって、室長がいきなり裸になったりするから‥!」

顔を背けながら、手早く湿布を貼った。

サトコ

「貼りましたから。早く服着てください!」

難波

まぁ、そう焦るな

お前だと、そうだな‥

あと10年熟成したら考えてやるよ

サトコ

「じゅ、熟成って‥」

「私はチーズですか!」

難波

なるほど、道理で乳臭いわけだ

(乳臭いって、なに!?)

私は唖然となって、傍のイスに座り込んだ。

室長は笑いながら、テレビのスイッチを入れる。

私は見るともなしに、テレビの画面と服を着る室長の動きを何となく眺めた。

難波

どうした?

もういいぞ。帰って

サトコ

「ああ、はい」

(そうだよね。私、なんで呑気に憩ってるんだろう‥)

サトコ

「それでは‥」

難波

別に、添い寝してくれても構わんけどな

サトコ

「そ、そんなこと‥」

「しません!」

難波

ははは‥冗談だよ

いちいちムキになるなよ、ひよっこ

(この人、完全に私をからかって楽しんでる‥!)

恨めしげに室長を見返した瞬間、「速報です!」というキャスターの声が飛び込んできた。

キャスター

「警察庁警備局公安課で機密情報が漏えいしたとの情報が入りました」

難波

だらしなく笑っていた室長の顔が、一瞬で鋭さを帯びる。

難波

世話になったな

早く寝ろよ

硬い口調で告げると、

室長はさっきまでの痛みなど感じさせない動きで部屋の奥へと姿を消した。

to be continued

3話へ

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