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マリアージュ 加賀2話

【駅】

土曜日、翔真を迎えに、加賀さんと一緒に駅までやってきた。

加賀

弟は、東京は初めてか?

サトコ

「はい。でも、急に来るなんてなんとなく気になるんですけど」

「そういうときは、まず先に母親から連絡があるような‥」

翔真

「姉ちゃん!」

振り返ると、翔真が元気よく手を挙げてこちらに走ってくるのが見えた。

サトコ

「翔真!久しぶり!」

翔真

「姉ちゃん。元気だった?急に来てごめんな」

サトコ

「ほんとだよ。せめてもうちょっと早目に連絡してよね」

翔真

「悪かったって。それにしても、ほんとに久しぶりだよなー」

「最後に会ったのは、姉ちゃんが実家に逃げ帰って来たときだっけ?」

サトコ

「ぐっ‥」

(それは、加賀さんに『公安刑事に向いてない』って言われて)

(室長に退学届を出して、実家に帰ってたときの‥)

隣に加賀さんがいる手前、その話は相当気まずい。

サトコ

「ハハハ‥そんな昔のことは、とりあえず置いといて」

翔真

「そうだよ。姉ちゃんがリタイアしそうになった話はどうでもいいよ」

サトコ

「いや、あんたが先に言い出したんでしょ」

翔真

「それより、姉ちゃんの彼氏!?紹介してよ!」

加賀

‥‥‥

加賀さんは、さっきから無言で私たちのやり取りを眺めている。

(お、怒ってる‥?わけじゃないよね)

(騒がしい姉弟だって思われてるかな‥)

サトコ

「加賀さん、これ、うちの弟の翔真です」

「翔真、こちらは私の、こっ、こっ、こっ‥」

加賀

ニワトリか

サトコ

「すみません‥緊張して」

「私の、こ、恋人で、先輩の加賀兵吾さん」

翔真

「先輩!」

サトコ

「ちょ、声が大きい!」

翔真

「なんで!別にいいじゃん!」

サトコ

「ダメなんだってば!付き合ってるの秘密にしてるんだから」

「それにお父さんとお母さんにもまだ言ってないんだから、絶対内緒ね」

翔真

「お~なるほど、りょーかいりょーかい」

(軽い‥本当にわかってるのかな‥)

翔真

「それにしても、こんな大人でかっこいい人が、なんで姉ちゃんを」

「もっといい人がいたでしょうに‥」

サトコ

「うるさいな!ほっといてよ!」

加賀

‥‥‥

翔真の頭を叩いてから、加賀さんの視線を感じてハッとなる。

サトコ

「あのこれは‥」

加賀

うちと同じだな

サトコ

「え?」

加賀

姉ひとり、弟ひとり

サトコ

「あ!そういえばそうですね!」

加賀

性格はまったく違うがな

サトコ

「ハイ‥」

翔真

「先輩ってことは、加賀さんも刑事なんですか?」

加賀

ああ

翔真

「うちの姉ちゃん、迷惑かけてますよね」

加賀

‥‥‥

サトコ

「か、加賀さん‥返事してください‥」

翔真

「すみません。姉ちゃん、正義感だけは強いんですけど、何しろおっちょこちょいで」

加賀

知ってる

(そこは答えるんだ‥)

元来の社交的な性格で、翔真は加賀さんと普通に話している。

(訓練生全員から怒られる加賀さんと、笑顔で話すなんて‥翔真、すごいね)

自分の家族が加賀さんと話しているのは、なんだかとても不思議だ。

嬉しいような恥ずかしいような気持ちを抱えながら、3人で観光へと繰り出した。

【東京スカイタワー】

翔真が来たがっていた、東京スカイタワーへやってきた。

翔真

「うわー、ガイドブックで見たまんま!」

「高いなー。長野にこんな高い建物、ないもんなー」

サトコ

「いや‥そりゃ、日本一高い建造物だからね‥」

翔真

「すげー!友だちに自慢しようっと」

(翔真、完全におのぼりさんになってる‥まあ、楽しそうだからいっか)

(それにしても、土曜日はやっぱり混んでるな)

人混みの中、翔真は写メを撮ったりしながらマイペースに観光している。

加賀

おい、ぼんやりしてんじゃ‥

サトコ

「あっ」

加賀さんの言葉を最後まで聞く前に、向こうからやってきた団体客の波にのまれた。

あっと思った時には、加賀さんから引き離されてしまっている。

(ま、またこの展開!?)

でもすぐに加賀さんが追いついてくれて、私の腕をつかんだ。

加賀

テメェは、なんでいつもそうなる

サトコ

「すみません‥」

加賀

グズグズしてんじゃねぇ。はぐれてぇのか

サトコ

「なんでいつも、私ばっかり流されるんでしょうね?」

加賀

テメェがぼんやりしてるからだろ

サトコ

「ごもっともです」

翔真

「‥‥‥」

私たちのやり取りを遠巻きに眺める翔真は、どこか難しい顔をしているように見えた。

【カフェ】

めぼしいところを観光したあと、近くのカフェでランチを済ませる。

お手洗いから戻ると、翔真が上機嫌で手を振っていた。

翔真

「姉ちゃん。俺、今日は加賀さんの家に泊まらせてもらうことになたから」

サトコ

「へぇ、そうなんだ。それはよかっ‥」

「‥はい!?」

加賀

喚くな

サトコ

「だ、だって‥なんで!?ホテルは?」

翔真

「いやー、実は急に上京が決まったから、全然予約してなくて」

「姉ちゃんの寮に泊まらせてもらおうと思ってたんだけど、ダメみたいだから」

加賀

一応、機密事項を扱ってる関係機関だからな

(だからって、なんで加賀さんの家に!?)

サトコ

「加賀さん、すみません!ホテルを取ってそこに泊まらせますから!」

加賀

別にいい

サトコ

「いや、でも‥!」

加賀

家主が許可してんだから、問題ねぇだろ

<選択してください>

A: 私が許可しません!

サトコ

「ダメです!私が許可しません!」

加賀

あぁ?

サトコ

「こればっかりは、いくら脅されても退きませんよ!」

翔真

「それなら、姉ちゃんも一緒に泊まらせてもらえばいいじゃん」

サトコ

「ええ!?」

加賀

別に構わねぇ

B: 何かやらかすかも‥

サトコ

「でも、弟が何かやらかすか心配で‥」

翔真

「そんな、小学生じゃないんだから」

サトコ

「だって、今日初めて会った人の家に泊まりに行くなんて失礼過ぎるでしょ!」

翔真

「あ、それなら、姉ちゃんも一緒に泊まらせてもらうっていうのは?」

サトコ

「は!?いったい何を‥」

加賀

泊まりたきゃ泊まれ

C: 私も一緒に泊まります!

サトコ

「そ、それじゃ‥私も一緒に泊まります!」

加賀

好きにしろ

サトコ

「ふたりも泊まりに行くなんて、迷惑ですよね?だから翔真のことも断って‥」

「‥え!?いいんですか!?」

加賀

テメェは、せめて弟くらい落ち着け

(翔真より子ども扱い‥!?ふ、不本意‥!)

結局、翔真ともども加賀さんの部屋にお邪魔することになってしまった。

【加賀マンション リビング】

加賀さんの部屋に入るや否や、翔真がぐるりと見渡して歓声を上げた。

翔真

「すげー、広い!いいなー、俺もこんな所に住んでみたい」

「刑事さんって、みんなこんな広いところに住めるんですか?」

加賀

さあな。人それぞれだ

翔真

「姉ちゃんはしばらく無理だろうなー。四畳半とかがお似合いだし」

サトコ

「余計なお世話なんだけど‥」

やたらとはしゃぐ翔真に、さっきからなんとなく違和感を覚えている。

(もともと、明るくて社交的な子だけど‥)

(いくらなんでも、こんなに無計画に東京に来るような子じゃない)

サトコ

「ねえ‥お父さんたちと、何かあったの?」

試しに尋ねてみると、翔真が突然、口を閉ざした。

翔真

「‥‥‥」

サトコ

「あのね、そのくらい、隠したってなんとなくわかるよ」

「昔から、お父さんに怒られるとすぐ家から飛び出してたし」

翔真

「はあ‥やっぱり、姉ちゃんに隠し事はできないのか‥」

加賀さんに促されて、翔真がソファに座る。

加賀さんが向かい側に座って話を聞いている間に、コーヒーを淹れて戻った。

翔真

「俺‥高校卒業したら、就職したいんです」

「勉強、そんなに好きじゃないし‥姉ちゃんみたいに、やりたいこともないし」

サトコ

「でも、お父さんとお母さんは進学してほしいみたいだけど」

翔真

「うん‥」

(なるほど‥進路のことで喧嘩しちゃったのか)

今日、会ってから翔真がやたらと明るかったのもうなずける。

きっと、私に悟られないように無理をしていたのだろう。

サトコ

「でも、こうして逃げてても仕方ないよ。ちゃんと話し合わないと」

翔真

「向こうは進学、こっちは就職で、埒が明かないんだよ」

「帰ったってどうせ、『とりあえず受験しろ』って言われるだけだし」

加賀

今すぐ、やりたいことを見つけなくてもいいだろ

静かに、加賀さんが口を開く。

翔真

「え?」

加賀

テメェの姉貴みたいに、何がなんでもやりたいことがある奴のほうが珍しい

高校を卒業するまでに、夢を見つけられねぇ奴なんざザラにいる

なら急いで将来を決めなくても、とりあえず進学するのも手だ

翔真

「だけど‥大学ってお金かかるじゃないですか」

「うちはそんなに裕福じゃないし、無理に行っても‥」

加賀

大学で、やりてぇことが見つかる場合もある

親は、無理してでも子供のために何かしてやりてぇもんだ

煙草を取り出して、加賀さんがそれに火を点ける。

私たちに煙が来ないように、少し顔を逸らしてフッと吐き出した。

サトコ

「‥加賀さんも、花ちゃんのためなら無理してでも何かしてあげたいですもんね」

加賀

あ゛?

サトコ

「なんでもないです‥」

翔真

「だけど、大学で結局何も見つからなかったら」

加賀

それは、テメェ次第だ

一流大学を出ても、くだらねぇ奴はゴマンといる

テメェが、後悔しないように生きりゃいい

(後悔しないように、か‥)

(加賀さんはいつだって、そう思いながら仕事してるんだろうな)

その後も、加賀さんは厳しい言葉ながらも、翔真の相談に乗ってくれていた。

ふたりの話を聞きながら、次第にまぶたが重くなり‥‥

【駅】

翌朝、私たちは東京駅に立っていた。

翔真

「今回は、本当にお世話になりました!」

翔真が深々と加賀さんに頭を下げる。

加賀

まあ‥色々あるだろうが、しっかりやれ

翔真

「はい!とりあえず、帰ったら親と話してみます」

(私が寝てる間に、びっくりするくらい仲良くなってた‥)

(というより、翔真が加賀さんに懐いてるんだけど‥昨日の夜、いったい何が‥?)

翔真

「そうだ、兵吾さん!昨日の話は男と男の秘密ですからね!」

加賀

ああ

(‥『兵吾さん』!?し、下の名前で呼んでる!?)

(私だって、まだ『加賀さん』呼びなのに‥!)

サトコ

「ちょっと、翔真‥!」

翔真

「じゃあな、姉ちゃん!あんまり兵吾さんに迷惑かけんなよ!」

「兵吾さん、姉ちゃんをよろしくお願いします!」

来た時とは打って変わって晴れやかな笑顔で、翔真は改札をくぐっていった‥

【教会】

翔真が長野に帰って、数日後。

加賀さんとデートの仕切り直しということで、レストランで食事をした。

(あ‥教会だ)

(そういえばこのレストラン、教会が併設されてるんだっけ)

加賀

‥行きてぇのか

サトコ

「えっ」

心の中を読まれたようで、なんとなく恥ずかしい。

(加賀さん、教会になんて絶対興味ないよね‥)

(行きたいけど、無理に行くのも、でも‥)

加賀

‥チッ!

サトコ

「なんて盛大な舌打ち!」

加賀

‥行くぞ

私を置いて、加賀さんが教会の入口に向かう。

(舌打ちするほど面倒なのに、行ってくれるんだ)

慌てて、その背中を追いかけた。

【教会内】

教会への出入りは自由のようだったけど、時間が時間なだけに、中には誰もいなかった。

サトコ

「夜なら、月明かりに照らされてステンドグラスが綺麗でしょうね」

加賀

さあな

(この雰囲気‥あの夢を思い出すな)

(ちょうどこの辺で『駄犬』って言われて、祭壇の前でも指輪を『首輪』って‥)

サトコ

「‥あれっ?」

加賀

なんだ

サトコ

「そういえば‥翔真がいる間、一度も私のこと、犬扱いしませんでしたね」

加賀

してほしかったのか

<選択してください>

A: ちょっとだけ

サトコ

「実は、ちょっとだけ‥」

加賀

‥不気味なほどマゾだな

サトコ

「だ、だって‥加賀さんが犬扱いするの、私だけじゃないですか」

「あれはもしかして、加賀さんなりの愛情表現なのかなって」

加賀

どこまで花畑なんだ、テメェの頭は

B: 滅相もない

サトコ

「めめ、滅相もない!いくら弟とはいえ、誰かの前で駄犬呼ばわりされるのは」

加賀

学校の奴らは、全員知ってんだろ

サトコ

「それとは別というか‥」

「身内に知られるのは、また違ったダメージがあるんですよ‥」

C: 絶対されると思ってた

サトコ

「正直、絶対されると思ってたので‥」

加賀

別に、してやってもよかったがな

次会った時には、望み通りしてやる

サトコ

「の、望んでませんから‥!」

(もしかして、加賀さんなりにちょっと気遣ってくれたのかな)

(さすがに姉が『犬』呼ばわりされてるの見たら、翔真も引くよね‥)

サトコ

「あっ、そういえば昨日、翔真からLIDEが来たんですけど」

「ちゃんと両親と話して、もう少しゆっくり考えてみることになったそうです」

加賀

らしいな

サトコ

「え?」

加賀

一昨日、弟から連絡が来た

サトコ

「一昨日!?」

(私には、昨日だったのに‥!?)

(っていうか翔真、いつも間に加賀さんと連絡先交換してたの!?)

サトコ

「あの‥なんだか弟がしつこくてすみません」

「それに、その節は本当にご面倒をおかけして‥」

加賀

まったくだな

必死に頭を下げる私に、加賀さんが小さく笑う。

加賀

テメェにそっくりだ

言葉とは裏腹の優しい笑顔に、胸が締め付けられた。

(きっと、加賀さんは言葉にはしてくれないだろうけど)

(でも、翔真を‥私の家族を大事にしてくれてるのが、伝わってくる)

祭壇の前で、そっと加賀さんの服に触れる。

少し強引に腕を引っ張られて抱き寄せられ、そのままきつく抱きしめられた。

(あの夢では、結婚式でも『駄犬』呼ばわりされて散々だったけど)

(でも‥やっぱり私は、加賀さんとの将来しか考えられない)

抱きしめ直すと、加賀さんの腕が緩んで顎を持ち上げられた。

祭壇の前で、優しく、唇が重なる‥

(まるで、誓いのキスみたい‥)

(夢の中では、私が加賀さんを突き飛ばしちゃったけど‥)

うっとりとその甘さに身を任せると、少しずつ、キスが深くなっていく。

慌てて身を引こうとしたけど、腰に腕を回されてままならない。

サトコ

「加賀さっ‥」

加賀

黙れ

サトコ

「でも、神聖な場所なのに‥か、神様の前ですよ!」

加賀

テメェには、神よりも信じるもんがあるだろうが

(神よりも、信じるもの‥?それって‥)

サトコ

「加賀さん‥ですか?」

加賀

駄犬のくせに、珍しく察しがいいな

主人が誰なのか分かってんなら、それでいい

(相変わらず、犬扱い‥それに、所有物としか見られてない気もするけど)

でもきっと、私が思っているよりもずっと、加賀さんは私を理解して大切にしてくれている。

(乱暴だし厳しいし、たまに命の危険すら感じるけど‥)

(加賀さんなら、どこまででも信じていける)

自分から加賀さんに抱きつくと、もう一度、顔が近づく。

ステンドグラスの下、ふたりだけの誓いのキスを交わした。

Happy  End

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