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マリアージュ 後藤1話

【街】(妄想)

後藤さんと付き合って2年目の記念日が近づいた、ある日。

後藤さんと夜の街を歩き、信号待ちで足を止めた。

サトコ

「わ、ここブライダルサロンがオープンしたんですね!」

後藤

長く空き店舗になっていたが、やっと店が入ったのか

サトコ

「このウェディングドレス、素敵‥」

長いヴェールが印象的なドレス。

ドレスの裾とヴェールには繊細な刺繍が施されていて、純白の中にも華やかさが見える。

サトコ

「こんなドレスを着られたら幸せですね」

ウィンドウに近付いてドレスを見つめると、後藤さんが後ろに立つ姿が窓に映る。

後藤

アンタも、ああいうのに憧れるのか?

サトコ

「ウェディングドレスは女の子、皆の憧れだと思いますよ」

後藤

このドレスがいいのか?

サトコ

「そうですね‥こんなタイプのドレスが好きかもしれません」

「シンプルだけど豪華さもあっていいですよね」

後藤

‥そうか、覚えておく

後藤さんも、じっとウィンドウの向こうのドレスを見つめ始める。

(覚えておく、って‥いつか、後藤さんとの結婚式のために‥?)

ドレスを見つめる後藤さんの横顔に、ドキドキと鼓動が速くなった。

後藤

サトコ、来週のデートなんだが‥

サトコ

「は、はい」

(来週は付き合って2年の記念のデートをしようって話してたんだけど)

後藤

大事な話があるんだ

サトコ

「!」

(それって、もしかして‥!)

ウェディングドレスを前にした会話なので、ついそちらを意識してしまう。

(まさか、プロポーズ?)

サトコ

「わ、わかりました」

後藤

ああ

横断歩道の信号が青になり、私たちは歩き出す。

それはまるで、私たちの未来も先に進むべき‥という暗示のような気がした。

【レストラン】

落ち着かない気持ちのまま迎えた、記念日デート当日。

後藤

この店でよかったか?

サトコ

「はい!こんな素敵なところ‥ありがとうございます!」

私の前の席に座る後藤さんはビシッとスーツを着こなしている。

そして、連れて来てくれたお店は夜景が一望できる高級フレンチだった。

店員

「シャンパンをお持ちしました」

サトコ

「え、頼んでませんけど‥」

後藤

俺が頼んでおいたんだ

サトコ

「え‥」

(後藤さんが予約でシャンパンを!?)

後藤

そう驚いた顔をするな。俺も特別な日には、特別なことくらいする

サトコ

「す、すみません。こういうこと、慣れてなくて」

後藤

慣れてないのは、俺も同じだ

輝くシャンパンが注がれたグラスを私たちは手にする。

後藤

俺たちの夜に乾杯

サトコ

「乾杯」

グラスを掲げ、後藤さんと見つめ合う。

(ドラマみたいにロマンチックな夜‥)

サトコ

「こんな夜を後藤さんと過ごせるなんて夢みたいです」

後藤

ギョウザもいいが、今日は記念日だからな

サトコ

「はい‥」

後藤

だから、特別な夜にしたかった

ふっと優しげに微笑む後藤さんは教官ではなく、私の恋人の顔をしている。

(付き合って2年目の記念日が特別な日で、今夜、大事な話があるって言われてる)

その大事な話というのは、まだされていない。

(ウェディングドレスを見ながら言われたことだし、やっぱり‥)

気持ちは、その大事な話の方にとらわれ、肝心の料理の味には気もそぞろになりがちだ。

後藤

‥ついてる

サトコ

「え?」

後藤

ここだ

後藤さんの指先が伸びてきて、私の口元を拭ってくれる。

(マリネのソースがついてたんだ!恥ずかしい‥!)

サトコ

「き、緊張しちゃって‥こんな素敵なレストランでまで、すみません‥」

後藤

気にするな。ギョウザでもフレンチでも、どこにいたってアンタはアンタのままでいい

サトコ

「後藤さん‥」

(何か今日の後藤さん、いつもより優しい気がする‥)

それも特別な夜だからだろうかと、意識してしまう。

そして、デザートまで食べ終えると‥‥‥

後藤

今日、大事な話があるって言っただろ

(ついに、きた!)

サトコ

「は、はい!」

神妙な面持ちで切り出す後藤さんに、私もビシッと背筋を正す。

後藤さんの真剣な目がじっと私を見つめ、彼は言葉を慎重に選んでいるように見えた。

(この流れは‥)

後藤

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

後藤さんが話し出すのを待つ。

その間、自分の鼓動がやけに大きく耳に響いた。

(後藤さん‥)

その目を見つめ続けていると、後藤さんは意を決したように深呼吸して口を開く。

後藤

アンタのこと、世界一愛してる

‥結婚してくれ

<選択してください>

A: はい、喜んで!

サトコ

「はい、喜んで!」

後藤

本当か‥?

サトコ

「ずっと待ってました。後藤さんの、その言葉‥」

後藤

そうか‥よかった

涙ぐみながら答えると、後藤さんが安心したように微笑んだ。

B: どうしようかな

サトコ

「どうしようかな‥」

後藤

‥迷うことなのか?

後藤さんの表情が曇る。

(照れ隠しに、思わずこんな答え方しちゃった‥)

心の準備ができていたはずなのに、いざとなるとおもっていることとは別のことが口に出てしまう。

(いやいや!ちゃんと答えないと!)

サトコ

「喜んで!」

後藤

本当か?

サトコ

「はい!ずっとその言葉を待ってました!」

きちんと答え直すと、後藤さんが安堵の息をついた。

C: もしかして、ドッキリ!?

(ここまで上手く話しが進むなんて、かえってあやしいかも‥)

サトコ

「これって、もしかしてドッキリですか!?」

後藤

‥ドッキリ?

サトコ

「他の教官方が隠れてて、喜んだ途端に『ビックリ、ドッキリ!』とか!?」

後藤

どうして、そういう話になるんだ?

サトコ

「だって、こんな都合よく後藤さんがプロポーズしてくれるなんて‥」

周囲の様子を見ていると、誰かが出てくる様子はない。

サトコ

「それじゃ、本当に‥?」

後藤

ああ。真剣に俺と結婚してほしい

(後藤さんは本気でプロポーズしてくれてるんだ!)

サトコ

「そういうことなら‥喜んで!」

私が大きく頷くと、後藤さんはホッとしたように笑った。

次の瞬間、周囲から沸き起こる拍手。

スタッフたち

「おめでとうございます!」

お客さんたち

「おめでとうー!」

サトコ

「わ、お店の人たちが皆‥」

後藤

照れくさいな

サトコ

「でも、嬉しいです!」

(こんな素敵なプロポーズをしてもらえるなんて、夢みたい‥)

【カフェテラス】(現実)

鳴子

「おーい、サトコさん?」

サトコ

「ハッ!」

(完全に別世界に飛んでた!)

鳴子

「随分、うっとりしてたみたいじゃない?」

サトコ

「い、いや、そんなことは‥」

鳴子

「何か妄想してたわけ?」

サトコ

「ううん!妄想っていうか、夢?」

鳴子

「夢‥かあ。確かに、私たちにとっては、夢物語だよね」

サトコ

「うん‥」

(つい妄想がはかどっちゃったけど‥)

(後藤さんからのプロポーズとか、そんなのはまだ先のことだよね)

【後藤 マンション】

鳴子と、そんな話をした日の夜。

私は後藤さんの部屋に一緒に帰って来ていた。

後藤

今日はカレーか

サトコ

「今日、教官室でカレーの話題が出てたので、食べたくなっちゃって」

後藤

石神さんと加賀さんが昼にカレーランチを食ったせいだな

サトコ

「教官の皆さんのそれぞれに、こだわりのカレーがあって面白かったですね」

後藤

ああ。意外な人が甘口カレー派だったりな

サトコ

「ふふ。それは私も驚きました」

後藤

アンタのこだわりカレーはなんだ?

サトコ

「こだわりってほどじゃないんですけど‥お肉盛りだくさんのカレーにしました!」

後藤

肉のカレーか。アンタらしくて美味そうだ

サトコ

「今日は豚ヒレ肉をメインで使ってみたんです」

「下味もきちんとつけたので、柔らかくて美味しくなってると思うんですよね」

ご飯が炊きあがる音に、サラダを用意し終え夕飯にする。

サトコ

「いただきます」

後藤

いただきます

‥ん、美味い

サトコ

「よかった。残りは冷凍しておくので、好きな時に食べてくださいね」

後藤

助かる。カレーは万能食だからな

(最近は大きな事件もないお陰で、後藤さんの部屋で夕飯をとる機会も多いから‥)

(そんな冷凍した料理の出番はないんだけど)

それでも、いつ忙しくなるかわからないのが、この仕事だ。

(今、こうしてゆっくり食事をとれる時間を大切にしないと)

夕飯を食べながらテレビをつけていると、ニュースが終わりバラエティ番組に切り替わった。

テレビ

『今日の特集はプロポーズスペシャル!』

(え!?)

あまりにタイムリーな話題に、私はテレビに顔を向ける。

テレビ

『ロマンチックなプロポーズから、サプライズまで、様々なプロポーズをお届けします!』

後藤

‥‥‥

向かいに座る後藤さんをチラッと見ると、表情を変えずにカレーを食べ続けている。

(昼間、鳴子とあんな話をしてたから、つい意識しちゃうけど‥)

(後藤さんは全然、気に留めないよね)

テレビ

『まずは全世界で人気の公開プロポーズからいってみましょう!』

後藤

公開プロポーズ?

その言葉に、後藤さんの視線がテレビに向けられる。

サトコ

「フラッシュモブとかを取り入れたプロポーズのことじゃないですか?」

後藤

フラッシュモブというとのは、何だ?

サトコ

「おおざっぱに言うと、不特定多数の人たちが申し合わせて、ひとつのことをすることです」

「プロポーズの場合は、いきなり周りの人たちが踊り出すとか‥」

テレビでちょうどそんなシーンになり、私は画面を指差す。

後藤

あの踊ったり花を渡したりしてる人間が他人なのか?

サトコ

「はい。SNSとかで繋がってる人にお願いしたり、あとはイベント会社の人とか‥」

後藤

これは‥嬉しいのか?

テレビには街中で踊り出す人々と、その中央で彼が彼女にプロポーズする姿が映っている。

サトコ

「フラッシュモブとかは、人にもよるかもしれませんね」

「もともとは外国で流行り始めたものですし、日本人には戸惑いの方が大きいかも」

後藤

‥だよな。アンタが、こういうのが大好きだと言ったら、どうしようかと思った

サトコ

「でも、レストランで周りの方から拍手されるくらいなら、いいかもしれませんね」

(さっきも、そんなこと考えちゃったし)

(あの時の後藤さん、カッコよかったなあ)

後藤

どうした?ぼんやりして

サトコ

「ハッ!い、いえ!何でもないです!」

(危うくまた夢の世界に行くところだった!)

後藤

しかし、これだけ大々的にやって断られたら、どうするんだ?

サトコ

「それは‥やっぱり、絶対に断られないって自信がある人だけやるんじゃないですか?」

後藤

そんな自信家は一柳くらいだろ‥

サトコ

「でも、一柳教官ってプロポーズとか凝りそうだから向いてるかもしれませんね」

「もし、協力を頼まれたら喜んで参加しましょう!」

後藤

‥一柳のプロポーズのために踊るなんて、俺は御免だ

その姿を想像したのか、後藤さんがその顔をしかめた。

(教官たちでフラッシュモブやったら面白そうだけどなぁ)

(黒澤さんとかが率先して動いてくれそうだし)

後藤

まあ‥どちらにしても、まだ先の話だな

サトコ

「え‥」

後藤

ごちそうさま

後藤さんはテレビから視線を外すと、カレー皿を手にキッチンへ向かう。

(まだ、先の話‥)

結婚が近い話でないのは、もちろん私も分かっている。

後藤さんとの関係は上手くいっているけれど、まだ結婚を視野に入れる段階ではない。

(それは分かってる。分かってるけど‥)

いざ後藤さんの口から『先の話』だと言われると、グッと胸が重くなるのが分かった。

後藤

どうした?もう食べないのか?

サトコ

「え!」

キッチンから戻ってきた後藤さんに、顔を覗き込まれる。

私のカレー皿には、あと3分の1くらい残っていた。

後藤

さっきもぼんやりしていたし‥もしかして、調子悪いのか?

<選択してください>

A: 元気です!

サトコ

「い、いえ!そんなことないです。元気ですよ!」

後藤

そうか?ならいいんだが‥

私は残りのカレーを一気に食べる。

(結婚話が先だから落ち込むって、重い女だって!)

(先ってだけで、関係ないって言われたわけじゃないんだから)

B: ちょっと食べすぎたかも

サトコ

「え?あ‥ええと、ちょっと食べすぎたのかもしれません」

後藤

そうか?そんなに食べてるようには見えなかったが‥

サトコ

「そ、そうですよね!テレビを観ていたせいで、集中できてなかったのかも」

「ご飯はちゃんと集中して食べないとダメですよね!」

私は残りのカレーを一気に食べる。

(こんな話題で落ち込んでるって知られたら、呆れられちゃうよね)

(後藤さんは結婚しないって言ってるわけじゃないんだから)

C: ちょっと風邪気味かも

サトコ

「ええと‥ちょっと風邪気味なのかも‥」

後藤

熱はどうだ?

後藤さんが私の額をあらわにすると、おでこをコツンと合わせる。

(ち、近い‥!)

後藤

熱はなさそうだな。だが、油断はしない方がいい

たしかピエピタが、まだ冷蔵庫にあったと思う。貼るか?

サトコ

「い、いえ!やっぱり大丈夫みたいです!」

後藤

本当か?

サトコ

「はい!ほら、カレーもこんなに美味しく食べられます!」

私は残りのカレーを手早く食べる。

(こんなことで、いちいち落ち込んでたらダメだよね)

(後藤さんは結婚しないとは言ってないんだから)

後藤

洗い物は俺がする。休んでてくれ

サトコ

「すみません。ありがとうございます」

後藤

美味い飯を作ってもらったから、当然だ

後藤さんは優しい微笑みで、私のカレー皿もキッチンに持って行ってくれる。

(家事は苦手だけど、思いやりはあっていい旦那さんになりそう‥)

(落ち込むのはやめたいけど‥先って、どのくらい先なのかな‥?)

漠然としている未来に、私の心はなかなか浮上しきらなかった。

to  be  continued

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