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オレの帰る家 カレ目線

難波

よし、着いたぞ

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ネムちゃん

「ギョエッ」

部屋に着くなり、鳥が不快そうな声を出した。

それもそうだろう。

この湿気、熱気‥人間の俺だって顔をしかめたくなる代物だ。

難波

沖縄ってのはもっとカラッとして快適なもんだと思ってたがな

ブツブツ言いながら、鳥かごをリビングに置いて窓を開ける。

汗ばんだ肌に風邪が心地いいが、いかんせん生ぬるい。

(でもさすがに、エアコンってわけにもいかねぇよな)

(このデカい鳥と一緒に締め切った部屋にいるのも、ちょっと‥)

俺の腰ほどもあろうかという鳥を前に、軽く途方に暮れた。

お世話になったお偉いさんが検査入院する間だけ、と頼まれた預かったのは良かったが、

実は鳥なんて飼ったこともない。

(俺はせいぜい、ひよっこを手なずけたくらいのもんだしな‥)

それまで考えて、ふと思いついた。

(そうか、ひよっこか‥)

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この鳥を抱えて仕事をするなんてまず無理だ。

閉め切りの留守宅にコイツを置いて出かけるのも気が引ける。

(こうなったら、あいつを呼び寄せるか‥)

俺は早速、サトコに電話を掛けた。

【マンション】

難波

ただいま

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サトコ

「おかえりなさい!」

玄関から声をかけると、華やいだ声と共にサトコが出迎えてくれた。

(鳥の世話なんかで呼びつけて、最初は公私混同もいいとこかとも思ったが‥)

(やっぱりこうして出迎えられるのはいいもんだな)

サトコの笑顔を見るだけでも疲れが吹き飛んだ気がするから不思議だ。

(帰ってきたら部屋は明るいし、留守宅特有の空気のこもった感じもない‥)

1人暮らしの長かった身には、そんな些細なことがいちいち沁みた。

(あとは、アレさえあれば完璧だな)

難波

おい、アレやってくれないか、アレ

サトコ

「アレって‥なんですか?」

難波

だから‥ご飯にする?それともお風呂?ってヤツ

サトコ

「な‥そ、それは‥!」

サトコは真っ赤な顔をブンブン左右に振った。

難波

何だよ‥定番だろ?

サトコ

「だって、そんなことしたらまるで‥」

難波

あと、新妻にはフリフリのエプロンも必須だな

サトコ

「に、新妻なんて‥!」

難波

はははっ‥冗談だよ

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おもしろいほどに赤くなるサトコの顔を見ながら、久しぶりに思い切り笑った。

(コイツといると、本当に飽きねぇな‥)

『幸せ』の2文字が頭にちらつく。

こういう毎日が続いたらどんなにか楽しいだろうと、心の片隅で思い始めている俺がいた。

【リビング】

難波

うん、うまいな

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手料理を褒めると、サトコは嬉しそうに目を細めた。

サトコ

「よかった‥食べたいものがあったら言ってくださいね」

「そうしたら私、頑張って作っておきますから!」

(そういえばコイツ、いつまで俺のことを室長って呼ぶ気なんだ?)

難波

‥‥‥

サトコ

「?」

思わずじっと見てしまった俺を、サトコは不思議そうに見返してきた。

難波

いや、いいんだけどな、別に‥

でもここではプライベートなわけだし‥

いいんだぞ?名前で呼んでも

サトコ

「名前でって‥ええっ?」

あまりの驚きっぷりとあまりに分かりやすい顔の赤さに、俺の方が恥ずかしくなってきた。

難波

まあ、無理にとは言わんが

(プライベートの時まで『室長』じゃ、堅苦しくて疲れるだろうと思っただけなんだが‥)

サトコ

「あ‥う‥」

死にかけの金魚のように必死に口をパクパクしながら、サトコは必死に何かと闘っている。

難波

その様子じゃ無理そうだな

サトコ

「あの、いえ、その‥」

難波

あ~悪かった。そんなに悩むな

お前の好きなように呼べ

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サトコ

「あ‥はい」

(こいつには、却って『室長』呼びの方が気楽なのかもな)

そう思い直し、食事を再開する。

ふと、視界のすみで鳥が何やら忙しく動いているのが見えた。

(‥なにしてんだ?)

よく見ると、くちばしで鳥かごの鍵部分をつついている。

(もしかしてコイツ‥)

(‥いや、まさかな)

しかし、鳥かごを自分で開けられるのでは‥という俺の予感は後日的中することになる。

【寝室】

数日後の夜。

難波

さて、寝るか

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いつも通り、サトコの手を引いて寝室を入ったところで、サトコが立ち止まった。

サトコ

「あ、あの!」

難波

ん?

サトコ

「その‥じ‥じ‥」

(もしかしてこいつ、俺の名前を呼ぼうとしてんのか?)

(頑張っちゃって、かわいいな‥ほら、頑張れ!)

サトコ

「室長!」

難波

って、お前‥

ぷぷぷっ

(結局そっちか!)

思わず笑ってしまった俺を見て、サトコは困ったような顔になった。

難波

悪い、悪い。で、なんだ?

サトコ

「その‥やっぱり私、今日からはソファで寝ようかと」

難波

なんでだ?

お前がソファで寝るなら、俺もソファで寝るぞ

リビングに連れ戻そうとサトコの手を引っ張る。

サトコ

「そんな‥困ります!」

「ソファに2人で寝たら、何の解決にも‥」

難波

ひよっこ刑事は一体何を解決したいんだ?

サトコの言いたいことは大体分かっていた。

それを承知で少しからかってみる。

サトコ

「ですから、その‥やっぱりシングルベッドに2人は狭すぎるのではないかと‥」

難波

なんだ、そういうことか‥

いいよ。お前が1人で寝たいなら、ベッドは譲ってやる

サトコ

「そ、そうじゃなくて!」

「狭いところで寝ていたら、室長の疲れが取れないと思うんです」

サトコはからかわれているとも思わず、必死に説明を繰り広げる。

その健気さが、ますます俺の心をつかんだ。

難波

お前の気持ちは分かった

でも俺のことを心配してるんだったら、お前のその提案は大間違いだ

サトコ

「?」

難波

俺は、抱き枕がないとダメなんだよ

サトコ

「!」

「‥分かりました。そういうことなら」

抵抗していたサトコが、フッと手の力を抜いた。

俺はそのままサトコの身体を引き寄せ、後ろから包み込むように抱きしめる。

難波

そんなしょうがないなって顔すんなよ

別に俺も、困らせたいわけじゃねぇんだけどな‥

サトコ

「わ、分かってます」

後ろからでも、サトコが照れて顔を赤らめているのが分かる。

(そりゃさすがに、いくらひよっこが華奢でもシングルに2人はきついんだけどな‥)

それでも、サトコを抱きしめて眠りたい衝動を抑えきれなかった。

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沖縄最後の夜。

ひとしきりベッドの中で楽しんだ俺たちは、気付けば寝てしまっていたようだった。

難波

んん‥

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寝室に窓がなく外の様子は分からないが、リビングからうっすらと光が差し込んでいる。

重い身体を起こすと、俺の腕の中にサトコがすっぽりと収まって眠っていた。

(こんなにぐっすり寝ちゃって‥この数日、無理させ過ぎたか‥)

愛しさが込み上げ、そっとサトコの髪を撫でた。

サトコ

「ん‥」

難波

(起こしたか?)

突然の身じろぎにハッとなるが、サトコが目覚める様子はない。

俺は、ホッと胸を撫で下ろした。

サトコ

「‥さん」

難波

こいつ‥夢でも見てるのか?

微笑ましく見つめながら、もう一度その髪の毛に触れた。

サトコ

「じん‥さん‥」

難波

あまりの驚きに、サトコの髪に埋めたままの手が止まる。

難波

お前、今‥

(『仁さん』って言ったよな?仁さんって)

思いがけない呼びかけに、思わず顔が赤らんだ。

(別に呼び方なんて、何でもいいとは思っていたが‥)

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少年のように胸がドキドキして、サトコへの愛しさがどんどん大きくなっていくのを感じる。

(呼び方ひとつでここまでドキドキするなんて、俺もまだ相当にガキだな)

(でも40になってまでこんな風にドキドキできる相手がいるなんて、幸せもんだな、俺は)

難波

お楽しみはいつかの時までお預け、なんて言ったが‥

こんなことされたら待ちきれねぇな

溢れる思いのままに、サトコの寝顔にキスを落とした。

華奢な身体を折れそうなほどにギュッと抱きしめ、

近い未来、サトコが俺を『仁さん』と呼んでくれる日常に想いを馳せる。

(その時はきっと、俺たちの家にはデカいベッドがあって‥)

(俺は毎日、こうしてお前を抱きしめて眠るんだ)

2人で描く未来がそう遠くないことを願いながら、俺はもう一度、幸せな眠りに落ちた。

Happy   End

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