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本命チョコ 難波1話

【寮 自室】

2月に入ると、自然と意識してしまうのがバレンタインだった。

(さすがに、本命チョコです‥とは言えないけど)

サトコ

「でもその前に室長の好みがわからない」

「そもそも、40歳の男の人って、チョコとか食べるのかな」

普段、室長が甘いものを食べているところはあまり見たことがない。

(でも、石神教官や加賀教官はよく甘いものを食べてるよね?黒澤さんも好きみたいだし)

(やっぱり、人によるのかな‥)

(だけど室長ってお酒飲む人だし、甘いものを食べてるイメージがない‥)

サトコ

「うーん‥これはやっぱり、リサーチするしかないかな」

「分からないまま悩んでるより、ずっといいよね」

そう決心して、明日の学校の準備を始めた。

【裏庭】

翌日のお昼休み、教官室や屋上に行って室長を探す。

最後に訪れた裏庭で、お弁当を食べている室長を見つけた。

サトコ

「室長!お疲れさまです」

難波

おお、お前も昼飯か?

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サトコ

「いえ、私は食堂で食べてきちゃいました」

「あの‥これ、よかったら食後にどうぞ」

持参したチョコのお菓子を渡すと、室長が笑顔になった。

難波

おー、気が利くな。ちょうどこういうのが欲しいと思ってたんだ

よし、じゃあこれ、お返しな

ポケットを探って、室長が大量のお菓子をくれる。

そのお菓子たちには、見覚えがあった。

(これって確か、前にもくれたよね)

サトコ

「パチンコの景品ですか」

難波

いやー、なかなか大勝ちするのは難しくてな

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まあ、お菓子と交換できるくらいのささやかな勝ちでいいんだ。俺は

サトコ

「いつもくれますけど、ご自分では食べないんですか?」

中には甘いお菓子もあったけど、どちらかといえば、お酒のおつまみになりそうなものが多い。

難波

まあ、食うけどな。でも食い切れないんだよ

サトコ

「食べきれないほど、お菓子に交換してるんですね」

「お酒とかタバコとか日用品に交換してくれることもあるって聞きましたけど」

難波

俺はいいんだ。お菓子で

それとも、こういうのはいらないか?

サトコ

「いえ!嬉しいです!」

慌てて首を振ると、そうかそうかと室長は満足そうに頷いた。

難波

お前はいっぱい食べてもっと太れ、ひよっこ

サトコ

「!」

難波

あー、まずいな。今の、セクハラだって言われちゃうな

まずい、と言いながら全く困った様子もなく、室長は私があげたチョコを口に入れる。

難波

やっぱりメシ食ったあとは、甘いもんに限るよな

弁当のおかずって、しょっぱいのが多いだろ

サトコ

「ふふ、そうですね」

(よかった、チョコは食べれるみたい)

(よし!これでバレンタインは、室長にチョコを渡せる!)

【寮 自室】

学校が終わると、鳴子と一緒にチョコの買い出しへ行き‥

その夜から、早速チョコ制作に取り掛かった。

(‥今さらだけど、手作りってもしかして重い?)

(でも前にお弁当を食べてくれたし、手作りには抵抗ないはず‥)

バレンタイン特集でチョコのレシピが載った雑誌を見ながら、丁寧にチョコを溶かす。

(チョコを手作りするなんて、何年ぶりだっけ)

(高校生くらいまでは、好きな人がいなくても手作りして友達と交換したりしてたけど)

雑誌には『大人向けチョコの決定版!』と、リキュール入りチョコの作り方が載っている。

(室長といえば、やっぱりお酒だよね)

(ビターチョコを使って、甘さ控えめにして‥えーと、チョコを溶かしたら、次は‥)

その日は遅くまで、チョコ作りに専念した。

【カフェテラス】

翌日、試作したチョコをみんなに食べてもらうために学校に持って来た。

ランチを終えると、早速鳴子に差し出す。

サトコ

「鳴子‥率直な意見を聞かせて」

鳴子

「どうしたの、そんな真剣に」

サトコ

「昨日、チョコを作ってみたんだけど」

「これで大丈夫かな?苦すぎる?甘すぎる?リキュール入れすぎじゃない?」

「もうちょっと大きい方がいい?形、いびつじゃない?見た目は?」

鳴子

「ちょ、ちょっと落ち着いて。とりあえず、ひとつもらっていい?」

千葉

「あれ?ふたりとも、デザート中?」

サトコ

「千葉さん!救世主!」

千葉

「え?」

サトコ

「このチョコを食べた正直な感想を教えて!」

千葉

「チョコ‥」

何故か、一瞬だけ千葉さんが頬を染める。

サトコ

「千葉さん?」

千葉

「あ、いや‥」

「じゃあ、ひとつもらうな」

「‥美味い!これ、氷川が作ったのか?」

サトコ

「うん‥本当?本当に美味しい?お世辞じゃなくて?」

鳴子

「美味しいよ。私はもっと甘い方が好きだけど」

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「でも男の人なら、このくらいがちょうどいいかもね」

後藤

なんの騒ぎだ?

加賀

ギャーギャーうるせぇ。二度と喚けねぇようにしてやろうか

サトコ

「後藤教官!加賀教官!これ、ひと口どうぞ!」

通りかかったふたりにもチョコを渡すと、怪訝そうにしながらも食べてくれた。

後藤

‥アンタ、こんなの作れるのか。すごいな

サトコ

「ど、どうでしょう?味は大丈夫ですか?」

加賀

硬ぇ。もっと柔らかくしろ

サトコ

「柔ら‥かく‥!?チョコを!?」

後藤

氷川、落ち着け。加賀さんの好みは特殊だ

千葉

「本当にすごく美味しいよ。売り物って言われてもおかしくないくらい」

後藤教官と千葉さんに褒められて、ホッと肩の力を抜く。

(よかった‥男の人が食べても大丈夫な味みたい)

私の様子を見ていた加賀教官が、チッと舌打ちした。

加賀

ガキが色気づきやがって‥

サトコ

「な、なんのことでしょう‥!?」

加賀

テメェはもう少し、色気を磨いとけ

今度、ハニートラップを身体に教え込んでやる

サトコ

「け、結構です!」

(加賀教官、まさか私の気持ちに気付いてるんじゃ)

(いやいや、まさか‥この気持ちは誰にも気づかれてないはず)

東雲

あれ?兵吾さんと後藤さん、こんなとこで何してるんですか?

仕事のファイルを持った東雲教官が、私たちに気付いてこちらにやって来た。

後藤

氷川にチョコをもらった

東雲

え?バレンタインの?

加賀

さあな

(この笑顔が怖い‥!)

サトコ

「し、東雲教官も、おひとついかがですか‥?」

東雲

まさかとは思うけど、サトコちゃんの手作り?

サトコ

「そのまさかです」

東雲

それ、兵吾さんも後藤さんも食べたの?大丈夫?意識混濁してません?

サトコ

「意識混濁って‥危険物扱い!?」

後藤

今のところ何でもないから大丈夫だろう

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東雲

オレはやめておこうっと

午後から捜査が入ってるのに、そんな爆弾を胃の中に抱えるなんて、危険すぎるし

サトコ

「ば、爆弾‥!」

(そ、そこまでひどくないのに‥!)

(とにかく、千葉さんや後藤教官は美味しいって言ってくれたし)

(室長に渡しても大丈夫だよね‥?)

【警察庁】

バレンタインを2日後に控えた金曜日、石神教官にお使いを頼まれ、警察庁にやってきた。

(この書類を渡せばいいんだよね。えーっと、公安課は向こうだっけ)

書類が入った封筒を持ってウロウロしていると、向こうを歩いている室長を見つけた。

(あ!今日、室長も来てたんだ)

立ち止まり、何となく室長の姿を目で追いかける。

すると、反対側から歩いてきた女性が室長に駆け寄った。

女性

「難波さん!今年もチョコ、期待しててくださいね!」

(え‥)

無意識のうちに、もっと声が聞こえる方へと移動する。

身を潜めて会話を聞いていると、どうやら女性は室長の部下のようだった。

難波

ああ、もうそんな時期か

けど、今年は適当でいいからな

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女性

「そんなこと言わないでくださいよ。お返しを期待してるわけじゃないですから」

難波

いや、でもなあ‥手作りなんて大変だろ?

(手作り‥?部下の人たちも、室長にチョコ渡してたんだ)

女性

「え~、どうしてですか?手作り、迷惑でした?」

難波

そういうわけじゃないんだけどな‥とにかく、今年は手作りじゃなくていいから

なぜか、室長は頭を掻いて言い淀んでいる。

難波

毎年気を遣わせて悪いな。俺よりも、本命に作ってやれ

そう言い残すと、室長はエレベーターの方へと歩いて行った。

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(手作りチョコ、断ってた‥!な、なんで?手料理は大丈夫だけど、お菓子はダメとか?)

(でも、去年までは受け取ってたみたいなのに‥どうして今年は断ったの?)

いくら考えても、とにかく『手作りはいらない』という事実しか分からない。

(せっかく、前の日に手作りしようと思ってたけど‥受け取ってもらえないかもしれない)

(市販のチョコを買って渡す‥?でも、それじゃ気持ちが伝わらない‥どうしよう‥!?)

【室長室】

バレンタイン当日、散々悩んだ末、結局市販のチョコを渡すことに決め‥

日曜日だったけど、資料整理という理由を付けて学校へとやってきた。

(往生際悪く、昨日の夜、チョコを作ってみたけど‥)

(受け取ってもらえないなら、あとで自分で食べた方がいい‥)

チョコを渡そうと室長室を訪ねると、書類を見ていた室長が顔を上げた。

難波

おお、氷川か。ちょうどいいところに来た

サトコ

「え?」

難波

ちょうど茶が飲みたくてな

サトコ

「あ、はい。すぐ淹れますね」

お茶を淹れて室長に出すと、室長が口をつけてホッとため息をつく。

難波

DOSSもいいが、最近は氷川が淹れてくれる茶が一番美味いな

サトコ

「そ、そうですか?」

難波

ああ。落ち着く味っていうかな。ひよっこにはひよっこなりのよさがある

(落ち着く、か‥室長にそう言われるのが、一番嬉しいかも)

(‥相変わらず、まだひよっこ扱いだけど)

サトコ

「何か、お茶請けにお菓子持って来ましょうか」

難波

いや、それならコレがある

ポケットからまたパチンコの景品のお菓子を取り出して、室長がデスクに置いた。

難波

お前も食べるか?

サトコ

「いえ、私は‥あ!」

手に持っているチョコを思い出して、室長に差し出す。

サトコ

「これも‥よかったら、お茶請けにしてください」

難波

ん?これは‥

サトコ

「チョコレートです。バレンタインなので」

「市販のものなので、味は確かですから」

難波

‥‥‥

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私の言葉に、室長が一瞬、きょとんとした顔になる。

(え?)

難波

ああ‥そうか

気を取り直したように、室長がチョコを受け取ってくれる。

でもなんとなくぎこちないような、妙に気まずい雰囲気が流れている気がした‥

to be continued

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