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続編 難波6話

【富豪宅】

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翌日。

夫婦に扮した私と室長は、銃取引が行われるという富豪宅のパーティーに赴いた。

難波

今回の潜入を目的は、銃の闇取引の背後にある組織の正体を探ることだ

銃の取引自体をおさえることも大切だが

トカゲの尻尾切りをされたら組織への手がかりが失われてしまう

くれぐれも無理は禁物だ。慎重にな

サトコ

「はい」

難波

夫婦だから基本的には一緒に動くが、万一ということもある

その場合は連絡を密に取り合うことを忘れるな

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サトコ

「わかりました」

私は、指輪に仕込んだ隠しマイクのスイッチを確認した。

指と指輪の間から、わずかに赤い光が漏れている。

(ここでの通信状態は良好みたいだけど、中に入ったらこまめに確認しないと‥)

(もう二度と、同じ失敗はしない‥!)

脳裏にちらつく、後藤教官との闇カジノへの潜入と、その失敗。

悪いイメージを振り払おうと気合を高めると、同時に緊張感も増してきた。

難波

力を抜け。サトコ

俺がついてる

サトコ

「室長‥」

室長の優しい言葉に、固くなっていた心が少し解けた。

難波

室長じゃない。仁さん、だろ?

俺たちは夫婦なんだから

サトコ

「‥そうでした」

難波

ほら、練習だ。呼んでみろ

(恥ずかしいけど、これは任務だもんね)

サトコ

「仁さん」

難波

ためらわずに呼ぶと、室長は少し驚いたようだった。

難波

今日はちゃんと言えるんだな、ひよっこ

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室長が耳元でささやく。

サトコ

「え‥」

難波

一緒にいる時は全然ダメだったのに

サトコ

「!」

難波

おいおい、まだ室長か?』

サトコ

『あ‥』

難波

ほら

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サトコ

『‥じ‥じ‥‥』

『‥やっぱり無理です!』

普通に付き合っていた頃の感覚を思い出し、胸がキュッと締め付けられた。

(こんな風にサラリと言うなんて、室長の中ではもう思い出になり始めてるのかな‥?)

切ない想いが湧き上がりそうになって、必死に気持ちを抑えた。

(今はとにかく、この任務を無事に成功させないと‥!)

難波

さて、それじゃ行くか

私の呼吸が整うのを待って、室長は私の手を自分の腕に添えさせた。

そして柔和な表情でゆっくりと歩き出す。

難波

サトコ、まだ表情が硬いぞ

<選択してください>

A: すみません

サトコ

「すみません‥」

難波

だから、謝るなって

B: これでどうですか?

サトコ

「こ、これでどうですか?」

頑張って笑顔を作ってみせると、室長は微妙な表情で首を傾げた。

難波

なんでこうなるんだ?

サトコ

「‥‥‥」

(やっぱりダメか‥)

落ち込んだ私を励ますように、室長は言った。

C: 室長はやっぱりすごいですね

サトコ

「室長はやっぱりすごいですね。どんな状況でも、余裕の表情で‥」

難波

俺だって余裕なんかねぇよ

それに今の俺は、室長じゃなくてお前の夫の仁さんだ

サトコ

「あ‥そうでした」

思わず笑った私を見て、室長も微笑んだ。

難波

そう、その笑顔だよ

サトコ

「!」

難波

今日のドレスも良く似合ってる

自信を持って俺の妻になりきれ

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サトコ

「‥はい!」

(そうだよね。私以上に室長の奥さんを演じられる人なんていないんだから‥)

(どんなに優秀だって、この役目だけは三上さんにも負けないはず)

(組織の正体を探るためにも、完璧に室長の奥さんになりきろう‥!)

【会場】

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立食パーティーの会場には、すでにたくさんの人が集まっていた。

難波

まずはここで怪しそうな人間を探す

どんな小さな違和感でも見逃すな

サトコ

「はい‥」

(怪しそうな人か‥でもこれだけ人がいると‥)

さり気なく辺りを見回しながら、ふと思った。

こうしてさっきから口もつけずにワイングラスを持ってる自分たちも、

相当に怪しいのではないだろうか?

サトコ

「私、何か食べ物を取ってきますね」

「私たちも、何か食べた方が‥」

耳元でささやくと、室長は小さく頷いた。

難波

ああ、そうだな。頼んだ

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サトコ

「仁さんは何がいいですか?」

難波

‥何でもいいよ

(また、何でもいい?)

難波

今度の休みはどこか行きたいとこあるか?

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サトコ

『室長はどこかないんですか?』

難波

俺か?

俺のことはいいんだよ。別に

サトコ

『晩御飯は何がいいですか?』

難波

何でもいいぞ~

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聞き慣れた言葉が飛び出して、思わず私は‥

<選択してください>

A: それ、多いですよね

サトコ

「仁さんって、それ、多いですよね」

難波

ん?ああ、そうだな‥

あれは‥

B: そう言うと思ってました‥

サトコ

「そう言うと思ってました」

難波

ん?

サトコ

「だって仁さん、いつもそればっかりだから」

難波

そう言われると、そうかもな‥

あれは‥

C: 笑う

サトコ

「ふふっ」

思わず笑った私を見て、室長はポカンとなった。

難波

俺、いま何かおかしいこと言ったか?

サトコ

「だって仁さん、そればっかりだから」

難波

ああ、そういうことか‥

あれは‥

室長は何か続けようとして、そのまま黙り込んだ。

サトコ

「なんでもいいなら、私の好きなものばっかり取ってきちゃいますよ」

難波

ああ、そうしてくれ

(‥室長、さっき何を言おうとしたんだろう?)

不思議に思いながら、カウンターに並べられた料理を皿に取っていく。

そうしながらも、目だけは抜け目なく会場の人々に向けられていた。

【カジノ】

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サトコ

「闇取引が行われるのはこの先なんですか?」

難波

ああ、間違いない

室長に手を引かれて薄暗い階段を下りていくと、そこは異様な空間だった。

薄紫の照明に浮かび上がるのは、絡み合う男女、

ルーレットやカードゲームの台では現金が飛び交い、

プレーヤーたちは不自然な興奮に包まれている。

サトコ

「あの人たち‥」

難波

薬のせいだろうな

(閑静な別荘地の一角で、こんなことが行われていたなんて‥)

驚いていると、VIPルームから出て来た男性と目が合った。

サトコ

「あれ?あの人、確か‥」

難波

モデルのなんたらって男だろ

サトコ

「あ、そうです!あんな人までいるなんて‥」

難波

あいつだけじゃない

あそこにいるのはプロ野球選手。向こうにいるのは財界の大物だ

室長は目だけで方向を示しながらさり気なく言うと、深刻な表情になった。

難波

こいつは、厄介だな‥

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サトコ

「‥どういうことですか?」

難波

ん?いや、まあいい

ここでこうして突っ立ってるのも不自然だ。何か飲み物を取ってくるよ

サトコ

「お願いします‥」

室長を見送ってふと見ると、指の赤いランプが消えてしまっている。

(ここも電波が遮断されてる‥!室長に知らせないと)

一歩踏み出そうとしたその時、首筋に何か冷たいものが触れた。

サトコ

「!?」

???

「騒ぐな。こいつは相当切れ味がいい」

サトコ

「だ、誰‥?」

背後の男は何も答えず、私の両手をグッと後ろに拘束した。

シャンパングラスを両手に持った室長が、こちらに向けて歩いてくる。

(ダメ‥室長!戻ってきたら‥)

私の想いが通じたのか、室長がふと立ち止まった。

私の様子に気づき、一瞬顔色が変わる。

(逃げて‥!)

室長は傍らのテーブルにグラスを置くと、ゆっくりと私の前まで歩を進めた。

難波

何のマネです?ゲストに対して、失礼でしょう

「見慣れない顔だ。本当にゲストかどうか、確認させて頂きたい」

難波

‥‥‥

「本当にゲストなら、おとなしく付いてきてもらいましょう」

ここで騒ぐのは得策でないと見たのか、室長は静かに頷いた。

難波

‥いいでしょう

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物陰から別の男が現れて、室長を後ろから拘束する。

サトコ

「仁さん‥」

難波

‥‥‥

その表情は『大丈夫だ、安心しろ』と語っているようだった。

【地下牢屋】

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ガチャン!

連れて来られたのは、地下部屋のさらに下に造られた牢屋だった。

私と室長は別々の牢に入れられ、厳重に鍵がかけられる。

「無事に確認が済むまで、こちらでお待ちいただきますよ」

慇懃無礼に言うと、男たちは去って行った。

サトコ

「室長!」

柵から必死に顔を覗かせると、わずかに室長の顔が言えた。

サトコ

「すみません、私‥また足手まといになって‥」

難波

お前が悪いんじゃない

俺たちは地下に降りた時点でマークされてたんだよ

サトコ

「あの時、室長だけでも逃げてくれれば‥」

難波

バカ、そんなことできるか

サトコ

「‥‥‥」

難波

捕まっちまったもんは仕方ない

身元が割れるのも時間の問題だ

その前に、どうにかここから脱出できる方法を考えるぞ

(こういう時はまず、全体像の把握だよね‥)

サトコ

「わかりました。牢の構造を探ります」

難波

ああ、こっちもやってみる

私たちは柵から離れ、それぞれに自分の牢の構造を調べ始めた。

(どこにも組石の緩みもなさそう‥地下だから窓もないし、どうすれば‥)

今度は一本一本、柵の緩みを確認した。

(ここも緩みはなし‥しかもここを出ても、階段の前には電子錠付の扉‥)

(開錠するには外との通信と、それなりの時間が必要だけど‥)

相変わらず指輪のランプは消えたままで、ここも通信が遮断されていることを示している。

(一体、どうすれば‥)

難波

サトコ

隣から声が掛かって、私は再び柵から顔を覗かせた。

サトコ

「何か見つかりましたか?」

難波

見つけたは見つけたが、脱出ルートじゃねぇ

残念ながら、悪いニュースだ

あれを見てみろ

室長が指差した先にあるのは、重厚な密閉扉で仕切られた部屋だった。

サトコ

「あれは‥?」

難波

あの造り‥たぶんガス室だろうな

サトコ

「が、ガス室!?」

私は茫然となって床に座り込んだ。

(もしかして、ゲストじゃないと分かった時点で、私たちはあそこに入れられるってこと?)

(ガス室なんかに入れられたら、もう絶対に助からない‥!)

(逃げ道もない‥助けも呼べない‥目の前には‥ガス室‥)

ひたひたと忍び寄る死の影に、気付くとガタガタと身体が震えていた。

(怖がってる場合じゃない‥お、落ち着かないと‥!)

難波

大丈夫か?

私の怯えを察したのか、壁越しに心配そうな声が聞こえて来た。

サトコ

「は、はい‥」

歯がうまくかみ合わず、カチカチと音を立てる。

(こんな時、せめてすぐ触れられる場所に室長がいてくれたら‥)

離れ離れの牢が恨めしい。

私は室長の温もりを求めるように、2人を隔てる壁にそっと手を当てた。

(このまま、もう室長に触れられないのかな‥)

(こんなことになるなら、あんなこと、言わなければよかった‥)

サトコ

『私‥しばらく室長と距離を置かせて欲しいんです』

『仕事に、集中したいので』

難波

‥‥‥

‥分かった。そういうことなら、しっかり励めよ

(何があっても、もっともっと傍にいればよかったよ‥)

涙がひと筋、頬を伝った。

でもその涙を拭ってくれる手はどこにもない。

難波

そういやさっきさ、驚いたよ

私の気持ちとは裏腹に、壁越しに聞こえてくる室長の声はのんびりとしたものだった。

難波

お前さ、俺に言っただろ

何でもいいが多すぎるって

サトコ

「‥‥‥」

難波

お前があんな風に文句言ったの、初めてだったよな

そう言われてみればそうだったかもしれないと、室長に言われて初めて気づいた。

いつも2歩3歩も先にいる室長を追いかけるのに夢中で、

早く追いつきたくて、文句を言うことなんて考えたこともなかった。

難波

言いたいことは全部言えなんて言っておきながら

言いにくい雰囲気を作ってたのは俺だったのかもな

ポツリと漏れた室長の本音。

(室長の本音も、あんまり聞いたことなかったよね)

(でも私も、室長は自分のことをあまり話してくれないって思いながら)

(積極的に聞き出そうともしてこなかった)

(私たちお互いに、正面からぶつかり合うことを無意識に避けてたのかも‥)

もしもちゃんと恐れずにぶつかり合っていたら、今でもまだちゃんと普通に恋人同士でいられたのだろうか?

どんなお見合い話が来ようと、相手がどんな素敵な人だろうと、毅然としていられたのだろうか?

色々な想いがグルグルと頭の中を巡り、数々の後悔ばかりが押し寄せる。

(でもこんな、タラレバの話ばかり考えてても仕方ないよね‥)

こんな追い詰められた状況だけど、このまま死ぬとは思いたくなかった。

(このまま二度と室長に触れられないまま離れ離れになるなんて嫌だ‥!)

(どうせそうなるのだとしても、心残りはしたくない)

私はギュッと両手の拳を握った。

今言わなければ、きっと一生後悔する。

サトコ

「あの、私‥!」

to  be   continued

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