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難波 出会い編 8話

【病院】

翌日。

私は後藤教官と一緒に永谷さんの孫のゆりちゃんが入院する病院にやってきた。

(永谷さんを救うためならなんでもやるとは言ったけど‥)

(うまくできるかな‥)

ゆりちゃんの病室が近づくにつれて、徐々に緊張が高まっていく。

周囲から悟られないように、小さく深呼吸をした。

後藤

大丈夫か?

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<選択してください>

A: はい

サトコ

「‥はい」

「でも、もしうまくいかなかったら‥」

思わず顔を覗かせた弱気。

でもそんな私を、後藤教官は急かすことなくゆっくりと見守ってくれた。

B: 私にできるでしょうか?

サトコ

「私に、できるでしょうか?」

思わず出た本音。

後藤教官は、私の気持ちを落ち着かせようとするかのように、そっと背中を撫でてくれた。

C: 緊張で言葉が出ない

サトコ

「あ‥う‥」

言葉にならない声が出て、さすがの後藤教官も顔色を変えた。

物陰に私を連れ込み、じっと目を覗き込む。

後藤

一度、大きく深呼吸しろ

サトコ

「‥だ、大丈夫です」

ようやくまともな声が出て、後藤教官も安堵の表情を見せる。

サトコ

「もう落ち着きました。頑張ります」

後藤

頼むぞ

後藤

自信を持て

氷川ならできる

なにしろ、あの室長が見込んだ人材だからな

サトコ

「え‥?室長が?」

「私を見込むなんて、そんなことあるわけ‥」

後藤

わかってないな

昨日、言われただろ。お前の正義はそんなもんかって

室長は本来、あんな風に人を試したり、煽ったりはしない

サトコ

「‥‥」

後藤

逃した犯人がテロを起こしたらどうするかなんて、聞きもしない

普通なら、あの時点で終わり。容赦なくクビだ

サトコ

「それじゃ、なんで私には‥?」

後藤

期待してるからに決まってるだろ

見込みのないヤツに言葉を掛けるほど、あの人は優しくも暇でもない

(それじゃ、あれは‥)

室長から掛けられた言葉の数々が蘇る。

難波

お前の正義はそんなもんか

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お前が逃がした永谷が、あの後テロを起こしたらどうする?

もしも実際に命が奪われていたら?

あとは、お前がどうしたいかだ

目の前にある分かりやすい正義を行使するか

それとも、目には見えない、誰からもありがたがられない正義のために身を捧げるか

(私のためを思って言ってくれてたんだ‥)

近づいたり突き放されたり、訳が分からないと思っていたけれど。

それもこれもすべて、室長なりに私を育てようとしてくれた結果なのだと今さら気づく。

(室長の期待に応えたい‥!)

(それがきっと、室長の問いに対する一番の答えになるはずだよね!)

サトコ

「頑張ります、私!」

後藤

よし、それじゃ作戦通り、実行だ

サトコ

「はい」

私は頭の中で、もう一度作戦の段取りを整理した。

【室長室】

あの後、永谷さんを自供させると誓った私は、後藤教官と一緒に室長の元に戻った。

難波

本気で言ってるのか?

サトコ

「‥はい。私、分かったんです」

「公安だろうと交番だろうと、目の前の救うべき人を救うって仕事に変わりはないって」

「それが結果的に公安の役に立つなら、それが私の正義ですから」

難波

‥そうか

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室長は私の言葉をかみしめるように少し目を瞑った後、鋭い目で私と後藤教官を見た。

難波

俺にひとつ案がある

乗るか?

後藤

もちろんです

室長も私を見る。

2人に向けて、私もしっかりと頷いた。

【病室】

病室に入り暫くして、私の携帯のバイブが鳴る。

サトコ

「はい。ええっ?悟が?」

計画通りの着信に、私は精一杯の演技で応答した。

(ちょっと芝居がかりすぎてるかな‥?)

不安になった私を勇気づけるように、後藤教官が目で頷く。

(‥大丈夫)

(どちらにしろ、もう後戻りはできないんだから‥)

後藤

どうした?

サトコ

「どうしよう‥お母さんからっ」

「悟が急変したって」

後藤

なにっ?

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後藤教官が迫真の演技で驚いた。

後藤

すぐに病院へ連れて行くように言ってくれ

俺たちも、すぐに行くからって

サトコ

「分かりました」

「もしもし?お母さん?」

手早く電話口で指示を送ると、私は不安げに後藤教官を見つめた。

サトコ

「こんなタイミングで急変するなんて‥」

「万一、手術が必要だなんて話になったら‥」

後藤

とにかく今は、あの子の所へ急ごう

手術後の心配は、その後だ

後藤教官は気遣うように私の肩に手を回す。

サトコ

「そうね‥」

「それじゃ、永谷さん、こちらから呼び出しておいて申し訳ありません」

永谷

「いえ、こういう時はお互い様ですよ」

「私にお気遣いなく、早く行ってあげてください」

「お子さんの状態が一刻も早く持ち直してくれるよう、祈っています」

後藤

ありがとうございます

サトコ

「それじゃ、ゆりちゃん、またね」

伸ばした私の手を、ゆりちゃんがギュッと握った。

ゆり

「おねえちゃんたちの子ども、病気なの?」

ゆりちゃんの無垢な瞳に見つめられ、気持ちが揺れる。

迷いを振り切るように、思い切り眉を顰めた。

サトコ

「そうなの。ゆりちゃんと同じように、なかなか治らない病気と闘っているのよ」

ゆり

「そうなんだ‥」

黙り込むゆりちゃんを見つめながら、私は室長の言葉を思い出していた。

【室長室】

難波

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まずは永谷をあらかじめ病院に呼び出しておく

理由は、お孫さんにどうしてもあげたいプレゼントがある、ということにでもすればいいだろう

お前たち2人が病院に着いた頃を見計らって、こちらから電話を掛ける

ここからはひよっこ、お前の腕の見せ所だ

さすがの永谷もいきなりは動かないだろう

その場合は、孫を使え

サトコ

「え‥ゆりちゃんを?」

難波

幸い、永谷の孫はお前に懐いているようだ

お前の演技が本物なら、きっと心を動かされる

【病室】

(ごめんね、ゆりちゃん‥)

心の中で謝りながら、じっと次の言葉を待った。

でも、ゆりちゃんは困ったように私たちを見つめるだけで、それ以上何も言い出す様子はない。

(ダメかも‥)

(これじゃ、永谷さんを動かすようなゆりちゃんの言葉は期待できない‥)

(やっぱり、こんな嘘、純粋な子どもには通用しないよね)

サトコ

「あのね‥」

ゆり

「おじいちゃん!」

私が次の手に出ようと口を開いたのと、ゆりちゃんが叫んだのはほぼ同時だった。

ゆり

「おねえちゃんたちの子、助けてあげてよ」

サトコ

「!」

後藤

永谷

「ゆり‥」

ゆり

「おじいちゃんは、病気の子たちを助けるのが仕事なんでしょ?」

「おねえちゃんたち、ゆりと遊んでくれたり、お人形をくれたりしたんだよ」

「だからおじいちゃんも、おねえちゃんたちの子どものために何かしてあげてよ」

永谷

「そうだな‥」

永谷さんの視線が揺れた。

(迷ってる‥あと一押し!)

後藤

ありがとう、ゆりちゃん

でもいいんだよ。おじさんたちは、その気持ちだけで十分だから

ゆり

「でも‥」

後藤

ほら、おじいちゃんも困ってる

後藤教官はチラリと永谷さんを見た。

その後、私に視線を送る。

それは、そろそろ退散するという合図だった。

『すべてはタイミング』昨日、室長はそう言っていた。

サトコ

「あなた、そろそろ行かないと」

後藤

そうだな

サトコ

「ゆりちゃん、本当にありがとう」

「ゆりちゃんがこんなふうに言ってくれて、お姉ちゃんたち本当に嬉しかった」

ゆり

「おねえちゃん‥」

サトコ

「それじゃ、私たちはこれで」

まだ迷っている永谷さんに一礼して、部屋を出る‥‥

【廊下】

永谷

「待ってくれ!」

病室のドアが閉まり切らないうちに、その声は聞こえてきた。

サトコ

「!」

後藤

一瞬、2人で視線を交わした後、ゆっくりと振り返る。

思い詰めた表情の永谷さんが、走り書きのメモを差し出していた。

永谷

「ここに連絡してみるといい」

後藤

‥これは?

永谷

「腕利きのハッカーですよ」

サトコ

「ハッカー!?」

永谷

「声が大きい」

永谷さんは、警戒するように左右を見回した。

そして、小声で続ける。

永谷

「永谷からの紹介だと言えば話は通りますから」

後藤

ちょっと待ってください。いきなりのことでよく分からないのですが‥

そんな人たちに連絡して、何をどうしろっていうんです?

永谷

「公安の機密情報を盗んでもらうんですよ」

後藤

公安の?

永谷

「そうです。それを売れば、まとまった金が出来る」

「その金があれば、息子さんを助けてあげられるかもしれません」

後藤

もしかして、以前にあった、公安の機密情報漏洩のニュースは‥

永谷

「あれも彼らの仕業です。どうしても1億の金が必要で、仕方なく私が依頼を‥」

サトコ

「そうだったんですか‥」

後藤

でもこれは、犯罪ですよね

後藤教官の問いかけに、永谷さんの顔から表情が消えた。

永谷

「背に腹は代えられない」

「あなたたちも人の子の親なら」

「息子の命と引き換えに人生を棒に振るくらい、何でもないでしょう」

後藤

そうかもしれませんが‥

永谷

「それとも、あなた方にはそこまでの覚悟はありませんか?」

サトコ

「‥もちろんあります」

後藤

サトコ?

サトコ

「あなたが尻ごみするなら、私がやります」

毅然と言い切り、永谷さんからメモを受け取った。

サトコ

「ありがとうございました」

永谷

「幸運を祈っています」

永谷さんが差し出した手を、握り返す。

バタン!

勢いよく隣室の引き戸が開いて、教官たちが飛び出してきた。

加賀

話は全部聞かせてもらった

石神

永谷幸雄、不正アクセス禁止法違反で逮捕する

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そう言った時にはすでに、颯馬教官と東雲教官が永谷さんを取り押さえていた。

永谷

「ど、どういうことだ?」

「まさか、裏切ったのか?」

永谷さんが信じられない面持ちで私と後藤教官を見る。

私は、ゆっくりと髪の毛に隠して耳に付けていたイヤホンを取り外した。

永谷

「お前‥刑事だったのか?」

サトコ

「先ほどの会話は、すべて録音されています」

永谷

「ふ、ふざけるなっ!」

「それじゃ、息子の難病は?お前らが夫婦だっていうのも嘘か」

サトコ

「すみません‥」

「捜査上、どうしても必要だったものですから‥」

永谷

「ゆりに近づいたのも、このためだったんだな!」

サトコ

「‥‥‥」

永谷

「最低だよ。不幸のどん底みたいな顔して、すっかり騙された」

「あんたら、人を騙して情報とって、それで心は痛まないのか?心は!」

「あんたらみたいなのは、刑事より詐欺師がお似合いだ」

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サトコ

「‥‥‥」

(詐欺師、か‥)

何も反論できず、グッと言葉を飲み込んだ。

東雲

その辺にしておこうか、永谷

颯馬

そうですよ。今の言葉、お孫さんの前でも言えるんですか?

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永谷

「‥‥」

加賀

わざわざガキのいないところで逮捕してやったんだ

それとも、ガキに汚ぇ言葉聞かせてぇか?

永谷

「‥‥」

加賀教官の言葉に、永谷さんは切なげな目を病室に向けた。

(これで、よかったんだよね)

(刑事としては‥)

念願の逮捕だったはずなのに、今までのような爽快感はなかった。

【病院入口】

バタン!

永谷さんを乗せた覆面パトカーのドアが閉まった。

助手席に乗り込もうとする私の腕を、後藤教官が掴む。

後藤

氷川はここまでだ

サトコ

「え?でも‥」

後藤教官に促されて振り向くと、そこにはなぜか室長の姿。

サトコ

「室長‥?」

(なんでここに室長が?)

その隙に、パトカーが勢いよく走り出す。

ポカンとしている私の肩に、室長が腕を回した。

そして、励ますように肩を叩く。

難波

よくやった

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その言葉で、なぜか目が潤んだ。

サトコ

「でも、私は‥」

永谷さんに言われた言葉の一つ一つが蘇り、改めて深く胸を抉った。

難波

なんだ、後悔してんのか?

<選択してください>

A: わかりません

サトコ

「‥わかりません」

難波

お前はやっぱりウブだな

女としても、刑事としても

B: 少し

サトコ

「‥少し」

難波

少しか

ひよっこのくせに、成長したな

サトコ

「そうじゃないんです」

「今は後悔よりも、後ろめたい気持ちでいっぱいだから」

難波

そうか‥

C: してません

サトコ

「‥してません」

難波

強がるな

お前の胸の内なんて、手に取るように分かる

難波

でも、それでいい

サトコ

「え‥?」

難波

行くか

言うが早いか、室長はタクシーに手を上げた。

サトコ

「あ、あの?」

難波

いいから、早く乗れ

【車内】

訳も分からぬまま、タクシーに押し込まれた。

難波

あー運転手さん

〇△※◇×ね

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(ん?)

運転手

「はい」

(ええっ?今なんて言ったの‥!?)

(あんなもごもご言っただけなのに、通じたんだ)

驚いて室長を見るが、室長はのんびりと窓の外に広がる夕焼けを見つめている。

サトコ

「あの‥室長。どちらへ?」

難波

ん?

まあ、風の吹くまま気の向くままにってやつだな

‥今のは、ちょっとクサかったか

ひとりで言って、室長は頭をかいた。

サトコ

「‥本気じゃないですよね?」

難波

冗談に決まってるだろ

そんなことしたら、タクシー料金が払えなくて捕まっちまうぞ

室長は前を見たまま、私の頭にポンッと手を置いた。

難波

ご褒美だよ

今日は良く働いたからな

(ご褒美?)

(一体、何だろう‥)

答えの分からぬまま、タクシーはネオン輝く夜の街へと向かっていった。

to be continued

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