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放課後アナタに逢いたくて ~黒澤~

19:00

【シャワー室】

放課後、剣道のトレーニングを終えた私はシャワールームに来ていた。

サトコ

「ふぅ‥」

(さっぱりした!)

汗を流し終え最後に熱めのシャワーを浴びようとするが、お湯がどんどん冷たくなっていく。

(あれ?温度調節のレバー間違えてないよね?)

確認すると、確かに温度は高い方になってる。

(ってことは、故障!?)

サトコ

「冷たっ」

あっという間にお湯は水になり、私は慌ててシャワーを止めた。

(寒いな‥早く着替えて部屋に戻ろう)

更衣室に戻ろうとタオルを巻いて個室を出ると、

黒澤

サトコさん!?

サトコ

「く、黒澤さん!?」

私の目の前に立っているのは上半身裸の黒澤さん。

サトコ

「い、今って女子の時間じゃなかったでしたっけ!?」

黒澤

今日から15分交代の時間が早くなったんですけど‥聞いてませんか?

サトコ

「そうだったんですか!?」

黒澤

シャワー室の入口にも張り紙してありましたよ

サトコ

「全然気付きませんでした!」

黒澤

なので、今日は19時に交代なんです

サトコ

「そうだったんですね。ごめんなさい」

シャワー室の時計は19時を過ぎている。

黒澤

いえいえ!これはむしろオレが謝らなきゃいけないシチュエーションかと

ひとまず、早く外に出ましょう!

そんな恰好、血気盛んな男子訓練生には、たまったもんじゃありませんからね!

サトコ

「は、はい‥」

(確かに他の男子に会ったら大変!)

黒澤さんに促され急いで外に出ようとすると。

男子訓練生A

「で、石神教官がさー」

男子訓練生B

「マジで?プリン饅頭なんて買うか?」

サトコ

「!」

黒澤

‥退路は断たれたようですね。とりあえず、こっちへ!

聞こえてきた声に、黒澤さんが私をシャワー室の中へ引っ張り込んだ。

ガチャッとドアの開く音がして、先ほど話していた二人の訓練生が入ってくる。

(男子と鉢合わせそうになるなんて‥黒澤さんがいてくれてよかった!)

サトコ

「あの‥」

黒澤

しっ

小さく声を掛けると、黒澤さんが人差し指を口に運ぶ。

サトコ

「‥‥‥」

黒澤

‥‥‥

男子訓練生A

「嘘じゃないって!石神教官、『ピポくんのほっぺ』2箱買ってたんだから」

男子訓練生B

「それはいいけど、プリン饅頭味ってとこがな~」

(石神教官が『ピポくんのほっぺ』プリン饅頭味を‥)

(いや、それはいいんだけど!よくないのは、こっちの状況の方で‥)

私を隠すように目の前に立つ黒澤さん。

(黒澤さんはいつも賑やかだから、無言だと緊張するかも)

自分の格好もあり恥ずかしくて下を向くと、黒澤さんの鍛えられた腹筋が目に入る。

(すごい‥ここまで綺麗に割れるには、かなり鍛えなきゃいけないはず)

(飄々としてる印象だけど、案外ちゃんと訓練してるのかも)

今度はチラッと黒澤さんを見上げると、目が合ってしまった。

黒澤

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

(ど、どうしよう。こっちから目を逸らすのも感じが悪いような‥)

(なんだか黒澤さんの目って、見てると吸い込まれそう)

視線を動かせずにいると、黒澤さんが目で笑うのが分かった。

その手が動いたかと思うと、おもむろに肩からバスタオルをかけられる。

(え?)

そしてくるりと後ろを向かされた。

(もしかして寒くないようにかけてくれたのかな?

冷えていた肌に柔らかいタオルが心地よく、同時にホッとする。

(やっぱり黒澤さんって優しいな)

(後ろを向かせてくれたのも、気を遣わせないように‥って思ってくれたんだよね)

その優しさに胸がほっこりする。

男子訓練生A

「うわっ!水しか出ないぞ!」

男子訓練生B

「マジで!?わ、故障だ!教官に報告しないと!」

(そういえば、水しか出なくなってたんだった!)

バタバタと男子訓練生たちが出て行く音が聞こえる。

黒澤

今日はシャワーの故障に感謝ですね

サトコ

「助かりました」

黒澤

この隙に出ましょう!

こんな格好のサトコさんとシャワー室にいたことが、他の教官方に知られたら‥

サトコ

「大変なことになりますね!」

私たちは顔を見合わせて頷くと、早々にシャワー室を後にした。

【廊下】

サトコ

「本当にありがとうございました」

「黒澤さんがいなかったら、どうなってたことか」

黒澤

本当は男女別にシャワー室があればいいんですけどね~

交代の時間は結構ランダムに変わるみたいなんで、今度からは気を付けてくださいね

サトコ

「はい」

黒澤

オレも一応男なんで。次はオオカミにならずにいられるか‥

サトコ

「えっ?」

思わず聞き返すと、黒澤さんは穏やかな笑みを浮かべている。

黒澤

学校内でハニートラップは勘弁してくださいってことですよ☆

サトコ

「はぁ‥」

黒澤

シャワー直ってるか聞いてきます

(いつもと違う男っぽい発言かと思ったけど、冗談か)

そんなところも黒澤さんらしいと思いながら、私も笑顔で手を振って別れた。

23:00

【資料室】

その日の夜、私は課題のために資料室で資料を探していた。

サトコ

「ええと‥あ、あった!」

やっとのことで見つけたファイルは、書棚の一番上の段にある。

(あそこは脚立がいるかな‥)

いつも脚立が置いてある場所を見るも、そこに脚立がない。

他の場所を見回しても、見つけることは出来なかった。

サトコ

「誰か持っていっちゃったのかな」

「こうなったら自力で‥」

思い切り背伸びをすると、ファイルの背表紙に指先が触れる。

サトコ

「‥っと!」

けれど重いファイルのせいか、指先だけで引き出すことができない。

(この資料がないと、課題が終わらないのに!)

震える指先に力を入れた時‥

カシャ!

サトコ

「!?」

(今のって、カメラのシャッター音!?)

驚いて振り返ると、そこには携帯を手にした黒澤さんが立っていた。

サトコ

「黒澤さん!?」

黒澤

しっかり撮っておきましたよ。サトコさんが課題のために努力する姿!

いざって時にこれを見せれば、お説教の1回くらい回避されるはずです

サトコ

「どうして、ここに‥」

黒澤

ちょっとしたパトロールですよ

今のように人知れず努力している訓練生を見逃さないための‥ね

黒澤さんは真っ直ぐこちらに歩いて来ると、私の真後ろに立った。

(え?)

そして覆いかぶさるような体勢で書架に手を伸ばし、私が欲しかったファイルを取ってくれる。

黒澤

どうぞ

サトコ

「あ、ありがとうございます」

(うわ!ち、近い!)

ファイルを手渡される時に、手が触れる。

意外と骨太な指に一瞬ドキッとしてしまった。

黒澤

こういうの男の憧れですよね~

サトコ

「え?」

黒澤

女の子に本を取ってあげるとか。学生時代は憧れのシチュエーションでした

サトコ

「そうなんですか?」

黒澤

うち、男子校だったんですけど

黒澤さんはいつもの調子で笑うけれど、私はその距離の近さを意識してしまう。

(さっきのシャワー室でも、こんな感じだったし‥)

不意に先ほどの半裸の黒澤さんが頭に浮かび、勝手に気恥ずかしくなる。

黒澤

サトコさん‥顔赤くありません?

サトコ

「そ、それはその、ええと‥っ」

(そう言われると、ますます顔が赤くなっちゃうよ!)

頬を隠すように手で押さえると、黒澤さんが小さく息を飲むのがわかった。

黒澤

その反応、斬新すぎます!こっちまで照れちゃうじゃないですか~

サトコ

「そ、そんなつもりじゃなくて‥とにかく、コレありがとうございました!」

私はファイルを抱え直し、黒澤さんに頭を下げる。

黒澤

サトコさん、こんな遅くまで熱心ですね

この講義のレポートなら、他の訓練生は要領よく2,3冊の文献で書いちゃいますよ

私が持っている書きかけのレポートに黒澤さんが気付く。

サトコ

「2,3冊で書けないこともなかったんですけど‥」

「書いてたら、どうしても気になるところが出て来ちゃって」

黒澤

調べないと、かえって気持ち悪い‥ですか?

サトコ

「そうなんです。レポートを完成させるって目的の他に、私自身も気になっちゃって」

黒澤

勉強って、そういうのが一番大事なんですよね

自分から学ぼうって思う意欲‥

そういえば、サトコさんは必要だと思ったものにはトコトン食いつきますよね

黒澤さんは思い出すように顔で、うんうんと頷く。

黒澤

石神さんにも加賀さんにも、気になるところは恐れず聞いてますし‥

あの後藤さんからも、きっちりとした説明を引き出してますし

サトコ

「黒澤さん‥」

(いつも学校にいるわけじゃないのに、ちゃんと見ててくれてるんだ‥)

黒澤

サトコさんは訓練生の鑑ですね!

さすが、“あの厳しい教官”の補佐官を続けているだけあります!

サトコ

「そんなすごいものじゃないです!」

「さっきのシャワー室じゃないですけど、私、基本的にそそっかしいので‥」

「みんなに置いていかれないように、努力でカバーできるところは頑張らなくちゃと思って」

黒澤

‥‥‥

サトコ

「黒澤さん?」

黒澤

そういうところがいいんでしょうね‥

黒澤さんはその目を細めながら、意味深に呟く。

黒澤

もしオレが正式に教官になった時は‥補佐官になってくれますか?

サトコ

「え‥」

少し屈んだ黒澤さんが視線を合わせて、私の顔を覗き込んでくる。

(どうして黒澤さんの目って、見つめられると視線が逸らせなくなっちゃうんだろう‥)

吸い込まれるようにその瞳を見つめ続けていると、黒澤さんがふっと笑った。

黒澤

さ、早く戻らないと、あの教官に叱られちゃいますよ

サトコ

「あ、はい!」

黒澤

ここの電気はオレが消しておきますんで、サトコさんは行ってください

サトコ

「すみません。今日は黒澤さんにお世話になってばっかりでしたね」

「ありがとうございました」

黒澤

お役に立てれば何よりです

黒澤透は、いつも頑張ってる人の味方ですよ

軽くウインクをすると、黒澤さんは電気を消しに資料室の奥へと向かう。

(さっき、補佐官にって言ってくれたけど‥)

(私のこと認めてくれたのかな?)

サトコ

「よし、一気にレポート終わらせちゃおう!」

誰かが見てくれている‥それは何より力になることだった。

Happy  End

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