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オレの帰る家 難波3話

【外】

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ネムちゃんがいなくなっていることに気付いた私は、とにかく外へ飛び出した。

(まだそんなに時間は経ってないはずだけど‥)

辺りを見回すが、それらしき姿はどこにもない。

ようやくこの場所にも慣れてきたつもりだったのに‥

こうしてみると、スーパーへの道以外ちっとも分かっていないことに気付いた。

(こんな状況で、当てもなく一羽の鳥を探し出すなんて無理だよ‥)

サトコ

「ネムちゃん!ネムちゃん!」

「お願いだから、出てきて‥」

すがるように叫びながら、とにかく周辺を探して回った。

(どうしよう‥このままもしネムちゃんが見つからなかったら、室長の信用に関わる)

(お偉いさんの鳥だって言ってたし、これで室長の足を引っ張るようなことにでもなったら‥)

私の働きを褒めてくれた室長の笑顔を思い出し、胸が苦しくなった。

それと同時に、室長の言葉も甦る。

難波

『なんかあったら、ちゃんと言えよ』

(今がまさに、その『なんか』だよね‥)

(仕事中の室長の手を煩わせたくはないけど、大事になってからじゃもっと迷惑掛けちゃうし)

意を決して、スマホを取り出した。

呼び出し音が重なるのに合わせるように、胸の鼓動が高まっていく。

難波

もしもし、どうした?

室長の声を聞いた瞬間、涙が出そうになってしまった。

サトコ

「お忙しいところすみません。実は、ネムちゃんがいなくなってしまって‥」

難波

ネムちゃん‥?

サトコ

「鳥です!私がお世話してる」

難波

おお、そうだった。分かった。とにかくすぐにそっちに戻る

サトコ

「よろしくお願いします!」

【マンション前】

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マンションの前で待っていると、室長は本当にすぐに来てくれた。

サトコ

「室長、すみません‥!」

頭を下げるのと同時に、涙がボロボロと地面に落ちた。

難波

生き物相手だ。こういうこともある

とにかく、状況を聞かせてくれ

サトコ

「それが‥買い物から帰ってきたら、鳥かごの鍵が壊れていて‥」

「たぶん、ネムちゃんは自力で外に出たんだと思います」

難波

なるほど。そういうことか‥

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室長は思いのほか余裕そうな表情で頷いた。

サトコ

「あの‥そういうことって?」

難波

とにかく一度部屋に戻ろう

サトコ

「でも‥!リビングの窓が開いてたんです。だからきっと、ネムちゃんは外に‥」

難波

まあ、落ち着けって

俺の読み通りなら、多分大丈夫だ

自信ありげに言うと、室長はマンションの中へと歩き出した。

【リビング】

難波

そろそろ戻ってる頃じゃねぇか?

サトコ

「え?」

(どういうこと?)

不思議に思いながら、リビングへのドアを開けた。

すると、そこには‥‥

サトコ

「ネムちゃん!」

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ネムちゃんは鳥かごの中で、何事もなかったかのようにすましている。

サトコ

「よかった‥戻って来てくれたんだね?」

「でも、なんで?どうやって?」

(確かあの後、窓は閉めちゃった気が‥)

難波

こいつはな、たぶん時々カゴの鍵を開けて、勝手に部屋をうろついてたんだよ

サトコ

「え‥そうなんですか?」

ネムちゃん

「ギョエッ」

信じられない思いで見つめる私をあざ笑うように、ネムちゃんはひときわ大きな声を上げた。

難波

時々くちばしで鍵をつついてるから怪しいとは思ってたんだ

妙なところに羽が落ちてたりもしたし

(そうだったんだ‥)

(とにかく、無事でよかった‥)

安心した途端、へなへなと力が抜けて床にへたり込んだ。

難波

おっと、大丈夫か?

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サトコ

「はい‥」

難波

おい、鳥さんよ。頼むからもう、こいつに心配かけないでくれよな

ネムちゃん

「キョキョキョ‥」

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気持ちが伝わったのか、さすがのネムちゃんも神妙な声を出した。

難波

というわけで、とりあえずよかったな

サトコ

「はい‥ひとりで大騒ぎして、すみませんでした」

室長は私と目線を合わせるように、傍らにしゃがみ込んだ。

難波

そんなことねぇよ。お前がすぐに知らせてくれたから、こうしてすぐに解決できたんだ

約束通り、ちゃんと連絡してきて偉かったな

室長は優しい笑みと共に、私の頭を撫でてくれる。

張りつめた緊張が完全に途切れて、私は泣き笑いのまましばらくそこに座り込んでいた。

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数日後。

ネムちゃんの飼い主であるお偉いさんが無事に退院し、ネムちゃんを連れて帰っていった。

遠ざかるタクシーを見送りながら、ネムちゃんにつつかれた手の痛みを懐かしく思い出す。

(結局懐いてはくれなかったけど‥)

サトコ

「行っちゃいましたね‥」

難波

行ったな

安堵と同じくらい、寂しさも湧き上がってくるのが不思議だった。

(なんだかんだ、あの大変な時間を楽しんでたのかな、私‥)

難波

さて、これで沖縄での任務もすべて終了だな

仕事も片付いたし、今週末には東京に帰れるぞ~

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サトコ

「そ、そうなんですか?」

(じゃあもう、室長とのプチ同棲も終わりってことか‥)

難波

ん?

突然室長が怪訝な顔を向けてきて、心の声が漏れたのかと不安になった。

サトコ

「あ、いえ、その‥今のは‥」

難波

匂うな

サトコ

「え?」

室長はクンクンと私の服に鼻を寄せる。

サトコ

「な、なにか‥変な匂いがしますか?」

心配になり、私も自分で自分の匂いを嗅いでみた。

難波

いや、俺のと同じ柔軟剤の匂いがすると思ってな

サトコ

「そりゃ、そうですよ。室長の服も私の服も、一緒に洗ってるんですから」

難波

確かに。それもそうか‥

室長はおかしそうに笑ったけれど、私は小さな幸福に浸っていた。

(室長と同じ匂いか‥いかにも一緒に暮らしてるって感じ!)

難波

週末は、観光でもするか

サトコ

「え、いいんですか?」

難波

せっかく沖縄に来たのに、鳥の世話ばっかりじゃあんまりだからな

(そう言われてみれば、沖縄っぽいこと何もしてないな‥)

【居酒屋】

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その週末。

一日観光で歩き回った私たちは、地元の居酒屋ののれんをくぐった。

難波

沖縄といえば、やっぱりこれだろ

室長が指差したビンの中には、液体に浸かった蛇がいた。

サトコ

「へ、蛇!?」

難波

ハブ酒だよ。お兄さん、コレお願い

運ばれてきたハブ酒を注ぐと、室長は私にもグラスを持たせた。

難波

ほら、お前も飲んでみろ

サトコ

「でも、これはちょっと‥」

難波

いいから、いいから。はい、お疲れ

勝手に乾杯すると、室長はおいしそうにハブ酒を飲み始める。

難波

いやぁ、いいねぇ

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サトコ

「これが、ですか?」

ひとしきり匂いを嗅いでみた後で、恐る恐る一口飲んでみた。

サトコ

「あ‥ホントだ‥」

(うん、いいかも。見た目はちょっとビックリだったけど‥)

あっさり飲み干した私のグラスにハブ酒を注ぎながら、室長はおかしそうに笑った。

難波

お前も順調におっさんクサくなってきたな

サトコ

「え‥それ、どういう意味ですか?」

ちょっと膨らませてみせた私の頬を、室長がつついた。

難波

俺色に染まって来たってことだよ

サトコ

「!」

同じ匂い、同じ色‥‥‥

室長と自分の境界線がどんどん薄らいでいくのを嬉しく感じながら、私たちは沖縄の夜を満喫した。

【海辺】

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店を出た後は、ほろ酔いで手を繋ぎながら、海辺の道を歩いた。

サトコ

「わぁ、星がきれい‥!こんなによく見えるなんて感動‥」

難波

さすがの長野も、ここには負けるか

笑いながら、室長も空を見上げた。

難波

確かにキレイだが‥こうしてると酔いが回るな

よし

室長はいたずらっぽい目で私を見ると、手を繋いだまま浜辺に転がった。

サトコ

「きゃっ」

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難波

あ~酔った、酔った

室長のたくましい腕に頭を乗せ、寝転がったまま夜空を見上げる。

サトコ

「あ、流れた!」

難波

ん?どこだ?

サトコ

「もう行っちゃいましたよ」

難波

なんだ‥俺と一緒で素早いな

サトコ

「確かにそうですね」

苦笑して言いながら、素早く私の元に駆けつけてくれた室長の姿を思い出す。

(そういえばあの時のこと、ちゃんとお礼言ってなかったかも‥)

サトコ

「室長」

難波

ん?

サトコ

「ネムちゃんがいなくなったとき、すぐに駆けつけてくれてありがとうございました」

「あの時、どんなに嬉しかったか‥」

難波

電話をかけてきたお前の声、泣きそうだったもんな

室長は私の頭を抱き寄せて、優しく撫でた。

サトコ

「本当はその前もずっと、ネムちゃんのことで聞いて欲しいこと、たくさんあったんです」

「いくら頑張っても懐いてくれなくて、いつも手をつつかれて、どうしたらいいか分からなくて‥」

難波

だから言ったろ?なんかあったらすぐに言えって

俺が言ったなんかってのはそういうの全部のことだ

サトコ

「でも、出来る限り室長に負担を掛けたくなかったんです‥」

難波

お前のそういう気持ち、よく分かってるつもりだから言ったんだけどな

サトコ

「!」

難波

おっさんは意外と鈍いからな、言われねぇと分からないことも多いんだよ

だから、どんなことでもちゃんと言って欲しい

サトコ

「室長‥」

室長は私の頭を抱き寄せる手に力を込めた。

室長の優しさが嬉しくて、私も室長の肩に顔を埋める。

難波

あ、流れ星!

サトコ

「え!?」

難波

なんてな‥

慌てて顔を上げた私を見て笑いながら、室長は勢いよく立ち上がった。

難波

さて、帰るか

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【マンション】

玄関のドアを閉めるなり、室長は唇を重ねてきた。

サトコ

「!」

難波

今夜でこの家ともお別れか‥

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軽いため息と共に、じっと室内を見回す。

(室長も少しは寂しいと思ってくれてるのかな‥)

室長は私の手を引いて、言葉少なに寝室に向かった。

【寝室】

もつれるようにベッドに倒れ込むと、砂浜にいたときのように2人並んでじっと天井を見つめた。

(結局、ここにいる間はずっと同じベッドで寝てたな‥)

難波

やっぱり‥クイーンかキングにしような

サトコ

「え?」

突然の言葉に、驚いて室長の顔を覗き込む。

難波

一緒に暮らす時の話だよ

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サトコ

「!」

難波

さすがにシングルは狭すぎだろ

サトコ

「‥ですね」

(一緒に暮らすなんてこと、室長も考えてくれてたんだ‥!)

室長が2人の未来を考えてくれていたことに、今まで味わったことのない幸福を感じた。

サトコ

「私は、室長がゆっくり眠れるのなら何でも‥」

難波

俺も、本当は何でもいいんだけどな

ひよっこが傍にいれば‥

サトコ

「!」

嬉しさのあまり、言葉も出せずに私はただじっと、室長を見つめた。

そんな私を、室長もじっと見返してくる。

難波

どこにいたって、お前のいる場所が俺の居場所だ

サトコ

「室長‥」

涙が溢れそうになって、私は室長に抱きついた。

難波

おいおい、まだ室長か?

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サトコ

「あ‥」

難波

好きに呼べとは言ったが、今は猛烈プライベートだぞ?

室長は期待のこもった顔で、私の口元に耳を近づける。

難波

ほら

サトコ

「‥じ‥じ‥‥」

「‥やっぱり無理です!」

(いくらなんでも、いきなり『仁さん』は恥ずかしすぎるよ‥)

困惑顔の私を見て、室長は満更でもない笑みを浮かべた。

難波

まあ、いいか‥お楽しみはいつかの時までお預けだ

サトコ

「ごめ‥」

言いかけた私の唇を塞ぐように、室長の柔らかなキスが落ちてきた。

静まり返った夜の闇に、2人の息遣いだけが響く。

狭いベッドに身体を寄せ合いながら、長くて短い最後の夜が始まろうとしていた。

Happy  End

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