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お返し 難波 1話

【空港】

ホワイトデー当日、私は一人、空港でポツンとしていた。

(昨日、室長から電話が来て、いきなり『明日北海道に行くぞ』なんて言われたけど‥)

(いや、でもそもそもの始まりは2月15日だった気がする)

バレンタイン翌日、廊下で出くわした室長に『3月の第2月曜日を空けておけ』と言われた。

(これって、今日だよね?)

(世間でいわゆる『ホワイトデー』と称される、3月14日‥今日だよね!?)

毎日毎日、カレンダーに付けた印を眺めながら過ごした。

そしてやってきた、3月14日。

(今日は間違いなくホワイトデーだ‥)

(ただ疑問なのは、室長が『ホワイトデー』というものを知ってるかどうか)

サトコ

「‥いや、さすがにそれは失礼か」

「でも、知ってるとしても‥室長の場合、捜査のお手伝いって可能性もあるよね」

(だけど、万が一これが『ホワイトデーデート』だとしたら‥)

(‥室長が、そんな甘酸っぱいことしようとするかな)

昨日からこの考えの繰り返しで、結局答えは出ていない。

(しかも、待ち合わせの時間、とっくに過ぎてるし‥)

サトコ

「室長の場合、仮にデートだとしても普通に遅刻して」

「いつものように『おお、悪い悪い』とか言って登場‥」

難波

おお、悪い悪い

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サトコ

「わっ!?」

後ろから声を掛けられて、飛び上がりそうなほど驚いた。

サトコ

「し、室長!」

難波

なんだ?その幽霊でも見たような顔は

<選択してください>

A: 今の聞いてました?

サトコ

「い、今の‥聞いてました?」

難波

ん?何の話だ?

どうやら、室長は本当に聞いていなかったらしい。

(よかった‥うっかり『仮にデートだとしても』なんて口走っちゃったから、焦った‥)

B: 幽霊みたいな顔ですよ

サトコ

「っていうか、室長‥まさに幽霊みたいな顔ですよ」

難波

ん?そうか‥?

サトコ

「はい‥というか、顔色がよくないです」

難波

ああ、実は仕事から真っ直ぐ来たんだ

C: 来ないのかと思って

サトコ

「いえ、その‥てっきり、来ないのかと思って」

難波

自分から言い出したのに、約束破るほど落ちぶれてないぞ

まあ、かなり待たせたから、偉そうなことは言えないけどな

サトコ

「もしかして、何か用事があったんですか?」

難波

いやあ、仕事がなかなか終わらなくてな

もっと早く落ちると思ったんだが、意外にしぶとかった

ため息をつきながら、室長が大きな欠伸をする。

サトコ

「取り調べですか?昨日も遅かったんですね」

難波

ああ‥まあな

とりあえず、搭乗時間に間に合ってよかった。行くか

サトコ

「はい‥」

それから飛行機に乗るまで、室長は何度もあくびを繰り返していた。

(大丈夫かな‥もしかして、寝てないんじゃ‥)

(室長って、普段はほんっとにやる気がなさそうに見えるけど)

でもスイッチが入ると、表情が変わって急に“仕事の鬼”になる。

(そういうところが素敵‥じゃなくて!)

(もし徹夜したなら相当眠いだろうし、飛行機の中で少し寝かせてあげよう)

【飛行機】

機内に乗り込むと、持って来た荷物を入れるために上の棚を開ける。

でもうまく開かず、通路でモタモタしてしまった。

サトコ

「あれ‥なにか引っ掛かってるのかな」

難波

なにやってんだ

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後ろから声が聞こえたと同時に、私の手に室長の大きな手が微かに触れた。

(えっ‥)

見かねた室長が、私の後ろに立ってあっさりと棚を開けてくれる。

難波

ほら、荷物貸せ

サトコ

「あ、ありがとうございます」

(しっ、室長の身体が、背中に‥!)

いつもより密着しているせいか、声もすぐ近くで聞こえてくすぐったい。

後ろから抱きしめられるような格好に、身動きが取れなくなってしまった。

(室長、心臓に悪いです‥!)

そのあと、緊張のあまりロボットのような動きでシートに座る私だった。

飛行機も無事に離陸して、あとは1時間ほどのフライトに身を任せる。

サトコ

「窓際の席を譲ってもらちゃってすみません」

難波

景色が見えた方が楽しいだろ?俺は出張でしょっちゅう乗ってるからな

でも、北海道は久しぶりだな。美味いものばっかりだし、楽しみだ

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サトコ

「そうですね。でも‥」

(捜査のお手伝いなら、仕事だよね。あまり北海道を満喫してる時間はないんじゃ)

そう言おうとした時、室長の様子がおかしいことに気付いた。

腕を組んだまま、無言でうつむいている。

(何か考え事‥?いや、もしかして)

カクン!と身体が傾いて、室長が眠そうに顔を上げた。

難波

ん?

サトコ

「あの‥室長、やっぱり昨日、徹夜だったんですね」

難波

いや‥まあな

サトコ

「ついたら起こしますから、寝てください。少し寝るだけでもスッキリしますよ」

難波

ああ‥悪いな。じゃあそうさせてもらうか

シートにもたれかかり、室長が目を閉じる。

初めて見る寝顔は新鮮で、釘付けになってしまった。

(室長、意外とまつげが長い‥)

(あんまり身なりとか気にしてないけど、ビシッとした恰好したら、すごくかっこいいんじゃ‥)

凝視していると、室長が片目を開けた。

難波

‥おいおい、そんなに見られてたら寝れないだろ

サトコ

「!?」

「す、すみません!おやすみなさい!」

慌てて目を逸らすと、微かに室長の笑い声が聞こえてきた。

(この低い声、すごく心地いいんだよね)

(捜査でもお手伝いでも仕事でも、室長と一緒に北海道に行けるんだから、幸せだな‥)

外の景色を眺めながら気を紛らわせていると、少しして隣のシートから静かな寝息が聞こえてきた。

そっと振り向くと、室長は完全に眠ってしまっている。

(徹夜で仕事した後、北海道でまた仕事か‥大変だな)

(少しでも、室長の役に立てるといいけど)

眠る室長を眺めていると、その身体がまたカクン!と傾いた。

安定しないのか、あっちにグラグラこっちにグラグラと身体が揺れている。

(大丈夫かな‥やっぱり窓際の方が良かったんじゃ‥)

不安定なまま、室長の身体は通路の方に落ちていく。

(こ、このままじゃ危ない‥!)

慌てて引き寄せると、たくましいその身体がこちらに傾く。

そして、頭がコツンと私の肩に乗った。

(ええええ!?)

(ちょっ、これ‥えええ!?)

動揺のあまり、身体が固まってしまう。

すると寝心地が悪かったのか、室長が身じろぎした。

難波

ん‥?

サトコ

「!」

このままでは、室長を起こしてしまうかもしれない。

そうしたらまた、通路の方に倒れる可能性が高い。

(そうだ、空気になろう‥私は空気、私は空気‥)

でも、肩の重みとたまに頬にかかる室長の吐息がくすぐったくて、空気になるのは無理だった。

(何このホワイトデー‥なんのご褒美?)

(早く北海道についてほしいような、ずっとこのままでいてほしいような‥)

複雑だけど、幸せな私の気持ちを乗せて、飛行機は北海道を目指す。

【市場】

新千歳空港に到着すると、電車で札幌まで出てきた。

難波

お前のおかげでぐっすり眠れた。肩借りて悪かったな

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サトコ

「い、いえ‥眠れたなら何よりです」

(その間、緊張でまったく身動きが取れなかった‥)

(でも室長もすっきりした顔してるし、よかった)

難波

さて、まずは何を食うか

サトコ

「え?」

難波

カニ、ウニ、イクラ‥ジンギスカンも捨てがたいな

焼きトウモロコシとかも美味いって聞くし‥ひよっこは何が食いたい?

サトコ

「うーん、そうですね‥私、長野育ちなので、海鮮ものに憧れます」

難波

なんだそりゃ

室長が、声を上げてくしゃっと笑った。

(あ‥今の笑顔、かわいい‥!あんな風に笑うんだ)

(って‥ダメダメ、仕事で来てるんだから、浮かれすぎないようにしなきゃ)

難波

とりあえず、色々見回るか

サトコ

「そうですね」

(って‥なんか観光目的みたいになってるけど、捜査はいいのかな)

(動き出すのは夜になってから、とか‥?)

首を傾げながら、先に歩き出した室長を追いかけた。

【店】

結局、観光客に評判らしいお店に入った。

サトコ

「そんなに並ばなくてよかったですね」

難波

メシの時間から少しズレてるからな

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メニューを見ながら、私は海鮮丼、室長はお刺身を頼む。

難波

俺は、最初は冷酒だな。お前は?

サトコ

「え?」

難波

やっぱりビールか?

(冷酒?ビール?お、お酒飲むの?)

難波

どうかしたか?

<選択してください>

A: 飲んでいいの?

サトコ

「の、飲んでいいんですか?」

難波

ダメなのか?

サトコ

「いや、だって‥」

(もし捜査が夜からだとしても、仕事で来てるならまずいんじゃ‥?)

B: じゃあ冷酒で

サトコ

「じゃ、じゃあ‥私も冷酒で」

難波

おっ、分かってるな

でもお前、いつも飲み会ではビールじゃなかったか?

サトコ

「そうなんですけど‥でもまだこんな時間だし、軽く口をつけるだけにしておきます」

C: やめておきます

サトコ

「わ、私はやめておきます」

難波

なんだ、遠慮してるのか?

こんなに新鮮で美味い海鮮ものを食いながらの酒なんて、めったにないぞ

サトコ

「そうなんですけど、まだ時間が時間なだけに‥」

難波

そうか‥さすがに昼酒ってのはやめとくべきか‥

サトコ

「えっと、そういうことじゃなくて‥」

「このあと、捜査があるんですよね?なら、お酒は飲まない方がいいんじゃ」

難波

捜査?

予想外の言葉だったのか、室長が目を丸くする。

難波

お前、捜査なんてあったのか?俺は何も聞いてないぞ

サトコ

「えっ?」

難波

もしかして、このあと東京に戻るつもりなのか?

だったら、無理に誘って悪かったな‥

サトコ

「いや、え‥あの‥」

(なんか、話がかみ合ってない?)

(なんで室長が捜査のこと知らないの?しかも、東京‥?じゃあなんのために北海道に‥!?)

to be continued

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