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マリアージュ 後藤2話

【学校 廊下】

昨日の夜。

後藤さんの部屋でプロポーズの番組を観ながら、聞いた一言。

後藤

まあ‥どちらにしても、まだ先の話だな

それを聞いた時は、その言葉に落ち込んだりもしたけれど。

(私は、まだ公安学校の訓練生‥学生の本分は、やっぱり勉強だよね!)

(後藤さんとの関係は大事だけど、恋愛だけにうつつを抜かしてる場合じゃないんだから)

一晩で気持ちを切り替えた私は、張り切って学校の廊下を歩いていた。

(今朝から後藤さんも捜査に出ることになったし‥)

(まずは一人前の公安刑事になれるように、訓練と勉強を頑張ろう!)

千葉

「あれ?氷川、まだ帰らないの?」

サトコ

「これから自習室で勉強して、射撃の訓練と筋トレをしてから帰るつもり」

千葉

「急に張り切ってるみたいだけど‥何かあったの?」

サトコ

「ううん。もっと頑張らなきゃって‥ただ、そう思っただけ」

不思議そうな顔をする千葉さんに微笑んで、私は自習室へと向かう。

(後藤さんの部屋に行ってた時間を予習復習と訓練にあてて、集中してみよう)

この日から、私のやる気は普段以上に上がっていた。

【個別教官室】

そんな毎日が続き、一週間の時が流れた。

(後藤さんの教官室に行くのも、約一週間ぶり‥)

捜査が落ち着き、学校に顔を見せた後藤さんに呼ばれ、私は個別教官室のドアを叩いた。

サトコ

「失礼します」

後藤

ああ‥急に呼び出して、悪かった

サトコ

「いえ。私も教官の顔が見られて嬉しいです」

そう答えると、後藤さんの顔に苦笑が浮かぶ。

後藤

俺たちだけなんだ。“教官” じゃなくていい

サトコ

「それじゃ‥おかえりなさい!後藤さん」

後藤

ただいま

(無事に帰って来てくれてよかった)

どんな捜査かは知らされていないけれど、当然、危険が伴うものだっただろうと思う。

(その証拠に後藤さん、この一週間で少しやつれたような‥)

サトコ

「昨日の夜は何を食べたんですか?」

後藤

昨日の夜‥?昨日の夜は‥

後藤さんはその眉を軽く寄せる。

(考えないと思い出せないほど、薄い存在!?)

後藤

ああ、昨日の夜はカロリーブックを食べた

サトコ

「それって‥栄養補助食品ですよね?今朝は?」

後藤

今朝もカロリーブックだ

サトコ

「2食連続で!?」

後藤

ふっ、心配するな。ちゃんと緑黄色野菜味を食べてる

(いやいや!そこでかっこいいキメ顔見せられても!)

(かっこいいけど!)

今日も夕方から夜は自主練の予定だったけれど。

(勉強も大事だけど、後藤さんの健康も気になる‥)

(栄養補助食品の緑黄色野菜味を過信してる、後藤さんを放っておくのは‥)

サトコ

「あの、今日の‥」

夜の予定を聞こうと口を開くと‥

後藤

アンタ、夜は?

後藤さんが先に尋ねてきた。

サトコ

「特に予定はありません。後藤さんは?」

後藤

今日も俺は家に帰れる。久しぶりにアンタの飯が食いたいんだが‥

作ってくれないか?

後藤さんは少しためらいながらも、そう聞いてくる。

<選択してください>

A: 私もそう考えてました

サトコ

「私も、そう考えてました。今夜、後藤さんのところで、ご飯作れないかなって」

後藤

本当か?

サトコ

「はい。今夜もカロリーブックにするわけにはいきませんから」

後藤

さすがに4食連続は避けたいな‥

サトコ

「4食って‥お昼もカロリーブックだったんですか!?」

後藤

ああ。同じ味はさすがに飽きる

せめてチーズ味とかを間に入れられればよかったんだが‥

サトコ

「いえ、そういう問題じゃないです‥」

B: 何が食べたいですか?

サトコ

「何が食べたいですか?」

後藤

アンタの飯なら何でもいいが‥できれば、和食がいい

サトコ

「和食ですね!私も今日は和食を食べたい気分です」

後藤

頼めるか?

サトコ

「はい!私から、お願いしようと思っていたくらいなんです」

「今日、後藤さんの家で夕食作らせてもらえないかって」

後藤

そうか。それならよかった

C: この間の冷凍カレーでも?

サトコ

「それって、この間の冷凍カレーでもいいんですか?」

後藤

ああ。それでも充分嬉しい

サトコ

「でも、せっかくなら熱々のご飯がいいですよね」

「和食はどうですか?お味噌汁とお魚とか」

後藤

いいな。アンタの味噌汁、飲みたかった

後藤

ただ、捜査の報告で少し帰りが遅くなりそうなんだ

先に入っててくれ

後藤さんが私の手に乗せたのは、部屋のカギだった。

(こういうの、彼女って感じで嬉しいな)

彼のいない部屋にひとり先に行くのは、独特のトキメキがあった。

サトコ

「それじゃ、スーパーに寄ってから、お邪魔しますね」

後藤

なるべく早く帰る

サトコ

「はい!」

(今日は勉強と訓練を少し休んで、後藤さんのために栄養たっぷりのご飯を作ろう!)

【後藤 マンション】

スーパーで必要な食材を揃え、私は後藤さんの部屋のキッチンに立った。

サトコ

「ん、美味しくできたかな」

お味噌汁の味見をして、私は小さく頷く。

(お味噌汁も出汁のとり方からこだわってみたし‥)

(ほっけもいい感じに焼けてる。煮物も、ちょうどよく味が染みてるんじゃないかな)

あとは出汁巻き卵を作れば完成で、全ての料理がそろった頃。

ガチャっと玄関のカギが開く音がする。

(帰ってきたみたい!)

私はエプロン姿のまま、リビングへと急ぐ。

【リビング】

サトコ

「おかえりなさい!」

後藤

ただいま

後藤さんに駆け寄ると、そのまま軽く抱きしめられる。

(ちょっと新婚さんみたい‥)

ふわっと後藤さんから外の匂いを感じ、彼を家で待っていたのだと実感する。

後藤

いい匂いだな

サトコ

「ちょうど支度が終わったところなんです」

「タイミングぴったりですね」

後藤

そうか。急いで報告を終わらせた甲斐があった

サトコ

「急いでって‥大丈夫なんですか?」

後藤

手を抜いたわけじゃない。報告は要点を簡潔に伝えることが重要だ

アンタのお陰で、むしろいつもよりいい報告ができたと思ってる

サトコ

「それなら、よかったです」

後藤

サトコといると、いかに飯が大事かを実感するな‥

不思議なもんだ。俺ひとりなら、腹さえ膨らめば満足なのに

サトコ

「ご飯は誰かと食べた方が美味しいですからね」

後藤

誰かと‥じゃない。アンタとだから、美味いんだ

サトコ

「ふふ、そうですね。私も後藤さんだから美味しいんです」

「すぐにテーブルに並べますから、待っていてください!」

後藤さんの言葉に胸を弾ませながら、私はキッチンへと戻った。

後藤

アンタ、店を開けるんじゃないか?

サトコ

「それは大げさですよ」

後藤

大げさじゃない。その辺の店より、ずっと美味い

言葉だけでなく、後藤さんはどの料理もたくさん食べてくれている。

(味見はしたけど、後藤さんにも喜んでもらえてよかった!)

後藤

アンタの味噌汁を飲むと、ほっとする

お味噌汁を飲んだ後藤さんが、お椀を見つめながら微笑む。

後藤

何十年経ってもずっと、アンタの味噌汁を飲みたい

サトコ

「お味噌汁くらいでしたら、いくらでも!」

そう勢いのままに答えたものの、

(何十年経っても‥って、ちょっとプロポーズみたい?)

この間、結婚はまだ先‥だと言われたけれど。

(“何十年先” も一緒にいたいと思ってくれてるんだ‥!)

その言葉は先日落ち込んだ私の気持ちを完全に消し、喜びで心を満たしてくれた。

夕食後、私たちはソファに並んで座り久しぶりに、ゆっくりとした時間を過ごしていた。

後藤

テレビでもつけるか?

サトコ

「いえ、今日はこのままで‥」

(今日は後藤さんのことだけを見ていたいから)

それは言葉に出来ずに後藤さんを見つめると、後藤さんが膝に置かれていた私の手をとった。

後藤

今日は呼びつけて悪かった

サトコ

「そんなこと‥私も後藤さんとゆっくり会いたかったから、気にしないでください」

後藤

俺が捜査に出ている間、いつも以上にやる気だったと聞いた

何かあったのか?やる気が出るようなことが

サトコ

「それは‥」

後藤さんに顔を覗き込まれ、どう答えようか迷う。

(正直に話した方がいいよね)

真摯な目で聞いてくる後藤さんに、私なわずかに目を伏せる。

サトコ

「その、私‥前に2人でプロポーズ特集を見ていた時‥」

「後藤さんが『まだ先の話』だって言ったのを聞いて、ちょっとショックだったんです」

後藤

そうだったのか?あれは‥

サトコ

「でも、それって当然で」

私は顔を上げると、後藤さんの顔をしっかりと見つめる。

サトコ

「私は、まだ公安刑事として半人前です」

「将来を考えるなら、まずは今できることを精一杯頑張らないといけないと思って」

後藤

そうだったのか‥

後藤さんが納得した顔で頷いた。

そして、その手が私の頬に添えられる。

後藤

確かに、アンタはまだ訓練生だし、結婚は先の話だと思ってる

サトコ

「はい」

後藤

だが、いつになったとしても、俺にはサトコ以外考えられない

サトコ

「!」

後藤

だから、その時が来たら‥ちゃんと伝えさせてくれ

サトコ

「はい!」

(後藤さんが、そんな風に考えてくれてたなんて!)

嬉しさのあまりに、私は後藤さんに抱きついてしまう。

後藤

アンタ‥

後藤さんが驚くのが声で伝わってくる。

(後藤さんが正直に気持ちを伝えてくれたんだから、私も自分の気持ちを伝えたい!)

サトコ

「その時まで、自分を磨いておきます!」

後藤

もう充分だ。そうやって、いつも上を目指してるアンタは眩しい

サトコ

「目指す人がいるから頑張れるんですよ」

後藤

目指す人‥?

サトコ

「はい。私が目指すのは‥」

<選択してください>

A: 後藤さんです

サトコ

「私が目指すのは、後藤さんです」

後藤

そう思ってもらえるように、俺も頑張り続けないとな

サトコ

「大丈夫ですよ。後藤さんの背中は遠いですから」

後藤

いや、油断してたら、きっとあっという間に抜かされる

B: 石神教官です

サトコ

「私が目指すのは、石神教官です」

後藤

そうか‥目標は一緒だな

サトコ

「ふふ、冗談ですよ」

後藤

冗談?石神さんが目標じゃないのか?

サトコ

「私の目標は後藤さんです。最初から追いかけているのは、後藤さんの背中だけですから」

後藤

‥そうか。それなら、俺ももっと頑張らないとな

C: 難波室長です

サトコ

「私が目指すのは、難波室長です」

後藤

難波さんか‥なかなか高い目標を掲げたな。目標を高く持つことはいいことだが

サトコ

「というのは、冗談です」

後藤

冗談?

サトコ

「私の目標は後藤さんです。私は後藤さんの背中を追いかけて公安刑事になったんですから」

後藤

そうか‥そう言われたら、俺ももっと頑張らないとな

後藤

アンタが俺を目標にするなら‥俺ももっと上を目指すようになる‥

アンタは凄いな。どれだけ、俺の力になるつもりだ?

サトコ

「ん‥」

後藤さんに唇をふさがれ、ゆっくりとソファに押し倒される。

サトコ

「もっと力になりたいです‥プライベートでも、仕事でも‥」

後藤

サトコから力を貰えば‥きっと俺も、もっと上まで行けるはずだ

一緒に行こう‥俺と、アンタで

サトコ

「はい‥!」

公安刑事としても、プライベートでも後藤さんの相棒と呼ばれるようになりたい。

(そのためには‥訓練も大事だけど、二人きりの時間も大事だよね)

少し自分を甘やかしている気がしたけれど、後藤さんの口づけの方がもっと甘くて‥

後藤

‥いいか?

サトコ

「え?」

後藤

ずっと我慢してた。こうやってサトコを抱きしめるのを‥

サトコ

「後藤、さん‥」

(そんな風に言われたら‥)

サトコ

「私もずっと‥我慢してました。後藤さんに、ずっとこうして欲しかった‥」

後藤

いくらでも抱きしめてやる

サトコ

「んっ‥」

抱きしめる腕の強さはそのままに、私の肌のあちこちにキスが落とされていく。

いつもより性急な手に感じられたけれど、それが後藤さんの気持ちなのだと思うと肌が熱くなる。

後藤

何十年先も、アンタを‥

後藤さんの囁きは私の耳には届かず、消えていく。

プロポーズだけが未来を契る言葉ではない。

もっとたくさんの大切な言葉を後藤さんから受け取って‥

私は彼との未来を思い描きながら歩んでいく。

Happy  End

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