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お返し 東雲 2話

【エレベーター】

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着ぐるみの中でダラダラと汗をかきながら、私は必死に頭を巡らせていた。

(どうしよう、いきなり宴会芸なんて無理だよ)

(確か、今のお笑いの流行は‥)

(ああ、でもおエライさんたちが流行のネタを知ってるとも限らないし‥)

東雲

着いたよ、降りて

(無理ーっ!)

(ほんと、ノープランなんですけどーっ!)

【廊下】

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(‥あれ?)

(ここ、宴会場のフロアじゃない?)

東雲

ほら、こっち

入って

サトコ

「は、はぁ‥」

(まさか、客室で打ち上げとか‥)

【部屋】

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サトコ

「‥‥‥」

(普通だ‥)

(普通の、しかもちょっとお高いツインルーム‥)

サトコ

「あの、これは‥」

東雲

鈍‥

今日、3月14日じゃん

(え、じゃあ‥)

東雲

‥バカ

驚きすぎ

サトコ

「だ、だって‥」

(今年のホワイトデーは、タンポポの「綿毛」で終わりだって‥)

(そう思って‥だから‥)

サトコ

「教官ーっ」

着ぐるみの頭を投げ捨てると、私は教官に抱きつこうとした。

ところが‥

東雲

ちょ、汗臭っ

近づくな

(ええっ!?)

サトコ

「で、でもちょっとくらいギュウッとしても‥」

東雲

無理。早くお風呂に入って

はい、ゴー!

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(ひどいっ!)

【脱衣所】

(もう‥あんな言い方しなくても‥)

(せっかく抱きつきたい気分だったのに‥)

サトコ

「あ、でも確かに汗臭い‥」

(いやいや、でもやっぱりちょっとギュッとするくらいなら‥)

なんだか釈然としないまま、私はバスルームの扉を開けた。

サトコ

「え‥」

【バスルーム】

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サトコ

「いい香り‥」

(これ‥アロマキャンドル?)

(しかも、こんなにいっぱい‥)

サトコ

「!」

(この並び、文字になってるんだ!ええと‥)

サトコ

「ア‥リ‥ガ‥」

「『アリガトウ』‥?」

「‥っ!」

(ズルい!ロマンティックすぎ‥っ!)

(教官なのに‥教官なのに‥っ!)

甘い香りに包まれながら、浴槽の中でジタバタする。

世にも珍しい教官の「飴対応」に、さすがに浮かれずにはいられない。

サトコ

「教官、私‥」

「今なら何されてもいいです‥」

(ピーチネクター買いにアキバに行かされても‥)

(へんな被り物させられても、この際なんでも‥)

サトコ

「ふわぁ‥」

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(あ、なんだか眠気が‥)

(ま、いっか‥ちょっとだけ‥)

サトコ

「ちょっと‥だけ‥」

サトコ

「‥っ!?」

(まずい、本気で寝ちゃってた!)

慌ててお風呂からあがると、急いで身支度を整えた。

(‥よし、着替え完了!)

(髪の毛もこれくらい乾けばいいよね)

サトコ

「教官、お待たせ‥」

【部屋】

(‥あれ?)

サトコ

「教官‥?」

東雲

すぅ‥すぅ‥

(うそ、寝ちゃってる‥?)

(‥そうだよね。ずっと待たせちゃったし‥)

(教官だって1日中イベントに駆り出されて疲れてるよね)

サトコ

「ん?」

ふと、教官の衿口にふわふわの綿毛がくっついてるのに気付いた。

(これ、中庭で綿毛を吹いたときの‥?)

(結構長くくっついてるんだな)

特に深く考えることもなく、綿毛に手を伸ばしてみる。

ところが、取ろうとした瞬間、首筋に指先が触れてしまって‥

東雲

ん‥

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サトコ

「!?」

(な、なに今の声‥)

(妙に色っぽかったんですけど‥!)

動揺する一方で、好奇心がむくむくと頭をもたげてくる。

(どうしよう、もう1回くらい触ってみても‥)

サトコ

「‥っ!」

(ダメ、なんか変態っぽすぎ‥!)

(でも、どうせ眠ってるからバレっこないし‥)

(いつも私ばかり脇腹とか触られて‥)

サトコ

「‥そうだよ、うん」

(今日はホワイトデーだし!)

(あと1回くらいなら『おさわり』してみても‥)

私は、眠ってる教官に手を伸ばした。

そして‥

<選択してください>

A: 鎖骨をなぞった

(今度は、教官の鎖骨を‥)

東雲

‥‥‥

(‥あれ、無反応?)

(じゃあ、もう1回‥)

東雲

‥っ

(あ、少し反応した!)

(じゃあ、他の場所はどうかな。例えば脇腹なんて‥)

東雲

「‥今度はどこ触る気」

(え‥)

B: 首筋に触れた

(もう一度、首筋を‥)

東雲

ふ‥っ

サトコ

「!?」

東雲

う‥ん‥

(ちょ‥え‥なんか‥)

(声が‥)

(声が色っぽすぎ‥)

東雲

‥なに悶えてんの

サトコ

「だって教官の声が色っぽすぎて‥」

(ん?今、質問したのって‥)

C: キノコを撫でた

(ここはやっぱり教官のキノコを‥)

サトコ

「‥っ」

(うわ、なんか‥)

(なんか思ってたよりずっと柔らかいんですけど‥っ)

予想以上に素晴らしい感触に、私は何度も撫でてしまう。

(すごい‥こんなの初めて‥)

(さすが教官のキノ‥)

(じゃなくて、髪の毛‥)

東雲

しつこい

(え‥)

東雲

さっきから頭撫ですぎ

(えっ、ちょ‥)

(ぎゃーっ!)

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東雲

最低

ありえない

眠ってる時に触るとか

サトコ

「ち、違います!ちょっとした好奇心‥」

「じゃなくて、そろそろ起こそうと思って‥」

東雲

‥どうだか

教官はガードするように胸元を押さえると、じろりと私を見た。

東雲

それで?風呂は?

サトコ

「入りました」

「あとメッセージも見ました!アロマキャンドルの!」

東雲

‥‥‥‥ああ

まぁ‥

年に1回のことだし

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プイッと背中を向けられてしまったから表情は分からない。

けれども、耳がうっすらと赤く染まってるのは見えてしまったわけで‥

(教官‥)

サトコ

「教官ーっ」

(今度こそ、受け止めて‥っ)

(ちょっ‥)

サトコ

「ひどっ。なんで避けるんですか!」

「お風呂もちゃんと入りましたよ!?」

東雲

それよりもクローゼット

サトコ

「えっ?」

東雲

クローゼット、開けてきて

サトコ

「‥はぁ‥」

(クローゼットって‥あれかな)

(ホテルのクローゼットにしてはずいぶん大きいけど‥)

(これを、開ければいいんだよね)

サトコ

「えい‥っ」

ドサドサドサッ!

サトコ

「‥っ!?」

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(な、なにこれ!ぜんぶ風船!?)

サトコ

「教官、これ‥この間、寮監室で作った‥」

東雲

そう、あのときの

この中の1つに、今日のプレゼントが入ってるから

サトコ

「ええっ!?」

(この中の1つって‥)

(風船自体がものすごい数なんですけど‥)

サトコ

「え、ええと‥ヒントは‥」

東雲

透が膨らませた風船

サトコ

「えっ、黒澤さんも膨らませたんですか?」

(そういえば黒澤さん、唇が腫れてたっけ)

改めて足元の風船を見る。

この中からたった1つを見つけ出すなんて、気が遠くなりそうだ。

(さすがというかなんて言うか‥)

(やっぱり「飴対応」で終わるはずがなかった‥)

東雲

‥やめとく?

だったら今すぐ片付けるけど‥

サトコ

「いえ!」

「氷川サトコ、必ず見つけ出してみせます!」

(そうだ、負けてたまるか)

(絶対、プレゼントを見つけ出してみせるんだから)

そんなわけで‥

パァンッ!

東雲

はい、ハズレ。次

サトコ

「うう‥」

パァンッ!

東雲

残念、ハズレ

はい、次‥

こうして黙々と風船を割り続けること数十分‥

サトコ

「はぁ‥はぁ‥」

(これ‥結構キツイんですけど‥)

(ちょっとした訓練並っていうか‥)

東雲

次は?

サトコ

「こ、この風船を‥」

「えい‥えい‥っ」

「えい‥っ」

パァンッ!

サトコ

「あっ!」

風船が割れた瞬間、中から何かが飛び出してきた。

(これ‥)

サトコ

「『チャーム』ですよね」

「ペンダントトップとかキーホルダーに使える‥」

花をかたどったそのチャームを、そっと明かりにかざしてみる。

(すごい‥)

(キラキラしていて可愛い‥)

サトコ

「これ、何の花ですか?」

東雲

ガーベラ

花言葉は『希望』と『常に前進』

どこかの誰かさんっぽいよね

苦笑まじりに付け足された言葉が嬉しくて。

こうなったら「前進」するしかないわけで。

サトコ

「教官ーっ!」

今度こそ、私は教官の胸にダイブした。

サトコ

「好きです!大好きです!愛してます!」

東雲

あっそう

サトコ

「あと、ええと‥」

<選択してください>

A: 今日は好きにしてください

サトコ

「今日は私のこと、好きにしてください!」

東雲

あっそう

じゃあ、今から腹筋100回

(ええっ!?)

サトコ

「そ、そういうのはちょっと‥」

東雲

‥なに?

好きにしていいんじゃないの?

サトコ

「いいですけど、そうじゃなくて‥!」

(もっとこう‥なんていうか‥)

東雲

具体的に言って

何をしてほしいのか

B: 一生ついていきます

サトコ

「一生ついていきます!」

東雲

重‥

サトコ

「重くて結構です!」

「何があっても私、一生教官についていきますから」

東雲

‥あっそう

じゃあ、好きにすれば

サトコ

「はい!」

笑顔で頷いた私を、教官はチラリと見て。

東雲

‥で、もう満足?

C: ええと‥

サトコ

「ええと‥」

東雲

‥なに、もうおしまい?

サトコ

「そ、そんなことは‥」

東雲

じゃあ、言って

何をしてほしいのか

(え‥)

東雲

なければこれで終わるけど

サトコ

「そ、それは‥っ」

東雲

‥だろうね

キミ、欲求不満みたいだし

サトコ

「え‥」

東雲

寝てるオレに勝手に触るし

この間は、オレの夢を見て悶えたし

(な、なんで夢の内容までバレて‥)

東雲

ほら、言いなよ

サトコ

「‥‥‥」

東雲

言え

(うう、だったら‥)

サトコ

「足りない‥です‥」

東雲

なにが?

サトコ

「キッス‥」

東雲

ふーん‥

奇遇だね。オレも

教官の手が、私の頬を包み込む。

ちゅ、ちゅと唇をぶつけられて‥

上唇を舐められたから、そっと口を開いてみた。

(あ‥)

するり、と滑り込んできた舌が上顎をくすぐるようにゆっくりとなぞる。

その感触にぞくりとして、思わず教官のシャツを引っ張ってしまった。

東雲

‥っ

(え‥?)

東雲

バカ‥どこ触って‥

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(触る‥?)

(あれ、もしかして‥)

試しに、シャツを掴んでいた指を横に動かしてみる。

東雲

‥っ

(やっぱりここ、教官の弱点?)

(私の「左の脇腹」みたいな‥)

サトコ

「もっと、触ってもいいですか?」

東雲

は?

サトコ

「知りたいんです。教官のこと‥」

東雲

バカ、なに言って‥

ちょ‥

唇を合わせながら、指先を動かしてみる。

(すごい‥)

(教官の身体‥どんどん熱くなって‥)

東雲

バカ‥っ

動かしていた手を、乱暴に握られた。

あっという間に主導権を奪われ、かわりに身体をひっくり返された。

東雲

早‥すぎ‥

キミ‥がオレを煽るとか‥

サトコ

「でも‥」

「ふ‥っ」

抗議の言葉はキスで遮られた。

そのあまりにもの濃厚さに、今度こそ身体中の力が抜けてしまいそうになる。

(や‥もっと知りたいのに‥)

(教官のこと‥)

けれども、どうしても教官の身体を押し返せない。

それどころか、頭の中がふわふわして‥

(あ、まずい‥)

(ほんと、もう‥もう‥)

グゥゥゥ‥

(え‥)

(な、なんでこんなときにお腹が‥)

東雲

‥なに、今の音

サトコ

「え、ええと‥たぶんどこかにネズミが‥」

グゥゥ‥

グゥゥゥゥ‥

東雲

‥‥‥

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サトコ

「‥すみません」

(自然の摂理に勝てませんでした、教官‥)

そんなわけで‥

スタッフ

「失礼いたします。ルームサービスです」

東雲

‥どうも

来たよ。食べれば

サトコ

「あ、ありがとうございます‥」

(うぅ‥鮭おにぎり、美味しすぎ‥)

(さすが3個で1200円‥)

東雲

ところでさー

なんでいきなり『おさわり』だったわけ?

サトコ

「ゲホッ!」

(お、おさわり!?)

東雲

そんなに欲求不満だったわけ?

寝てるオレに『おさわり』するくらい‥

サトコ

「違います!」

「最初はただ綿毛を取ろうとしただけです!」

東雲

綿毛?

サトコ

「教官のシャツの衿についてたんです」

「たぶん中庭で吹いた時のだと思いますけど」

東雲

ああ、あのときの‥

教官はしばらく黙り込んでいたかと思うと、ふいに「ねぇ」と口を開いた。

東雲

キミってさ

ガーベラよりもタンポポの『綿毛』っぽいかも

サトコ

「‥はい?」

東雲

雑草らしく図太くて‥

一度くっついたら、しつこいくらい離れなくて‥

キミっぽいよね。そういうところ

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(え、ええと‥)

サトコ

「今のは悪口‥」

東雲

さあね

サトコ

「じゃあ、褒め言葉‥?」

東雲

‥好きにすれば

サトコ

「!!」

「教官‥っ」

東雲

ちょ‥くっつくな!

サトコ

「嫌です」

「私、綿毛ですから」

東雲

‥っ!キモ!

ほんとキモ!

それでも私は、懲りずに教官にくっついていた。

ふわふわと妙に幸せな気持ちのままで。

Happy  End

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