【教官室】
サトコ
「あれ、颯馬教官は‥」
室内を見渡しながら言うと、机の上の書類に向けられていた東雲教官の視線が、
一度だけこちらに向いた。
東雲
「キミっていつもタイミング悪いよね」
サトコ
「え?」
東雲
「颯馬さんなら、ついさっき帰ったばかりだよ」
(帰った?随分早いな‥)
東雲
「避けられてるんじゃない?」
サトコ
「そ、そんなこと‥」
東雲
「ま、それよりさ‥」
サトコ
「すみません、失礼します!」
東雲教官が何か言いかけた気がしたものの、
颯馬さんが気になった私はそのまま教官室を走って後にした。
【校門】
サトコ
「颯馬さん!」
慌てて颯馬さんを追いかけると、校門近くで追いついた。
颯馬
「‥どうしました?」
颯馬さんは、慌てた様子の私に少し驚いた顔をする。
サトコ
「颯馬さんこそどうしたんですか?」
颯馬
「何がですか?」
<選択してください>
サトコ 「こんなに早く帰るなんて、珍しいですよね?」 颯馬 「ちょっと急用ができまして」 サトコ 「急用?何があったんですか?」 颯馬 「大したことではないのでご心配なく」
サトコ 「何も言わずに黙って帰ってしまうなんて‥」 颯馬 「すみません、言い忘れてましたね」 「今日は用事があるので先に帰らせていただきます」 サトコ 「用事‥ですか?」 颯馬 「ちょっとした野暮用です」
サトコ 「その鼻声‥やっぱり変です」 颯馬 「ですからこれは‥」 サトコ 「本当に花粉症ですか?」 颯馬 「そうですよ?」
颯馬さんは、優雅にニッコリと微笑む。
(うーん‥本当かな?)
颯馬
「疑っている目ですね?」
サトコ
「いえ‥。ただ、昼間ぶつかった時になんとなく具合が悪そうだったので気になっていて」
颯馬
「気のせいですよ」
サトコ
「でも、あの時、頭に触れた手がいつもより温かく感じたし‥」
言いながら、体温を確認したくて颯馬さんの手に触れようとする。
と、颯馬さんはスッと手を引いた。
(さ、避けられた‥?)
さっき東雲教官に言われたこともあり、ギクッとする。
颯馬
「どこで誰が見てるかわかりませんからね」
引いた手で、颯馬さんはさりげなく髪をかきあげながら微笑んだ。
その自然な動きに、突っ込むタイミングを逃してしまう。
颯馬
「すみませんが、今日だけ歩のサポートに回ってください」
サトコ
「あ‥はい」
(それで東雲教官、さっき何か言おうとしてたのかな?)
颯馬
「早く戻らないと、歩に怒られますよ」
サトコ
「はい‥」
颯馬
「いい子で頑張ってくださいね」
ふわっと柔らかに微笑んで、颯馬さんは帰っていく。
(なんか誤魔化されているような気が‥)
そう思いつつ、何も言えないまま去っていく背中を見送った。
【教官室】
(本当に具合悪いわけじゃないならいいけど‥)
気になりつつ、トボトボと教官室へ戻る。
サトコ
「失礼します‥」
東雲
「あ、帰って来た。はい、コレ」
サトコ
「うわっ」
ドアを開けた瞬間、ドサッと大量の資料を差し出された。
反射的に受け取り、その重みに思わず身体がよろける。
サトコ
「い、いきなり何なんですか!?」
東雲
「だって、今日はキミを好きに使っていいって言われたから」
東雲教官は、ニヤッと歪んだ笑みを浮かべる。
(絶対、そんなこと言ってない!)
(でも、颯馬さんが東雲教官に任せたのは間違いないみたいだし‥)
反論しようとするも、思い直す。
(いい子で頑張れって言われたし、頑張るしかないよね)
サトコ
「これは、保管期日を超えたものを廃棄に回せばいいですね?」
東雲
「へぇ、説明なしで仕事を理解するなんて、さすが颯馬さんの補佐官」
「じゃ、それが終わったらこっちもね。よろしく」
机に積み上げられた資料を指差して、東雲教官は出て行った。
(よろしくって‥かなりの量なんですけど‥!)
めげそうになりながら、必死に仕事を片付けていく。
(でも、これも颯馬さんの期待に応えるため‥)
颯馬さんの優しさが恋しくなり、私はこっそり携帯を手にする。
(もう帰宅してるかな‥?)
昼間の様子や、私を避けるように早く帰っていった姿が、やはり気になる。
東雲教官の姿がないことを確認し、颯馬さんにメールを送信。
『颯馬さん、大丈夫ですか?やっぱり具合悪いんじゃないですか? サトコ』
仕事を再開しながら返事を待つ。
でも、いつまでたっても颯馬さんからの返信はなかった。
【寮門】
ようやく東雲教官から解放され、帰路につく。
(颯馬さんからの返信、まだないな‥)
何度もメール確認するものの、届く気配がない。
(やっぱり具合が悪いのかも‥)
私は寮の手前で引き返し、颯馬さんの家に行ってみることにした。
【颯馬 マンション】
薬やスポーツドリンクなどを買い込み、颯馬さんのマンションへやってきた。
エントランスで、颯馬さんの部屋番号をプッシュする。
ピンポーン
呼び出すものの、返事がない。
(いないのかな?まさか、倒れたりしないよね!)
焦ったその時、インターフォンから弱々しい声が‥
颯馬
『はい‥』
サトコ
「颯馬さん!大丈夫ですか!?」
思わず大きな声で呼びかけると、颯馬さんの驚いた様子の声が返ってくる。
颯馬
『サトコ‥!?』
サトコ
「すみません、やっぱり心配になって‥」
颯馬
『‥帰りなさいと言いたいところですが、そうもいきませんね』
小さなため息と共に、オートロックの扉が開いた。
【リビング】
颯馬
「こんな時間に出歩くなんて危ないですよ」
玄関を開けるなり、颯馬さんは顔をしかめる。
サトコ
「突然押しかけてすみません。でも‥」
颯馬
「お送りします」
サトコ
「え‥」
颯馬
「一人で帰すわけにはいきませんので」
「ちょっと待っててください。上着を取ってきま‥」
奥へ戻ろうとした颯馬さんの足元がふらついた。
サトコ
「颯馬さん!」
慌てて支えた颯馬さんの身体は、明らかに熱い。
(やっぱり体調が悪かったんだ‥もっと早く来ればよかった)
後悔するものの、颯馬さんはなおも私を帰そうとする。
颯馬
「‥すみません。送れそうにないので、タクシーを呼びます」
サトコ
「そんな状態なのに、このまま放って帰れるわけがないじゃないですか!」
颯馬
「私なら大丈夫です‥うつしてしまう前に、帰ってください」
(もう‥)
あくまで帰そうとする颯馬さんに、私は思わず‥
<選択してください>
サトコ 「いい加減にしてください!」 颯馬 「!」 声を荒げる私を、颯馬さんはハッとしたように見る。 サトコ 「もっと私を頼ってください!」 颯馬 「しかし‥」
サトコ 「‥私がいたらそんなに迷惑ですか?」 しゅんとして言うと、颯馬さんは少し焦った顔をした。 颯馬 「‥迷惑だとは一言も言ってません」 サトコ 「だったら‥」
サトコ 「ふふ、本当に頑固ですね」 颯馬 「‥‥‥」 あまりの頑なぶりに笑ってしまい、颯馬さんはバツが悪そうな顔をする。 颯馬 「私はただ、貴女のことを心配して‥」 サトコ 「心配なのは颯馬さんの方です」
サトコ
「もう決めました。何と言われようと帰りません!」
颯馬
「サトコ‥」
サトコ
「花粉症なんて嘘をついた罰です!おとなしく看病されてください」
颯馬
「いや、私は罰を受ける気など‥」
抵抗しようにもうまく力が入らない様子の颯馬さん。
私はその熱を持った身体を抱きかかえるようにして、寝室へ向かった。
【寝室】
颯馬
「無理やりですね‥」
強引にベッドに寝かされ、颯馬さんは不服そうに言う。
サトコ
「病人は素直に寝てください」
颯馬
「貴女こそ素直にタクシーに乗って帰った方がいい」
サトコ
「まだ言いますか?」
呆れ半分に言いながら、私は颯馬さんの手を取った。
サトコ
「ほら、こんなに熱いじゃないですか‥」
颯馬
「大した熱ではありません」
サトコ
「颯馬さん、私の前では強がったりしなくていいんですよ?」
颯馬
「‥別に、強がっているわけでは‥‥」
サトコ
「いつも私を支えてくれる颯馬さんを、私だって支えたいんです」
颯馬
「‥‥‥」
サトコ
「だから今日は、とことん甘えてくださいね」
ようやく観念した様子の颯馬さんに、私は布団をかけてあげる。
その上から優しくぽんぽんと叩きながら、子守唄を口ずさむ。
サトコ
「ね~んねこ~、ねむれ~♪」
(あれ?なんか音程がズレてる?)
心配になりつつ続けていると、颯馬さんが困惑の目を向けてきた。
颯馬
「‥何ですか、それ」
サトコ
「子どもの頃、風邪を引いた時に母がよく歌ってくれたんです」
「これを聞くと、すごくよく眠れたので、颯馬さんにもぜひと思って」
颯馬
「‥そうですか」
サトコ
「ね~んねこぉ~♪」
颯馬
「悪夢を見そうです‥」
サトコ
「えっ!?」
思わず握っていた手を離しそうになる。
しかし、優しく微笑んだ颯馬さんは、ぎゅっと手を握り直してくれた。
颯馬
「フフッ、嘘ですよ」
「貴女の気持ちが充分に伝わるいい歌ですね」
サトコ
「颯馬さん‥」
颯馬
「ではお言葉に甘え、今日はとことん貴女に甘えさせていただきます」
サトコ
「そうしてください‥!」
ようやく素直になってくれたのが嬉しくて、私も再びギュッと手を握り直す。
颯馬
「早速のお願いなんですが‥」
サトコ
「何ですか?何でも言ってください」
颯馬
「‥その手をずっと離さないでいて欲しい。俺が眠りにつくまで、ずっと‥‥」
熱で潤んだ瞳が、まっすぐに私を見つめる。
サトコ
「はい‥もちろんです」
快く引き受けて微笑むと、颯馬さんは安心したように目を閉じた。
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