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難波 恋の行方編 3話

【廊下】

講義を終えて教場から出てくると、廊下を歩いてくる室長の姿が見えた。

(室長だ‥どうしよう、どんな顔して会えば‥)

【校門】

サトコ

『わ、私‥!好きな人、いますから!』

難波

もし、そいつが仕事のために好きでもない女を抱くような男でも‥

好きだと言えるか?

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サトコ

『そ、それは‥』

難波

いいよなあ、若いって‥

俺はもう、恋なんて諦めたよ

【廊下】

(あれって、遠回しな告白を遠回しに断られたみたいなことだよね‥)

困惑する間にも、室長との距離はどんどん縮まっていく。

(とりあえず、できるだけ普通に‥!)

サトコ

「あ、あの‥!お疲れ様です」

難波

おお、ひよっこか~

今日も元気だな

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室長は特に変わった様子もなく、普通に通り過ぎて行った。

(すごいなぁ、室長‥これが大人の余裕?)

(それとも、ただ気付いてないだけなんてことは‥)

ありえないと思う一方で、ふと室長の仕事以外で見えるゆるさが気にかかる。

(室長なら、あるかも‥)

あんなに頑張ったのに、自分の気持ちがちっとも伝わっていないかもしれないと思うと、

深い脱力感に襲われた。

(じゃあ、仕事で女を抱くとかっていうのは、ただのたとえ話?)

(でも、そういえば女性から電話がかかってきたこともあったよね)

(すごく優しい声でしゃべってたけど、もしかしてあの人がその女性?)

(それで奥さんに愛想を尽かされちゃったとか‥?)

サトコ

「ああ、もう!何が何だか分かんないよ‥」

苛立ちのままに髪の毛をかきむしった。

(ダメだよね‥このままじゃ、プライベートも仕事も共倒れになりかねない‥!)

(こうなったら、せめて仕事だけでも‥)

自習室に向かって歩き出すと、突然腕をつかまれた。

サトコ

「!?」

後藤

氷川‥大丈夫か?

サトコ

「え?」

後藤

いや、声をかけても黙ってるから

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サトコ

「す、すみません!ちょっと、考え事を‥」

後藤

自習か?

サトコ

「はい。もうすぐ小テストなので」

後藤

そうか‥頑張れよ

後藤教官は少し歩き出してから、思い直したように立ち止まった。

後藤

氷川

サトコ

「はい‥?」

後藤

少し付き合わないか?

そんな顔して勉強してても、身が入らないだろ

サトコ

「後藤教官‥」

【射撃場】

パンッ!

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パンッ!

後藤

うん、いいじゃないか

腕を上げたな

サトコ

「後藤教官に猛特訓していただきましたから」

後藤

表情もすっきりしたみたいだな

サトコ

「あ‥」

言われてみれば、さっきまでのもやもやが嘘のように吹き飛んでいる。

後藤

‥何かあったのか?

サトコ

「ええっと‥」

後藤

別に言いたくなければ無理するな

でも誰かに聞いて欲しいことがあるときは、いつでも聞いてやるから

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サトコ

「後藤教官‥」

「すみません。私、そんなに様子おかしかったですか?」

後藤

‥まあ、な

サトコ

「ダメだな、私‥すぐに感情が表に出ちゃうなんて、公安失格ですよね」

「もっともっと頑張ります!」

後藤教官にこれ以上心配をかけたくなくて、無理に笑顔を作った。

そんな私の気持ちが伝わったのか、後藤教官は苦笑しながら私の頭にポンと手を置いた。

サトコ

「!」

後藤

あまり根を詰め過ぎるな

高鳴りだした胸の鼓動を抱えて、去っていく後藤教官の背中を見送りながら、

でも私は、室長のことを考えていた。

(室長もよく、こんな風にしてくれたよね‥)

(でもあんなことを言った後じゃ、もうこんなこともしてもらえなくなっちゃうのかな)

【住宅街】

その週末。

寮の部屋で勉強に励んでいると突然、室長に呼び出された。

(あれ以来、初めての2人きり‥緊張しちゃうな)

難波

悪いな、急に

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<選択してください>

A: いえ、別に

サトコ

「いえ、別に‥どうせ予定はありませんでしたから」

難波

そんなことだろうとは思ったけど‥やっぱりそうかあ

まあ、1人で部屋にいるくらいなら、おっさんとでも一緒の方がいいだろ

サトコ

「‥同情、ですか?」

難波

同情するなら愛をくれ‥なんてな

あ、シャレになってないか

サトコ

「ええ、まあ‥」

B: 驚きました

サトコ

「驚きました。室長から誘ってくれるなんて」

難波

デートの約束がありますからって断られるのを期待してたんだけどな~

サトコ

「そんなの、ないって知ってるくせに‥」

難波

まあまあ、そう拗ねるな

C: 嬉しかったです

サトコ

「嬉しかったです。室長から誘ってもらえて」

難波

デートの約束がありますからって断られるのを期待してたんだけどな~

サトコ

「嫌味ですか、それ‥」

難波

親心だよ、親心!

(やっぱり‥)

難波

でも父親としては、断られてもまた寂しいんだろうなあ

こいつをデートに連れ出すなら、俺を倒してから行け!なんてな

室長は1人でしみじみと妄想を深めている。

サトコ

「あの‥室長?」

難波

おっと、ここだな

不意に立ち止まった室長が見上げたのは、見たこともないマンションだった。

【マンション】

女の子

「いらっしゃい!」

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チャイムを鳴らすなり部屋のドアが薄く開き、小学生くらいの女の子が顔をのぞかせた。

難波

‥おう、元気だったか?

女の子

「うん!待ってたの。早く早く」

難波

わかった、わかった‥

室長は女の子に手を引かれ、気まずそうに部屋に入っていく。

(これは、何‥?あの子は、まさか室長の子ども!?)

(考えたことなかったけど、結婚してたなら子どもがいてもおかしくないよね‥)

(てことは、ここは‥元妻の家!?)

難波

おい、氷川。そんなとこに突っ立ってないで早く入れよ

サトコ

「は、はい‥」

(なんで私、こんなところに連れて来られちゃったんだろう‥?)

【リビング】

難波

‥ママはどうした?

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室長はリビングに入るなり、居心地悪そうに部屋を見回した。

女の子

「お買いもの」

難波

なんだ‥じゃあ、1人だったのか?

1人でいるときはすぐにドアを開けちゃダメだって、ママにいつも言われてるだろ?

女の子

「だって、おじちゃんだってすぐに分かったもん!」

サトコ

「おじちゃん‥?」

難波

ん?なんだ?

サトコ

「室長はお子さんに自分のこと、おじちゃんって呼ばせてるんですか?」

難波

「‥お子さん?」

サトコ

「?」

2人で不可解な顔を見合わせたまま固まってしまう。

女の子

「ねえ、なんで2人で見つめ合ってるの?」

「この人、おじちゃんの恋人?」

サトコ

「な、そんな‥ちがっ!」

難波

この人はな、おじちゃんのお仕事の後輩だ

女の子

「ふーん、じゃあ、パパの後輩の後輩だね」

難波

まあ、そういうことだな

サトコ

「‥え?パパの後輩の後輩って‥?」

難波

この子はな、俺が昔世話になった小澤さんって上司の娘なんだよ

サトコ

「ああ、そうだったんですか」

ものすごくホッとしている自分に気づき、思わず苦笑した。

サトコ

「なんだもう私、てっきり‥」

女の子

「ねえ、おじちゃん!このリボン結んで?」

難波

リボンか‥よし、貸してみろ

室長は女の子の髪の毛に、大きな手で必死に小さなリボン結びを作る。

難波

‥できた

女の子

「‥かわいくない‥‥‥」

難波

そ、そうか‥?

氷川、お前もそう思うか?

サトコ

「‥まあ」

難波

じゃあ、もう一度貸してみろ

今度こそ‥!

室長の変な気合いに、女の子はとっさに私の陰に隠れた。

サトコ

「室長‥怖がってますから」

難波

あ‥いや、すまん

ほら、怖くないからこっちおいで

室長は必死に笑顔を浮かべるが、その必死な笑顔がますますコワイ。

(室長、あんまり子どもの相手が得意じゃないみたい)

(しょうがないなあ、ここは私が‥)

サトコ

「貸してごらん。お姉さんがかわいくしてあげる」

女の子

「ほんと?」

サトコ

「うん!お姉さん、こう見えて器用なんだよ?」

キレイにリボンを結び直してあげると、女の子の顔に花のような笑顔が戻った。

女の子

「ねえ、お姉ちゃん、私のお部屋見せてあげる~!」

女の子に手を引かれ、リビングの奥へと連れて行かれる。

そこには、制服姿の男性の写真が飾られた仏壇があった。

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(もしかして、この人‥!)

【リビング】

小澤の妻

「はじめまして、小澤の妻の玲です」

しばらくして帰ってきた小澤さんの奥さんは、優しげな笑みを浮かべたキレイな人だった。

サトコ

「氷川サトコです。お邪魔してます」

女の子

「ねえ、見て。このリボン、お姉ちゃんに結んでもらったの!」

小澤の妻

「あら、かわいい。よかったわね」

「それじゃ、さっそく始めましょうか」

女の子

「うん!」

テーブルの上には、すでに料理が並べられていた。

真ん中には、ホールのショートケーキ。

サトコ

「もしかして今日って‥」

女の子

「私の誕生日なの!」

サトコ

「そうだったんだ‥室長、教えてくれたらプレゼントを持ってきたのに‥」

難波

そ、そういうもんか

すまんな。気が利かなくて

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小澤の妻

「いいのよ、プレゼントなんて」

「仁くんはあれから毎年、この子の誕生日を祝いに来てくれる‥」

「それだけで、私たちはもう‥」

難波

いえ、感謝なんてされるいわれは‥

俺にできることは、これくらいですから

室長のその言葉が、妙に悲しく響いた。

(やっぱり、さっきの遺影は小澤さん‥)

(もしかして、室長のことを買っていた上司って、小澤さんのことだったのかな)

【キッチン】

食事が終わった後は、玲さんと2人で洗い物に立った。

室長は一生懸命に娘さんのおままごとの相手をしている。

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サトコ

「ふふっ‥なんだか妖精の家に侵入しちゃった巨人みたい‥」

小澤の妻

「本当ね。仁くんったら、無理しちゃって」

サトコ

「やっぱり、室長って子どもが苦手なんですよね?」

小澤の妻

「たぶんね。でも仁くん、ウチに来るといつも頑張ってくれるの。感謝してる」

サトコ

「室長とは、古い知り合いなんですか?」

小澤の妻

「そうね‥あの人と結婚した時から、勘ちゃんと一緒によくウチに遊びに来てたから」

サトコ

「勘ちゃん‥?」

小澤の妻

「鈴木勘三郎くん。仁くんの同期のはずだけど、知らない?」

(もしかして、この間、一緒に屋台に行った鈴木さんのこと‥)

サトコ

「たぶん、わかります」

小澤の妻

「あの人はね、家でもいつも2人の話をしてたのよ。特に仁くんのこと、すごくかわいがってたわ」

「失敗談まで誇らしげに話してくれて‥本当にかわいいんだなって、嫉妬しそうになったくらい」

サトコ

「‥‥」

小澤の妻

「でもそんなあの人も、10年前に殉職したわ」

サトコ

「そう‥だったんですか‥」

小澤の妻

「もう、10年になるのね‥」

サトコ

「‥‥‥」

【帰り道】

帰り道、室長はずっと黙ったままだった。

その顔には、今まで見たこともないような切なげな色が浮かんでいる。

難波

‥‥‥

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(小澤さんのこと、思い出しちゃったのかな‥)

(こんなに辛そうにするなんて、一体何があったんだろう?)

室長が心に抱えているものがあるなら、少しでもその重荷を肩代わりしてあげたいと思う。

話すことで気が楽になるなら、どんなことでも受け止めたい。

サトコ

「あの、室長‥?」

難波

‥ん?

(聞けないな‥小澤さんの身に、何が起こったのかなんて‥)

難波

悪い。ちょっと寄るところがあるんだ

そう言い残すと、室長は角を曲がって行ってしまった。

呼び止めたいけれど、呼び止められない。

そんな空気を背中に漂わせながら。

(1人になりたいのかもしれないな‥)

寂しい気持ちをグッと堪え、ただじっと、見えなくなるまで室長の背を見つめ続けた。

【寮 自室】

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翌日。

昼間に廊下ですれ違った室長は、心あらずな様子だった。

(まだ小澤さんの思い出から抜けられずにいるのかな‥)

(亡くなってから10年、もしかして室長はずっと、こんな風にして過ごしてきたの?)

室長の気持ちを思うと、胸が痛む。

理由はよく分からないけど、室長にとって大きな心の傷を負うような出来事があったに違いない。

(室長、大丈夫かなあ‥)

♪~

携帯を見ると、『難波室長』の表示。

(室長だ‥!)

サトコ

「は、はい!」

難波

‥悪い。寮監室まで来てもらえるか

<選択してください>

A: どうしました?

サトコ

「ど、どうしました?」

難波

お前が‥必要なんだ‥

サトコ

「!」

そのあまりに悲痛な声が、胸をえぐった。

母性のような感情が湧きあがり、すぐにでも室長を抱きしめてあげたいと思う。

サトコ

「わ、わかりました!すぐに行きますから、待ってくださいね」

B: すぐに行きます

(もしかして、話してくれる気になったのかも‥?)

サトコ

「す、すぐに行きます!」

難波

ああ、そうしてもらえると助かるよ

(室長、すごく弱ってる‥)

(こういう時にこそ、傍にいてあげたい!)

その時私に芽生えたのは、まるで母性のような感情だった。

C: 私でよければ

(もしかして、話してくれる気になったのかも‥?)

サトコ

「わ、私でよければ‥」

難波

たぶん、お前が適任なんだと思う

今の俺には、お前が必要だ

サトコ

「!」

そのあまりに悲痛な声が、胸をえぐった。

母性のような感情が湧きあがり、すぐにでも室長を抱きしめてあげたいと思う。

サトコ

「わ、わかりました!すぐに行きますから、待っててくださいね」

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サトコ

「失礼します」

部屋に入ると、いきなり半裸でタバコをくゆらす室長の姿が目に飛び込んできた。

サトコ

「!」

でもその表情はあくまでも切なげで、私はあげかけた悲鳴をぐっと飲み込む。

サトコ

「室長‥?」

難波

ああ、悪いな。こんな時間に‥

サトコ

「いえ、嬉しいです。ご連絡いただけて‥」

難波

‥‥‥

サトコ

「あの、私にできることは‥?」

難波

‥配管の調子を見てくれないか?

サトコ

「‥え?」

(ハイカン?)

難波

洗濯機が動かない

サトコ

「ああ‥そういう‥」

(心に秘めたものを打ち明けてくれるわけじゃないんだ‥)

少しがっかりしながら洗濯機の様子を見る。

ピッピッ

サトコ

「できましたよ?たぶん、操作ミスじゃないかと」

難波

そうか‥悪かったな。わざわざ‥

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サトコ

「いえ‥それじゃ、私は‥」

立ち去ろうとしかけて足が止まった。

やはりこのまま、こんな室長を放っておけない。

サトコ

「あの‥小澤さんのこと‥」

難波

‥‥

サトコ

「私でよかったら、話してもらえませんか?」

難波

‥‥

話すことはないさ

ただ、上司が任務中に死んだ

それだけだ‥

(全然、それだけって顔してないよ‥)

ため息のように吐き出されるタバコの煙が、室長の悲しみを映して小さく揺れる。

(室長は何を抱え込んでいるんだろう‥?)

(それが何なのか、知りたい)

(まだ話せないというなら、せめて一番傍で室長の心を支えてあげたい‥)

to be continued

4話

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