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誕生日 難波2話

【待ち合わせ場所】

サトコ

「室ちょ‥」

難波

ふぁ‥

サトコ

「!」

駆け寄ろうとした私に気付かず、室長は大きなアクビをした。

その後も、何度もアクビをかみ殺すようにしながら疲れの残る瞳をしばたたかせている。

難波

‥‥‥

(室長、やっぱり疲れてるみたい‥)

難波

おお、来たか

どうした?そんな所にぼんやり突っ立って

サトコ

「いえ‥すみません。お待たせしちゃって」

難波

いや、俺もさっき来たとこだ

室長は笑顔を作るが、その顔からはやはり疲れが滲んでいる。

サトコ

「あの‥お仕事、大丈夫でしたか?」

難波

ん?ああ、まあ‥な

室長は何となく言葉を濁した。

(やっぱり忙しそう。そんな風に誘って、かえって迷惑だったかも‥)

難波

心配すんな

よほどのことがない限り、途中で仕事に戻ったりしねぇから

サトコ

「‥はい」

(室長、必死に時間作って駆けつけてくれたんだよね)

(それなのに、これから肩ひじ張った高級フレンチとクルージングって、どうだろう‥?)

迷う心に、いつかの室長の言葉が蘇る。

難波

ぷは~

しみるなあ

やっぱり、チキンソテーとかそんなんより、焼き鳥だよな

(室長はきっと、オシャレなところよりも赤ちょうちんの居酒屋みたいな方が落ち着くんだよね)

(室長のために頑張って練ったプランだけど、今の室長に必要なのはこんなのじゃないかも‥)

難波

で?どこに連れて行ってくれるんだ?

サトコ

「あっ、そ、それが‥」

難波

なんだよ。秘密にしないといけないくらい、いいとこなのか?

サトコ

「い、いいとこはいいとこなんですけど‥」

(どうしよう‥)

一瞬迷いがよぎったけれど、すぐに気持ちが決まった。

サトコ

「ちょっと待っててもらえますか?」

難波

‥って、ここでか

サトコ

「すぐですから、すぐ!」

難波

不思議そうに私を見る室長の視線から逃れるように、私は物陰に飛び込んだ。

スマホを取出し、大急ぎで電話を掛ける。

サトコ

「あの、本日予約していた氷川ですが‥」

「大変申し訳ないんですけど、キャンセルで‥」

【整骨院】

サトコ

「着きました!ここです」

難波

整‥骨‥院‥?

サトコ

「はい!」

あの後、予約をすべてキャンセルした私は、大急ぎでこの高級整骨院の予約を取った。

難波

スーツで来いなんていうから、どこに連れて行かれるのかと思えば‥

室長はしばしポカンとした後、おかしそうに笑った。

難波

でもいいな、こういうの

最近、全身ガチガチだったしな~

室長はちょっと嬉しそうに店内を覗き込んだ。

その姿が無邪気な子どものようで、私もようやく笑顔になる。

(やっぱり今の室長に必要なのはこっちだよね)

難波

でもなんか、俺の知ってる整骨院とは雰囲気が‥

サトコ

「一応ここ、高級整骨院なんですよ?」

難波

高級?整骨院に高級とか中級とかあんのか?

サトコ

「中級‥とかはよく分かんないですけど、ここはきっとすごいんです」

「だって、個室でカップルで一緒に施術してもらえたりするんですよ?」

難波

おお~それは完全に未体験ゾーンだな

ますます楽しみになって来たぞ

室長はノリノリで整骨院のドアを開けた。

(ようやく元気な室長が戻ってきたみたい)

(プラン、変更してよかったな)

【街】

高級整骨院でのフルコース施術を終えた室長は、見違えるように顔色がよくなっていた。

難波

いや~腰が軽い、軽い

こんなおっさん向けデートコースを考えてくれてありがとうな

サトコ

「そ、そういうわけじゃ‥私も、一度行ってみたかったですし」

難波

もしかして、整骨院初体験か?

サトコ

「まあ‥」

難波

そうだよな~その若さじゃなぁ‥

サトコ

「で、でも!すごく気持ちよかったです」

難波

だろ?いいんだよ

骨格が整うと血行も良くなってな。腹が減る

(あ‥そうだ。フレンチをキャンセルしたっきり何も考えてなかった‥)

サトコ

「ご、ご飯、何が食べたいですか?」

難波

う~ん、そうだなぁ‥

(せっかくおめかししたけど、やっぱり室長は赤ちょうちんみたいな方が落ち着くよね)

サトコ

「なんなら、いつもの‥」

難波

特に決まってないなら、俺が店を決めてもいいか?

サトコ

「も、もちろんです!」

難波

じゃあ、行こう。整骨院の礼だ

室長はグイッと私の手を引くと、大股で歩き出した。

【ホテル】

サトコ

「こ、ここは‥」

(すごく高級なホテルだよね。私も名前くらいは聞いたことあるけど‥)

ドアマンが開けてくれたエントランスを通り抜けると、

室長は迷わずエレベーターで最上階のボタンを押した。

サトコ

「あ、あの‥?」

難波

最上階のバーだけど、いいよな?

サトコ

「バー‥ですか‥」

(ホテルのバーなんて来たことないな)

(ましてやここは超のつく高級ホテルだし‥)

不安そうな顔をしていたのか、室長は私を見てクスッと笑った。

難波

バーって言っても、ちゃんと飯も美味いから安心しろ

たまには、こういうとこもいいだろ

お互い、せっかくキメてきたんだし

室長は、鏡に向かって軽くポーズを決めた。

(室長、全部分かってたんだ‥私が考えてたこと)

【バー】

サトコ

「お誕生日おめでとうございます」

難波

おう、どうもな

この歳になってもまだこうして祝ってもらえるとは‥

俺もつくづく幸福なヤツだね~

夜景の美しいボックス席に並んで、しばらくゆっくりとグラスを傾けた。

サトコ

「それで、結局いつなんですか?室長の誕生日」

難波

ああ、それな~

あの後よくよく免許を見てみたら、19日だったわ

サトコ

「免許って‥まさか、本当に忘れてたんですか?」

難波

ははは‥まあ、おっさんなんてみんなそんなもんだ

こんな風に‥

言いながら、室長は手を絡ませてきた。

サトコ

「!」

難波

自分の誕生日を祝ってくれる女でも現れない限り‥

少し潤んだ目で見つめられ、ドキッとなった。

思わずグラスのシャンパンを勢いよく飲み干してしまう。

難波

おいおい‥ペース早くないか?

サトコ

「だ、大丈夫です‥!」

難波

ほら、ちゃんと食いもんも食わないと‥すぐに酔いが回っちまうぞ?

室長は子どもの面倒でも見るように、運ばれてきた料理を私の取り皿に取り分けてくれた。

難波

美味いから、食ってみろ

言われるままに、フォークを口に運ぶ。

サトコ

「ホントだ‥おいしい‥!」

難波

だろ?俺だってちゃんと知ってるんだからな。こういう店も

室長はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

(結局、室長におんぶにだっこになっちゃったな)

(せっかくの室長の誕生日だったのに‥)

サトコ

「今日、本当はディナークルーズを予約してたんです」

「でも室長の顔見たら、やっぱり違うかなって思って‥」

難波

‥‥‥

室長は何も言わず、ただそっと私の頭に手を置いた。

難波

‥それで、この後の予定は?

サトコ

「‥ありません。ただ‥」

難波

ただ?

サトコ

「室長の望むことを‥したい、です」

難波

そうか‥

室長は優しげな笑みを浮かべると、ボウイさんに向かってスッと手を挙げた。

難波

出よう

【部屋】

難波

入って

サトコ

「あ、あの‥室長?」

難波

ん?

サトコ

「あの、これは、その‥」

(これはつまり、ここで一夜を過ごすってことだよね?)

(で、でも!まだ全然心の準備がっ‥!)

難波

俺が望むことをしてくれるんだろ?

室長はそう言うなり、私の腕をつかんで部屋に連れ込んだ。

そしてそのまま、ベッドに押し倒される。

サトコ

「キャッ!」

難波

ひよこがようやくニワトリに変身かと思ったが‥

まだまだみたいだな

室長は余裕の笑みを浮かべると、私の足からそっとハイヒールを脱がせた。

足の甲に、柔らかく温かい室長の唇の感覚が落ちてくる。

サトコ

「あ‥」

難波

おねだり‥してもいいか?

サトコ

「‥おねだり?」

難波

‥ひとつ、欲しいものがある

サトコ

「‥何でしょう?」

室長はじっと私を見つめながら、耳元に唇を寄せた。

難波

サトコ‥

サトコ

「え‥」

室長は私に覆いかぶさると、ゆっくりと頬に手を添わせた。

難波

これが‥最高の誕生日プレゼントだ

サトコ

「室長‥」

難波

‥‥‥

熱い瞳に抗えず、私はそっと目を瞑る。

室長の優しい口づけに包まれて。

一年に一度の、幸せな夜が更けていった。

Happy  End

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