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難波 恋の行方編 7話

【教官室】

翌日。

学校につくなり教官室に呼び出された。

(何だろう?こんなに朝早くから‥)

教官室で待っていたのは、教官らしき見慣れない男性。

(あれ?誰もいないけど、早く来すぎちゃったかな‥?)

サトコ

「おはようございます。あの、教官たちは‥」

男性教官

「お前が氷川サトコか‥」

男性教官は胡散臭いものでも見るように、私のつま先から頭のてっぺんまでをジロリと見渡した。

サトコ

「‥あの?」

成田

「成田だ。私がお前を呼んだ」

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サトコ

「‥成田教官、お話ってなんでしょうか?」

成田

「単刀直入に言おう。氷川サトコ、お前を本日限りで退学処分に処する」

サトコ

「え‥た、退学!?」

「何でですか、急に‥どういうことなんでしょう?」

(警護の時に銃を撃てなかったから?)

(それとも、尾行中に痴漢を退治しちゃったから?)

(でも、その件だとしたら、さすがに時間が経ち過ぎだよね?)

あまりに急な展開に頭の中が混乱した。

そんな私を、成田教官は蔑むような目で冷たく見下ろしている。

成田

「それが演技だとしたら、なかなか大したものだ」

サトコ

「え、演技って‥どうして私がそんなことを?」

成田

「これが急でもなんでもないことは、お前自身が一番よくわかっているんじゃないか?」

(‥どういうことなの?)

成田

「入学当初から、どうにもおかしいと思っていた」

「だがまさか、公安学校に入るために上申書の内容を偽るとはな‥」

サトコ

「い、偽る!?一体、誰がそんなことを‥!」

成田

「この期に及んでシラを切る気か?」

「すでに調べはついている」

「長野時代の本来の業績では、まったく当校の入学要件を満たしていないことが分かった」

サトコ

「そんな‥っ!」

(そりゃ確かに、私なんかが何でこんなエリート学校に入れたんだろうとは思ってたけど‥)

(上申書に嘘があったなんて、そんなこと知らないよ‥!)

成田

「ついては、すぐに長野に戻る準備をするように。以上!」

「わかったなら、さっさと出て行け」

言い捨てるようにして、成田教官は出て行ってしまった。

(退学だなんて、そんな‥)

【屋上】

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グラウンドで訓練をする訓練生たちの姿をぼんやりと見つめながら、今日何度目かのため息が出た。

(みんな、頑張ってるな‥)

今まであんなに辛いと思っていた訓練も、もうできなくなると思うと無性に参加したくなる。

(辞めたくないよ。まだ山田警備局長の事件の真相にも辿りつけてないし‥)

(でも、そもそもここにいる資格がなかったんなら、抗議もできないってことになっちゃうよね)

またため息。

いつもならここで後藤教官がコーヒーを持ってきてくれるところだけど、

さすがに今回はそれもない。

(後藤教官、呆れてるだろうな‥)

(きっと、室長だって‥)

私の上申書を書いてくれた長野県警時代の部長には、さっき電話で確認をした。

どうやら部長は、刑事になりたいという私の熱意を知り、

公安学校のなんたるかもよく知らないまま、盛りに盛った上申書を作成してくれたらしい。

(部長の気持ちは嬉しいけど、せめて室長にだけでも卑怯なヤツだと思われたくなかった‥)

(確かにスタートは間違ってたけど、この熱意は本物だってこと、室長には伝えたいよ‥!)

【教官室】

高ぶる気持ちのままに教官室に戻った。

サトコ

「失礼しま‥」

後藤

それは分かりますが‥!

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いきなり聞こえてきた後藤教官の声に立ち止まる。

こちらに背を向けている後藤教官は、私に気づかずさらに続けた。

後藤

入学してしまった以上、そんな書類どうこうより

今の氷川の姿を見てやるべきだと思います

難波

‥‥

(後藤教官、もしかして私のために掛け合ってくれてる!?)

加賀

テメェは甘ぇ

それじゃ他のヤツに示しがつかねぇだろうが

後藤

そうかもしれませんが、アイツはほかの訓練生たちと比べて遜色ない成績をあげています

東雲

まあ、確かにね‥

颯馬

主席合格者の成績としては多少難ありですが、成長率は間違いなくトップですね

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難波

‥‥

後藤

室長もそう思っているからこそ、潜入捜査に抜擢したんじゃないんですか?

たとえ事務方の決定が退学だとしても

室長のひと言さえあれば、そんなものひっくり返せるはずです

難波

‥‥

後藤教官の言葉の一つ一つが。胸に染み渡った。

(後藤教官は私のこと、こんなにも評価してくれてたんだ‥)

後藤教官は期待を込めて室長をじっと見つめた。

私も思わず、両手を握りしめて室長を見つめる。

その視線が、室長の視線と交錯した。

難波

‥退学だ

室長は私を見つめたまま言った。

サトコ

「!」

難波

アイツは現場で何度もミスを犯した

昨日だってそうだ。警護につくヤツが自分の身を守れないなんて、呆れてモノも言えねえ

あれじゃただの足手まといだ

サトコ

「‥‥」

後藤

ですが、氷川はSPの教育を受けた訳ではありません‥

難波

関係ねぇよ。俺が言いたいのは、警察官としての心がけの問題だ

どんな任務であれ

訓練生だから、教育を受けていないからという理由で失敗が許されるほどこの世界は甘くはない

それができないなら、やっぱりアイツはここの人間としてふさわしくないんだよ

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サトコ

「‥‥」

後藤

‥‥

さすがの後藤教官も黙り込んだ。

他の教官たちも、ただ黙って教官の言葉をかみしめているようだった。

(室長の言うとおりだよね)

(どんな入学の仕方であれ、ちゃんと結果を残せてればきっと、こんなことにはならなかった‥)

(こうなったのは全部、私の未熟さのせいなんだよね)

【射撃場】

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その夜。

ロッカーの片づけを終えた私は、射撃場に向かった。

(ここでこうして練習するのも、最後なんだな‥)

寂しい気持ちがこみ上げそうになるのを抑え込むように無心に銃を構える。

パンッ!パンッ!

難波

また腕を上げたみたいだな

不意に室長の声が聞こえた気がして、振り返った。

でもそこに、室長の姿はない。

(当たり前か‥室長だって、もう教える必要のない人間に構ってるほど暇じゃないよね)

(最初は、なんて暇な人なんだろうって思ったりもしたけど‥)

難波

こんな若い子が入ったんなら、俺もたまには顔出すかなあ

ここのラーメンはうまいぞ~

【射撃場】

(でもすごく、仕事には真剣で‥)

難波

公安の正義とはなんだ

あとは、お前がどうしたいかだ

目の前にある分かりやすい正義を行使するか

それとも、目に見えない、誰からもありがたがられない正義のために身を捧げるか

お前は向いてると思うぞ

【射撃場】

一度思い出したら、室長との思い出が次々に溢れ出した。

(室長はこんな分からず屋の私のために)

(公安の正義が何なのか、何度も話して聞かせてくれたよね‥)

(私がここまで頑張れたのも、そんな室長のお陰‥)

(だからせめて、室長のために山田警備局長の事件の真相を突き止めたかった‥)

難波

小澤さんを殺したのは、俺なんだ‥

室長の切なげな顔が蘇り、胸が締め付けられる。

(室長をあのままにして長野に戻らなきゃいけないなんて‥)

ここを追い出されたとしても、私にできることは何かないのか‥必死になって考える。

(私に、できること‥)

(たとえ傍にいられなくても)

(自分の気持ちを分かってくれる人間がどこかにいると思えば、少しは気も楽になる?)

その小さな思い付きは、私の中でどんどん大きくなっていた。

(受け入れてもらえないとしても、このまま出て行くなんてやっぱりできない‥)

(せめてこの気持ちを室長に伝えよう‥!)

今伝えておかないと、絶対に後悔する。

私は想いのままに、室長室へと走った。

【室長室】

サトコ

「失礼します‥」

私が入っていくと、室長は無表情な顔を上げた。

難波

‥なんだ?

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<選択してください>

A: お世話になったお礼を

サトコ

「‥お世話になった、お礼をと‥」

難波

礼?謝罪じゃなくてか?

サトコ

「それもそうですよね‥すみませんでした」

「あんなに色々と指導して頂いたのに、無駄にしてしまって‥」

難波

まあ、全部無駄にはならんだろ

せいぜい長野の交番ででも活かしてくれよ

サトコ

「‥はい」

室長はもう話は終わったとばかりにデスクに視線を落とした。

サトコ

「あの、もう1つだけ、聞いて欲しいことがあります!」

B: 聞いて欲しいことがあります

サトコ

「あの、その‥最後に、どうしても聞いて欲しいことがありまして‥」

難波

‥聞いて欲しいこと?

言い訳か?かっこ悪いぞ、氷川

サトコ

「そ、そんなんじゃありません!」

C: ‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

難波

‥どうした?泣くのか?

サトコ

「そ、そんなんじゃ‥!」

難波

それは残念‥ここで泣けたら、その演技力を買ってやってもいいと思ったんだがな

お前には、やっぱり無理か‥

室長は小さく鼻で笑うと、再びデスクに視線を落とした。

サトコ

「‥泣けます。室長のためならいくらだって」

難波

サトコ

「‥私じゃ、ダメですか?」

難波

サトコ

「私じゃ室長の支えになれませんか?」

難波

!?

じっと見つめる私の瞳にひるんだのか、室長の視線が揺れた。

それを誤魔化そうとするかのように、室長の顔に不自然な笑みが浮かぶ。

難波

お前、何言って‥

最後の最後に、何の冗談だ?

<選択してください>

A: 私は本気です

サトコ

「冗談なんかじゃありません。私は本気です」

難波

‥これだからガキは嫌なんだよな~

親心と恋をはき違えんな

サトコ

「わかってます。室長が私を想ってくれたのは親心‥」

「でも私は‥!」

B: 分かってましたよね?

サトコ

「冗談なんかじゃ‥室長だって、分かってましたよね?私の気持ち」

「だからわざと後藤教官を勧めて来たり‥」

難波

勘違いすんなって

おもしろいから、からかってただけだよ

サトコ

「!」

難波

こんなことも分からないとは、お前は思った以上にガキだな

サトコ

「たとえガキでも、この気持ちは本物です」

C: 誤魔化さないでください

サトコ

「冗談だなんて‥誤魔化さないでください!」

難波

じゃあハッキリ言っちゃうけどな

俺はな‥残念ながら、ガキに興味ねぇんだよ

サトコ

「!」

難波

じゃあ聞くが

そもそも、お前が言う支えって一体なんだ?

仕事も半人前のひよっこが、笑わせないで欲しいもんだよな~

室長はからかうように言いながら、背を向けて立ち上がる。

サトコ

「確かに‥仕事は半人前です」

「でも長野に戻って、いつかまた必ず、一人前になってここに‥」

「室長の傍に戻ってくるつもりです」

難波

‥‥

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サトコ

「こんな私じゃ何の役にも立たないのは分かってますけど‥」

「好きな人のために何かしたいって思うのは間違ってますか?」

難波

どう思おうとお前の勝手だが‥

少なくとも俺は、そんなことは望んじゃいねえ

サトコ

「でも室長は、小澤さんの死の責任を1人で抱え込んでますよね?」

難波

‥‥

室長は、ゆっくりと振り返った。

その目には、深い悲しみが湛えられているように見える。

難波

‥だとしたら、なんだ?

サトコ

「私は、室長の辛そうな顔、これ以上見ていたくないんです」

「室長には、笑顔でいて欲しいから‥」

「室長の苦しみを、ほんの少しでもいいから分けて欲しくて‥」

難波

‥‥

室長の顔に、寂しげな笑みが宿る。

難波

大人になるとな、嫌でもいろんなもんを背負い込まなきゃいけなくなる

だからひよっこのうちは、自分から余計なことを背負おうとすんな

室長はゆっくり私に近づいてくると、そっと頭に手を伸ばした。

その手を、とっさに振り払う。

サトコ

「子ども扱いしないでください!」

難波

サトコ

「私は一人の女として、室長のことが好きなんです」

「誰よりも一番近くにいて、室長の気持ちに寄り添いたいって思ってます」

難波

‥‥

サトコ

「室長のためなら、どんなことでもしたいんです」

難波

へえ‥

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スッと室長の顔から笑いが引いた。

難波

なんでもできんのか

サトコ

「!」

室長の大きな手が私の肩をつかんだ。

そのまま強引に、近くのソファに座らされる。

隣に座った室長が、覆いかぶさるように私の顔を覗き込んできた。

難波

それならお前の本気、見せてくれよ

室長は私のシャツをたくし上げると、素肌に手を滑らせた。

サトコ

「!」

難波

‥‥

頬にかかる息が熱い。

私は戸惑いと恥ずかしさでギュッと目を瞑った。

(これは‥私を女として見てくれてる証ってこと?)

嬉しいはずの展開なのに、ちっとも喜びは感じられない。

むしろ、涙が出てしまいそうだった。

難波

もし、そいつが仕事のために好きでもない女を抱くような男でも

好きだと言えるか?

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いつかの室長の言葉が切なく蘇った。

(もしもあれが室長のことなんだとしたら、これも仕事のためなのかな?)

(私に退学を納得させるために、わざと‥)

自分の気持ちが伝わらないもどかしさ。

自分の気持ちを踏みにじられたかもしれない悲しみ。

様々な感情が湧きあがる。

気づけば、頬を涙が伝い落ちていた。

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8話

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