カテゴリー

ほてりが冷めるまで 東雲2話

【公園】

サトコ

「あ‥あの‥これは‥」

慌てて身体を起こそうとしたものの、めまいがひどくて思うように動けない。

宮山

「ダメですよ、先輩。大人しく寝ていてください」

「まだ具合が悪いんですから」

東雲

へぇ‥具合がね

一体どうしたの、氷川さん?食あたりでもした?

サトコ

「いえ‥あの‥」

宮山

「たぶん熱中症だと思います」

東雲

‥キミに聞いてないんだけど

宮山

「すみません。でも氷川先輩、喋るのも億劫そうなので」

「僕が代わりに答えさせていただきました」

東雲

そう‥ずいぶん面倒見がいいんだね

宮山

「ええ、氷川先輩は『僕の』指導官ですし」

「なにより僕は先輩に頼られていますから」

(ちょ‥)

東雲

‥頼る?

宮山

「はい。ここに来たのも、先輩が『助けて』って電話をくれたからなので」

(違っ‥)

(それは教官の番号と間違えただけで‥)

東雲

へぇ、そう‥

宮山に助けを‥ね‥

揶揄するようなその口ぶりに、私はぶるりを身体を震わせた。

(終わった‥)

(これって、このあと教官はニッコリ笑って‥)

(「じゃあ、あとはよろしく」って帰っちゃうパターン‥)

東雲

‥そう、わかった

じゃあ、あとはよろしく

(ほら、やっぱり‥)

東雲

って言いたいところだけど

ふ、と影が落ちてきて、背中と膝裏に手を差し込まれた。

(え‥)

(ええっ!?)

(これって、まさかのお姫様抱っこ‥)

宮山

「な‥何をするんですか!氷川先輩はまだ具合が‥」

東雲

知ってる。けど、こっちも用があるから

とりあえず礼を言うよ

『ウチの補佐官』を助けてくれて

宮山

「‥っ」

(教官‥)

東雲

なに縮こまってるの。芋虫のつもり?

サトコ

「い、いえ‥」

東雲

じゃあ、首に掴まって

(なんだか夢みたい‥)

(前は、俵を担ぐみたいに運ばれてたのに‥)

教官の首筋に顔を埋めると、汗とユーカリの香りがした。

【タクシー】

東雲

すみません。ひとまずA小学校付近まで

タクシーがゆっくり走り出すと、教官は私の顔を覗き込んできた。

東雲

具合は?

サトコ

「少し‥マシに‥」

東雲

じゃあ、これ飲んで

経口補水液。ゆっくりでいいから

こく、こく、と液体が喉を通っていく。

少し元気になった気がするのは、水分を摂ったからだろうか。

東雲

‥味は?

サトコ

「少し甘い‥かも‥」

東雲

じゃあ、脱水症状を起こしてるね

何ともなければしょっぱく感じるはずだから

(そうなんだ‥)

ようやく、ボトルが1/3ほど空いた。

ふ、と息をついたところで、ある疑問が頭に浮かんだ。

サトコ

「あの‥どうして分かったんですか‥」

東雲

なにが?

サトコ

「私が‥公園にいるのが‥」

東雲

ああ、そのこと

GPSを仕込んでただけ

サトコ

「え‥私に‥?」

東雲

バカなの。そんなわけないじゃん

小銭入れ。キミに渡したヤツ

(ああ、なるほど‥)

東雲

で、移動場所を確認したら突然公園のあたりで動かなくなるし

そのわりに連絡も来ないし

それで足を運んでみたら、なぜか宮山がいるし

サトコ

「‥っ」

「あれ‥は‥」

東雲

遠慮したの?オレに

(え‥)

東雲

宮山には連絡できて、オレにはできなかった?

サトコ

「違‥」

「あれ‥間違い‥」

東雲

‥は?

サトコ

「教官に‥かけるつもりで‥」

「でも最初の着歴‥教官‥じゃなくて‥」

東雲

‥つまり、こういうこと?

着信履歴からオレに電話するはずが、表示されたのが宮山の番号で‥

それに気付かず連絡した‥と

サトコ

「はい‥」

(そうだ、昨日最後に電話がかかってきたの‥宮山くんだったんだ‥)

(レポートのことで話し合う必要があって、それで‥)

東雲

貸して

サトコ

「え‥?」

東雲

キミのスマホ

サトコ

「はい‥でも、ロックがかかって‥」

東雲

平気。解除できるから

(平気って、でも解除番号を教えた覚えは‥)

東雲

‥はい、解除

サトコ

「!」

東雲

あとは‥

サトコ

「あ、あの‥なにを‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「教官‥?」

東雲

‥はい、こっちも完了

発信履歴と着信履歴、一部消しておいたから

ほら、と差し出された履歴のトップにあるのは、どちらも教官の連絡先で‥。

サトコ

「あの、もしかして‥」

<選択してください>

A: 妬いてますか?

サトコ

「妬いて‥ますか?」

東雲

べつに

サトコ

「でも、宮山くんの番号‥」

東雲

あれはただのミス防止

キミが同じ間違いを繰り返さないように削除して‥

‥‥‥

‥なに、ニヤけてんの

サトコ

「え‥」

東雲

キモ。勘違いしすぎ

とにかく妬いてなんかいないし

(でも、教官‥顔が赤いです‥)

B: 心配してますか?

サトコ

「心配‥してますか?」

東雲

は?

サトコ

「でも、ほんと‥宮山くんとは何も‥」

「ただの後輩で‥」

東雲

‥わかってる

ていうか知ってるから。それくらい

(教官‥)

C: 老眼ですか?

サトコ

「老眼ですか?」

東雲

‥‥‥は?

サトコ

「だって、スマホ‥すごく目‥細めて見てて‥」

「画面‥見えないのかな‥なんて‥」

東雲

‥そういうの、オレの前で言ってもいいけど

とりあえず室長の前では禁止ね

サトコ

「え‥」

東雲

室長、意外と敏感だから

ヘタするとキミ、卒業できなくなるから

サトコ

「そう‥ですか‥」

(それはさすがに困るな‥)

タクシーがゆっくりと減速する。

どうやら教官の家が近いようだ。

東雲

歩ける?

歩けないなら、おんぶするけど

(おんぶ‥)

(おんぶ‥おんぶ‥)

サトコ

「あ‥いえ‥大丈夫‥」

東雲

わかった。おんぶする

頭、働いてないみたいだし

(え‥)

東雲

本当に大丈夫なら、もっと食いつくじゃん

『おんぶよりお姫様抱っこがいいです~』とか‥

(あ‥確かに‥)

サトコ

「すごいです‥教官‥」

「私のこと‥分かってて‥」

東雲

‥当然

キミのこと、うんざりするくらい見てるし

(‥え?)

聞き返そうとしたところで、後部座席のドアが開いた。

教官は支払いを済ませると、背中を向けて「ほら」としゃがみ込んでくれた。

【東雲マンション 寝室】

寝室に入るなり、教官のベッドに寝かされた。

(こっちで寝るの、久しぶりだな)

(最近ずっとお客さん用のお布団だったし‥)

そよそよと心地よい風が、汗ばんだおでこを撫でていく。

視線を動かすと、教官が私のうちわで風を送ってくれていた。

サトコ

「教官‥それ‥」

東雲

ああ、借りてる

エアコンで部屋が冷えるまで、少し時間がかかりそうだし

サトコ

「でも‥乾燥‥」

東雲

いいよ、1日くらい

肌の手入れなら毎日してるから

素っ気ない口調。

けれども、そこから感じ取れるのは「優しさ」ばかりだ。

(今日の教官‥いつもより甘口だな‥)

(さっき飲んだ‥経口補水液‥みたい‥)

まぶたが重たくなってきて目を閉じた。

おでこを撫でられた気がしたけど、眠くてもう確かめようがなかった。

結局、そのまま数時間ほど眠ってしまっていたらしい。

目が覚めると、時計の針は4時を指していて‥

【リビング】

東雲

‥ああ、起きた?

具合は?

サトコ

「もう平気です」

東雲

だったら隣に来れば?

サトコ

「‥‥‥」

東雲

‥なに、まだ頭働いてないの?

サトコ

「いえ、そんなことは‥」

「ただ、いろいろ迷惑かけたなと思って‥」

東雲

‥‥‥

サトコ

「教官は『家にいたい』って言ってたのに‥」

「炎天下の公園まで迎えに来てもらって‥」

東雲

‥なんか勘違いしてるようだけど

教官は、手にしていた新聞を畳むとテーブルの上にパサッと投げた。

東雲

家にいたい一番の理由は『ゆっくりしたい』ってだけだから

サトコ

「え‥」

東雲

確かに、日焼けはしたくないし

人混みも、不必要な汗をかくのもイヤだけど‥

一番の懸念点は『キミ』だったし

(‥私?)

東雲

キミと出かけると、予定どおりに物事が進まないことが多いじゃん

道に迷ったり、へんなトラブルに巻き込まれたり‥

(う‥)

東雲

温泉で男湯と女湯を間違えたり

プールでシリコンパッドをなくしたり‥

(ううっ、過去の古傷が‥)

東雲

普段はそれでも構わないけど、今日は猛暑日だったから

さすがにそういう事態を避けたかっただけ

(た、確かに‥)

東雲

それでも結果的には巻き込まれたわけだけど

想定内だよ。これくらいのことは

(教官‥)

淡々とした口調の割に、そこから感じ取れるのはやっぱり「優しさ」で。

おかげで、胸がジーンとしてしまって。

サトコ

「教官ーっ、大好き‥」

「‥ぶはっ!」

「ずるいです!」

「せっかく抱きつきたかったのに、クッションでガードとか‥」

東雲

だってキミ、暑苦しいし

宮山がいなくても『1人温暖化』って感じだし

(ひどい!)

東雲

でも、まぁ、良かったよ

ようやく通常運転みたいで

サトコ

「‥はい!」

大きく頷いたところで、ふと大事なことを思い出した。

サトコ

「そういえば、私が買ってきたアイスって‥」

東雲

ああ、あれね

冷凍庫にあるよ。気になるなら食べれば?

サトコ

「えっ、でも教官は‥」

東雲

いらない

一度溶けたのを凍らせたのって味が落ちてるし

(そんなぁ)

(炎天下のなか、せっかく買ってきたのに‥)

東雲

惜しいならキミが食べれば?

で、教えてよ。どんな味だったのか

糖分不足のオレに

サトコ

「そんなの、口で伝えても意味が‥」

(‥ん、「口」?)

(それってもしかして‥)

私は、急いで冷凍庫を開けると、ピーチネクターアイスを持ってきた。

サトコ

「じゃあ、いただきます」

東雲

‥‥‥

(う、意外と甘い‥)

(ジュースの時よりピーチ味がきいてる感じ‥)

東雲

それで感想は?

<選択してください>

A: 甘いです

サトコ

「甘いです」

東雲

どれくらい?

サトコ

「普段のネクターを10倍甘くした感じ‥でしょうか」

東雲

‥24点

サトコ

「えっ」

東雲

今のじゃ、ちっとも伝わらない

ほら、ちゃんと教えてよ

どうせならこっちで

教官は薄く笑うと、私の下唇をすーっと撫でた。

サトコ

「じゃあ、その‥今から教えますけど‥」

B: いまいち

サトコ

「正直いまいち‥」

東雲

あっそう

じゃあ、いらない‥

サトコ

「待って、嘘です!」

「ちゃんと糖分補給してください!」

東雲

どうやって?

サトコ

「それは‥」

C: ナイショです

サトコ

「ナイショです」

東雲

‥ふーん

だったら自分で食べるしか‥

サトコ

「あっ、ダメです!」

「教官は食べないって言ったじゃないですか!」

東雲

でもキミ、教える気がないみたいだし

サトコ

「そんなことないです!教える気満々です!」

東雲

へぇ、どうやって?

サトコ

「それは‥」

教官の肩に手を置いて、自分から唇を近づけていく。

ノックするように何度か唇をぶつけると、するりと中に招き入れてもらえた。

サトコ

「ふ‥」

いつもより早くはじまった深いキス。

舌に残っていたピーチ味が、徐々に別のものへと変わっていって‥

サトコ

「‥伝わりましたか?」

東雲

ぜんぜん

ちょっと甘い程度

サトコ

「だったら‥」

またアイスを食べようと身体をよじる。

それなのに、なぜかがっちりと頬をホールドされてしまった。

サトコ

「あの‥」

東雲

言ったじゃん、足りないって

サトコ

「だから‥」

東雲

味あわせて‥もっと‥

唇の表面を、端からゆっくり味見するようになぞられる。

サトコ

「‥っふ‥」

くすぐったくて、でもどこかじれったくて‥

いつの間にか、私はわずかに唇を開いていた。

東雲

‥何その顔。誘ってんの

(だって‥)

サトコ

「夏‥ですし‥」

東雲

またその言い訳?

ほんと‥世間に踊らされすぎ‥

サトコ

「‥すみません」

東雲

でも、まぁ、せっかくだし‥

一緒に踊ってあげてもいいけど

蝉の鳴き声が届く部屋の中で、私たちは再び唇を味わいあう。

軽く汗ばみながら‥

アイスクリームより甘いものを2人でシェアするように。

Happy  End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする