カテゴリー

難波 エピローグ 2話

難波

うまいもんはうまいうちに平らげる

食いもんも女もな

サトコ

「え‥」

室長に試すような目を向けられ、心臓が大きくひとつ、ドクンと鳴った。

(明日は休みだし、今日はこのまま泊まることになるのかな)

(この間はベッドでも優しくしてくれたけど、もしかしたら今日は‥)

激しい室長を勝手に想像して赤面してしまった。

慌てて顔を伏せ、食事に集中する。

(でもこれを食べ終えたら、その後は‥)

ドキドキが高まりすぎて、思わず箸が止まった。

難波

どうした?もう腹いっぱいなのか?

サトコ

「あ、いえ‥そういうわけでは‥」

難波

それじゃ、さっさと食っちゃえよ

寮に戻るの、あんまり遅くなるとまずいだろ

サトコ

「え‥?」

(お泊りじゃ‥ないんだ‥)

難波

そんな不安そうな顔すんな

ちゃんと送っていくから

サトコ

「そ、そんなつもりじゃ‥」

(そういうことじゃ、ないんだけどな‥)

サトコ

「大丈夫です。まだそんなに遅くないし、1人で帰れますから」

難波

いいよ。お前を送りがてら行きたい所あるし

サトコ

「そ、そうなんですか?」

(行きたい所って‥まさか、さっきのママさんの所?)

小さな不安がどんどん増幅されていく。

こみ上げる不安を押しのけるように、グッと唇を噛んだ。

難波

サトコ?

一体どうしちまったんだ?

サトコ

「べ、別に‥何でもないです‥」

難波

何でもないなら、そんな顔すんな

室長が私の頭に左手を伸ばしてきた。

頭を撫でられる度、これまで何度も感じてきた指輪の感触。

あの切なさ。

気づけば、私は室長の手を弾いていた。

難波

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-019

サトコ

「あ‥ごめんなさい」

難波

サトコ‥?

サトコ

「私、本当は、頭撫でられるの‥」

「嫌いなんです」

難波

‥‥

サトコ

「だから、つい‥」

無意識に自分の左手の薬指を触っているのに気付いて、誤魔化すように両手を隠した。

難波

‥不器用なヤツだな

サトコ

「え?」

難波

悪かった

サトコ

「‥いえ、私こそ、すみません」

「今日はもう、帰ります」

難波

お、おい、サトコ‥!

室長の呼びかける声から逃げるように、私は部屋を飛び出した。

【街】

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-020

サトコ

「はあ‥」

ひとしきり走った後、立ち止まった瞬間に大きなため息が出た。

サトコ

「なんであんなこと、しちゃったんだろう‥」

(あれじゃ、室長を否定したと思われたって仕方ないよね)

(誤解されるようなことをするくらいなら、指輪のこと、ちゃんと言えばいいんだろうけど‥)

大切な時にきちんとすべきことをできない自分に腹が立った。

(でも室長にとってはもう体の一部みたいなもので、気にもなってないのかもしれないし‥)

それに、彼女だからって図々しく指輪の事まで言っていいのかもわからない。

(私、1人で過剰反応しちゃってるのかな‥?)

(だとしたら、室長に謝らないと‥)

ヴーッヴーッ

再びこぼれ出たため息と共にスマホを見ると、室長からメッセージが届いていた。

『今日はゆっくりできなくて悪かった。来週はちゃんと時間取るから、またデートしような』

サトコ

「室長‥」

(そっか、今日は仕事があったんだよね)

(それなのに、外の女性のとこに行くのかもなんて疑って、飛び出して‥)

(私、こんなんじゃ彼女失格だな)

(もっとちゃんと室長のこと信じてあげないと‥!)

『私こそ、室長の手をはねのけたりしてごめんなさい』

『来週のデート、楽しみにしています』

サトコ

「これで、よし‥」

(来週になってもまだ指輪が気になって仕方なかったら、その時こそ室長にちゃんと言おう)

(『ママ』のこともちゃんと聞こう)

(本当の恋人同士なら、正直に答えてくれるはずだよね‥!)

【学校 廊下】

週明けは、新たな気持ちで講義に集中することができた。

(今日は珍しく褒められちゃったな~)

スキップを踏むように歩いていると、

向こう側から怪訝な顔の加賀教官とその後ろに東雲教官と黒澤さんが歩いてくる。

東雲

兵吾さん‥

加賀

ああ゛?

東雲

室長って、不潔恐怖症かなにかでしたっけ?

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-022

加賀

いや、聞いたことねぇな

黒澤

アライグマ並みに、手を洗ってましたよね

そんなに汚れてたんでしょうか‥?

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-023

東雲

‥そうだっけ?

黒澤

歩さんも加賀さんも見てたじゃないですか~

東雲

はいはい‥まあ、確かに、アレは洗い過ぎだよね

加賀

‥‥‥

(ん?室長の話?)

黒澤

まあ、洗濯は好きみたいですけどね

毎日難波さんから柔軟剤の香りがしますし‥

加賀

不潔恐怖症で公安が務まるわけねぇだろうが

東雲

ですよね‥潜入捜査なんて、それこそ浮浪者のフリすることもあるわけだし

サトコ

「あの‥」

東雲

ああ、サトコちゃん、お疲れさま

サトコ

「お疲れさまです。室長、どうかされたんですか?」

加賀

クズの分際で立ち聞きなんぞ、いい度胸じゃねぇか‥

サトコ

「す、すみません!」

東雲

いいじゃないですか、別に。聞かれてまずい話でもないし

それに、サトコちゃんの方が室長のこと詳しそうだし‥?

加賀

チッ‥くだらねぇ

黒澤

わかりました!

加賀

うるせぇ

黒澤

ひいぃっ!加賀さん、どうか、その拳をしまってください!

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-024

東雲

で、なに?透

黒澤

よく言うじゃないですか!?殺人者は人を殺した後、何度も何度も狂ったように手を洗うって‥

サトコ

「それ、聞いたことあります!」

「手についた血が、洗っても洗っても取れないような気がするんだって」

黒澤

そういうことです!難波さんも、ついにそっち側の人間になっちゃったんですね‥

サトコ

「え‥?」

東雲

あーあ‥聞くだけ無駄だった

加賀

時間の無駄だな

(どういうこと‥?)

難波

おお、お前らそこで何やってんだ?

サトコ

「室長!」

いつから居たのか、トイレの扉の影から室長が姿を現した。

黒澤

難波さん、お疲れさまです★

どうです?血は落ちました?

難波

ん、血‥?

いや、落ちねぇな。ここの石鹸は泡立ちが悪くてダメだ

お前ら、なんかいいの知らねぇか?強力なの

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-025

加賀

知らないです

東雲

いや‥

あ、そういうことなら、女性の方が詳しいんじゃないですか?

ね?サトコちゃん

黒澤

確かに、いつもいい香りがしますもんね。サトコさん

サトコ

「え‥?私ですか!?いやぁ‥」

(いい石鹸なんて、考えたこともなかったな‥)

難波

はぁ‥‥‥

いいか、お前ら、コイツは訓練生だ。いちいち俺らの問題に巻き込むな

サトコ

「!」

黒澤

ん~‥固形石鹸はどうですか?肌荒れも心配なく落ちそうですよね

東雲

なら、石神さんに聞いてみたらどうです?

石神さんって、固形石鹸使ってそうだし

難波

なるほど‥石神か‥

室長は軽く頷くと、私とは目も合わせず行ってしまう。

加賀

くだらねぇことに時間使っちまった

歩、さっきの件、さっさと終わらせるぞ

東雲

りょーかいです

加賀

そこのクズ2人はさっさと失せろ

黒澤

そんな~!オレも後藤さんに用があるので教官室に行きます

東雲

それじゃあね、サトコちゃん

気になるなら、室長本人に直接聞けば?

サトコ

「‥!」

東雲教官はニヤリと意味深に笑い、加賀教官の後を追っていく。

(『殺る』とか、血がどうとか、危険なことじゃなければいいけど‥)

(室長、何かまた面倒な案件に関わってるのかな?)

【剣道場】

サトコ

「メーン!」

男子訓練生

「参りました」

颯馬

いいですね、サトコさん

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-027

今日はなかなか、気合がこもってますよ

サトコ

「あ、ありがとうございます!」

喜びのまま勢いよく頭を下げた瞬間、ふわりと石鹸の香りが鼻孔をくすぐった。

(そういえば‥石鹸‥)

サトコ

「あの‥颯馬教官。オススメの石鹸とかってあるんですか?」

颯馬

オススメ‥ですか?

サトコ

「はい」

颯馬

いや、別に特にはありませんが‥どうしてですか?

サトコ

「それが、その‥」

(颯馬教官に、室長の話をするわけにもいかないよね‥)

サトコ

「この間、友だちからちょっと聞かれたんです‥」

「颯馬教官から石鹸の香りがしたので、そういうのに詳しかったりするんじゃないかなって‥」

颯馬

そうだったんですか‥

残念ながら私は、石鹸に詳しくありませんのでお力になれそうにないです

そういえば‥難波さんにも、最近おかしなことを聞かれました

油がどうとか‥

サトコ

「あ、油ですか!?」

(石鹸の次は油‥?)

(ボディオイルとかのこととか‥?)

颯馬

肌荒れの事かと思いまして、よく効くと噂のオイルを勧めてあげました

そうしたら、さっそく石神さんにネットで買わせていましたよ、フフ

サトコ

「やっぱりオイルのことだったんですね‥」

(手を洗い過ぎて、今度は肌荒れしちゃったのかな?)

(そういえば、肌がデリケートだとかって前に言ってたよね)

颯馬

サトコさん、どうかしました?

もしかして、難波さんのことが心配ですか‥?

サトコ

「い、いや!違います!」

颯馬

フフ、心配なら、オイルが届いたら塗ってあげるといいんじゃないでしょうか?

オイルは自分で塗るより、女性の手で温めてからの方がよく浸透するっていいますからね

サトコ

「そ、そうなんですね‥」

思わず頷いてしまってから、ハッとなった。

サトコ

「あの、別に私は‥!」

颯馬

フフ‥

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-028

颯馬教官はうっすらと笑みを浮かべると、それ以上何も言わずに行ってしまう。

(なんとなく、颯馬教官には全部見透かされてる気がする‥)

(余計なこと聞いちゃったかな)

(でも、室長がおかしなことに巻き込まれてるわけではなさそうでよかった‥)

【寮 自室】

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-029

その夜。

勉強の合間に、何度も何度もメッセージを確認している自分に気づく。

(今週末、デートの約束があるとはいえ、いつもならそろそろなにかしら連絡がある頃だよね)

(やっぱりこの間のこと、少し気を悪くしてるのかなあ‥)

(それとも、忙しくて連絡できないだけ?)

メッセージを送ってみようかと思いかけて、ふと颯馬教官の言葉が蘇った。

颯馬

フフ、心配なら、オイルが届いたなら塗ってあげるといいんじゃないでしょうか?

オイルは自分で塗るより、女性の手で温めてからの方がよく浸透するっていいますからね

サトコ

「行ってみようかな‥」

【難波 マンション】

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-030

鍵を握りしめて室長のマンションへ。

(こんな押しかけ女房みたいなことするの初めてだけど‥よかったのかな?)

ドキドキしながらマンションのエントランスへと向かうと、一台のタクシーが滑り込んできた。

降りてきたのは、室長。

サトコ

「あ、しつ‥」

難波

いつも悪いね。また連絡するから

室長の言葉に薄暗い車内を見ると、そこには和服姿の女性の姿。

(あの人‥もしかして‥)

難波

ああ、ママ?久しぶりだな~うん、こっちは元気だよ

ちょうどそろそろ、会いたいなって思ってたとこだったんだ

(あの時の電話の人‥?)

心臓が飛び出してしまいそうにドキドキと高鳴りだした。

そんな私に追い打ちをかけるように、タクシーから女性が半身を乗り出す。

女性

「仁ちゃん、このオイル本当にもらっちゃっていいの?」

サトコ

「!?」

難波

モチのロンだよ

俺はそんなもんくらいしかあげられないんだから、遠慮しないで取っといて

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-031

女性

「うん、それじゃあもらっとくわね。ありがとう」

サトコ

「‥‥」

呆然とする私の目の前で、室長は微笑みながら手を振ると、女性の乗るタクシーを見送った。

(なにこれ‥どういうこと?)

(探してたオイルは、あの女性へのプレゼントだったんだ‥)

【街】

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-032

それからの数日間は、暗澹たる気持ちのままに過ぎて行った。

そして迎えたデート当日。

私は、悲痛な思いと共に待ち合わせ場所に立った。

(付き合ってるって、私が勝手に思ってただけなのかな‥?)

(やっぱり私だけじゃなかったのかも‥いやいや、疑うのは良くないよね)

(まずは最初にちゃんとあの女性のことを確認しよう!)

あの時は逃げるようにして帰ってきちゃったけど、室長には何か理由があったのかもしれない。

(それから、指輪の事も‥ちゃんと言わなきゃ)

しかし、約束の時間になっても、室長はなかなか姿を現さない。

胸の中から、不愉快なざわめきが聞こえ始めた。

室長を待ちわびる想いと、このまま来ないでくれればいいのに‥という想いが複雑に交錯する。

難波

サトコ!

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-033

サトコ

「!」

難波

悪い。待たせたな

サトコ

「いえ‥」

室長の表情は、思いのほか明るかった。

難波

それじゃ、行くか

この間嫌だと言ったばかりなのに、すっかり忘れた様子で左手を差し出してくる室長。

私の言ったことなんかロクに聞いてくれていなかったのかもしれないと、

ますます悲しい気持ちになる。

難波

ほら

サトコ

「あの、私‥!」

言いかけて、ハッとなった。

室長の左手にあったはずの指輪がない。

その代わりに、指輪があったはずの場所には少し痛々しげな赤い痕がついていた。

サトコ

「ど、どうしたんですか!?その指!」

難波

ん?指?どうしたって、何がだ?

サトコ

「何がって、指輪ですよ。指輪!」

難波

あー、これなー‥

ちょっとみっともない感じになっちまったな

サトコ

「‥取れたんですね‥‥」

難波

取れたは取れたけど、これがなかなか大変だったんだよ

石鹸で滑りやすくすれば簡単に抜けるって言われたんだけど、全然ダメでな

(石鹸‥)

難波

それなら潤滑油でどうだと思ったけど

せっかく買った高い何とかオイルってヤツも役に立たなくてな‥

(オイル‥)

難波

結局、店で切ってもらったんだ

そんなことできるなんて知らなかったから、色々苦労しちまったぞ

(あれ全部、指輪を外すためだったんだ‥)

サトコ

「なんで急に、そんなこと‥」

難波

なんでって‥

室長は、少しきまり悪そうに頭をかいた。

難波

やっぱり‥イヤだろうと思ってな‥

サトコ

「!」

(私の気持ち、ちゃんと分かってくれてたんだ‥)

難波

それにしても、まさか指輪を切れるとはなあ

驚きの工業技術ってやつだな

サトコ

「‥ですね」

涙が出そうになって、慌てて俯いた。

そんな私の目の前に、再び指輪のない左手が差し出される。

難波

ほら、行こう

サトコ

「はい」

素直に差し出された手を取ると、室長は少しからかうような表情になった。

難波

右側が好きなんじゃなかったのか?

なんなら、こっちの手でも

右手につなぎ直そうとする室長に抗って、私は左手をギュッと握った。

サトコ

「今日からはこっちがいいです!」

難波

今日から、な‥

赤いとこ、まだ痛いんだから優しくしてくれよ

%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%83%9b-034

サトコ

「分かってます」

難波

それじゃ、どこに行くか

サトコ

「どこでもいいです‥」

「室長と、ずっと手を繋いでいられるところなら」

難波

‥よし、それじゃ、ずっと繋いでいられるとこに行くか

to  be  cintunued

3話

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする