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続編 難波 Good End

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難波

飛び降りろ!

サトコ

「えっ!?」

難波

俺がちゃんと受け止めてやる!

俺を信じて、飛び降りろ!

サトコ

「‥‥‥」

どうしていいか分からず、私はその場に立ちすくんだ。

迷う私に向かって、追手の男が銃を構えた。

もう、一刻の猶予もなかった。

(こうなったら、覚悟を決めるしか‥!)

パンッ!

銃が発砲されるより一瞬だけ早く、私の身体は宙に舞った。

スローモーションのように周囲の景色が動いていく。

やがてその視界の中に、両手を広げた室長の姿が飛び込んできた。

難波

‥‥‥

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室長は何か言っているようだけれど、何を言っているのかまでは分からない。

それでも室長は、落ちてくる私に向けて叫び続けた。

難波

サトコ、ここだ!

飛び込んで来い!

サトコ

「!‥室長!」

近付く室長。

近付く地面‥‥言葉にならない叫びをあげて、私はギュッと目を瞑った。

ボフッ!

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次の瞬間、大きな衝撃が走った。

視界がぐるぐるとまわり、自分がどこにいるのか分からなくなる。

(ここは‥?私、失敗したの‥?)

難波

ってぇ‥

サトコ

「!?」

ふと我に返ると、私は温かな腕と大きな胸にしっかりと抱き留められ、地面に倒れ込んでいた。

(もしかして、助かった!?)

ゆっくりと顔を上げると、室長の笑顔がすぐ目の前にあった。

サトコ

「室長‥!」

難波

よくやった。サトコ

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パンッ!パンッ!

サトコ

「!」

難波

おっと、まだまだ油断できねぇな

すぐ傍に銃弾が飛んできて、私たちは慌てて崖の真下に移動する。

身体のあちこちが痛むが、今はそれどころではない。

追手の男

「どんどん撃て!絶対に逃がすなっ!」

難波

サトコ、走れるか?

サトコ

「なんとか‥」

難波

それじゃ、一気に行くぞ

サトコ

「はい!」

しっかりと見つめ合って頷き合うと、私たちは手に手を取って走り出した。

【学校 屋上】

屋上で風に吹かれながら、私は今日の出来事をしみじみと思い返していた。

命の危機にさらされ、そこから間一髪で生還を果たしたなんて、

いまだに現実に起きたこととは信じられない。

難波

サトコ、やっぱりここか

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サトコ

「室長‥報告は済んだんですか?」

難波

ああ、無事にな

この件は大幅に人員を増やして継続捜査になることが決まったよ

サトコ

「増員で継続ですか‥」

こういう展開は、公安捜査でもそうそうあることではないだけに、私は驚きを隠せなかった。

それと同時に『やっぱり』という想いも交錯する。

(あのお屋敷の地下の部屋に潜入した時、室長は気になることを言ってたもんね)

難波

こいつは、厄介だな‥

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サトコ

『‥どういうことですか?』

難波

ん?いや、まあいい

サトコ

「誰かいたんですね?あのパーティーの参加者の中に、厄介な人物が‥」

室長はちょっと驚いたように私を見てから、小さく頷いた。

難波

ああ、その通りだ

あの時、あの地下の部屋にいたのは、間違いなく巨大テロ組織の一員の男だった

しかも、公安が要注意人物としてかねがねマークしていた男だ

サトコ

「そんな人が‥」

「そういえば、三上さんも言ってました」

「あれだけ質の高い薬を扱えるのは、背後に大きな組織がいる証拠だって」

難波

三上は俺たちがお屋敷でドンパチやってる間に

神野が持ってた薬の製造国にあたりをつけてくれてたよ

その分析通りなら、考えられるテロ組織は一つしかない

これからの困難な闘いに思いを馳せるように、室長は厳しい表情になった。

私もつられるように、表情を引き締める。

難波

とはいえ、まずは今回の件をねぎらわないとな

とにかく、生きて帰れてよかった

よく頑張ったよな、俺たち

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室長はクシャクシャっと私の頭を撫でながら、自画自賛して笑った。

サトコ

「‥はい。室長のお陰です‥」

難波

何言ってんだよ。サトコのお陰だ

サトコ

「わ、私のですか!?」

難波

相方がお前じゃなかったら、俺も今、ここにこうしていられたかどうか‥

サトコ

「それは、どういう意味ですか‥?」

戸惑いながら聞き返した私の顔を、室長は優しく覗き込む。

難波

俺とお前、息もぴったりで最高のコンビネーションだっただろ?

あれだけ追い詰められた状態で、誰とでもああはいかねぇ

俺とお前だったから、あの危機を乗り越えられたんだ

サトコ

「!‥室長‥」

室長の嬉しい言葉に、涙が出そうになった。

サトコ

「室長、私は‥」

想いが溢れて言葉にならない。

そんな私の頭を、室長はもう一度優しく撫でてくれた。

難波

ん?どうした?

(今度こそちゃんと言おう‥私の本当の気持ち‥)

私は涙をぬぐい、室長を見た。

サトコ

「私は、室長のことが大好きです」

難波

サトコ

「階級も私より全然上だし、公安刑事としてもすごくて‥尊敬しています」

「でも尊敬と同時に、引け目も感じていたんです」

難波

‥‥‥

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サトコ

「私じゃ、どう頑張っても室長に釣り合う存在になれない‥室長の足を引っ張るばかりだって‥」

「もっともっと訓練して勉強して」

「女性としても刑事としても、早く室長にふさわしくなりたいって思って、それで‥」

難波

距離を置きたい、なんて言ったのか?

サトコ

「‥はい」

難波

バカだなぁ、お前は

俺はお前に釣り合って欲しいなんて思ったことは、これっぽっちもないぞ

サトコ

「!」

室長は太い指を限りなく近づけて、目を細めた。

難波

だいたい、俺とお前が釣り合うとか釣り合わないとか、そんなもん何も関係ねぇだろ

俺はお前にそんなこと求めてないし

この道何十年のおっさんが、ひよっこのお前にそう簡単に肩を並べられてたまるか

サトコ

「室長‥」

難波

亀の甲よりも年の功ってな

おっさん侮るべからずだ

室長はおどけて言って笑いながら、もう一度私の頭にポンと手を置いた。

難波

お前はお前のままでいいんだって

誰との比較でもない。お前だから、傍にいて欲しいんだよ

サトコ

「‥‥‥」

堪えていた涙が、一気に溢れだした。

ずっと欲しかった言葉、探していた言葉はこれだと気づかされる。

(ここにくるまで、随分と遠回りしちゃったな‥)

でもこの遠回りも私と室長にとって決して無駄ではなかったはず‥

そんな気がして、私は泣きながらそっと笑みを浮かべた。

【警察庁】

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翌日。

私は室長と一緒に、潜入捜査の事後処理で警察庁を訪れた。

難波

あと一カ所寄れば終わりだ

次の用件にお前は同席不要だが、ちょっと待てるか?

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サトコ

「はい。もちろんです」

難波

それじゃ、30分後に一階ロビーで落ち合おう

話しながら廊下を歩いていると、前から歩いてきた偉そうな制服の男性が声をかけてきた。

課長

「おお、難波じゃないか」

難波

これは課長‥

あれからすっかりご連絡せずにすみません

お聞きかと思いますが、色々厄介ごとがありまして

課長

「らしいな。まあ、俺への無沙汰はどうでもいいが、縁談の方はどうなってる?」

サトコ

「!」

課長

「確か‥三上といったかな。彼女の上司からもついさっき縁談の進捗状況を聞かれてね」

難波

そうですか‥

室長は困ったようにちょっと黙り込んだ。

(この人があの縁談を持ってきたんだ‥)

(こんな上官からの話じゃ、そうそう断れないよね。まさか、押し切られちゃうなんてことは‥)

不安に思う私の隣で、室長は突然頭を下げた。

難波

申し訳ありません

何度も申し上げましたが、やはりこのお話はお受けできません

課長

「難波‥もう結婚はこりごりだと思っているのかもしれないが‥」

難波

いえ、そうではないんです

自分にはもう、決めた人がいますので

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そう言いながら、室長はチラリと私に視線を送った。

サトコ

「!」

(これって、私を選んでくれたってことだよね?)

喜びで叫びだしそうになるのを必死に堪え、神妙な表情で展開を見守る。

課長

「そうなのか!?そういうことなら無理強いはできんが‥」

難波

もっと早くそうお伝えすべきでした‥

本当に申し訳ありません

課長

「どうやら、諦めるしかないようだな」

上官は深いため息をつくと、室長の肩を残念そうに叩いて去って行った。

(よかった‥これでお見合いの話は、もう完全になくなったんだ‥!)

【河川敷】

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警察庁での用事を終え、いつかの河川敷に立ち寄った。

私の心を映すように空は澄み渡り、西の彼方には情熱的な夕焼けが燃えている。

サトコ

「わあ、きれいな夕焼けですね!」

「あ、一番星も見つけた!」

難波

‥ずいぶんとご機嫌だな

サトコ

「えー、そうですか?」

さり気ない風を装うが、内心では溢れ出る喜びが抑えきれなかった。

(室長との間にあった障害がきれいさっぱり取り払われたんだから)

(これ以上嬉しいことはないよね‥!)

弾むように歩いていると、前方からいつかの男の子が駆け寄ってきた。

男の子

「あっ!この間のお姉ちゃんとおじさんだ!」

サトコ

「こんにちは~。また会ったね」

難波

お姉ちゃんとお兄ちゃんって言わないところがさすが、子どもは正直だねぇ‥

室長の言葉に、男の子は不思議そうに首を傾げる。

男の子

「だって、おじさんはおじさんでしょ?」

難波

‥まあ、そうなんだけどな

男の子

「おじさん、また肩車してよ」

難波

してやりたいのは山々なんだが‥

なにしろおじさんだからさ。ちょっと、腰の調子が‥

言いながら、室長は思い出したように腰をさすった。

サトコ

「もしかして、崖下で私を受け止めたからですか?」

難波

いや、そういうわけでもないんだけどな。念のためだ、念のため

サトコ

「すみませんでした。あんな上から私が降ってきたんですもん、当然ですよね」

「そういうことなら、私が‥!」

「ボク、お姉ちゃんが抱っこしてあげるからおいで」

しゃがんで両手を広げると、男の子は目を輝かせて飛び込んできた。

男の子

「やった!おじさんより、お姉ちゃんの方がだーい好き!」

難波

おい、大好きってお前‥!

なんだ?俺に宣戦布告か!?

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サトコ

「室長ったら、大げさですね」

大人げない反応に、思わず笑ってしまう。

難波

大げさじゃねぇぞ。女の子だったら嫁に出すのが辛くて堪らんと思ったが

男の子だと妬いちまってこれはこれで大変かもな

‥どっちにしろ男親ってのはドキドキハラハラさせられる運命なのか

サトコ

「!?」

さり気ない室長の言葉の一つ一つが、私に2人の未来を予感させた。

(結婚して家族になって、子どもが出来て‥そしたら、こんな感じになるのかな?)

大切な人がいて。その人の子どもがいて。

想像するだけで、それは幸せでステキな光景だった。

男の子

「あ、魚が跳ねた!」

男の子は突然叫んで私の腕の中から飛び出すと、川の方へと走っていく。

サトコ

「川に落っこちないように気を付けてねー」

背中に声を掛けるが、男の子はもう魚に夢中だ。

サトコ

「もう、危なっかしいなぁ」

「それにしても、さすがにあのくらいになると結構重いですね」

難波

お疲れさん

ちょっと座るか

芝生に並んで座りながら、ぼんやりと男の子の遊ぶ様子を見つめた。

サトコ

「かわいいですね。子どもって」

難波

そうだな。自分の子なら、きっともっとかわいいだろうな~

サトコ

「そうですね」

頷いてから、小さく続けた。

サトコ

「お見合い‥」

難波

ん?

サトコ

「断っちゃって大丈夫だったんですか?」

一応心配して聞くと、室長は一瞬ポカンとなった。

難波

‥断らない方がよかったのか?

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サトコ

「そんなわけ‥!私は、嬉しかったです。はっきり断ってくれて」

難波

当然だろ

どう考えたって、俺に見合いは必要ねぇからなぁ

室長はじっと私を見つめた。

夕焼けを映した瞳が、燃え上がるように赤く輝いている。

何の迷いもなく私との未来を選んでくれた室長。

そんな室長に、これから先もずっとずっと寄り添っていきたいと心から思った。

見つめ合う2人の顔が、徐々に近づいていく‥‥

難波

‥‥‥

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サトコ

「‥‥‥」

唇と唇が触れ合おうとした、その時。

男の子

「あー!お姉ちゃんとおじさん、チューしてる!」

難波

‥‥‥

サトコ

「!」

私は思わず、身体を離した。

サトコ

「し、してないよ、チューなんて!」

男の子

「してたよー。ボク、見たもーん」

サトコ

「本当にしてないのに‥」

難波

ませてんな~、最近のガキは

焦る私とは対照的に、室長は余裕の表情であきれ笑いを浮かべている。

(あとちょっとだったのに、残念‥)

夜の闇が2人をシルエットに切り取るまで、キスはお預け。

私は夕焼けで頬を赤く染めながら、その瞬間が一刻も早く訪れるのを待った。

Good  End

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