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続編 難波5話

【学校 廊下】

集めたレポートを抱えて歩きながら、私はさっきまでの講義の内容を頭の中で反芻していた。

(空中を飛んでいるドローンに対しては)

(GPSやWi-Fiの電波を妨害するジャミングよりもハッキングの方が有効‥)

(確かに、ドローンに爆発物や有害物質などが搭載されていたら)

(かえって危険が増すことになるもんね)

サトコ

「でも場合によってはハッキングだって‥」

???

「サトコちゃん、何をブツブツ言ってるの?」

サトコ

「!?」

ハッとなって隣を見ると、いつの間にか東雲教官が並んで歩いていた。

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サトコ

「東雲教官‥ちょっと、先ほどの復習を」

東雲

なんだ、現場でミスしすぎてついに頭おかしくなったのかと思った

サトコ

「え?」

東雲

‥というか最近のキミ、妙に頑張ってるよね

サトコ

「そうでしょうか‥?」

東雲

兵吾さんはともかく、石神さんも颯馬さんもキミのテストの結果が急上昇したって驚いてたよ

苦手科目もだいぶ克服したみたいだし

何か心の変化でもあったの?

サトコ

「そ、それは‥」

サトコ

『私‥しばらく室長と距離を置かせて欲しいんです』

『仕事に、集中したいので』

難波

‥‥‥

‥わかった。そういうことなら、しっかり励めよ

理由も聞かず、承諾して立ち去って行った室長。

室長との辛いやり取りが思い出され、思わず返答に詰まってこう言った。

<選択してください>

A: 別に何も

サトコ

「別に何も‥」

東雲

そう?

オレのこういう勘、結構当たるはずなんだけどな

B: ちょっと

サトコ

「ちょっと‥」

東雲

やっぱりね‥オレのこういう勘、結構当たるんだ

で?やっぱり男関係?

サトコ

「‥なんて、冗談ですよ。何もありませんって」

東雲

ふーん‥

東雲教官は、私の顔を疑わしげに覗き込んだ。

C: 今までだって頑張ってましたよ

サトコ

「今までだって‥頑張ってましたよ?」

さり気ない風を装ったつもりだけれど、東雲教官は私の気持ちを見通したように言う。

東雲

まあ‥仕事に打ち込むっていうのも一つの解決法だからね

いいんじゃない?

東雲

はい、どうぞ

ちょうど教官室の前に着いて、東雲教官は私のためにドアを開けてくれた。

サトコ

「ありがとうございます」

【教官室】

教官室に入ると、とっさに室長がいるかどうか確認してしまう。

(よかった‥いないみたい‥)

あれ以来、どんな顔で室長に接したらいいのか分からない。

こんな風に室長がいないことにホッとしている自分が悲しかった。

東雲

それじゃ、レポートはそこに置いてくれる?

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サトコ

「はい」

東雲教官のサイドデスクにレポートを置くと、颯馬教官が自分の部屋から出て来た。

サトコ

「あ、颯馬教官、ちょっと質問があるのですが、いいですか?」

颯馬

ええ、どうぞ。最近の氷川さんは実に熱心で感心ですね

サトコ

「‥ありがとうございます」

颯馬

それで、質問というのは?

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サトコ

「この間の講義で話されていた‥」

黒澤

絶対にお似合いですって

黒澤さんの声が聞こえてドアの方を見ると、

黒澤さんが室長にまとわりつきながら戻ってきたところだった。

(室長だ‥!)

黒澤

あんなにお綺麗なのに性格抜群で、上官受けも相当いいらしいですよ!

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難波

なるほどな~

黒澤

一度会うだけでも!室長となら、公私ともにベストパートナー間違いなしですから

難波

仕事ができて性格もよくて美人とはね‥

三上だけに、天は二物ならぬ三物を与えたってわけか‥

黒澤

‥ん?もう一度言ってもらえますか?今のなんの親父ギャグでした?

東雲

今のは別に親父ギャグじゃないでしょ‥

黒澤

え?え?そうなんですか?

(ベストパートナーか‥確かに三上さんなら、その表現がぴったりだよね。でも私は‥)

(仕事上はどう頑張っても絶対に室長の部下にしかなれない)

(しかも、足を引っ張ってばっかり‥室長にふさわしい女性になれる日なんて来るのかな‥)

颯馬

氷川さん?

サトコ

「あ、すみません。続けます」

それ以上の感傷を断ち切るように、私はメモいっぱいに書きこんだ質問を続けた。

【屋上】

数日後の昼休み。

私は鳴子と屋上でお弁当を広げていた。

鳴子

「最近、講義が終わると自習室に籠ってない?」

「今度は一体なにしてるの?」

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サトコ

「ちょっとね‥ジャミングとか潜入捜査についての勉強を」

鳴子

「サトコは偉いね~。どんどん成績も上がるわけだ」

「さてはやっぱり‥男でもできた?」

サトコ

「え?ええっ!?なんでそうなるの?」

鳴子

「恋と仕事は人生の両輪だからね。片方が回ると、もう片方もうまく回り始めるもんでしょ?」

サトコ

「そいういうもんかな‥」

(でも私の場合は‥片方が上手く回らないから、もう片方も動きを止めちゃった感じだな)

鳴子

「わっ、たらしちゃった!」

おかずの汁が服についてあたふたしだした鳴子に、慌ててハンカチを差し出す。

サトコ

「これ、使って」

鳴子

「ありがとう~って、ん?」

「このハンカチ、すごくいい匂いだね」

サトコ

「え?」

(そういえばこれ、室長と一緒に洗濯したやつだ‥)

難波

お前は何か洗わなくていいのか?

好きだろ?俺と同じ匂い

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サトコ

『それじゃ、これを‥』

(あの頃は最高に幸せで楽しくて‥こんな風になるなんて思ってみなかったな)

ため息をついたその時、肩ごしにお弁当に手が伸びてきた。

難波

おー、うまそうだな

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サトコ

「室長!?」

(どうしよう‥こんな近くで会うのすごく久しぶりだ‥)

戸惑う私とは対照的に、室長は今まで通りの様子で私の作った玉子焼きを頬張っている。

難波

うん、毎度のことながら美味いな‥

サトコ

「あ、ありがとうございます‥」

(距離を置きたいなんて言った後なのに、室長は全然何も変わらないんだな‥)

(私が意識し過ぎてるだけってことなのかも)

高まっていた緊張が緩み、ようやく室長を真っ直ぐ見られた。

鳴子

「室長、たまには私のも食べてくださいよ」

難波

お、いいのか?それじゃ、いただきマカロニサラダ

鳴子

「ぷっ‥なんですか、それ‥」

難波

うん、このマカロニ‥なかなかいい茹で具合だな

鳴子

「あの、味じゃなくて茹で具合を褒めるって、どういうことですか?」

難波

いや、味もうまいって

鳴子

「『も』って微妙なんですけど‥」

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鳴子と楽しそうに話す室長からは、私のハンカチと同じ香りがフワフワと漂っている。

(この香り、鋭い鳴子に気付かれないといいけど‥)

鳴子

「そういえば室長のシャツ‥」

難波

ん?

サトコ

「!?」

鳴子

「最近、あんまりアイロンかかってなかったりしますよね?」

(よかった。気づかれたかと思った‥)

鳴子

「アイロンがけ、サボってると女性にモテませんよ?ねえ、サトコ」

サトコ

「ん?ああ、そうだね」

難波

そんなこと言うなよ~

なんなら、2人でウチにアイロンかけに来てくれてもいいぞ?

サトコ

「え?」

鳴子

「わぁ、行っちゃおうか、サトコ」

サトコ

「行ってもいいですけど‥高いですよ?私たちの時給」

誤魔化しがてらちょっといたずらっぽく言うと、室長はおかしそうに笑った。

難波

こりゃ、一本取られたな

お前らに時給を払うくらいなら、クリーニングに出すよ

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サトコ

「それがいいと思います!」

思いがけず普通に返すことができて、そんな自分に驚いた。

笑いながら去っていく室長の背を見送りながら、ふと思う。

(こんな風にできるなら、普通の上司と部下のままでいる方が幸せなのかもしれないな‥)

【病院】

その日の夕方。

講義を終えた私は、病院に後藤教官を見舞った。

サトコ

「すみませんでした。ずっと来られなくて」

後藤

こっちもあれから事情聴取が続いてな

昨日あたりからようやく解放されたところだ

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サトコ

「お加減はどうですか?」

後藤

鎖骨にひびが入っているらしいが、大丈夫だ

サトコ

「私の勝手な行動のせいで‥本当にすみませんでした」

後藤

いいからそういうのは止めてくれ

あのカジノの電波状況は特殊だった

訓練生がすぐに気づかなくても不思議はない

サトコ

「‥‥‥」

後藤

アンタに怪我がなかったのが幸いだった

サトコ

「後藤教官‥」

(責めないんだな‥不器用だけど、いつだって優しいんだよね)

怒鳴りつけてくれた方が、よっぽど気が楽になれる‥

一瞬でもそんなことを考えてしまった自分の浅はかさに、余計に腹が立った。

後藤

そんな顔するなって

それより、ひとつ頼まれてくれないか?

サトコ

「もちろん、なんでもやります。何でも言ってください」

後藤

それじゃ、もう一度、科警研に行ってくれ

そろそろ神野から押収した麻薬の分析結果が出てるはずだ

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サトコ

「はい!」

【科警研】

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三上

「氷川さんでしたよね。お待ちしてました」

久しぶりに会った三上さんは、相変わらず爽やかで感じがよかった。

三上

「今回分析を依頼された薬は、前回の毛髪分析で検出されたものと同一だと確認されました」

三上さんは書類を広げると、早速てきぱきと説明をしてくれる。

三上

「今回新たに分かったこととしては」

「神野という男が所持していた麻薬はかなり純度が高い物だということ」

サトコ

「‥それは、どういうことでしょう?」

三上

「麻薬は、精製具合によってかなり品質に差が出るんです」

「純度が高いということは、品質が高いということ」

「品質が高い品を扱っているということは」

「それだけ力のある組織が関わっていると考えるのが妥当です」

サトコ

「つまり、神野の背後にはかなり大きな組織があると‥」

三上

「その可能性がありますね。少なくとも、個人でどうにかできるレベルではないはず」

(そういえば、後藤教官が言ってたよね)

(室長たち幹部は、バックに大きな組織があるかもしれないと思ってるって)

(やっぱり、その通りだったんだ‥)

サトコ

「ありがとうございました。分析結果の読み方まで教えてくださって」

三上

「別に、当然のことをしただけですよ」

「せっかく緻密に分析しても、結果を的確に読んでもらわなければ意味がありませんからね」

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ニコッと笑った三上さんは、女の私でも心を奪われるほどに魅力的だった。

サトコ

「三上さんって、本当に素敵な方ですね」

三上

「え‥?」

思わず言うと、三上さんは驚いたように私を見返した。

サトコ

「優秀ですごくキレイな方だって、公安課でも評判だったんですけど」

「こうしてお会いしてみて、いかにすごい方なのかよく分かりました」

三上

「そんな‥でもあなたみたいな若い女性にそう言ってもらうと、ちょっと嬉しいかも‥」

今度はすごく、キュートな笑みを浮かべる。

くるくると変わる表情が、本当に魅力的だ。

サトコ

「どうしたら、三上さんみたいになれるんでしょう?」

「私も、もっともっとできる女になりたいんですけど‥」

思わず本音をこぼした私を見て、三上さんは優しげに微笑んだ。

三上

「私も同じよ。若い頃はあなたみたいに、ずっと自分をもどかしく思ってた」

「でもね、職場に好きな人が出来て‥」

サトコ

「え‥!?」

三上

「その人に認めて欲しくて、もっともっと役に立ちたくて‥その一心で頑張っただけ」

(それ、私と同じってこと‥?)

三上

「意外と不純でしょ?」

サトコ

「そ、そんなことは‥」

なんだか急に親近感が湧いてきた。

思わず笑顔を浮かべて三上さんを見ると、

三上さんは思いがけないほど真っ直ぐに私を見つめている。

三上

「あなた、難波さんの部下なんでしょ?」

サトコ

「そう‥ですけど‥?」

三上

「ふふっ、そういうことね‥」

サトコ

「?」

三上

「それじゃ、あなたもきっと、もっともっと出世できますよ」

「私みたいに、頑張れるはずだから」

サトコ

「?」

三上さんの意味ありげな笑みに見送られて、私は訳が分からないまま科警研を後にした。

【寮 自室】

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その夜。

冷蔵庫の整理をしながら夕飯を作っていると、うっかり2人分できてしまった。

サトコ

「あ‥またやっちゃった‥」

(ずっと2人分作ってたから、気を抜くとすぐにこうなっちゃう‥)

難波

お、肉じゃがか~

うまそうだ

やっぱりこの部屋にキングサイズのベッドはきついな‥

まあ、抱きしめて寝るなら狭くても広くても同じか

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(楽しかったな、室長との生活‥一緒にご飯食べて、抱き枕にされて眠って‥)

離れている方が室長のためだなんて思ったけれど、本当は自分のためだったのかもしれない。

室長に釣り合える女性になれなくて、そんな自分がもどかしくて‥‥

(室長はいつだって変わらない。公私混同して戸惑ってるのは私だけなんだよね‥)

室長に無性に会いたかった。

でも、距離を置きたいと言ったのは私だ。

(ただの上司と部下の方が幸せだなんて、やっぱり思えない‥)

(あの頃に戻りたいよ‥)

【学校 教場】

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あれからしばらく、私は室長の傍にいたい気持ちと、

本当に傍にいていいのかという疑問の間で揺れ動いた。

(室長のことを考えたら、三上さんみたいな人が傍にいた方が絶対いいはず。でも‥)

鳴子

「サトコ‥サトコ!」

サトコ

「は、はい!?」

鳴子

「どうしたのよ。ボーっとしちゃって」

サトコ

「ごめん。ちょっと考え事を‥」

鳴子

「室長が呼んでるよ」

サトコ

「え、室長が‥?」

(‥何だろう?)

【室長室】

サトコ

「失礼します」

緊張気味にドアを開けると、室長の厳しい表情が待っていた。

サトコ

「あの‥?」

難波

神野を尋問した結果、銃の闇取引に関する情報が得られた

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サトコ

「!」

難波

取引は明日、さる富豪のパーティーにおいて行われる

覚悟はあるか?

サトコ

「え‥?」

難波

後藤の代わりは俺がやる。お前に、その相方を務める覚悟はあるのか?

<選択してください>

A: あります

サトコ

「あります!私にやらせてください」

考えるよりも早く、そう答えていた。

難波

よし、それなら頼んだ

サトコ

「はい!」

B: ‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

(私に務まるのかな‥)

思わず黙り込んだ私を、室長はじっと見つめた。

難波

無理にとは言わない。ただ、お前の力が必要だ

サトコ

「!‥やります。やらせてください」

C: 私でいいんでしょうか?

サトコ

「私でいいんでしょうか‥」

思わず言うと、室長は真っ直ぐに私を見た。

難波

ダメなら最初からお前をここに呼んだりしない

サトコ

「!‥やります。やらせてください」

難波

覚悟を持って返事した以上は責任を持ってもらう

失敗は許されないぞ

サトコ

「‥はい」

難波

よし

‥明日から俺たちは夫婦だ

to  be  continued

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