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本命チョコ 難波2話

【室長室】

市販のチョコだと言って渡すと、室長が一瞬、きょとんとした顔になる。

でもすぐ笑顔になると、チョコを受け取ってくれた。

難波

ありがとな

サトコ

「いえ‥」

(今の表情‥気のせいだったのかな)

(室長、もしかして今日がバレンタインだってこと、忘れてたとか)

難波

そうだ、じゃあお返しに‥

そう言ってポケットをまさぐろうとした室長だけど、ふと気づいたように手を止めた。

難波

いや、お返しがこんなんじゃダメだな

サトコ

「え?」

難波

お返しはまた今度‥

えーと、来月の14日でいいんだったか?

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サトコ

「あ‥いえ!日頃の感謝のつもりなので、お返しなんて‥お、お気持ちだけで!」

難波

そう言われてもなあ‥部下からもらいっぱなしっつーのもな

んー、よし、じゃあ飲みに行くか

サトコ

「へ?」

立ち上がった室長が、私の肩を組む。

(え‥ええ!?)

難波

もうすぐ仕事が終わるんだ。お前は?

サトコ

「わ、私はもう終わりましたっ‥」

難波

よし、ならちょっと待ってろ。あの書類にハンコ押せば終わりだから

石神が持って来たやつだし、最後まで見なくても大丈夫だろ

サトコ

「だ、ダメですよ!あの、終わるまでここで待ってますから‥」

難波

そうかあ?じゃあ、その辺に適当に座っててくれ

室長の逞しい腕から解放されても、しばらくは心臓がうるさいほど高鳴っていた。

(びっくりした‥!室長のスキンシップって、いつも急すぎる‥!)

(でもとりあえず、チョコは喜んでくれたってこと‥かな?)

そわそわしながら、室長を待つ私だった。

【居酒屋】

室長に連れて来られたのは、赤ちょうちんがぶら下がっている居酒屋だった。

難波

悪いな、お前たちが行くようなオシャレな店じゃなくて

サトコ

「いえ、こういうところの方が安心します」

「むしろ、室長と一緒なのにオシャレな店だと、変に緊張するというか」

難波

ハハッ、ひよっこも言うようになったな

ビールやおつまみを頼んで、室長とふたりきりで乾杯する。

美味しそうにビールを飲む室長が、なんだか微笑ましかった。

難波

誘っておいてなんだが、バレンタインなのにこんなおっさんと飲んでて大丈夫なのか?

サトコ

「はい。何も予定はないですから」

「捜査だって言われたら問題なく手伝えるくらい、時間あります」

難波

それも寂しいな、オイ

お前にもそろそろ、彼氏のひとりやふたり‥

‥いや、ひよっこにふたりは無理か

サトコ

「無理とかいう以前に、二股はちょっと‥」

難波

だよなあ。二股とか浮気不倫はいかんよなあ

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しみじみと、室長がうなずく。

難波

それにしても、お前からチョコをもらえるとはな~

サトコ

「あの‥迷惑じゃなかったですか?」

難波

いやあ、素直に嬉しかった。若い子からもらえるのは、明日への活力だからな

(ウソっぽい‥室長、確か『女は30を超えてからじゃないと』って言ってたはず)

(そっか、だからあんなにおばちゃんにモテるんだ‥!)

難波

なんだ?

サトコ

「いえ‥室長は、熟女好きなんですよね?」

難波

ぶっ

珍しく、室長が吹き出した。

難波

なんだぁ?熟女好きって

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サトコ

「だって、巣鴨のおばちゃんにモテモテだし」

「それに、大人の色気がないとダメだって‥」

難波

ああ、まあなあ

肯定も否定もせず、室長は相変わらずのらりくらりな態度だ。

難波

実は今日は二日酔いだったから、酒はやめておこうと思ったんだが‥

サトコ

「だ、大丈夫ですか?二日酔い‥」

難波

ああ、今日は捜査もなかったしな

お前からチョコをもらったなら、飲まないわけにはいかないだろ

上機嫌でビールを追加する室長に、私まで嬉しくなる。

(チョコ、喜んでくれたみたい‥よかった)

難波

ところでお前、お菓子作りは得意なのか?

サトコ

「うーん、それほどでも‥普段はあまり作らないです」

難波

そうか。前に作ってもらった料理が美味かったから

今年のバレンタインは、もしかして手作り‥なんて、柄にもなく期待したんだが

サトコ

「‥え?」

難波

やっぱり、本命以外に手作りはないよな

(え‥え?)

驚いて、室長を凝視してしまう。

難波

どうした?

サトコ

「あの‥手作りは迷惑なんじゃ」

難波

ん?そんなこと言ったか?

サトコ

「えーっと‥ちょっと小耳に挟んだんですけど」

「他の人には、今年は手作りはいらないって断っていたとかいないとか‥」

難波

ああ、どうせ黒澤情報だろ

本命がいる奴に、手作りをもらうわけにはいかないからな

(‥え?じゃあどうして、私のは手作りを期待して‥)

(私には本命がいないと思ったから?でも今、『本命以外に手作りはないよな』って)

頭がこんがらがってきそうだったので、ひとまず考えるのをやめた。

サトコ

「あのっ‥実は室長に、チョコ作ったんです」

難波

え?

サトコ

「でも、もしかして迷惑かもって、市販のにしたんですけど‥い、今から取ってきます!」

慌てて立ち上がろうとした私の腕を、室長が掴んで止める。

難波

なんだ‥そうか、俺にもあったのか

サトコ

「え?」

難波

手作りチョコ

上目遣いで見つめられて、咄嗟に目を逸らしたくなる。

でもその真剣な表情と視線に、射抜かれたように身体が動かない。

難波

まあ、とりあえず座れ

サトコ

「え‥」

難波

せっかく、今はふたりで飲んでるんだから

市販のチョコにだって、お前の気持ちはこもってるしな

『気持ちがこもってる』っていう言葉に、まるで私の心を見透かされたようで妙に緊張した。

難波

ところで‥本命は誰にあげたんだ?

サトコ

「えっ」

難波

後藤たちにも渡してただろ?もしかして、意表ついて同期の男子か?

サトコ

「な、なんの話ですか?」

難波

だから、本命だよ

(も、もしかして‥カフェテラスで試食してもらってるの、見られてた!?)

(室長に市販のチョコなのに、みんなに手作りっていうのも変だから)

(全員に市販のあげたんだけど)

室長は残りのビールを飲み干すと、再びおかわりを頼んだ。

その様子に、自分が本命かもしれないと思っている様子など、微塵もない。

(きっと、父親気分できかれてるんだろうな‥)

(そうだよね。室長が私を、そういう対象で見てくれるハズないし)

サトコ

「えーとですね‥本命は、その‥」

(室長です‥なんて言ったら、どうなるんだろう)

(また『ひよっこ』って笑われちゃうかな‥それでも、私は‥)

難波

‥もしかして、俺か?

サトコ

「‥え!?」

何気ない室長の言葉に、心臓が跳ね上がる。

慌てて振り返ったけど、室長はいつものように笑っているだけだった。

難波

なんてな~。さすがにお前に失礼だよな

サトコ

「い、いえ、あの‥」

まさか『室長が本命です』とも言えず、曖昧に笑って誤魔化す。

お酒に逃げるようにグラスを煽った時、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。

黒澤

サトコさん!こんなところにいたんですか!

サトコ

「く、黒澤さん!?」

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黒澤

アナタの黒澤、まだサトコさんからのチョコをもらってません!

サトコ

「ええ!?だ、だって黒澤さん、今日は学校に来なかったから‥」

黒澤

そこを探し出して渡してくれるのがロマンスじゃないですか!

難波

おいおい、お前、なんでこんなところに‥

呆れながら室長が黒澤さんに声を掛けると、黒澤さんがキッと室長を振り向く。

黒澤

室長!本命チョコもらいましたか!?

難波

はあ?

黒澤

知ってるんですよ!室長は毎年、全部義理だなんて言いながら

密かに、本命チョコをもらっていることを!

難波

どこ情報だ、それは

黒澤

いいから答えてください!本命チョコ、いくつもらったんですか!?

難波

そうだなあ‥

意味深に、室長が私を見る。

難波

今年は、ひとつだけ‥だな

サトコ

「え‥」

黒澤

ひとつ『だけ』って!

ひとつでももらえればいいじゃないですか~!

難波

そんな落ち込むな。黒澤だって若いんだから、いつか春が来るだろ

黒澤

そんな気休め、いらないんですよ~!今欲しいんです、本命チョコが!

黒澤さんをなだめながら、室長が私にウインクする。

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(まさか‥ば、バレてる‥!?)

心臓が爆発しそうなほど高鳴り、まともに室長を見ることが出来ない。

室長は大きな手で、ぽんぽんと私の頭を撫でた。

難波

冗談、冗談

サトコ

「っ‥‥」

難波

来年こそは、好きなヤツに渡せるといいな

サトコ

「‥‥‥」

(本当は、今年もちゃんと渡せてたんです‥)

(でも、来年は‥自分の口から、『本命です』って言って渡せるといいな)

室長の優しくて大きな手の感触が、いつまでも残っていた。

【学校 廊下】

バレンタインの翌日、廊下を歩いていると私を探していたらしい千葉さんに声を掛けられた。

千葉

「女子ってさ、ホワイトデーのお返し、何が欲しいのかな」

サトコ

「うーん‥定番は、アクセサリーとかじゃないかな?」

千葉

「アクセサリーか‥」

サトコ

「あ、でもなんでも嬉しいと思うよ。バレンタインと同じで、気持ちの問題だから」

千葉

「そうだよな。じゃあ‥考えておくよ」

妙にそわそわしながら、千葉さんが廊下を歩いていく。

(‥ん?『考えておくよ』?)

私は不思議に思いながら、千葉さんの背中を見送っていると、近くの資料室から室長が出てくる。

サトコ

「あ!室長、昨日はありがとうございました」

難波

ああ、いいところにいた

サトコ

「何かお手伝いしますか?」

難波

いや、そうじゃない。お前、来月の第2月曜日、空けとけ

サトコ

「はい、分かりました」

反射的にうなずくと、室長が満足げにうなずく。

難波

うん、いつ聞いてもいい声だな

サトコ

「え?」

難波

お前の返事だ。元気があってな、おっさんにはまぶしい

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昨日のように私の頭を撫でると、室長は教官室の方へ歩いて行った。

(子ども扱いなのか、そうじゃないのかよくわからない‥)

(っと‥来月の第2月曜日だよね。捜査のお手伝いかな)

忘れないようにスマホのスケジュールに予定を入れておこうと、画面を見る。

サトコ

「3月の第2月曜日、っと‥ん?」

(‥えっ?3月14日?)

(も、もしかしてホワイトデー‥!?)

サトコ

「‥いやいや!まさか、室長に限ってそんな‥」

「きっと、たまたまその日に捜査が入っただけだよ‥うん‥」

必死に自分にそう言い聞かせるのに、それとは裏腹に、期待に胸が膨らむ。

少しふわふわした気持ちで、午後の講義に向かう私だった‥

Happy  End

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