カテゴリー

マリアージュ 颯馬2話

(別姓の方が‥って‥)

雑誌のコラムを読んでいた私に、颯馬さんが何気なく口にした言葉。

(颯馬さんは、夫婦別姓を望んでいるの?)

聞きたいけど、怖くて聞けない。

(そもそも夫婦別姓‥って、籍は入れるけど基本旧姓のままってこと?)

(それとも入籍自体せずに、形だけの夫婦‥いわゆる内縁関係でいるってこと?)

思いがけない言葉を聞かされ、頭の中が混乱する。

颯馬

さあ、サトコもお風呂に入っておいで

颯馬さんは、いつもと変わらない笑顔を見せる。

自分が衝撃的なことを言ったなどと、全く思っていない様子だ。

颯馬

お風呂上がりに軽く一杯飲んでから寝ましょうか

サトコ

「え‥あ、はい、そうですね‥」

心ここにあらずのまま答えた。

雑誌を手に、ソファから立ち上がる。

表紙の『結婚したなぁと実感するとき』という見出しが目に染みる。

(私は‥“颯馬サトコ” になることを夢見てたけど‥)

当たり前のようにそうなることを望んでいた。

(でも颯馬さんは、そうは思ってないの‥?)

(2人の意見は違ったの?)

颯馬さんの結婚観が分からず、私はモヤモヤしながらリビングを後にした。

【学校 カフェテラス】

数日後‥

胸のモヤモヤは未だ消えず、ランチをしながら鳴子に何気なく聞いてみる。

サトコ

「ねぇ、鳴子はもし結婚したら相手の苗字になりたい?」

鳴子

「うーん、前はそう思ってたけど」

サトコ

「前は?‥ってことは、今は違うの?」

鳴子

「公安刑事になったら、名前なんてあってないようなもんだしねぇ」

サトコ

「え?」

鳴子

「偽名、変装、何でもありの仕事でしょ」

サトコ

「‥そっか、そうだよね」

(なるほどねぇ‥颯馬さんもそういう考えなのかな?)

鳴子の返事は妙に説得力があり、少し気が楽になる。

鳴子

「なになに?もしかして予定が‥!?」

サトコ

「ま、まさか!ちょっと聞いてみただけ」

鳴子

「冗談冗談。まあ、私は今のところどっちでもいいって感じかな」

サトコ

「そうなんだね」

(どちらの姓を名乗るかなんて、もしかしてそんなに気にするものでもないのかも‥)

軽い感じで答えてくれた鳴子を見て、そう思うことができた。

(鳴子に聞いてみてよかった)

【街】

週末、颯馬さんと二人で銀座に出かけた。

サトコ

「こういうデート、久しぶりですね」

颯馬

そうですね。たまには2人でショッピングもいいですね

複数の紙袋を持った颯馬さんが微笑む。

袋の中身は、私の服や靴、颯馬さんのネクタイ、2人で使うワイングラスなど。

(セールだったから、つい買い過ぎちゃった‥)

サトコ

「荷物持ってもらっちゃって、ごめんなさい」

颯馬

大丈夫ですよ

サトコ

「重くないですか?」

颯馬

まだまだ持てますから、ご安心を

サトコ

「やっぱり私も持ちます」

颯馬

いえ、自由に泳ぐように街を歩く貴女を見てる方が楽しいので

(颯馬さんってば‥)

荷物を抱えたまま優雅に微笑む颯馬さん。

そこはちょうどジュエリーショップの前だった。

(綺麗だなぁ)

思わずショーウィンドウの中のジュエリーに見惚れる。

(そういえば友だちの結婚式につけていくネックレス)

(普段使いもできそうなもので何かいいのないかな?)

サトコ

「あの、ここちょっと見て行ってもいいですか?」

颯馬

ええ、もちろん

快く快諾してくれる颯馬さんと、ジュエリーショップに入った。

【ジュエリーショップ】

サトコ

「わあ、可愛いデザインがいっぱい」

キラキラと輝くジュエリーたちに、私の目も輝いてしまう。

(これも可愛いけど、ちょっと派手かな?)

結婚式やパーティーにはいいが、普段使いには向きそうにない。

(うーん、普段に使えないと勿体ないし‥)

他を見ていると、ちょうどいい感じのネックレスを見つけた。

(これいいかも!)

と思ったのも束の間、値札を見て一気にテンションが下がる。

(高っ!これじゃ予算オーバーだよ‥)

颯馬

お悩みのようですね?」

<選択してください>

A: 気に入ったのがなくて

サトコ

「うーん、気に入ったものがなかなかなくて」

颯馬

そうですか

サトコ

「パーティーにも普段にも‥なんて、欲張った条件だからかな」

颯馬

効率的に物事を考えることは良いことです

(ですよね?あとは予算の問題だよなぁ‥)

B: 目移りしてしまって

サトコ

「どれも素敵で、目移りしてしまって」

颯馬

選択肢がありすぎると、かえって決断できないものですからね

サトコ

「もっと絞って考えないとだめですね」

颯馬

第一印象が大事ですよ?

(とは言っても予算が‥)

C: 予算が足りなくて

サトコ

「ちょっと予算が足りなくて‥」

颯馬

なるほど、そちらの問題ですか

サトコ

「さっき買った服、我慢しておけばよかったかな」

颯馬

あれはあれで、とても似合ってましたよ?

(そう言われると、やっぱあの服は買って正解?)

颯馬

もう少し見てみますか?

サトコ

「はい‥」

二人で店内を一周するように見て回る。

と、飾り気のないシンプルな指輪が並んでいるのが目に入った。

(これって‥)

颯馬

これは、貴女が颯馬になる時につけるものですよ

そっと耳打ちし、くすりと微笑む颯馬さん。

(そうだよね、やっぱりこれって結婚指輪‥)

(‥えっ、『颯馬になる時』!?)

颯馬さんがさらりと口にした言葉に、今さらながら驚く。

(でもそれって、どういうこと?)

(颯馬さんは、夫婦別姓がいいんじゃなかったの?)

またも頭の中が混乱する。

(鳴子と話して、そんなに気にしなくてもいいかなって思えてはきたけど‥)

やっぱり颯馬さんがどう考えているのか、すごく気になる。

(でもやっぱり、聞くのは怖いな‥)

サトコ

「そ、それより今は、ネックレスを見なきゃですね‥」

颯馬

そうでしたね

誤魔化す私に、何事もなかったかのように微笑む颯馬さん。

対して私は、消えかけていたモヤモヤが再び広がり始めている。

(颯馬さんの結婚観について、一度ちゃんと聞いてみたいな‥)

【街】

結局ネックレスは諦め、ジュエリーショップを出た。

サトコ

「すみません。結局いいのが見つからなくて」

颯馬

きちんと吟味することは大切ですからね

(予算オーバーじゃなければ、欲しいのがあったんだけど‥)

颯馬

また今度一緒に見に行きましょうか

サトコ

「はい‥」

(それよりさっきの言葉が気になる‥)

『貴女が颯馬になる時』

颯馬さんが口にした、この言葉が耳から離れない。

(颯馬さんは全然気にしている様子はないけど‥)

颯馬

「どうかしましたか?」

サトコ

「え、いや、あの‥」

どうにも気になって仕方ない私は、思い切って聞いてみることにした。

サトコ

「さっきの、“颯馬になる” っていうのは‥」

颯馬

ああ、あれは結婚指輪でしたからね

サトコ

「それってつまり‥私はいつか颯馬を名乗ってもいいってことでしょうか‥?」

颯馬

‥なぜそんなことを聞くのですか?

(なぜって‥)

サトコ

「だって、颯馬さんは夫婦別姓でいたいんじゃ‥」

颯馬

‥?

サトコ

「この前、そのようなことをチラッと言ってたから‥」

颯馬

この前?

サトコ

「ほら、私が雑誌のコラムを読んでいた時に‥」

颯馬

‥そういえば、確かにそのようなことを言いましたね

サトコ

「ですよね‥?」

颯馬

でもあれは、職場で事実婚の同期の話をちょうど聞いたばかりだっただけで

特に深い意味はないですよ?

サトコ

「え‥そうなんですか?」

颯馬

ええ、俺自身は、別姓でも同姓でも、特にどっちにこだわってるわけでもありません

(なんだ‥どっちでもいいんだ‥)

『どっちでも』というのは、少し引っかかる。

(でも、別姓にこだわりがあるよりはよかったかも)

カレの苗字を名乗ることを夢見ていた私は、ひとまずホッとする。

(思い切って聞いてみてよかった‥)

【颯馬マンション リビング】

夕食も外で済ませ、颯馬さんの家に一緒に帰宅。

サトコ

「今日は楽しかったですね」

颯馬

ええ。色々と買いましたね

サトコ

「『SALE』の文字を見ると、つい手が出てしまって‥」

颯馬

分かります。私も『限定もの』には弱い方ですから

サトコ

「ふふ、それもわかります!」

楽しく笑いながら、買ってきたものを整理する。

サトコ

「荷物、ずっと持っててくれてありがとうございました」

颯馬

いえ。満足のいく買い物はできましたか?

サトコ

「はい‥」

(ネックレスを買えなかったのは残念だけど)

颯馬

満足はしていないようですね?

サトコ

「そんなことないですよ!この服も、靴も、どれも気に入ったものばかりですし」

せっかく久しぶりに楽しんだショッピングデート、不満は言いたくなくて笑顔で答える。

颯馬

では、今日の収穫にこれもプラスしてください

サトコ

「え‥」

差し出されたのは、あのジュエリーショップのギフトバッグ。

サトコ

「これって‥」

颯馬

どうぞ、開けてみてください

袋を受け取り、中に入っている箱を開けてみる。

(やっぱり、あのネックレス!!)

箱の中身は、諦めたあのネックレスが入っている。

颯馬

プレゼントさせてください

<選択してください>

A: どうして!?

サトコ

「どうして!?」

颯馬

素敵なデザインでしたので、貴女に似合うと思って

サトコ

「でも‥」

颯馬

お気に召しませんか?

サトコ

「そんなこと‥!」

私はブンブンと首を横に振る。

B: 受け取れません!

サトコ

「そんな‥受け取れません!」

颯馬

なぜですか?

サトコ

「なぜって、これすごく高かったですし‥」

颯馬

「俺は値段よりも、贈りたいという気持ちを大事にしてるので」

(でも‥)

C: いいんですか!?

サトコ

「いいんですか!?」

颯馬

ええ、どうぞ

サトコ

「でも‥そんな高価なもの、本当にいいんですか?」

颯馬

どうぞ遠慮なく

サトコ

「‥これ、すごく欲しかったんです!」

颯馬

つけてあげましょう

穏やかに微笑むと、颯馬さんは後ろから手を回してネックレスをつけてくれる。

颯馬さんの指先が首筋に触れ、ドキドキと鼓動が高鳴る。

(こんなサプライズが待ってるなんて、思いもしなかったな‥)

颯馬

やはりとてもよく似合っています

ネックレスをつけてくれた颯馬さんが、満足そうに微笑む。

サトコ

「ありがとうございます‥嬉しいです」

「でも、記念日でもないのに‥いいのかな?」

颯馬

俺が見たかったんです、それをつけている貴女を

サトコ

「颯馬さん‥」

颯馬

思った通り、とても似合ってますよ

颯馬さんは柔らかに微笑んだ。

(きっと颯馬さん、私がこのネックレスを気に入っていたこと、気付いてたんだな‥)

そして、仕方なく諦めたことにも気付いていたに違いない。

サトコ

「‥ありがとうございます。大事にしますね」

感謝の気持ちを告げると、そっと手を取られた。

颯馬

今日をこのプレゼントの記念日にして、来年も再来年もつけてください

言い終わると同時に、チュッと手の甲にキスを落とす颯馬さん。

サトコ

「はい‥そうします」

私はお姫様気分でポーッとしながら小さく頷く。

颯馬

フッ、そんなに頬を染めて

サトコ

「だって‥嬉しいやら、恥ずかしいやら‥幸せすぎて‥」

キスをされた手の甲に、まだ熱を感じる。

ドキドキと高鳴る鼓動も、収まる気配がない。

颯馬

さっきはどっちでもなんて言ったけど‥

手を取ったまま、真っ直ぐに見つめてくる颯馬さん。

その瞳を見つめ返し、私の頬はより熱くなっていく。

颯馬

「サトコの苗字まで俺色に染めるのも、いいね」

(え‥)

既に赤く染まっている頬に、そっと手を添えられた。

そのままクッと顔を持ち上げられる。

颯馬

その前に、今夜は貴女のどこを俺色に染めようかな?

サトコ

「‥‥!」

熱く甘いキスに、唇を塞がれた。

頬に手を添えたまま、指先で私の耳たぶをもてあそぶ颯馬さん。

(ん‥くすぐったいよ‥)

塞がれた唇から、甘い吐息が漏れてしまう。

耳たぶに触れていた指が、今度は髪に触れてくる。

指先に髪を絡ませながら、そっとゆっくり首筋を撫でていく。

サトコ

「んん‥」

唇が離れ、甘い吐息が声となってこぼれる。

颯馬

いつ聞いても可愛い声だ

耳元で囁かれ、恥ずかしくて目を伏せる。

颯馬

頬も、耳も、首筋も、すっかり赤くなってるよ

(だから‥そういうこと言われると余計に‥)

自分の身体がどんどん熱を持つのがわかる。

サトコ

「あ‥」

颯馬さんの熱い唇が、首筋に押し当てられた。

強く、柔らかく、愛撫するようになぞりながら鎖骨の方へと下りていく。

つけてもらったネックレスが首元で揺れる。

(もうダメ‥立ってられなくなりそう)

そう思った瞬間、ふわりと身体を持ち上げられた。

そのままソファまで運ばれ、そっと寝かされる。

颯馬

今夜はここで‥

妖艶な笑みを浮かべた颯馬さんのキスが、再び唇に落とされた。

唇を重ねたまま、ゆっくりと服を脱がされていく。

颯馬

キレイだ

(颯馬‥さん‥)

露わになった肌に淡い熱を感じながら、私は身も心も颯馬さんの色に染められていった。

Happy  End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする