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ほてりが冷めるまで 後藤2話

【腕相撲大会】

サトコ

「こ、これは‥」

ステージに集まっているのは、筋肉隆々の男性たち。

イベントステージ近くの受付には『腕相撲大会』と書かれていた。

(こ、怖っ!)

やる気に満ち溢れている参加者たちの目は、ギラギラしている。

(早くここから離れて‥)

サトコ

「きゃっ!」

男性

「んっ‥」

男性は腕を押さえながら、ジロリと睨んでくる。

サトコ

「す、すみません!」

男性

「何してくれる!俺の筋肉が痛い痛いって泣いちゃってるじゃないか!」

サトコ

「そ、それは‥」

後藤

女に凄むんて、情けない

後藤さんは私を背に隠すように、一歩前に出る。

男性

「ああ?なんだ、てめぇ‥」

後藤

文句があるなら、俺が聞いてやる

サトコ

「後藤さん‥」

男性

「女の前だからって、かっこつけてんじゃねぇよ!」

男性は後藤さんの胸倉をつかむと、拳を握りしめる。

今にも殴りかかって来そうな男性に、後藤さんは冷ややかな目を向けていた。

後藤

騒ぎを起こしたら、失格になるんじゃないのか?

男性

「くっ‥」

男性は後藤さんを離すものの、その瞳には怒りが滲んでいる。

後藤

‥仕方ない

後藤さんはため息をつき、受付に目を向けた。

後藤

あれで勝負をつけてやる

男性

「そんな細腕で俺に勝てると思ってんのか?」

後藤

ああ

男性

「‥手加減はしないからな」

男性は鼻を鳴らし、受付へ向かっていく。

サトコ

「後藤さん!」

後藤

勝ってくるから、待ってろ

ふっと笑みを浮かべ、私の頭にポンッと手を乗せる。

臆することなく受付に向かう後藤さんに、胸が高鳴った。

(なんだか好戦的だったけど‥大丈夫かな)

(‥今日は後藤さんの色々な一面を見てる気がする)

男性

「本当にここまで勝ち進んで来るとはな」

後藤さんは順調に決勝戦まで勝ち進み、最後の相手はあの男性だった。

男性

「俺はこの日のために特訓してきたんだ。絶対に負けねぇ!」

男性に意気込みに、会場のボルテージが一気に上がる。

後藤

いいから、さっさとやるぞ

男性

「てめぇ‥」

女性1

「ねぇ、あの人クールでかっこよくない?」

女性2

「ね!私、あの人応援しよっと!」

会場にいる女性たちは、後藤さんに黄色い声援を送っていた。

(私も‥!)

サトコ

「後藤さーん!頑張ってください!」

後藤

‥‥‥

後藤さんは真剣な眼差しで、男性と手を組む。

司会

「両者、準備はいいですね?」

「レディー‥ファイッ!」

そして、決勝戦の幕が切って落とされた。

【屋台】

サトコ

「一瞬で倒しちゃうなんて、すごいです!」

後藤

まあ、思ったより手応えがなかったな

見事優勝を決めた後藤さんには、優勝賞品が入った紙袋が渡された。

先ほどまで屈強な男性たちをねじ伏せていた手は、今は私の手を優しく握っている。

(私のために、頑張ってくれたんだ‥)

ふと、試合をしている時の後藤さんを思い返す。

サトコ

「後藤さんの声援、すごかったですね」

(特に、女の子の声援が‥!)

決勝戦で相手を倒したときは、会場中の女の子が後藤さんに釘付けになっていた。

(私も頑張って声を出したけど‥)

後藤

‥アンタの声援、ちゃんと聞こえてた

サトコ

「え?」

後藤

あれだけ人がいても、サトコの声はすぐに分かる

一瞬で勝負を決められたのも、アンタの声援があったからだ

‥ありがとな

優しく微笑む後藤さんに、胸の奥がきゅーっと締め付けられる。

サトコ

「っ、はい!こちらこそありがとうございます‥!」

私は満面の笑みで返した。

(暑い‥)

あれから色々見て回っていると、頭がぼんやりしてきた。

帯の締め付けが窮屈に感じ、足元がふらつきそうになる。

後藤

‥顔色、悪いぞ

サトコ

「だ、大丈夫です‥」

後藤

嘘をつくな。明らかに大丈夫って顔じゃないだろ

とにかく、この場から離れた方がいいな

(あ‥)

後藤さんは私の手を引き、人混みから外れる。

【神社】

後藤

この辺りで休むか

そして私たちがやって来たのは神社の境内だった。

後藤

ここで座ってろ、俺はすぐ飲み物を‥

神主

「おや?貴方たちは‥」

適当なところで腰を下ろすと、社務所から神主さんが出て来た。

後藤

すみません。彼女が体調を崩してしまったので少し休憩させていただいていて‥

神主

「そういうことなら、そこの社務所で休んでください」

後藤

いいんですか?

神主

「ええ。ここで休むよりいいでしょう」

「今の時間は誰もいないので遠慮なく使ってください」

「お水も用意しましょう」

神主さんは柔らかい笑みを浮かべ、私たちを社務所に案内してくれた。

【社務所】

社務所は薄暗く風通しのいいせいか、外よりも幾分涼しかった。

後藤

あそこで神主に会えてよかったな

後藤さんは私の正面に立つと、帯に手を掛けてくる。

サトコ

「ご、後藤さん‥?」

後藤

じっとしてろ

<選択してください>

A: 自分で帯を緩める

(確かに、帯が少し窮屈だけど‥)

後藤さんに緩めてもらうのは、少し恥ずかしい。

サトコ

「大丈夫です。自分でやりますから」

(あ、あれ‥?)

帯を緩めようとするも、まだぼんやりしているのか手元がおぼつかない。

後藤

いいから、俺に任せろ

サトコ

「っ‥」

真剣な表情で、丁寧に帯を緩めてくれる後藤さん。

そんな後藤さんに、鼓動が逸った。

B: こ、こんなところでダメです!

サトコ

「こ、こんなところでダメです!」

後藤

は?何を言ってるんだ

サトコ

「何って‥」

後藤

帯が窮屈そうだから、少し緩めようとしただけだ

サトコ

「えっ!?」

(そ、そういうことだったんだ‥)

あまりの勘違いに、顔が真っ赤になる。

後藤

アンタな‥

後藤さんは私の勘違いに気付いたのか、苦笑いをする。

後藤

このくらいでいいか?

サトコ

「はい‥」

帯を緩めると、後藤さんは私の耳元に唇を寄せる。

後藤

‥ここから先は、体調がよくなってからな

サトコ

「!」

(今のはズルい‥)

くすっと微笑む後藤さんに、私の熱は更に上がりそうになった。

C: じっとしている

サトコ

「は、はい‥」

(後藤さんに帯を緩めてもらうのは、少し恥ずかしいけど‥)

その場でじっとしていると、後藤さんがゆっくりと帯を緩めてくれる。

後藤

‥‥‥

(後藤さんは親切心でやってくれてるのに‥)

真剣な表情で丁寧に帯を緩めてくれる後藤さんを前に、高鳴る胸を必死に抑えた。

後藤

これくらいでいいか?

サトコ

「はい‥ありがとうございます」

後藤さんはその場に座ると、膝を軽く叩く。

後藤

ほら、乗せろ

サトコ

「乗せるって‥」

(もしかしなくても‥膝枕、だよね?)

(後藤さんの膝枕なんて、レアすぎる‥!)

後藤

早くしろ

サトコ

「は、はい」

私は横になると、後藤さんの膝に頭を乗せる。

(膝、硬いな‥すごく鍛えてるもんね‥)

そっと瞼を閉じると、頭に後藤さんの手が乗せられた。

頭を撫でる優しい手つきが、とても気持ちいい。

(落ち着く‥)

私は後藤さんの優しさに包まれながら、少しの間まどろみに身を任せた。

(もうそろそろ、花火の時間だよね)

社務所の時計を見ると、いつ始まってもおかしくない時間だった。

(体調も良くなってきたし、出来るなら見たいけど‥)

無理をして、後藤さんを困らせたくない。

そんな思いが、胸の中をぐるぐる回っていた。

後藤

体調はどうだ?

サトコ

「もう大丈夫です」

後藤

そうか。なら、よかった

後藤さんに支えてもらいながら起き上ると、紙袋が目に入る。

サトコ

「そういえば、大会の賞品ってなんだったんですか?」

後藤

さあな。見てみるか

後藤さんは紙袋を開け、中のものを取り出す。

後藤

プロテインに栄養剤、それに簡易マッサージ器‥なんだこれは

サトコ

「後藤さんマッチョ計画ですね?」

後藤

アンタ使うか?

サトコ

「えっ」

後藤さんの言葉に、去年の夏を思い出す。

(筋肉をつけすぎて、ムキムキになっちゃったんだよね‥)

サトコ

「い、いえ‥遠慮します」

後藤

去年はかなり鍛えてただろ?来年はアンタが出場するか

サトコ

「しません!」

即答する私に、後藤さんは楽しそうに笑う。

(もう、絶対からかってるよね‥)

だけど、先ほどまでの胸のモヤモヤはどこかに消え去っていた。

サトコ

「こういうのは、優勝した本人が‥‥」

ドーンッ!

サトコ

「!」

大きな音が、私の言葉を遮る。

後藤

もうそんな時間か‥。サトコ

後藤さんは私の手を取ると、縁側に移動する。

そして、ふすまを開けると‥‥

サトコ

「わぁ‥!」

遮るものが何もなく、いくつもの花火が綺麗に見えた。

後藤

ここは穴場らしい。さっき、神主が教えてくれたんだ

サトコ

「そうだったんですね」

私たちは顔を見合わせて微笑むと、縁側に座る。

(花火は見れないって諦めてたけど‥)

2人だけの空間に、打ちあがる花火の音が鳴り響く。

私たちの間に言葉はなく、ただ夜空をジッと見つめていた。

後藤

サトコ‥

ふいに優しい声音で名前を呼ばれ、そっと肩を抱かれる。

後藤

‥アンタの浴衣姿、色っぽいな

サトコ

「そう、ですか?」

後藤

ああ

後藤さんの口から浴衣の感想が聞けて、じんわり喜びが込み上げてくる。

サトコ

「‥嬉しいです」

「会った時、何も言われなかったから‥」

後藤

それは‥

後藤さんは少しだけ視線を泳がせ、私の頬に手を添える。

後藤

‥似合いすぎて、言葉に出来なかったんだ

サトコ

「ん‥」

まるで照れ隠しをするかのように、唇が重なった。

触れるだけのキスを何度か繰り返すと、後藤さんはゆっくりと私の額に自分の額を重ねる。

<選択してください>

A: 可愛いですね

サトコ

「ふふっ、後藤さん可愛いですね」

後藤

は?

サトコ

「頬、赤くなってますよ」

後藤

それは、アンタが‥

サトコ

「私が?」

後藤

‥なんでもない

後藤さんは少しだけ不満そうに、私の唇を撫でる。

後藤

男が可愛いって言われて、喜ぶと思うなよ?

B: もっとしてほしいです‥

サトコ

「もっとしてほしいです‥」

後藤

っ‥

真っ直ぐ瞳を見つめると、後藤さんの頬がさらに赤くなった。

そして私の頭の後ろに手を移動させ、ぽつりと呟く。

後藤

‥煽ったのは、アンタだからな

責任、とれよ

C: 花火見ませんか?

至近距離で見つめられ、心臓が持ちそうにない。

サトコ

「あ、あの‥花火見ませんか?」

後藤

今は花火よりも、アンタを見ていたい

サトコ

「っ‥」

後藤

嫌か?

サトコ

「‥断れないの分かってて、言ってますよね?」

後藤

さあ、どうだろうな?

後藤さんはいたずらな笑みを浮かべ、私の瞳を覗き込んだ。

サトコ

「ん‥」

そして、少しだけ強引に唇を奪われる。

花火の音を気にも留めず、お互いを求めるようにキスを交し合った。

(あっ‥)

何度目かのキスの途中、浴衣の合わせから後藤さんの手が差し込まれそうになる。

サトコ

「ご、後藤さん‥」

後藤

‥悪い

後藤さんは手を引くと、苦笑しながら顔を離した。

後藤

雰囲気に飲まれたな

サトコ

「は、はい‥」

(びっくりした‥)

縁側に座り直すと、手が重ねられる。

手の甲をそっと撫でられ、なんだかこそばゆかった。

後藤

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

私たちの間に沈黙が訪れ、花火の音だけが遠くに響く。

だけどそれはとても心地いいもので‥。

(来年も再来年も‥後藤さんと同じ夏を過ごせたらいいな)

花火を見上げながら、思いを馳せるように心の中で呟く。

私たちはお互いの手を重ねたまま、温かくて優しい時間を過ごした。

Happy  End

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