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誕生日 難波1話

【教場】

サトコ

「おはよ‥」

訓練生たち

「誕生日おめでとう!」

訓練生A

「ありがとう!」

サトコ

「!?」

その朝、教場に入ると、一角に集まっていた訓練生たちの声が耳に飛び込んできた。

(誰かの誕生日なのかな?)

人垣を覗き込もうと背伸びした私の肩越しに、鳴子が顔を覗かせる。

鳴子

「おはよ、サトコ」

サトコ

「ああ、おはよ。鳴子」

鳴子

「結構いいもんだね、男同士で祝いあう姿っていうのも」

「もちろん、男女で祝いあうのはもっといいけど!」

サトコ

「そ、そうだね‥」

鳴子

「私も誕生日を祝ってくれる彼氏、そろそろ作っとかないとなー」

鳴子はブツブツ言いながら席に着いた。

(そっか‥誕生日ね‥)

(室長の時は、どんな風に祝ってあげようかな)

そこまで考えて、ふと重要なことに気付いた。

(そういえば私、室長の誕生日知らないかも!?)

こっそりスマホを取出し、室長にさっそくLIDEでメッセージを打つ。

『おはようございます!ところで室長のお誕生日っていつですか?』

♪~

返事はすぐにあったけれど、送られてきたのは牛のスタンプが一つだけ。

(ん?牛‥?それってまさか‥)

『おうし座ですか?』

♪~

今度は『THAT’S RIGHT!』と書かれたノリノリのおじさんのスタンプが送られてきた。

サトコ

「そっか‥おうし座か‥」

(ちょっと待って?確かおうし座って、今くらいの時期じゃなかったっけ?)

慌ててネット検索すると、やはりおうし座は4/21~5/20生まれの星座と書いてある。

(そんな‥今日はもう5月だし!)

(まさか、うっかり過ぎちゃってるなんてことは‥)

『4月?5月?何日ですか???』

慌ててメッセージを送ったけれど、結局それはいくら待っても既読にはならなかった。

【廊下】

サトコ

「まだ未読だよ‥」

放課後、廊下を歩きながらLIDEをチェックして、思わずため息がこぼれた。

(やっぱり直接聞かないとダメかな)

(でもいきなり明日とか言われたら大変だし、お誕生日プランもちゃんと考えておかないと‥)

サトコ

「何がいいだろ‥」

ドン!

サトコ

「わ、す、すみません!」

ぼんやり歩いていたら誰かにぶつかって、慌てて頭を下げた。

???

「なーに、ぼんやりしてんだ~?」

(ん?この声‥)

サトコ

「室長‥!」

難波

なんだ、お前か~

そんな風にしてると、また目地に躓いてこけるぞ

サトコ

「う‥」

恨めしく室長を見上げる。

その表情は、なんとなく精彩を欠いているように見えた。

(なんだかすごく疲れてる‥?)

(どうしたんだろ‥何かまた厄介な問題でも起きてるのかな‥?)

サトコ

「大変なんですか?」

難波

ん?何がだ?

サトコ

「いえ、その‥なんだか疲れてそうなので‥お忙しいのかなって」

難波

そんなに疲れた顔してるか?

室長はジョリジョリと無精ひげを撫でた。

サトコ

「それに‥」

難波

それに?

サトコ

「LIDEでお誕生日聞いた後、何のリアクションもなかったので‥」

難波

お?そうだったか?

室長は慌ててスマホを取出し、メッセージをチェックした。

難波

おお、すまんすまん。朝から会議続きで見てる暇がなかった

はい、既読と‥

室長は画面にポチッと触れ、満足げに頷く。

サトコ

「‥それで?」

難波

ん?なにが?

サトコ

「誕生日です!ちゃんと日にち教えてください!」

難波

ああ、誕生日な

確か‥

室長は再び無精ひげをジョリジョリしながら天を仰いだ。

難波

5月の17‥18‥いや、19か?

サトコ

「あ、あの‥?」

(もしや、自分の誕生日を覚えてない!?)

(‥なんて、まさかね)

一瞬愕然となるも、気を取り直してなんとか正確な日にちを思い出してもらおうと躍起になる。

サトコ

「も、もう一声!」

「頑張って思い出してください!」

(室長、お願いですからっ!)

難波

うーん、ここ最近、そんなこと考えたこともなかったからなぁ

(考えないと忘れちゃうほど、まともに祝ったりしてなかったってことか‥)

(ここはますます、私がちゃんと祝ってあげないと!)

1人で頷きながら考えていると、いつの間にか室長がじっと私の顔を覗き込んでいた。

サトコ

「‥?」

難波

お前、何でそんなこと知りたいんだ?

サトコ

「え?」

難波

もしかして、祝ってくれようとか思ってんのか?

サトコ

「えっ‥そ、それは‥」

(なんてストレートなご質問‥)

あまりにストレートすぎてどう答えたらいいか分からずにいると、

室長は笑いながら私の頭に手を置いた。

難波

ありがとさん

でもね、おっさんの誕生日なんてもうめでたくもなんともないんだから

祝ってくれることなんかねぇぞ

サトコ

「!」

室長は私の頭にもう一度ポンと手を置くと、そのまま歩いて行ってしまう。

(そんなぁ‥)

【寮 自室】

(いくらやらなくていいと言われても、やっぱりめでたいものはめでたいよね!)

その夜、部屋に戻ってからも悶々と考えていた私は、ようやく心を決めた。

サトコ

「うん、やろう!」

(どうせやるなら、誕生日の後より前がいいよね)

(だとしたら、まずは誕生日直前の週末にデートの約束をして‥)

サトコ

「プレゼントは、と‥」

スマホであれこれ調べてみるが、どれもいまいちピンとこない。

(室長くらいになると、欲しいものは何でも自分で買えちゃうだろうしなぁ)

サトコ

「困ったなぁ‥」

その時、『記念日に彼と過ごす贅沢な時間』という特集ページが目に飛び込んできた。

サトコ

「贅沢な時間か‥これ、いいかも!」

(室長といえばいつもラーメン屋台か赤ちょうちんの居酒屋ばっかりだし)

(たまには高級そうなお店でゆったりと‥)

いつかの潜入捜査の時に見た、室長のスーツ姿が蘇る。

難波

おい

サトコ

「え‥え?ええ!?」

「室長、ですか?」

難波

おいおい‥勘弁しろよ


(あの時の室長、いつもと全然雰囲気違ってカッコよかったよね)

ビシッとしたスーツ姿の室長と並んで、ドレス姿の自分が出かける図を想像してみた。

(優雅に高級フレンチとかもいいけど、海風に吹かれてクルージングなんかも楽しそう‥)

(豪華な時間をプレゼント作戦、すごくいいかも!)

1人で盛り上がりつつ検索を進めていくと、

『ゆっくりと疲れをほぐす最上のリラックスタイムをお届け』という広告が目に入った。

サトコ

「オール個室の高級整骨院か‥」

2人で並んで整体師にバキバキ骨格を治されている図を思い描く。

(高級エステとかならまだしも、誕生日に整体はいまいちかな‥)

(やっぱり、クルージングか高級レストラン系で攻めてみよう!)

大体の方向性が決まったところで、デートの約束をしようと室長に電話を掛けた。

サトコ

「‥‥‥」

(繋がらないな‥)

(学校でも疲れた顔してたし、やっぱり忙しいのかも?)

(誕生日なんて浮かれてる場合じゃないって思われちゃうかなぁ)

【ビル前】

あの後、なんとか誕生日直前の週末デートの約束を取り付けた。

(忙しいなら無理しないでとは言ったけど、ちゃんと来てくれるかな)

サトコ

「いっけない!ギリギリかも!」

慣れない化粧に手間取ってしまい、可憐なワンピース姿で走り出した。

難波

‥‥‥

サトコ

「わ、室長もう来てる!」

珍しく、室長は先に来て待っていてくれた。

いつかのような、ビシッとしたスーツ姿で。

(わ‥やっぱりカッコいい‥!)

サトコ

「室ちょ‥」

室長に声を掛けようとした、その時‥

難波

ふぁ‥

サトコ

「!」

室長が大きなあくびをした。

その後も、何度もあくびをかみ殺すようにしながらその疲れの残る瞳をしばたたかせている。

難波

‥‥‥

(室長、やっぱり疲れてるみたい‥)

(今日も相当無理して時間作ってくれたのかな)

こうして呼び出してしまったことがよかったのか、悪かったのか。

答えの出ぬまま、私は室長を見つめてその場に立ち尽くした。

to  be  continued

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