カテゴリー

マリアージュ 颯馬カレ目線

【警視庁】

??

「颯馬くん?」

警視庁の廊下で、不意に女性に呼び止められた。

颯馬

貴女は‥

??

「同期の桜井よ、忘れちゃった?」

颯馬

忘れる訳がないじゃないですか。貴女のような才色兼備の女性を

桜井

「ふふ、相変わらず口がお上手ね。颯馬くん」

口元に手を当てて笑う彼女。

その薬指には、指輪が嵌められている。

颯馬

結婚したんですね

桜井

「ええ。形だけの結婚なんだけど」

颯馬

形だけ?

桜井

「籍は入れてないのよ。事実婚ってやつ」

颯馬

なるほど、そういうことですか

桜井

「長年親しんできた苗字を変えたくなかったの」

「でも、夫婦別姓って色々と手続きとか面倒でね、それで事実婚って形にしたのよ」

颯馬

最近はそういう方も増えているようですね

桜井

「私の場合はその方が仕事もしやすいしね」

(そういえば、訓練生の頃からバリバリやるタイプだったし‥彼女らしいな)

桜井

「そっちはどうなの?」

颯馬

どうといいますと?

桜井

「結婚よ。そろそろなんじゃない?」

颯馬

さあ、どうでしょう?

桜井

「また、とぼけちゃって。颯馬くんほどの男に、いい人がいないわけないし」

颯馬

フッ、ご想像にお任せします

桜井

「相変わらずつかみどころのない人ね。じゃあ、また」

颯馬

ええ。ご主人によろしくお伝えください

指輪をした手を軽く振って、彼女は去って行った。

(いい人か‥)

もちろんすぐサトコの顔を思い浮かべた。

(そろそろ‥と、言われてもな)

勉強や訓練に、一生懸命取り組むサトコの姿が脳裏に浮かぶ。

(‥今はまだ早いな。こういうことは、彼女が卒業してから二人でゆっくり考えよう)

そう思いながら、サトコが待つ家へ向かうため、警視庁をあとにした。

【颯馬マンション リビング】

風呂から出てくると、サトコが熱心に雑誌を読んでいる。

(何をそんなに真剣な顔で‥)

そっと背後から近づいて覗き込む。

(『結婚したなぁと実感するとき』?)

そんな見出しが見え、そこには何やらグラフも掲載されている。

颯馬

何読んでるんですか?

サトコ

「わっ‥!」

後ろから腕を回すと、サトコが驚いて雑誌を床に落とした。

それを拾いながら、ちらりと先ほどのグラフを見る。

(なるほど、苗字が変わった時に結婚を実感する女性が多いってことか‥)

世間一般の意見は、それが大多数のようだ。

(ということは、同期の彼女は一般的ではないってことだな)

颯馬

この職業柄、夫婦別姓の方が仕事はしやすいんですけどね

サトコ

「‥‥‥」

同期のことを思い出して何気なく言うと、サトコは少し驚いたような顔をした。

(まあ、俺としてはどちらでもいいが、サトコが生きやすい方を選んでくれればいいかな)

(同姓だろうが別姓だろうが、サトコが幸せならばそれでいい)

颯馬

さあ、サトコもお風呂に入っておいで

二人でいられる時間を愛おしく感じながら、俺は微笑む。

颯馬

お風呂上がりに軽く一杯飲んでから寝ましょうか

サトコ

「え‥あ、はい、そうですね‥」

躊躇うようにも、恥らうようにも見える笑みを浮かべ、サトコはリビングを出て行った。

【街】

久しぶりに二人で銀座へ出かけ、サトコのショッピングに付き合う。

(目をキラキラさせてショッピングを楽しむサトコを見るのは、なかなか楽しいものだな)

だが、ジュエリーショップを出てからのサトコは、少し元気がない。

(あのネックレスを買わなかったことを後悔しているのだろうか‥?)

明らかに一目ぼれしたようにいつまでも眺めていたサトコ。

値段との折り合いがつかなかったのか、諦めたようだった。

そんなサトコが、思いがけないことを聞いてきた。

サトコ

「さっきの、“颯馬になる” っていうのは‥」

(ん?颯馬になる‥?)

一瞬何のことかわからなかったが、すぐに思い出す。

(ジュエリーショップで結婚指輪を見た時のことだな)

颯馬

あれは結婚指輪でしたからね

サトコ

「それってつまり‥私はいつか颯馬を名乗ってもいいってことでしょうか‥?」

(‥サトコは何を言いたいんだ?)

サトコ

「だって、颯馬さんは夫婦別姓でいたいんじゃ‥」

(そうか‥あの時俺が言ったことを気にしていたのか)

サトコが読んでいた雑誌のグラフを見た時の事を思い出す。

颯馬

あれは、職場で事実婚の同期の話をちょうど聞いたばかりだっただけで

特に深い意味はないですよ?

サトコ

「え‥そうなんですか?」

颯馬

ええ、俺自身は、別姓でも同姓でも、特にどっちにこだわってるわけでもありません

サトコ

「‥‥‥」

一瞬ホッとしたような顔を見せたものの、やはりどこか気にしている様子のサトコ。

(気にすることはないと言いたかったんだが‥)

サトコ

「あの、ちょっとお手洗いに行ってきてもいいですか?」

颯馬

ああ、行っておいで

どこか晴れない表情のまま、サトコは近くのデパートの中へ入って行く。

(そうだ、今のうちに‥)

その場で待つつもりだった俺は、ふとあることを思いついた。

【ジュエリーショップ】

急いで先ほどのジュエリーショップに戻った。

颯馬

すみません。このネックレスをください

俺は迷わずあのネックレスを指差す。

店員

「ありがとうございます。贈り物ですか?」

颯馬

ええ。大切な人への

(そこまで言うことはなかったか‥)

臆面もなく言ってしまった自分に呆れる。

が、本当のことだ。

(このプレゼントで、サトコの笑顔が戻ればいいが‥)

どこか浮かない顔をしていたサトコのことが気になっていた。

(それだけでネックレスをプレゼントなんて、甘やかしすぎか?)

(いやしかし、これはサトコのためだけのプレゼントでもないか‥)

ラッピングを待っている間、俺はあれこれと考える。

(サトコに喜んでもらいたい気持ちはもちろんだが、それだけじゃない)

(ただ単に、このネックレスをつけている彼女を見たいというか‥)

自分がプレゼントしたのもをサトコが身に着けてくれる。

そのこと自体に喜びを感じている自分がいることに気付く。

(俺はいつの間にか、彼女を自分色に染めたいと思っていたんだな‥)

その時、ふとさっきの二人で見た結婚指輪が目に入った。

(サトコが颯馬になる時か‥)

(彼女の名前まで俺色に‥それもいいかもしれない)

【個別教官室】

数日後‥

俺の教官室で作業するサトコの首元をチラリと見る。

颯馬

今日もネックレスはしていないのですね?

サトコ

「せっかく颯馬さんに買ってもらったものだから、なんだか勿体なくて」

(またそんな可愛らしいことを‥)

恥らうように言うサトコに、愛しさが募る。

思わず席を立ち、からかい半分でサトコを壁へ追い詰めていく。

颯馬

‥使わない方が勿体ない気もしますよ?

サトコ

「え、あ‥でも‥」

颯馬

でも?

そっと壁に手をつき、完全に彼女の逃げ場を奪う。

今にもキスできそうなほどの距離まで顔を近づけて。

サトコ

「ほ、本当は24時間365日ずっとつけていたいんですけど‥」

颯馬

けど?

サトコ

「急な捜査とか激しい動きも多いので、もし壊れたらって思うと、怖くて‥」

至近距離で照れながら、一生懸命に説明しようとするサトコ。

俺からのプレゼントをどれだけ大切にしてくれているかが伝わってくる。

そんな姿に、またも心を掴まれる。

(フッ、本当にどこまでも可愛い人だ)

俺は自然と彼女にキスしてしまった。

サトコ

「‥そ、颯馬さん!こんな所で!!」

颯馬

貴女があんまり可愛らしくて

慌てるサトコの手を取り、そっと微笑む。

(もし、この俺が誰かと共に生きていくことを許されるなら‥)

心の奥底にわずかな痛みを感じながら、俺は彼女の薬指にキスを落とした。

颯馬

‥こっちは、もう少し待っていてください

サトコ

「‥颯馬さん」

はにかむように微笑むサトコの唇に、俺はもう一度キスをする。

二人の幸せは、この先もずっと穏やかに続いていくと信じて‥

Happy  End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする