【教官室】(妄想)
これは私が公安学校卒業後の、少し先の未来‥
式の日取りも決まったある日、久しぶりに颯馬さんと2人で教官室を訪れた。
サトコ
「皆さん、お久しぶりです」
難波
「お~、元気そうだな。今日は2人揃ってどうした?」
颯馬
「実は、我々の結婚が正式に決まりましたので、そのご報告を」
東雲
「へぇ、ついに決まったんだ」
サトコ
「はい、お陰様で」
加賀
「人生の墓場だな」
東雲
「ご愁傷さま」
(ふたりともひどすぎる‥!)
難波
「颯馬もいよいよ年貢を納める気になったか」
(いや、その言い回しも失礼だし、古いよね‥)
簡単には祝福してくれない人たちに、少し気分が落ちる。
颯馬
「彼女の卒業をきっかけに、準備が順調に進みまして」
難波
「まあ、きっかけは大事だよな。俺からすれば、やっとか~って感じだよ」
後藤
「長すぎた春にならなくてよかったじゃないか」
サトコ
「はい、やっと颯馬さんのお嫁さんになれます!」
東雲
「プッ、お嫁さんって‥」
(確かに‥ちょっとはしゃぎ過ぎたかも)
ようやう祝福らしき言葉をもらえて嬉しくなり、つい勢いづいてしまった。
石神
「もう役所には行ったのか?」
颯馬
「いえ、まだです」
サトコ
「婚姻届を出しに行く日はもう決めていて、その日に2人で一緒に行こ‥」
石神
「そうか」
(え‥まだ話の途中なんだけど‥)
石神
「報告は以上だな」
東雲
「はい、解散~」
(なっ‥)
サトコ
「役所に行ったかって、皆さんから聞いてきたのに‥!」
颯馬
「羨ましいんじゃないでしょうか」
サトコ
「え‥」
思わず愚痴る私に、颯馬さんは冗談っぽく言って微笑む。
颯馬
「私たちがあまりに幸せそうだから」
サトコ
「‥ふふ、そうですね」
優しくなだめられ、自然と私も笑みをこぼす。
と、そこへ大きな花束を持った黒澤さんが現れた。
黒澤
「サトコさん、周介さん、ご結婚おめでとうございます!」
サトコ
「わあ、ありがとうございます!」
花束を受け取ると、東雲教官が冷めた目を向ける。
東雲
「今のところ未入籍だけどね」
黒澤
「でも正式に決まったんですよね。おふたりの結婚!」
サトコ
「はい、そうなんです!」
黒澤
「それを聞いて、思わず駅前の花屋まで走っちゃいましたよ」
石神
「相変わらず耳と足は早いな‥」
颯馬
「そのようですね」
苦笑いを浮かべる石神教官と颯馬さん。
サトコ
「でも、こんなお花をいただけるなんて嬉しいです」
黒澤
「オレの気持ちです!」
「オレにとって、周介さんとサトコさんは憧れのカップルなんで、すっげー嬉しいです!」
サトコ
「そんな風に言ってもらえて、私たちもうれしいですね、颯馬さん」
颯馬
「ええ。我々が黒澤の憧れという点は、喜ぶべきか悩むところですが」
東雲
「オレなら絶望するけど」
サトコ
「もう、せっかくお祝いしてくれてるのに‥」
颯馬
「そうですね。黒澤の厚意を素直に受け取りましょう」
サトコ
「そうですよ」
「黒澤さん、本当にありがとうございました」
黒澤
「いえいえ。末永くお幸せに~」
(やっぱり、祝福してもらえるって嬉しいな)
花束を抱える自分の手を見て、思わず頬が緩む。
そこには、颯馬さんから贈られた大切な婚約指輪が輝いていた。
【颯馬マンション リビング】
帰宅後、黒澤さんからもらったお花を飾りながら颯馬さんと話す。
サトコ
「皆さん、相変わらずって感じでしたね」
颯馬
「ええ。でもまあ、あれから彼らの祝福の仕方でしょうから」
サトコ
「はい、そう思うことにします」
「黒澤さんにはこんな素敵な花束までもらっちゃいましたし」
颯馬
「黒澤も、たまには気の利いたこともできるようですね」
サトコ
「ふふ‥」
楽しく話しながら、お花を整えた。
サトコ
「キレイですね~」
颯馬
「そうですね」
飾ったお花を見ながら言うと、颯馬さんも頷く。
(ん?颯馬さんの視線、私に向けられてる‥?)
<選択してください>
サトコ 「あの‥お花のことですよね?」 颯馬 「ええ、そうですよ」 颯馬さんは、当然という顔で答える。 (それにしては視線の向きが‥)
サトコ 「あの‥どこ見てるんですか?」 颯馬 「どこって、もちろん花ですよ?」 サトコ 「そ、そうですか‥」 (そうは見えなかったけど‥)
サトコ 「颯馬さん‥私を見てません?」 颯馬 「私は花を見てるんです」 サトコ 「‥そうなんですか?」 ハッキリと言われるも、颯馬さんは明らかに私を見ている。
戸惑う私をよそに、颯馬さんが近づいてくる。
そして、そっと私の髪をすくい上げて顔を近づけた。
颯馬
「美しい花は、その香りさえも美しい」
(え‥)
ドキッとしていると、颯馬さんはすくった私の髪にキスを落とす。
颯馬
「本当に綺麗です」
(颯馬さんが言う “花” って‥私のこと‥?)
自分が花に例えられていたと気づき、カーッと顔が熱くなる。
颯馬
「おや?可愛い花びらが色づきましたね」
サトコ
「‥‥‥」
そっと頬に手を添えられ、私は何も言えずに照れまくる。
(恥ずかしいけど、嬉しい‥)
(もうすぐこの人の奥さんになれるんだな‥)
頬に感じる手のひらの温もりを味わいながら、幸せを噛みしめる。
サトコ
「来週末が待ち遠しいです‥」
颯馬
「婚姻届を提出する日ですね」
サトコ
「はい‥」
(その日は、2人が付き合い始めた日‥)
その記念日に、入籍しようと決めている。
颯馬
「俺は明日一緒に出しに行ってもいいんですけどね」
(え‥?)
頬に添えられていた手が離れ、少し不安になる。
(颯馬さんは入籍日にこだわりとかないのかな?)
颯馬
「明日でも記念日でも、サトコが妻になってくれることが俺にとっては一番大切なことだから」
私の不安を読み取ったように、颯馬さんは微笑んだ。
そして、そっと私の左手を取る。
颯馬
「貴女がそばにいてくれる日々は、毎日が記念日のようなものです」
柔らかな微笑みと共に、チュッと婚約指輪を嵌めた薬指にキスされた。
(颯馬さん‥)
(私、幸せです‥!)
改めて実感しながら、ドキドキと胸を高鳴らせる。
颯馬
「では、花の鑑賞をもっと楽しもうかな」
サトコ
「え‥あっ」
いきなりふわりと抱き上げられた。
颯馬
「場所を変えましょう」
サトコ
「あ、えっと‥」
寝室へ運ばれることを予測しつつ、照れて素直に頷けない。
颯馬
「美しいものを愛でるには最高の場所へ」
サトコ
「それって‥その‥」
颯馬
「美しいものには純白が似合いますから」
サトコ
「純白‥?ウェディングドレスとかの話ですか?」
颯馬
「もちろんそれもそうですが、美しいものを愛でるには、純白のシーツの上が一番です」
サトコ
「!!」
颯馬さんの妖艶な微笑みに、息が止まりそうなほどドキッとした。
颯馬
「結婚しても、ベッドのシーツは白限定でお願いします」
サトコ
「‥ふふっ、わかりました」
颯馬
「では、行きましょうか」
サトコ
「はい‥」
有無を言わせないほどの色気に押され、私は素直に頷くしかなかった。
【喫茶店】
鳴子
「いよいよだね、サトコ」
サトコ
「うん。颯馬さんと、このあと区役所で待ち合わせてるの」
今日は入籍予定日の記念日。
私はちょうど休みになったものの、颯馬さんは朝から仕事に出ている。
夕方の待ち合わせ前に、鳴子とカフェでお茶タイム。
鳴子
「ついに、“颯馬サトコ” になるんだね!」
サトコ
「うん‥なんだかまだ実感がないんだけどね」
その時、携帯の着信音が響いた。
♪~♪~
(颯馬さんだ‥!)
鳴子
「噂の彼から?」
サトコ
「うん。ちょっとごめんね」
鳴子
「どうぞごゆっくり~」
冷やかしながら手を振る鳴子を残し、携帯を手に席を立つ。
サトコ
「もしもし?はい、サトコです」
颯馬
『すみません。実は担当している事件に大きな動きがあったようで‥』
(もしかして‥)
沈んだ声に、嫌な予感が走る。
颯馬
『約束の時間はおろか、今日は行けないかもしれません』
サトコ
「そうですか‥」
颯馬
『今日と決めていたのに、すみません‥』
サトコ
「仕事ですし、仕方ないですね」
(嫌な予感、当たっちゃったな‥)
仕方ないと思いつつも、ガックリと肩が落ちる。
でも、電話から聞こえてくる声は、それ以上に落ち込んでいるような声だ。
颯馬
『なので、もしよかったらサトコ一人でも‥』
サトコ
「いえ、記念日よりも、颯馬さんと二人で行ける日にしましょう!」
私はあえて明るく言った。
いかにも心苦しそうな声の颯馬さんを、安心させてあげたくて。
颯馬
『‥そうですか。わかりました』
『では、そうさせてください』
サトコ
「はい!今日はお仕事頑張ってくださいね」
颯馬
『ありがとうございます。では』
何とか明るく電話を切ることができたものの‥
(‥やっぱりちょっと残念かも‥)
切れた電話を握りしめたまま、私は小さくため息をついた。
【颯馬マンション 寝室】
一人でも夕飯も終え、ベッドに寝転んで颯馬さんの帰りを待つ。
(夜中になるのかな‥)
ベッドサイドの時計は、23時を回ったところを指している。
私は、その傍らに置かれた婚姻届を手に取った。
(今日が理想だったけど、でも二人で一緒に出すことに意味があるしなぁ)
颯馬さんが、記念日を重視しているわけでもなさそうだったことを思い出す。
颯馬
『明日でも記念日でも、サトコが妻になってくれることが俺にとっては一番大切なことだから』
(大事なのは日付じゃないよね‥)
どこか寂しさを感じつつ、そう自分に言い聞かせる。
(でも、一生に一度の大事なことだからこそ、ってのもあるよね)
記念日への執着を拭いきれずにいたその時‥
ガチャ
玄関の方で物音がした。
サトコ
「颯馬さん‥!?」
ベッドから飛び起きた瞬間、寝室のドアが開いた。
サトコ
「お帰りなさ‥っ」
颯馬
「行きましょう、サトコ」
サトコ
「えっ!?」
いきなり駆け寄り、おもむろに私の手を掴む颯馬さん。
颯馬
「今からならまだ間に合います」
サトコ
「間に合うって‥わっ、ちょ、待って‥!」
掴まれた腕をグッと引っ張られた。
(一体なに!?どこへ行くつもりなの?)
事態が飲み込めずに慌てていると、颯馬さんが振り返った。
颯馬
「受付窓口は、年中無休です」
サトコ
「え‥」
颯馬さんの視線は、私が手にしている婚姻届に注がれている。
(あ‥そうだった!婚姻届は365日24時間受け付けてるんだっけ!)
ベッドサイドの時計は、『23:36』を表示している。
私の手を握る颯馬さんが、優しく微笑んだ。
颯馬
「貴女は今日中に、“颯馬サトコ” になれるんです」
サトコ
「‥!」
颯馬
「行きましょう」
サトコ
「はい!!」
しっかりと手を繋ぎ直し、私たちは区役所へと走った。
【颯馬マンション リビング】(現実)
(な~んて展開もありだよね‥!)
雑誌を広げたまま、私は勝手な妄想を繰り広げた。
呼んでいたのは、結婚雑誌の 『結婚したなぁと実感した時』 というコラム。
やはり大半は自分の苗字が変わった時の事を挙げている。
(なんか分かる気がするよね)
(私も晴れて “颯馬サトコ” になったら‥)
その時の気持ちをシミュレーションするように、再びその妄想に浸っていると‥
颯馬
「何読んでるんですか?」
サトコ
「わっ‥!」
後ろから、お風呂上がりの颯馬さんが覗き込んできた。
(妄想してたのバレた!?)
<選択してください>
サトコ 「‥ナイショです!」 恥ずかしくて、慌てて雑誌のコラムを手で覆った。 颯馬 「気になりますね?」 サトコ 「た、大して面白い記事じゃなかったですよ‥」 颯馬 「そうなんですか?」
サトコ 「た、ただのファッション誌です!」 思わず咄嗟に雑誌のページを隠した。 颯馬 「ただの?」 サトコ 「はい、いつも読んでるような女性誌です」 颯馬 「随分と食いついて読んでいたようですが‥」
サトコ 「あ、えっと‥結婚情報誌です!」 隠すのも変かと思い、正直に言う。 颯馬 「ほう、予習ですか?」 サトコ 「‥そんなところです」 颯馬 「何か参考になりそうな記事はありましたか?」
言いながら、後ろからするりと腕を回してくる颯馬さん。
その瞬間、手元にあった雑誌がはらりと床に落ちてしまった。
(あ‥)
颯馬
「結婚したなぁと実感するとき、ですか」
読んでいたページを見られ、ドキッとする。
サトコ
「た、たまたまこのコラムが目について‥」
颯馬
「世間の意見は参考になりそうですか?」
サトコ
「なるほどねぇ‥とはおもいますけど、こればっかりは結婚してみないとわからないので」
颯馬
「それはそうですね」
私を抱きしめていた腕を解き、落ちた雑誌を拾ってくれる颯馬さん。
颯馬
「この職業柄、夫婦別姓の方が仕事はしやすいんですけどね」
(えっ‥)
拾った雑誌を差し出しながら颯馬さんが呟いた言葉に、思わず固まった。
(夫婦別姓の方が‥)
雑誌を受け取るも、その言葉の衝撃に頭が真っ白になる。
(それってどういう意味ですか‥?)
聞きたいのに、なんだか怖くて言葉にすることができなかった‥。
to be continued