【石神マンション リビング】(妄想)
サトコ
「どうぞ」
石神
「ああ」
昼食が終わり、パソコンに向かう秀樹さんにコーヒーを差し出す。
秀樹さんはカップに口をつけ、すぐに視線をパソコンに戻した。
(ここ最近、休みの日もずっと仕事してるんだよね)
(いくつか任務を抱えているって言ってたし、なかなか休みが取れないんだろうな‥)
チラリとカレンダーを見ると、来週の土曜日に印がつけられている。
(初めての結婚記念日まで、あと一週間か)
(せっかくだし、何かお祝いしたいけど‥)
この様子だと、秀樹さんは結婚記念日も仕事になるかもしれない。
(聞くだけ聞いてみようかな?)
サトコ
「あの‥秀樹さん、仕事忙しいんですよか?ずっとお休み取っていないですよね」
石神
「まあな。次に休みを取れるのは、いつになるか分からない」
サトコ
「そうですか‥」
(予想していたけど‥)
実際に秀樹さんの口から告げられ、小さく肩を落とす。
(でも、仕事だって大事だし‥)
いつも真剣に当たっている秀樹さん。
そんな秀樹さんのことを誰よりも尊敬しているし、大好きだ。
(お祝いできないのは残念だけど‥こういう時は、妻として応援しなきゃだよね!)
石神
「フッ‥」
サトコ
「秀樹さん?」
秀樹さんは私を見て、ニヤリと笑みを浮かべる。
石神
「安心しろ。さっきはああ言ったが、来週は休みを取る」
サトコ
「へ‥?」
石神
「顔に出てる。そういうところは、補佐官の頃から変わらないな」
サトコ
「なっ‥!」
楽しそうに笑う秀樹さんに、頬が熱くなる。
サトコ
「そ、それならそうと最初から言ってくださいよ‥」
石神
「お前は予想通りの反応をしてくるな」
サトコ
「!」
秀樹さんは優しく微笑み、私の頬に触れる。
石神
「予定、空けておけよ?」
サトコ
「は、はい‥」
そして触れるだけのキスをして、秀樹さんは仕事を再開した。
(家で仕事をしているのも、休みを取るためだったんだ)
高鳴る鼓動を抑えるように、そっと息を吐く。
(秀樹さんには敵わないな‥)
サトコ
「大きくなったなぁ‥」
お風呂から上がると、ソファに座りながら水槽を眺める。
水槽の中では、チョコレートグラミーのつがいが仲睦まじく泳いでいた。
(秀樹さんと付き合い始める前に、買い始めたんだよね‥)
【水族館】(回想)
(この魚、チョコレートグラミーっていうんだ‥)
サトコ
「なんて美味しそうな名前‥」
石神
「お前‥」
「水槽の魚まで食べる気か?」
サトコ
「冗談ですよ。でも可愛いですね、チョコレートグラミーだなんて」
「もしかして、チョコレート味‥」
石神
「そんなわけないだろう」
サトコ
「ですよね」
【リビング】
(ふふっ。あの時の秀樹さん、呆れた顔してたっけ)
あの後、ディスカスを買うつもりでペットショップを訪れた。
(だけど、結局チョコレートグラミーのつがいを買ったんだよね)
サトコ
「懐かしいな」
チョコレートグラミーには、私たちの思い出がたくさん詰まっている。
(秀樹さんも休みを取ってくれるって言ってたし‥また新しい思い出を作れたらいいな)
私はスマホを取出し、「結婚一周年」と検索する。
サトコ
「紙婚式‥?」
ふと、そんなキーワードが目に留まった。
『紙婚式には “白紙のような2人の将来の幸せを” と、願いが込められています』
(へぇ、レターセットや日記帳とか紙製品を贈るんだ)
(どうせ贈るなら、日頃の気持ちを伝えたいし‥手紙を書いてみるとか?)
サトコ
「それ、いいかも‥」
石神
「何がいいんだ?」
サトコ
「!」
いつの間にお風呂から出て来たのか、秀樹さんが髪をタオルで拭きながらこちらへやてくる。
<選択してください>
サトコ 「秀樹さん、髪はちゃんと乾かさないとダメですよ?」 秀樹さんが隣に座ると、タオルで髪の毛を拭いてあげる。 石神 「ん‥」 メガネを取り、秀樹さんは気持ちよさそうに目を細めた。 (どちらかというと、私が拭いてもらうことが多いけど‥) (たまにはこういうのもいいな) 私たちの周りに、優しい時間が流れる。 サトコ 「‥はい、終わりましたよ」 石神 「ああ、ありがとう」 秀樹さんはメガネをかけると、水槽に目を向けた。
(せっかくなら、サプライズにしたいし‥) サトコ 「いえ、なんでもないですよ」 秀樹さんにバレないように、さり気なくスマホを隠す。 石神 「ん?今何を隠したんだ」 (うっ、さすが秀樹さん‥) サトコ 「え、えっと‥」 石神 「‥‥‥」 秀樹さんはフッと微笑み、私の隣に座った。 石神 「安心しろ。言いたくないなら、無理には聞かない」 サトコ 「秀樹さん‥」 温かい眼差しに、心臓が小さく跳ねる。 秀樹さんは私の頭をポンポンッと撫でると、水槽に目を向けた。
サトコ 「そ、その‥今度鳴子と出かけるんですが、その時に行くお店を調べていまして」 「スイーツの食べ放題がいいかなーって思ってたんです」 石神 「ほう‥」 (うぅ、心なしか秀樹さんの視線が鋭いような‥) 石神 「‥お前と佐々木は、本当に仲が良いな」 (あれ‥?) サトコ 「は、はい。鳴子は大切な友達ですから」 石神 「そうか‥」 (秀樹さんなら、私が何か隠してるって気づいていると思うけど) (気づかって、話を逸らせてくれたのかな‥) 秀樹さんの優しさに、胸が温かくなる。 そして秀樹さんは私の隣に座ると、水槽に目を向けた。
石神
「こいつらも、大きくなったな」
サトコ
「はい。昔はディスカスとチョコレートグラミーしかいませんでしたけど‥」
今では種類が増え、たくさんの魚たちが水槽の中を泳いでいる。
(いつか私たちの家族も増えるのかな)
石神
「‥こうして家族が増えていくんだろうな」
サトコ
「え?」
石神
「‥‥‥」
秀樹さんは口元をほころばせながら、私に視線を向ける。
鼓動が早鐘を打ち、私はゆっくりと口を開いた。
サトコ
「私も‥秀樹さんと同じことを思ってました」
石神
「そうか‥」
そっと手を重ねると、優しく握り返される。
サトコ
「あの‥そろそろ、私の相手もしてくれますか?」
秀樹さんへの想いが募り、気づいたらそんな言葉が口をついていた。
石神
「奇遇だな。俺もそう思ってたところだ」
サトコ
「ふふっ、以心伝心ってやつですね」
石神
「ああ」
私たちは顔を見合わせて笑い合うと、一瞬の沈黙が訪れる。
サトコ
「ん‥」
そしてどちらからともなく唇を重ね、甘い時間が始まりを告げた。
【車】
結婚記念日、当日。
サトコ
「どこに行くんですか?」
朝起きると、秀樹さんに「行きたいところがある」と言われて車に乗せられた。
石神
「行けばわかる」
秀樹さんは、どこか楽しそうにステアリングを握っている。
(着いてからのお楽しみ、ってことなのかな?)
そんな石神さんの横顔に、期待で胸が膨らんだ。
【水族館】
サトコ
「ここは‥」
石神さんに連れられて来たのは、水族館。
石神
「覚えているか?」
サトコ
「もちろんです!」
「だってここは、秀樹さんと初デートの場所ですから」
石神
「フッ‥初デート、か」
サトコ
「‥なんだか、含みのある言い方ですね?」
石神
「あれを初デートと言えるのは、さすがだと思ったんだ」
サトコ
「あれって‥」
石神
『‥‥‥』
(なんとなく話しかけづらい雰囲気‥)
石神
『眉間のシワは取れなくなるぞ』
サトコ
『え‥』
(そんな難しい顔してたかな‥)
サトコ
『石神教官だって人のこと言えないじゃないですか』
『何かって言うといつもココにシワ寄せてますし』
石神
『誰のせいだ』
サトコ
『誰のせいでしょうね』
石神
『‥‥‥』
サトコ
『ほ、ほらまた!』
石神
『‥やめだ。水族館に来てまで無駄な労力を使いたくはない』
(た、確かにデートらしくなかったかもしれないけど‥)
サトコ
「私にとっては大事な初デートだからいいんです」
「秀樹さんだって、そう思ったから連れて来てくれたんじゃないですか?」
石神
「さあな」
秀樹さんは不敵に微笑み、歩みを進める。
(はぐらかされた‥)
だけど、秀樹さんの優しさは昔から変わらない。
(あっ‥)
秀樹さんの薬指に、指輪の感触がする。
(もうあの時とは違うんだ‥)
今の立場は、秀樹さんの『補佐官』ではなく『奥さん』。
(結婚してもう1年になるんだな)
改めて実感して、感動が押し寄せる。
石神
「‥やっぱり、似てるな」
秀樹さんはふと足を止め、水槽をじっと眺める。
サトコ
「え?」
秀樹さんの視線の先には、クラウンローチがいた。
(あ、あの魚って‥)
(クラウンローチ‥)
<選択してください>
サトコ 「今の私は、あの頃とは違います」 石神 「自信満々だな」 サトコ 「もちろんです。だって、あれだけ厳しい訓練に耐え抜いたんですよ?」 「まだまだ力が及ばないこともありますが‥」 「秀樹さんの隣に立つ資格はあると思っています」 石神 「そうか‥」 私の言葉に、秀樹さんは嬉しそうに微笑んだ。
サトコ 「愛嬌があるってことですか?」 石神 「相変わらず前向きだな」 サトコ 「それが取り柄ですから」 ニッコリ微笑んでみせると、秀樹さんは薄く笑う。 石神 「‥お前のその前向きさには、何度も助けられたな」 サトコ 「え?」 石神 「なんでもない」 秀樹さんは愛おしいものを見るように、クラウンローチに視線を向けた。
サトコ 「似てませんよ」 石神 「いや、確かに似ているな。昨日だって寝ている時、クラウンローチみたいに‥」 サトコ 「ウソッ!?」 (死んだように寝ていたってこと!?) 石神 「フッ‥」 楽しそうに肩を震わせる秀樹さんに、ハッと気づく。 サトコ 「もしかして‥からかったんですか?」 石神 「気づくのが遅い」 サトコ 「もう!」 (秀樹さんが意地悪だ‥)
石神
「次に行くか」
秀樹さんはチラリと腕時計を見ると、私の腕を引き奥へと進んでいく。
サトコ
「わぁ‥!」
奥の水槽に行くと、ちょうどイワシの大群ショーが始まった。
一糸乱れぬ動きで、イワシたちは泳ぎ回ってる。
サトコ
「すごいですね!」
石神
「ああ」
(どうやったら、こんなにタイミングを合わせて‥)
サトコ
「‥ん?」
イワシを眺めていたら、水槽の中にいるダイバーが私たちの前にやってきた。
(どうしたんだろう?)
首を傾げていると、ダイバーが私にボードを向ける。
『カバンの中を見てください』
サトコ
「え?」
隣に視線を向けると、秀樹さんは微笑みながら頷く。
ドキドキしながらカバンを確認すると、一通の手紙が入っていた。
サトコ
「秀樹さん‥!」
石神
「今日は特別な日、だからな」
サトコ
「‥!」
秀樹さんの微笑に胸がいっぱいになり、目頭が熱くなる。
サトコ
「読んでもいいですか?」
石神
「ああ」
目頭を押さえ、そっと手紙の封を切ると‥
【カフェテラス】(現実)
サトコ
「‥イワシ」
鳴子
「えっ?イワシ‥?」
サトコ
「‥‥‥ハッ!」
しまったと我に返る私に、鳴子はにんまりと笑う。
鳴子
「急に黙ったと思ったら、赤くなったりニヤニヤしだして‥」
「そんなに楽しい妄想だったの?鳴子さんに教えなさい♪」
サトコ
「べ、別に妄想なんか‥」
鳴子
「してたでしょ」
サトコ
「‥はい」
(そうか、全て妄想だったんだ‥)
(そうだよね、秀樹さん‥なんて呼んじゃってたし)
心地いい妄想だっただけに、小さくため息をつく。
(石神さんがダイバーのサプライズなんて、絶対にしないよね)
(でも、手紙か。普段言えないことも伝えられそうだし、いいかも‥)
千葉
「氷川、佐々木。ここにいたのか」
先ほどの制服姿とは違い、ジャージを着た千葉さんがこちらに駆け寄ってくる。
鳴子
「あれ、千葉さん。どうしたの?」
千葉
「次の授業、急遽ジャージで外集合に変更だって」
サトコ
「外集合って‥」
時計を見ると、昼休みが終わるまであと少しだった。
鳴子
「急がなきゃ!行こう、サトコ」
サトコ
「うん!」
私たちは千葉さんにお礼を言うと、更衣室に急ぐ。
(急に着替えて外集合だなんて、何するんだろう‥?)
to be continued