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難波カレ目線 6話

「俺のものになって」

【河川敷】

サトコと付き合うことになって数日。

ようやく夕方までの時間を空けられた俺は、サトコをデートに誘った。

難波

いい天気だな~

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サトコ

「ですね」

(いいなあ、天気のいい日にこうしてのんびり歩くのは‥)

サトコと並んで歩きながら、俺はしみじみと穏やかな幸せを感じていた。

(でももしかして、こんなことを喜んでるのは俺だけか?)

年若いサトコには退屈だったかもしれないと、チラリと隣を見る。

数多くの人間の心理を裏の裏まで読み込んできた俺だったが、

サトコの本心となると、急に自信がなくなってしまうのが不思議だった。

(これが恋した男の弱みってやつかねぇ‥)

カキーン!

難波

お、ホームランだな

タイミングよく鳴り響いた少年野球チームのバットの音に、空を見上げた。

難波

野球は‥

『好きか』と聞こうとして振り返ったのと、サトコが座り込んだのはほぼ同時だった。

サトコ

「あ‥」

難波

ん?どした?

サトコ

「シロツメクサ‥」

「好きなんです」

難波

シロツメクサが?それ、雑草じゃねぇのか?

思わず笑ってしまったが、サトコは真剣にその魅力を語り始める。

サトコ

「謙虚な女優さんみたいなのに、花言葉はすっごく熱いんですよ。そのギャップがまた‥」

難波

花言葉?

思いがけない言葉につい聞き返した。

(普段の訓練では男勝りだけど、こういうところ、ちゃんと女の子なんだな)

サトコを好きだと認めた瞬間から、すべての瞬間が大切になった。

今まで見たこともなかった表情、知らなかった一面‥

それらに出会う度、この上ない喜びを感じてしまう。

この年になって再びこんな瞬間がこようとは、思ってもみなかった。

難波

あんのか?シロツメクサにも

サトコ

「ちゃんとありますよ。約束、幸福、それから‥」

難波

それから?

サトコはなぜか少し照れたように口ごもった。

難波

(なんだ?妙にかわいいな‥)

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思わず抱きしめてしまいたくなったその時、無粋な電話のベルが俺を現実に引き戻した。

(俺としたことが‥年甲斐もなく浮かれすぎだな)

電話は公安の協力者の1人であるクラブのママから。

開口一番、鋭いママに『あら仁ちゃん、何かいいことでもあった?』と言われてしまった。

気恥ずかしく思いつつ、サトコをチラリと見る。

サトコはなぜか、ちょっと複雑そうな表情をしていた。

【難波 マンション】

その夜は、俺の部屋でサトコの手料理を味わった。

難波

ん、美味い!

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自炊で十分満足していたつもりだが、こうして食べてみるとレベルが違う。

俺は猛烈な勢いでブリの照り焼きを平らげた。

難波

ごちそうさま

サトコ

「え、もう食べ終わったんですか?」

難波

美味いもんは美味いうちに平らげる

食いもんも女もな

サトコ

「え‥」

(おっと‥ひよっこには刺激が強すぎたか?)

(このくらいでいちいち赤面しちゃって、本当にかわいいヤツだな)

このままサトコを抱きしめて朝を迎えたい気持ちが押し寄せた。

でもあいにく、今日はこれから仕事がある。

食事を終えたサトコを寮に送ろうとすると、サトコの表情が不安そうに揺れた。

難波

サトコ?

一体どうしちまったんだ?

サトコ

「べ、別になんでもないです‥」

難波

何でもないなら、そんな顔すんな

思わずサトコの頭に手を伸ばした。

その手を、サトコがはねのける。

難波

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サトコ

「あ‥ごめんなさい‥」

難波

サトコ‥?

サトコ

「私、本当は、頭撫でられるの‥」

「嫌いなんです」

難波

‥‥

サトコ

「だから、つい‥」

(そう‥だったのか?)

そんなこと知らずに、これまで何度も頭を撫でてしまった気がする。

謝ろうかと思った時、サトコが自分の左手の薬指を触っているのに気付いた。

(もしかして、指輪か‥‥?)

(そういえば、河川敷で手を繋ごうとした時も‥)

難波

行くぞ

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サトコ

『ご、ごめんなさい。私、右側が好きなんです!』

あの時も、俺が差し出したのは左手だったはずだ。

(それならそうと、ハッキリ言ってくれりゃよかったのに‥)

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難波

‥不器用なヤツだな

サトコ

「え?」

難波

悪かった

サトコ

「‥いえ、私こそ、すみません」

「今日はもう、帰ります」

難波

お、おい、サトコ‥!

俺の呼びかけから逃げるように、サトコは部屋を飛び出した。

難波

まいったな‥

サトコがそこまでこの指輪を気にしているとは思わなかった。

(でも、いつかも言ってたな)

(未練でも死別でもないなら、なんでまだ指輪してるんだって)

難波

未練なんてチリほどねぇんだけどな‥

【クラブ】

難波

ありがとう。また頼むよ

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協力者のママから必要な情報を受け取ると、俺は普通の客の顔に戻ってグラスを傾けた。

ママ

「あら、どうしたの?少し指が赤くない?」

ママは俺の左手を取ると、わずかに赤くなった薬指を見つめた。

(さすがはママ、鋭いな)

あれから、なんとかして抜けないかと何度も指輪を引っ張った。

難波

こうなった指輪ってさ、もう外せないのかな?

ママ

「まさか‥でもどうしたの?急に」

難波

それは‥

最近さすがに食い過ぎて痛くなってきたんだよね~

ママ

「あら、幸せ太りかしらね」

ママは意味ありげに笑うと、いくつか方法を伝授してくれた。

難波

そういやさ、シロツメクサにも花言葉があるって知ってた?

ママ

「もちろん。確か‥『約束』、『幸福』、それから‥」

【河川敷】

(『私のものになって』か‥)

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俺は河川敷に座り込んでシロツメクサの指輪を作りながら、

ママに教えてもらった3つ目の花言葉を思い出していた。

(こっぱずかしくて、さすがに声に出しては言えないが‥)

(サトコの大好きな花にそんな意味があるなら、花に託して伝えるっていうのも悪くない)

年甲斐もなくロマンチックなことをしようとしている自分がおかしかった。

(俺、いつからこんな恋する青年みたいになっちまったんだ?)

難波

よし、できた!

(ちょっとボロボロだけど‥大切なのは気持ちだよな)

難波

手ぇ出してみろ

サトコ

「?」

俺は壊さないように慎重に、シロツメクサの指輪をサトコの左手の薬指にはめた。

サトコ

「なんですか‥これ‥」

難波

ゆ、指輪だよ

ちょっとボロボロになっちまったけど

サトコ

「‥‥」

黙り込んでいるサトコの姿に、急に不安になった。

(さすがに子どもじみてたか?)

難波

しょうがないだろ。こう見えてもな、俺は不器用なんだ

サトコ

「知ってます。だから‥」

「なおさら嬉しいです‥!」

サトコの目から、涙が溢れていた。

難波

サトコ‥?

サトコ

「ありがとうございます」

「こんなこと、してくれるなんて思わなかったので‥」

難波

泣くなよ~

これじゃまるで、おっさんが若い子をいじめてるみたいだろ?

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サトコ

「だって、止まらないんです‥」

難波

まったく、お前ってヤツは‥

(なんてかわいいんだ‥)

この純粋さも真っ直ぐさも涙も笑顔も、サトコのすべてを独り占めしたい。

そんな思いがこみ上げて、俺は指輪を嵌めた指にそっと唇を落とした。

サトコ

「!」

難波

‥これが、俺の気持ちだ

俺は、溢れる思いのままにサトコを抱きしめた。

難波

いいか?一回しか言わないぞ?

耳元で、そっと囁く。

難波

いつか‥シロツメクサじゃなくて、ちゃんとしたやつを‥

サトコ

「!」

サトコは驚いたように俺を見つめた。

照れた顔を隠すように、俺は額にそっとキスを落とす。

(これからは、ずっと一緒だ‥)

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力を入れると折れてしまいそうなサトコの身体をしっかり抱きしめながら、俺は心を決めた。

たとえこの先何があろうと、サトコの笑顔は俺が守り抜く。

俺の人生を賭けて。

Happy  End

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