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難波カレ目線 5話

「想いを乗せた銃声」

【寮玄関】

何の虫の知らせか、今朝は妙に早く目覚めた。

(こんな時は、早目に学校に行っておくか)

難波

‥にしても、さすがに眠いな

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アクビをかみ殺した、その時‥‥

サトコ

『こんな時間までありがとうございました』

後藤

明日、遅刻するなよ

サトコ

『はい』

(この声は、氷川と後藤か?)

気になって玄関を覗き込むと、去っていく後藤を氷川が見送っている。

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(まさか、朝帰りか!?)

(そりゃ、後藤をすすめたのは俺だけど‥)

一瞬、胸に痛みを覚えた。

それを打ち消そうとするように、わざとらしくおどけた声を出した。

難波

お?おおお?

今のは後藤だよな?

サトコ

「し、室長‥!」

難波

へえ‥なるほどね~

いいじゃないの

返答に困っておろおろする氷川を残し、いかにも平気な顔をして歩き出す。

(思ってた通り、あの2人はお似合いだな)

(やっぱり氷川には、俺みたいなおっさんよりも後藤だろ)

自分に言い聞かせるように心の中で呟く。

でも呟きとは裏腹に、胸がえぐられるような苦しみを覚えた。

(よかったじゃねぇか、後藤を好きになったなら)

(でももしあの時、俺がアイツの気持ちに応えていたら‥?)

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自分で拒んだはずなのに、今さらになって手放した物の大きさを突き付けられている気分だ。

(実は今からでも遅くないのか?)

(俺がイエスと言えば、氷川は‥)

思いがけず未練がましい思いが湧き上がり、自分で自分を笑いたくなった。

(なんだよ、俺‥後藤に嫉妬してんのか?)

(朝帰りするとこまで進んでんのに、今さら何をしようとしてるんだか‥)

自嘲気味に笑いながら、俺は気付いた。

これはもう、親心なんかじゃない。これは‥‥

【室長室】

山田さんの警備中、氷川が発砲に巻き込まれそうになった。

(あれは手元が狂ったなんてそんな生易しいもんじゃない)

(間違いなく敵は、氷川を狙ったんだ‥)

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後藤からはさり気なく報告を受けていた。

氷川が山田警備局長の周辺を調べている、と。

(まずいな‥このままじゃ、氷川の命が危ない)

成田が俺を訪ねてきたのは、そんなときだった。

難波

経歴詐称?氷川が‥?

一瞬、耳を疑った。

成田

「私が改めて照会したところ、氷川サトコは長野の交番の一巡査でした」

「県警本部の勤務歴もなく、まったく公安学校の入学要件を満たしていません」

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難波

‥‥

成田

「退学処分ということで、よろしいですね」

難波

だが‥

反論しかけて、ふと思う。

(山田さんに目をつけられているなら、むしろチャンスかもしれない)

(いくらあの人でも、長野の交番にまで追いかけては行かんだろ‥)

難波

‥そうだな。すぐにそうしてくれ

成田

「では早速、氷川を呼び出します」

成田は鼻息荒く出て行った。

難波

退学、か‥

これまでの氷川の頑張りを考えると、残酷な仕打ちには違いない。

でもアイツの命を守るためには、今はこうするのが一番のはずだった。

(ぴよぴよしたひよっこが傍にいなくなるのは寂しいが‥)

いつの間にか、アイツが傍にいるのが当然になっていた。

でも昨日、氷川が狙われた瞬間、俺は思い出した。

小澤さんを失った時のあの悲しみ、後悔‥

当然だったはずのものが、一瞬で奪われる。

(許せよ、氷川‥)

(俺はもう、大切な人間を失うのはまっぴらなんだよ‥)

翌日。

身の回りの整理を終えた氷川が、最後のあいさつに訪ねてきた。

(さっきも目の前でひどいこと言っちまったし、恨んでんだろうな‥)

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内心の後ろめたさを隠すように、敢えて冷たくあしらったつもりだ。

それでも氷川は、俺に真っ直ぐな目を向けてきた。

サトコ

「‥私じゃ、ダメですか?」

難波

サトコ

「私じゃ室長の支えになれませんか?」

難波

!?

思いがけない言葉に、俺は返す言葉を失った。

(何してんだよ、想定外の事態に対する訓練は散々積んできたはずだろ)

難波

お前、何言って‥

最後の最後に、何の冗談だ?

笑い飛ばしたつもりの俺の表情は、不自然に歪んでいたはずだ。

(なんでよりによってこんな時に、そんなこと言うんだ‥)

泣いてすがるとか、必死に言い訳するとか、

そんな未練がましいヤツだったら、遠慮なく怒鳴りつければいい。

でも氷川の口からこぼれるのは、俺への想いと気遣いばかり。

言葉が積もるにつれ、俺の胸は締め付けられる一方だ。

サトコ

「私は一人の女として、室長のことが好きなんです」

「誰よりも一番近くにいて、室長の気持ちに寄り添いたいって思ってます」

難波

‥‥

(やめてくれ‥俺だって、お前に傍にいて欲しいさ)

(でもそれじゃ、ダメなんだ。俺なんかの傍にいたら、お前の命が‥)

サトコ

「室長のためなら、どんなことでもしたいんです」

なんとしても想いを断ち切らせなければ‥そう思った。

たとえ長野に戻しても、俺のためにと余計な動きをされたら何の意味もない。

難波

へえ‥

なんでもできんのか

俺は乱暴に氷川の肩をつかむと、そのままソファに押し倒した。

難波

それならお前の本気、見せてくれよ

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サトコ

「!」

(もうこうするしかないだろ‥こいつに嫌いになってもらうには‥)

シャツに手を差し入れ、滑らかな素肌に触れた。

罪悪感がこみ上げる。

氷川は‥泣きそうな顔でギュッと目を瞑っていた。

(やっぱり無理だよな‥)

嫌がらせで抱くには、俺にとって氷川は大切になりすぎていた。

難波

‥やめた

サトコ

「え‥」

難波

らしくないことはやめとけ

氷川に向けた言葉。

でもそれは、俺自身への言葉でもあった。

【廃倉庫】

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1か月ほどして、長野でのサミット警備会議で再開した俺と氷川は、

期せずして2人で奪われた警備局長の車を追うことになった。

そして、たどり着いたのは廃倉庫。

難波

局長、やめてください!

山田

「‥わかった。それなら、お前を撃つことにしよう」

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黒幕だった鈴木を庇った俺に、山田さんが銃を突き付けてきた。

俺は持っていた銃を離し、鈴木を庇いながら両手を上げる。

(頼んだぞ、氷川。お前の出番だ‥)

山田さんに気づかれないように、物陰に潜んでいる氷川に視線を送った。

氷川は不安そうにしながらも、必死にタイミングを計っているようだ。

その真剣な表情が、公安学校での日々を思い出させる。

(お前はいつも真っ直ぐで一生懸命で、俺には眩しすぎるくらいだったな)

(それなのに俺は、そんなお前を容赦なく退学にした)

(お前の純粋な気持ちも踏みにじろうとした‥)

でも氷川は、再開した俺にあの頃と何ひとつ変わらぬ様子で接してくれた。

それだけじゃない。今回の警備計画に関する事前調査も完ぺきだった。

(お前はどこにいても、ちゃんと自分のやるべきことに真っ直ぐ向き合ってる)

(そんなお前なら‥)

難波

ウテ、オマエナラデキル

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声には出さずにそう言った。

物陰で銃を構える氷川に、メッセージが伝わったかどうかは分からない。

でも次の瞬間、氷川の銃が火を噴いた。

パンッ!

難波

山田

「ううっ‥!」

素早く銃を取りに動きながら、俺は心の中で氷川の成長を噛み締めていた。

(やったな、氷川‥)

(お前が一歩踏み出したんなら、俺も踏み出さなきゃ、かっこつかねぇよな)

心が決まった。

(これが片付いたら、俺は‥)

氷川に迫る山田さんを狙い込む。

俺の想いを乗せて、銃声が響いた。

【室長室】

東京に戻るとすぐ、俺は上層部に掛け合って氷川の公安学校復帰を認めさせた。

(戻すと決めたからには、今度こそはっきりしないとな‥)

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もう中途半端は許されない。

正直に気持ちを告げると決めたはずだったのだが‥

難波

アイツ、まだ20代だよな‥

(てことは‥俺が大学生時、まだ小学生って年の差か‥)

(アイツが俺の年になる頃には、俺、やばいぞ)

(いいのか、本当にこれで‥)

難波

「でも、離したくねぇな‥」

思わず出た言葉に苦笑した。

難波

こんな年にもなって、ひよっこ相手に思い悩むことになるとは‥

自分の青臭さに呆れ、この状況に戸惑いながらも、俺は確かに幸せを感じていた。

(いいもんだよな、恋って)

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もしかしたらいつかアイツは、こんなおっさんと付き合ったことを後悔するかもしれない。

大切な20代を無駄にしたと思うかもしれない。

それでも今は、自分の気持ちに正直でいたかった。

to  be  continued

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