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難波 エピローグ 1話

【難波 マンション】

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窓から差し込む眩しい光。

少しけだるさの残る体に、私のものではない体温を感じてそっと目を開ける。

難波

おはよう。サトコ

サトコ

「室‥長‥」

朝日を受けた室長が、私を覗き込みながらそっと微笑んだ。

(ああ、そうだった‥私は昨日、室長と‥)

サトコ

「おはようございます」

難波

よく眠れたか?

サトコ

「はい」

言いながら、室長の顔をよく見ようと目をこする。

(‥ん?)

身に覚えのない遺物感。

不思議に思って左手を見ると、そこには‥‥

(ゆ、指輪!?)

(いつの間にこんなものが?まさか、私の寝てる間に室長が‥?)

サトコ

「あ、あの‥!」

難波

サトコ‥愛してる‥

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(これが噂の‥サプライズ!?)

室長の真剣な眼差しが近づいてくる。

私は収まらぬ感激を抱えたまま、静かに目を閉じた。

難波

‥‥

サトコ

「‥‥」

唇と唇が触れ合おうとした、その瞬間‥‥

ジリリリリリ~ン!

サトコ

「!」

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ハッとなって目が覚めた。

慌てて左手を見るが、当然のことながらそこには指輪など見当たらない。

サトコ

「夢、か‥」

「そりゃ、夢だよねえ‥」

ため息をつきつつ隣を見ると、左手に指輪を嵌めたまま眠りこけている室長の姿。

私は思わず、その手を取ってしみじみ眺めた。

難波

これはな、外したくても外せねえんだ

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そんなに太ったつもりはないんだけどなあ‥

でもいつかきっと外す。きっと外れる

(事情は分かったけど‥やっぱりちょっと複雑かも‥)

試しに指輪を引っ張ってみるけれど、ビクともしない。

(本当だ‥完全に一体化してるよ)

(でもそれもまた、ちょっと悔しかったりするんだけど‥)

何とかできないかと、意味もなく指輪を回してみた。

(このまま、スクリューキャップみたいに外れちゃったらいいのになあ)

サトコ

「はあ‥」

難波

‥やめないで‥くれ‥

サトコ

「!?」

難波

サトコ‥

サトコ

「え‥」

(もしかして私の夢、見てる?)

(しかも止めるなって、私、室長の夢の中でも指輪を回してるのかな?)

さっきまでとは一転、妙に嬉しい気持ちになって、私はリクエスト通りに指輪を回し続けた。

(これはきっと、指輪を外したいのに外せない葛藤の表れだよね)

難波

‥ってえ

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不意に室長が目を開けた。

サトコ

「あ、ごめんなさい!」

慌てて左手を離すと、室長はしみじみとその手を見つめる。

難波

おお、無事か~

サトコ

「痛かった‥ですか?」

難波

痛いもなにも、なんかひでぇヤツらに絡まれてな、指詰められかけたぞ

サトコ

「あ‥そういう夢‥」

(ちょっとやりすぎちゃったみたい‥)

(でもじゃあ、「止めないで」は何だったんだろう‥?)

難波

いや~、あぶねぇ、あぶねぇ

それにしても、夢にしちゃ色々妙にリアルだったな

サトコ

「‥そういえば、私の名前呼んでましたけど?」

難波

‥ん?そうなのか?

室長は一瞬考えこんだ後、大きく頷きながら起き上った。

難波

「そうだ、思い出した!お前が来てくれて間一髪助かったんだ」

「ありがとうな。サトコ」

サトコ

「!‥は、はい?」

(なんだかちょっとあべこべだけど、夢だからまあいいか)

室長は思い切り私を抱きしめると、無精ひげの伸びた頬を私の頬に何度もこすりつける。

難波

五体満足、大満足だな

サトコ

「い、痛い‥です‥」

難波

ん?何がだ?

サトコ

「‥ヒ、ヒゲです」

難波

ああ。悪い悪い

室長は私の頬から離れると、しみじみ自分の頬を撫で始めた。

難波

そうだよな。女の子とこうするんなら、俺も久しぶりにつるっつるに剃ってみるか

サトコ

「いえ、それは‥」

難波

‥でも、痛いの嫌だろ?

サトコ

「まあ‥」

難波

だよな‥

サトコ

「い、いえ!我慢しますっ。室長なら」

「だって、つるっつるの室長なんて想像できないし!」

難波

そうか?

なら、よかった。剃れって言われたら、軽く落ち込むとこだったぞ

サトコは、やっぱり俺のことよく分かってくれてるな

再びギュッと抱きしめられ、さっき以上にジョリジョリとヒゲを押し付けられる。

サトコ

「痛い‥痛いですってば‥!」

難波

我慢しろって。俺だって誰彼かまわずジョリジョリしたりはしない

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サトコ

「こ、光栄です」

難波

よし、いい子だ

今度は頭をガシガシと撫でられた。

(甘えたり転がしたり‥室長は本当にうまいんだから)

(でもこういうの、まんざら悪くないかも‥?)

【学校 カフェテラス】

翌日の昼休み。

一緒にご飯を食べながら、鳴子と千葉さんは人気ドラマの話題で盛り上がっていた。

鳴子

「でね、主人公は離婚してその彼女と付き合い始めるんだけど」

「元妻が何かと心配をかけてくるわけ」

千葉

「あー、そういうの、女にありがちだよな」

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鳴子

「しかも、元妻は離婚してるっていうのに後生大事に指輪をしてんのよ」

サトコ

「え‥指輪?」

鳴子

「なあに、サトコ‥急にどうしたの?」

サトコ

「ううん、何でもない‥でも、なんでその元奥さんは指輪したままなの?」

千葉

「それは未練なんじゃないかな?」

サトコ

「未練‥?」

千葉

「うん。未練がなきゃ、指輪なんてしてないと思う」

鳴子

「さすが、千葉くん!」

「千葉くんって、学生のころに付き合ってた彼女に振られて」

「なかなか次の恋愛に進めなそうなタイプっぽいもんね」

千葉

「そ、そんなことはないよ‥!」

「大体、最近の女子ってバツイチの男に行き過ぎだと思うな‥」

「世の中にはもっと独身の若い男がいるだぞって言ってやりたいよ」

鳴子

「まあね‥でも、大人の男にしかない魅力っていうのもあるし」

千葉

「うっ‥それを言われちゃうとな‥」

鳴子

「でしょ?」

言い合っている2人の傍らで、私はまださっきの言葉に引っかかっていた。

(指輪‥未練‥元妻‥未練‥指輪‥)

サトコ

「あ、あのさ!」

2人

「?」

突然の大声に、鳴子と千葉さんが一斉に私を見た。

サトコ

「その‥私の友だちの友だちの話なんだけどね‥」

「その子が付き合い始めた彼がバツイチで、やっぱりまだ、指輪をしてるらしいんだよね」

鳴子

「‥男で未練タラタラか~」

サトコ

「や、やっぱり、未練なのかな?」

千葉

「未練だと思うな」

鳴子

「バツイチって言っても、一度は真剣に恋愛したから結婚したわけでしょ?」

サトコ

「でも本人は、外したいけど太って外せないだけって言ってるらしいんだよね」

鳴子

「それって、いかにも取ってつけたような言い訳な気がしちゃうけどな‥」

千葉

「そうだな‥なさそうでありえそうな言い訳だし難しいね」

鳴子

「大人な男って、そういう言い訳もズルいって思うんだけど惹かれちゃうんだよね~」

サトコ

「う、うん‥」

(遊ばれてるってことは‥室長に限ってそんなことないはずだけど‥)

(でも室長の話だなんて、口が裂けても言えないし‥)

ダメ男話で盛り上がり始めた鳴子と苦笑いな千葉さんを見ながら、

心の中に小さな不安が巣食い始めたのを感じていた。

【河川敷】

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その週末。

室長に連れられてきたのは、河川敷。

(急にデートに誘われたから、驚いたけど‥)

難波

いい天気だな~

サトコ

「ですね」

(なんかこういうの、室長らしくていいな)

微笑ましい気持ちになりながら、2人で並んでゆっくりと土手を歩く。

カキーン!

難波

お、ホームランだな

少年野球のチームが試合をするのを眺め始めた室長の隣で、私は白い花を見つけて座り込んだ。

サトコ

「あ‥」

難波

ん?どした?

サトコ

「シロツメクサ‥」

難波

もうそんな季節か~

それにしても、こんなちっぽけな花、よく見つけたな

サトコ

「好きなんです」

難波

シロツメクサが?これ、雑草じゃねえのか?

サトコ

「そこがいいんですよ!みんなに知られて有名なのに、特別感がまったくなくて」

「謙虚な女優さんみたいなのに、花言葉はすっごく熱いんですよ。そのギャップがまた‥」

難波

花言葉?あんのか?シロツメクサにも

サトコ

「ちゃんとありますよ。約束、幸福、それから‥」

難波

それから?

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♪~

難波

「あ、ちょっと悪い」

室長は私に背を向けると、電話で話し始めた。

難波

ああ、ママ?久しぶりだな~うん、こっちは元気だよ

ちょうどそろそろ、会いたいなって思ってたとこだったんだ

サトコ

「!!?」

難波

そうだな~そうだと思った

今日か明日あたり行くからさ、リクエストした酒、ちゃんと用意しといてよ

(なんだか親しそう‥それに、すごく甘えた感じだ)

(私以外の人とも、室長はこんな風に話すんだ‥)

サトコ

「行きつけのお店のママさんかなにかですか?」

難波

ん?ああ、まあな

勇気を出して聞いてみたのに、室長はそれ以上何も説明しようとはしない。

(‥なんだか微妙。もしかして、協力者の人とか‥?)

(それなら納得だけど、でも協力者にあんな甘えた声を出すかな?)

(やっぱり個人的に親しい人なのかも‥)

(まさか私は室長にとって、数いる女性の中の1人に過ぎないなんてことは‥?)

ぐるぐると答えの出ない想いが渦巻き、胸の中に忘れていたモヤモヤが立ち込め始めた。

そんな私の様子に気づかず、室長はさっきからごそごそとポケットを探っている。

難波

‥あった。はい、これ

サトコ

「!」

差し出されたのは、鍵だった。

(これって、室長の部屋の鍵だよね‥?)

(じゃあやっぱり、私は室長にとって特別な存在だって思っていいの?でもそれじゃ‥)

サトコ

「あ、あの、これはどういう‥?」

難波

俺のマンションの鍵だけど?

サトコ

「そ、それはまあ‥そうだと思うんですけど‥」

(聞きたかったのはそういうことじゃなかったんだけどな‥)

部屋の鍵を渡されて嬉しいはずなのに、心のどこかに引っかかるものがある。

(この合鍵は、室長にとって唯一の合鍵ってことでいいんですか?)

言葉にできない想いを抱えて、じっと室長を見つめた。

室長はちょっと不思議そうに私を見返したが、すぐに軽く微笑んで左手を差し出してきた。

難波

行くぞ

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サトコ

「!」

思わず手を繋ぎそうになった瞬間、左手の指輪が見えて、とっさに手を引っ込める。

難波

‥サトコ?

サトコ

「ご、ごめんなさい。私、右側が好きなんです!」

難波

‥妙なこだわりだな。ほら

室長は特に何も気づいた様子もなく、右手を差し出してきた。

その手をそっと握りながら、ちょっと自己嫌悪を抱く。

(なんで不安に思ってること、ちゃんと口に出して言えないんだろ)

(室長のこと信じてるなら、言えるはずなのに‥)

【難波 マンション】

手を繋いだまま室長のマンションへ。

難波

はい、開けてくれ

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サトコ

「え、私が開けるんですか?」

難波

鍵、持ってるだろ

サトコ

「持ってますけど‥」

難波

俺、お前に右手占領されてるし

サトコ

「じゃ、じゃあ‥」

ピカピカの鍵を取出し、オートロックの鍵穴に差し込んだ。

ウィーン

サトコ

「わあ、開いた!」

(室長のマンションなのに、自分で開けちゃうなんて新鮮!)

(これで私、いつでもここに来られるんだよね)

難波

おいおい、何をにやけてるんだ。怪しいぞ

サトコ

「だ、だって、合鍵ですよ?」

(人生で初めての、ア・イ・カ・ギ!)

難波

そんなに嬉しいか?

サトコ

「はい!」

思わず飛び出た満面の笑顔。

そんな私を、室長は微笑ましげに見つめている。

難波

こんなもんでそんなに喜んでくれるなら、何本でもやるぞ?

サトコ

「1本で十分です!」

「ていうか、ありがたみなくなるから、あまり乱発しないでください」

難波

はいはい

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呆れたように笑って部屋に入っていく室長の背を見つめながら、

さっきまでの不安がいつの間にか吹き飛んでいるのを感じていた。

【キッチン】

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ソファでゴロゴロしながら新聞を読む室長を横目に、キッチンで夕飯を作る。

(なんだかこういうの、新婚生活みたいだな)

ウキウキしながら調味料を混ぜ合わせ、買ってきたブリの切り身を漬け込んだ。

サトコ

「‥よし」

難波

終わった?

サトコ

「きゃっ!」

不意に後ろから室長に抱きしめられた。

サトコ

「ど、どうしたんですか!?」

難波

退屈だったからさ‥

サトコ

「もう少しですから」

魚を扱ったままの手をどうすることもできず、抱きしめられたままようやく後ろを振り返る。

首筋に感じる室長の息の熱さに、胸がドキドキと高鳴った。

サトコ

「離れてくれないと、いつまでたってもご飯が食べれませんよ?」

難波

じゃあ、二人羽織で一緒に作ろう

サトコ

「え?」

難波

これ、どうするの?切るの?焼くの?

サトコ

「もう少し漬け込みます」

難波

へえ‥すぐに焼かないのか

サトコ

「少し置いた方が、中まで味がしみ込みますから」

難波

なるほどな。そういうやり方もあるのか‥

(ん?それって、奥さんだった人と違うやり方ってこと?)

(室長は結婚してた時も、こうして奥さんと一緒にご飯を作ってたのかな)

【リビング】

難波

ん、うまい!

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ブリの照り焼きを一口食べるなり、室長は威勢よくご飯をかき込み始めた。

難波

やっぱりあれだな。漬け込みが効いてるんだな

サトコ

「よかった‥気に入ってもらえたみたいで」

難波

ちょっとしたひと手間っていうのはさ、できるヤツとできないヤツがいるんだよ

そういうひと手間を惜しまない人間に、俺もなりたいねぇ

しきりと頷きながら美味しそうに食べてくれる室長を見ていたら、自然と笑みがこぼれてきた。

(いちいち小さいことに引っかかってたらダメだよね)

(そんなことより、目の前の幸せをちゃんと噛み締めていかないと)

難波

ごちそうさま

サトコ

「え、もう食べ終わったんですか?」

難波

美味いもんは美味いうちに平らげる

食いもんも女もな

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サトコ

「え‥」

室長に試すような目を向けられ、心臓が大きくひとつ、ドクンと鳴った。

(明日は休みだし、今日はこのまま泊まることになるのかな)

(この間はベッドでも優しくしてくれたけど、もしかしたら今日は‥)

to be continued

2話

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