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難波 出会い編 6話


【教場】

鳴子

「サトコ、今日は確かこの後の潜入捜査は、なしだよね?」

サトコ

「うん」

鳴子

「じゃあさ、この近くに新しくオープンしたカフェに行ってみない?」

サトコ

「いいね!最近、女子っぽいことしてなかったし」

鳴子

「じゃあ、決まり!」

いそいそと教場を出ようとした私たちの前に、黒い影が立ちはだかった。

サトコ

「後藤教官‥」

後藤

氷川、ついてこい

サトコ

「え‥でも、今日は潜入はなしのはずじゃ‥!」

後藤

潜入はなしだ

だからこそ、潜入捜査でお前が参加できなかった授業の補習をする

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サトコ

「そ、そんな‥」

後藤

行くぞ

鳴子

「サトコ‥気合いだよ!」

サトコ

「な、鳴子ぉ‥!」

鳴子

「また今度カフェに行こうね!補習頑張って!」

(さ、さようなら‥カフェと女子トーク‥)

(お願いだから、誰か、私に自由を‥!)

【射撃場】

パンッ!

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サトコ

「わっ、わっ‥!」

撃った瞬間の反動で、腕が大きく浮き上がった。

的の中心を狙ったはずの弾も、大きく上方へとズレて着弾する。

後藤

もう少し腕を伸ばして肘を閉めろ

左手は添えるだけじゃなく、しっかり右手を押さえるんだ

サトコ

「こう、でしょうか?」

後藤

そうじゃなくて‥

後藤教官がさらにフォームを直そうとした時、教官の電話が鳴った。

後藤

すまない、すぐに戻る

一人残された射撃場は、耳がツンとなるほどに静まり返っていた。

サトコ

「肘を締めるって、こうかな?いや、なんか違う気が‥」

???

「それじゃダメだな」

突然の声に振り向くと、室長が立っていた。

サトコ

「室長‥!」

難波

肘を締めるってのは、こういうことだ

室長は無造作に腕を捲り上げると、壁に右手をついた。

その状態で、肘だけをギュッと動かす。

サトコ

「締まった!」

難波

やってみろ

サトコ

「はい」

壁に右手をつくと、室長が強引に私の袖を捲り上げる。

恥ずかしいくらいに白い腕が露わになって、思わず室長を見た。

でも室長は、真剣そのものの顔で私の肘を見つめている。

サトコ

「こう‥でしょうか?」

難波

そうだ

それで銃を持つと、こうなる

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室長は自然な動きで銃を構えると、じっと的に狙いを定めた。

その真剣な表情に引き込まれるように、室長から目が離せなくなる。

(こんな顔も、するんだ‥)

パンッ!

サトコ

「す、すごい‥!」

(ど真ん中だ‥!)

難波

やってみろ

<選択してください>

A: もう一度見たいです

サトコ

「も、もう一度見たいです‥!」

難波

‥もう一度?

室長が怪訝な表情になった。

サトコ

「すごく、かっこよかったので‥」

難波

おいおい、おっさんをからかうな

ほら、いいからやってみろ

サトコ

「‥はい」

B: はい

サトコ

「はい」

銃を受け取りながら、室長の顔をまじまじと見た。

(さっきの狙ってる時の顔、カッコよかったけど‥)

難波

なんだ?

狙うのは俺の顔じゃない。的だぞ?

C: かっこいいですね

サトコ

「かっこいいですね」

思わず、うっとりとした声が出た。

難波

ん?かっこいいって俺がか?

サトコ

「‥はい」

難波

褒めてもいい点はやらんぞ

サトコ

「そ、そういうわけでは‥!」

(結構、本心だったのに‥!)

難波

いいから、やってみろ

サトコ

「はい‥」

(この状態で肘を締めるってことは‥こうかな?)

パンッ!

サトコ

「わっ!」

さっきよりは反動を抑えられたものの、やはり狙いは大きくそれた。

(なんでだろう‥?)

(室長と同じようにやってるつもりなのに‥!)

(えいっ、もう一発!)

パンッ!

サトコ

「また‥」

ガックリと肩を落とす私を見て、室長が微かに笑う。

難波

そんなへっぴり腰じゃ、いざって時になんの役にも立たんぞ

室長は私の背後に回ると、腰に腕を回してグイッと引き寄せた。

サトコ

「!」

難波

丹田だ。もっと腹の中心に力を入れろ

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サトコ

「はいっ!」

難波

このまま腕をまっすぐに伸ばして‥

室長に抱えられた格好のまま、的へと腕を伸ばす。

室長の指が、引き金にかかった私の指に重なった。

すぐ耳元で室長の息遣いを感じる。

心臓が、鼓動を速めた。

難波

撃て

パンッ!

撃った瞬間の反動で、身体が室長の胸に押し付けられる。

その瞬間、ふわっとした香りが私を包んだ。

(これって、柔軟剤の匂いだ‥)

会ったこともない室長の奥さんの顔が、見えた気がした。

難波

ほら、当たったぞ

サトコ

「え?」

言われて見ると、確かに弾は的の中心部を貫いている。

サトコ

「や、やったー!」

難波

やったな、ひよっこ

筋は悪くない

あとはひたすら訓練だな

射撃も、捜査も

サトコ

「‥はい」

難波

それじゃ、もう一度‥

プツン!

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サトコ

「ええっ!?」

(な、なんでいきなり真っ暗に!?)

難波

なんだ、停電か?

こんな状況にも関わらず、のん気な声が響く。

薄っすらと光がついた。

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薄暗さの中に、室長の顔がぼんやりと見える。

難波

こういう時、携帯は役に立つな‥

サトコ

「でも、ちょっと怖いです」

(ぼんやりと見える室長の顔が‥!)

難波

そう言うな

俺がいるんだから

(その、室長が怖いんですって!)

難波

まあ、こういう時は焦っても仕方ない

座るか

室長はのんびりと床に座り込んだ。

(そっか‥停電じゃ、電子錠も開かないもんね)

少し離れて、室長の隣に座る。

サトコ

「こ、困りましたね」

「いきなり、停電なんて‥」

難波

ああ

サトコ

「し、室長はさすがに落ち着いてますよね」

「私は、その、暗いのとかあまり得意じゃなくて‥」

難波

‥‥

サトコ

「‥‥」

(どうしよう‥なんか気まずい‥)

(何を話そう‥?)

<選択してください>

A: 柔軟剤の話

サトコ

「そ、そういえば室長の服って、いつもいい香りがしますよね」

難波

ん?そうか?

サトコ

「どこの柔軟剤なのかなって、ちょっと気になってたんです」

難波

さぁ、メーカーなんて気にしたこともないからなぁ

なんなら、もっと嗅ぐか?

鼻先に室長の二の腕を押し付けられ、思わずのけぞった。

サトコ

「け、結構です!」

B: 捜査の話

サトコ

「そ、そういえば、その後捜査に進展はあったんですか?」

難波

進展なぁ‥

ない、と言ったら、もうひと肌脱ぐか?

サトコ

「え、それは、どういう‥」

難波

永谷にハニートラップ、とか

サトコ

「ご、ご勘弁を!」

C: 腰痛の話

サトコ

「そ、そういえば、腰の調子はどうですか?」

難波

ん?腰か?

何なら今、揉んでくれてもいいぞ

サトコ

「え‥」

難波

ほら、ここ

室長は無造作に私の手を取ると、自分の腰に持っていった。

その手を、とっさに引っ込める。

難波

ははっ‥

お前、相当男慣れしてないな

サトコ

「そ、そんなことは‥!」

(図星だけど‥)

(そんなこと、室長に言われたくない‥!)

難波

でなきゃ、こんなおっさんと2人でそこまでそわそわしないだろ

サトコ

「し、室長は別に、おっさんじゃ‥」

「あっ‥!点きました!」

消えた時と同じく、突然に明るさが戻ってきた。

難波

ん?で、おっさんがどうしたって?

サトコ

「な、なんでもありません!」

(おっさんじゃないなんて言ったら、ますます気まずくなるところだったのに‥)

(なんであんなこと言いそうになっちゃったんだろう?)

後藤

氷川、大丈夫か?

あ、室長

難波

おお、後藤

あんまり暗かったから、眠っちまうところだったぞ

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後藤

すみません。まさかこんなことになってるとは思わず

難波

じゃ、コレ頼むな

室長は後藤教官にちょっと太めのペンを渡した。

(なんだろう、あれ?)

難波

じゃあ、明日からまた潜入よろしくな

室長は、いつものように私の頭に手を置いた。

でも今日も、いつかのような痛みはない。

(あれ?指輪は‥)

(そっか、今のは右手だったのか‥)

一瞬、指輪が無くなったのかもと思った自分に驚いた。

そして、指輪がまだそこにあることに、微妙に落胆した自分にも。

(なんでこんなこと気にしてるんだろう、私‥)


翌日。

『こどもの太陽』に向かう途中、室長から渡されたペンのことを聞いてみた。

後藤

ああ、これか

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これは、録音とカメラ機能付きのペンだ

サトコ

「へぇ‥こんな便利なものがあるんですね」

見せてもらうと、確かに普通のペンにはない穴のようなものが開いている。

(これで写真が撮れるんだ‥)

サトコ

「なにか、決定的な証拠でも掴めそうなんですか?」

後藤

いや、その逆だ

石神班と加賀班で力を合わせて捜査を続けているが、なかなかこれといった確証が得られない

これが出てきたってことは、何でもいいからとにかく突破口を見つけろということだ

(突破口か‥)

(どうやったら、そんなものが開けるんだろう?)

【寮監室】

難波

そうか‥永谷にも難病の孫が‥

サトコ

「そのことがきっかけで、難病の子どもの支援を始めたようです」

難波

なるほどな。分かった、引き続きこの調子で頼む

いつものように潜入捜査の報告を終えると、いつものように室長が湿布を差し出した。

難波

こっちも、いつもの調子で頼むぞ

室長はキリッと言ったかと思うと、ゴロンとソファに横たわった。

難波

いや~腰痛を隠して何でもないフリをするのは思った以上に大変だわ

サトコ

「そうやって無理に隠そうとするから余計に治らないんじゃないですか?」

「いっそのこと、腰痛だと宣言してしまった方が‥」

言いかけた私の口を、素早く室長の手が覆う。

サトコ

「ぐふっ‥!」

難波

絶対に誰にも言うなよ?

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これは、俺とお前だけの秘密だ

声も出せないまま何度も頷くと、ようやく室長は手を離してくれた。

難波

よし。それじゃ湿布、いってみようか

再び無防備にゴロンと寝転がる室長。

(2人だけの秘密、か‥)

訳も分からず高まりだした胸の鼓動で、湿布が震える。

(別に特別な意味なんてないって分かってるのに‥)

(なんで私、こんなにドキドキしちゃってるんだろう‥?)

【こどもの太陽】

週末の患者の会では、今後の募金活動のスケジュールなどが話し合われた。

役割分担を決め、散会になると、永谷さんが私たちの方へ近寄ってくる。

後藤教官の表情に、ほんの一瞬だけ緊張が走った。

永谷

「後藤さん、この後は何かご予定はおありですか?」

後藤

いえ、特には‥

永谷

「実は、先日ご紹介した村山さんと食事の約束をしていたんですが」

「お子さんの状態がよくないそうで」

「せっかくお店を予約したものですから、よろしければどうかなと」

後藤

そういうことでしたら、是非

サトコ

「ええ。村山さんのお子さんの状態は心配ですけど‥」

心配顔を見合わせながら、後藤教官と小さく頷き合う。

【レストラン】

後藤

そうですか。永谷さんは男手ひとつで息子さんを‥

永谷

「妻が死んでからは、ずっと息子の幸せだけを願って生きてきました」

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後藤教官の胸ポケットには、あのペンが何気なくささっている。

隣の私からは、ペンの裏側の電源ボタンがわずかに赤く光っているのが見えた。

(後藤教官、こんな会話まで録音してるんだ‥)

少しお酒が入ってくると、永谷さんは普段よりも饒舌になった。

今まで聞いたこともないような、自分の身の上話をポツリポツリとし始める。

永谷

「息子にようやく子どもが生まれた時、私は思ったんですよ」

「これは妻の生まれ変わりに違いないってね」

「それなのに、その子が難病にかかっていたなんて‥」

(永谷さん、本当に悲しそう‥)

サトコ

「お孫さんとは、一緒に暮らしていらっしゃるんですか?」

永谷

「いえ、あの子は病院です」

「治療費を賄うために、息子も嫁も忙しく働いていますから」

サトコ

「それじゃ、昼間はお孫さんはお一人で?」

永谷

「ええ。私は表情を作るのが苦手でしてね」

「あの子の傍にいると、どうしても暗い顔になってしまう」

「だから時々、息子たちがいる時しか顔は出しません」

サトコ

「そうですか‥」

(気持ちは分かるけど、それじゃお孫さんがかわいそうだよね)

(まだ小さな子どもなのに‥)

サトコ

「私、会いに行ってもいいですか?」

後藤

え?

永谷

「え?」

後藤教官と永谷さんが同時に私を見た。

サトコ

「あの、その‥お孫さん、遊び相手がいなくて寂しいんじゃないかなって‥」

「う、うちの子も、そうですから」

後藤

確かに、そうだな

後藤教官は微妙な表情ながらも、うまく調子を合わせてくれる。

サトコ

「よければ、これから一緒に行かせて頂けませんか?」

永谷

「‥‥」

【病室】

サトコ

「じゃあ、次はゆりちゃんの番」

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ゆり

「えー、どれにしよう?」

永谷さんの孫のゆりちゃんは、嬉しそうに私の手元のトランプを見つめた。

ゆり

「じゃあ、これ!」

サトコ

「ざんねーん!それはジョーカーでした!」

ゆり

「ええー!」

ゆりちゃんは、すぐに私に懐いてくれた。

(そうとう人恋しかったんだね)

楽しそうにババ抜きをするゆりちゃんを、永谷さんは嬉しそうに見つめている。

それは完全に、難病の孫の笑顔を喜ぶおじいちゃんの顔だった。

永谷

「ありがとうございました」

「あなた方のお蔭で、あの子のあんな笑顔、久しぶりに見れましたよ」

ゆりちゃんが検査で病室を出て行くと、永谷さんは私たちに深々と頭を下げた。

永谷

「私は最初、息子たちに幸せな暮らしを取り戻してやりたい一心でこの活動を始めたんです」

「そのためなら、なんでもしようと心を決めてね」

「でも今、はみなさんのためにこの身を捧げる覚悟で臨んでいます」

「あなた方のお子さんも、きっと助けますから」

後藤

それは、なにか当てがあるということでしょうか?

後藤教官が、すがるように永谷さんの言葉尻に食いついた。

永谷

「それは‥なんとも言えません」

「でも、待っていてください」

後藤

‥‥

サトコ

「‥‥」

【帰り道】

後藤

最初に孫に会いたいと言い出した時は驚いたが‥

いい機転だったな、氷川

サトコ

「え‥」

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(後藤教官は、あくまでも捜査で私が孫に近づいたと思ってるんだ‥)

(本当にかわいそうだと思ったから会いにきただけだったんだけど‥)

サトコ

「少しでも、お役に立てたならよかったです」

後藤

この調子だ

永谷との信頼関係も深まった

あとは、尻尾を掴むだけだ

後藤教官は、労うように肩を叩くと、大股に歩いていく。

(これが、プロに徹するってことなんだよね‥)

公安として正しいこととは分かっていても、私はなんだか複雑な気持ちだった。

???

「あのっ‥!」

突然、背後から声を掛けられて振り返る。

そこには、息を切らせた女子高生が立っていた。

to be continued

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