カテゴリー

難波 恋の行方編 4話

【ビル 入り口】

その日、私は後藤教官と山田警備局長の警護についていた。

後藤

もうすぐ会議が終わる

俺は山田警備局長の前につく

お前は後ろから、できるだけ遠くに目を配れ

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-002

サトコ

「はい!」

後藤

警護は初めてだったな。大丈夫か?

サトコ

「緊張してますけど、なんとか‥」

後藤

とにかく、何かあったらまずはマルタイの壁になる

それが要人警護の鉄則であり、すべてだ

サトコ

「壁に‥わかりました」

公安の私たちがこんな任務についている理由。

それは、山田警備局長の警護についていたSPが、数日前の襲撃で負傷してしまったから。

(山田警備局長は恨みを買いやすいって室長も言ってたけど、ここまで色々続くなんてね)

度重なる襲撃事件に、山田警備局長の周辺には緊迫した空気がみなぎっていた。

後藤

こちら入り口、後藤‥了解

袖口につけた小型マイクに後藤教官がささやく。

後藤

氷川、あと1分で出てくるぞ

配置につけ

サトコ

「はい!」

重々しい足音が近づいてくる。

タイミングを見計らったように、黒塗りの公用車が横付けされた。

私は入り口をふさぐように立ち、周辺に警戒の目を光らせる。

目の前の広い道には、ジョギング中の女性がひとりいるだけだ。

(よし‥今のところは問題ないみたい)

山田

「ご苦労」

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-003

低い声が聞こえて、山田警備局長がビルから出てきた。

後藤

‥‥

後藤教官は軽く一礼し、山田警備局長の左前に回り込む。

その瞬間、ジョギング中の女性が急に立ち止まり、ランニングウェアの胸元に手を差し入れた。

サトコ

「?」

(急にどうしたんだろう‥?)

(‥ウェアに浮き上がっているあの形は‥まさか、銃!?)

サトコ

「伏せてください!」

後藤

後藤教官は山田警備局長の頭部を守るようにしながら、車の陰に引き込んだ。

それと同時に、私は銃を構える‥‥

(‥撃たなきゃ!)

それはたぶん、一瞬のことだったと思う。

でも私の身体は震え、指がどうにもいうことを聞かなかった。

(どうしよう‥これじゃ‥)

気持ちが焦る中、女性が銃を取出し、構えるのがスローモーションのように見えた。

(お願い、動いて!)

必死に指に力を込めた。

パンッ!

ドサッ‥‥

サトコ

「え‥‥」

私が引き金を引くより早く、女性の手から銃がはじけ飛ぶ。

振り返ると、後藤教官の構えた銃からひと筋の煙が上がっていた。

サトコ

「後藤教官‥」

後藤

警備局長をすぐに車へ

ここは任せて移動しろ!

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-004

後藤教官はほかの警官に指示すると、撃たれた腕を抱えて倒れこんでいる女性の元へと走った。

後藤

殺人未遂および銃刀法違反の現行犯で逮捕する

氷川、救急車を頼む

サトコ

「は、はいっ!」

【車】

難波

バカやろう!

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-005

警察庁へと戻る車の中で、再び室長の雷が落ちた。

難波

どうしてためらった

一瞬の判断ミスが命取りになる。そんなこと、分かっていたはずだ

サトコ

「すみませんでした‥」

難波

お前が危険に晒したのはマルタイの命だけじゃない

一歩間違えば、後藤たち同僚の命も失われたかもしれないんだ

サトコ

「っはい‥」

(後藤教官たちの命まで‥そんな、考えたこともなかった‥)

あの時、なぜ撃てなかったのか。

そんな自分があまりに不甲斐なく、悔しさがこみ上げる。

サトコ

「後藤教官も、すみませんでした」

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-006

後藤

俺のことなら気にするな

あの時、お前がとっさに声を上げたお陰で素早く援護に回ることができた

難波

後藤、甘やかすな

こいつはな、撃てたはずなんだよ

後藤

‥‥

難波

あんだけ自主練してたろ?間違いなく腕もある

あとお前に足りないのは、引き金を引く勇気だけだ

でもその勇気ってやつはな

ああいう緊迫した現場を踏んでいくことでしか積み重なっていかないんだよ

サトコ

「‥‥」

難波

お前を迷わせたのは、お前の優しさか?弱さか?それとも両方か?

怖いならこう思え。今撃たなければ、自分の大切な人間が死ぬ

サトコ

「‥‥」

難波

お前がその引き金を引きのは、いつだって大切な誰かのためだ

大切な誰かをちゃんと守ってやるために‥

もっと強くなれ

サトコ

「‥はい」

室長の言葉の一つ一つが胸に刺さり、涙が出そうになる。

(室長は、私ならできたはずって思うからこそ怒ってくれてるんだよね‥)

室長の期待に応えられなかった自分があまりに情けなく、後悔ばかりが募った。

【会議室】

サトコ

「報告書、できました。確認をお願いします」

後藤

ああ、見せてくれ

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-007

後藤教官は何カ所かに修正を入れると、私に書類を戻して立ち上がった。

後藤

これで提出しておいてくれ

俺はそろそろ次の任務に向かわなきゃならない

サトコ

「はい」

後藤

お疲れさん、よく頑張ったな

後藤教官に頭を撫でられ、再び悔しさがこみ上げた。

サトコ

「後藤教官、今日は本当にすみませんでした」

後藤

謝るな。誰でも最初はあんなもんだ

俺も、初めての時は足が震えた

サトコ

「‥‥」

後藤

なにごとも場数だ

失敗を悔やんでも仕方がない

次こそは‥そう思って、これからも励め

サトコ

「はい‥」

後藤

自主練なら、またいつでも付き合ってやる

あくまでも、人を殺す練習じゃなく、大切な誰かを守るための練習をな

後藤教官は優しげな笑みを残して出て行った。

(もしもあの時、少しでもタイミングが遅れていたら)

(こんな風に後藤教官に微笑みかけてもらうこともできなかったかもしれない‥)

(私が犯したミスは、つまりそういうことなんだよね‥)

室長が上司の小澤さんの死を今でも引きずっていることを思った。

【リビング】

難波

感謝なんてされるいわれは‥

俺にできることは、これくらいですから

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-008

【会議室】

(もしかしたら室長は、小澤さんの死に何かしら責任を感じているのかもしれないな)

(だからこそ、私に同じような思いをさせないために‥)

室長の雷の訳が、なんとなく分かった気がした。

【警察庁】

庁舎を出ると、後ろから肩を叩かれた。

サトコ

「鈴木さん‥」

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-010

鈴木

「やっぱり君だね。どうした?辛気臭い顔して」

<選択してください>

A: 失敗をしてしまって

サトコ

「ちょっと、失敗をしてしまいまして‥」

鈴木

「失敗?どんな?」

サトコ

「それは‥」

鈴木

「なんだ、重症だな~」

「わかった。理由はあえて聞かないことにしよう」

B: 室長に怒られてしまって

サトコ

「室長に、また怒られてしまって‥」

鈴木

「仁ちゃんに?なんでまた?」

サトコ

「それは‥」

鈴木

「さてはあいつ、室長になって威張ってやがんな」

サトコ

「ち、違うんです!これはあくまでも、私のミスで‥」

「室長のお怒りはものすごくごもっともなんです」

鈴木

「おやおや、健気だねえ」

C: ‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

鈴木

「なんだ、俺に言えないようなことなのかな?」

サトコ

「そういうわけじゃないんですけど、まだ自分の中で整理しきれていないというか‥」

鈴木

「見かけによらずストイックだね~」

「そういうとこ、難波に似てるな、君は」

サトコ

「え‥?」

鈴木

「わかった。理由はあえて聞かないことにするよ」

鈴木

「こういう時は、とりあえず飲みに行くか」

サトコ

「え‥?」

断る間もなく、タクシーに押し込まれ‥

再び、お馴染みの場所に連れて行かれた。

【ラーメン屋台】

サトコ

「へえ‥室長と鈴木さんは捜査一課の刑事さんだったんですか‥」

鈴木

「でも難波はすぐに、小澤さんに引き抜かれて公安に行っちまってね」

「その時の公安課の室長が、今の山田警備局長だよ」

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-011

サトコ

「そうだったんですか‥」

(山田警備局長と室長は直属の上司と部下の関係だったんだ)

(でもその割には、ずいぶんな言い方だったような‥?)

【射撃場】

サトコ

『室長は山田警備局長とお親しいんですよね?』

難波

親しいわけじゃないが‥知らない仲じゃない

【屋台】

サトコ

「山田警備局長と難波室長は、もしかしてあまりうまくいってなかったんでしょうか?」

鈴木

「ん?‥なんでそんなことを?」

サトコ

「いえ‥なんとなくですけど‥」

「室長、警備局長は恨みを買いやすい人だとか言ってましたし」

鈴木

「恨みを買いやすい、ね‥」

「一番恨んでんのはきっと、仁ちゃんなのかもな」

サトコ

「え‥?それ、どういう意味ですか?」

思わず食いついてしまった私に驚き、鈴木さんは一瞬黙り込む。

でもやがて、気を取り直したように話し出した。

鈴木

「山田さんは恨まれてもしょうがないんだよ」

「自分の出世のために、小澤さんを捨て駒にした‥」

「あいつが‥小澤さんを殺したようなもんだ」

サトコ

「!‥それって‥」

鈴木

「小澤さんは、俺にとっても難波にとっても大切な、尊敬すべき先輩だった」

「その小澤さんを、山田は‥」

難波

おしゃべりが過ぎるんじゃないか、鈴木

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-012

気づくと、いつの間にか背後に室長が立っていた。

サトコ

「室長‥!」

鈴木

「なんだ、仁ちゃん‥来てたのか」

難波

ご挨拶だな

せっかく疲れを癒そうと思ってきたのに、お前らが重苦しい話をしてるからまた疲れちまった‥

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-013

鈴木

「そういやお前は、あれ以来一切この件を話そうとしないよな」

「俺とすらも‥」

難波

話したところで、小澤さんが戻ってくるわけじゃない

それに、俺の考えはお前とは違うしな

鈴木

「考えが違う?一体どこが、どう違う?」

「俺とお前は同じものを見てきたはずだ」

難波

ちっとも同じじゃねえよ‥

室長は、低い声でつぶやいた。

難波

俺は、お前よりももっと近くで見てた‥

確かに山田さんのやり方はひどかった

でも、別に殺したわけじゃない

鈴木

「お前‥本気でそんな風に思ってるのか?」

「お前が一番、山田を怪しんでたはずだろ!?」

穏やかだった鈴木さんが、急に興奮したように立ち上がった。

難波

鈴木‥?

室長は怪訝そうに目を細める。

難波

お前‥

鈴木

「悪いが、先に帰る」

難波

‥‥

蒼白の顔で立ち去る鈴木さんを、室長はただじっと見つめていた。

(室長が山田警備局長を怪しんでいたって、どういうことなんだろう‥?)

【寮門前】

サトコ

「あの‥すみませんでした」

公安学校に戻りながら、沈黙に耐えかねて思わず言った。

難波

‥何で謝る?

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-014

<選択してください>

A: 鈴木さんと過去の話をしたこと

サトコ

「鈴木さんと、室長の過去を詮索するような話をしてしまって‥」

難波

なんだ、そんなことか

ビックリするくらい、ゆるい返事が返ってきて、拍子抜けしてしまった。

B: 銃を撃てなかったこと

サトコ

「警護の時、銃を撃てなかったので」

難波

なんだ、まだ引きずってんのか

サトコ

「あと、鈴木さんと、室長の過去を詮索するような話をしてしまったことも」

難波

ああ、あれな~

C: ‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

いたずらに話を蒸し返すだけのような気がして、なんとなく黙り込む。

難波

理由がないなら謝んな

サトコ

「‥すみません」

難波

ほら、また‥

サトコ

「あ‥」

難波

どうせ、鈴木とした話を気にしてるんだろ

サトコ

「‥‥」

難波

小澤さんは、俺に公安の正義を教えてくれた人だった‥

室長は、まるで独り言のように話し出した。

難波

尊敬してたし、憧れの存在だったよ

サトコ

「‥‥」

今までなかなか語ってくれようとしなかった室長の胸の内。

(ようやく打ち明ける気になってくれたのかな‥)

溢れ出しそうになる喜びをそっと押し込め、その声に耳を傾ける。

難波

俺は小澤さんの下で、それこそ死に物狂いで働いた

一日も早く、小澤さんに認めてもらえるような立派な公安刑事になりたくてな

でも10年前‥とある組織を追ってる途中で、思いがけず見つけちまったんだよ

当時、公安課室長だった山田が裏金作りを行っている証拠を

サトコ

「!」

難波

その時の俺は、まだ信じてた

小さな正義を大切にしていってこそ、大きな正義が守られるってな

公安の正義を貫くためには、公安内部の不正を見逃すわけにいかないと思った

サトコ

「‥‥‥」

難波

裏金問題を調べ始めた俺は、かなり真相に近づいていたはずだ

何度も小澤さんに止められたのに、耳を貸そうともせず‥

だから俺が危険だと察した小澤さんはあの日、俺の代わりに現場に行った

そして、命を落とした‥

サトコ

「‥‥」

難波

あの時、俺が小澤さんの言葉に従って捜査を止めていれば‥

小澤さんの命令に逆らってでも、俺が自分で現場に向かっていれば‥

小澤さんは死なずに済んだ

サトコ

「‥‥」

難波

小澤さんを殺したのは、俺なんだ‥

サトコ

「!」

室長の暗い瞳は、私を見ているようで見ていない。

どこか遠くを見つめているようだった。

to be continued

5話

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする