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バーベキュー 難波

【バーベキュー会場】

(結局こうなるんだよね‥)

室長と一杯やった後、一柳教官に駆り出されて調理を手伝っていたものの‥

一柳教官は少し前に、『急用が入った』と帰って行ってしまった。

その結果、私は今、後任の調理係として1人でひたすら野菜を切っている。

(そりゃ、女子は私だけだからしょうがないんだけど、せっかくここまで来たんだし‥)

みんなでテントを張ったり、薪を割ったり‥

いかにもアウトドアな男性陣の光景が妙に羨ましく感じられる。

(こういう時くらい、力仕事でもいいからあっちに加わりたいな)

ため息をつきつつ、目の前の野菜をザクザクと切り進んだ。

人数が多いだけに、野菜の量もハンパじゃない。

難波

お、頑張ってるな。ひよっこ

のんきな声がして、前菜とビール片手に室長が近寄ってきた。

サトコ

「あ、その前菜‥」

難波

いちやなぎが‥って言いにくいな

昴が作ってくれたやつ

なかなかうまいぞ。ほれ

室長はその一つを指でつまむと、私の口の中に押し込んだ。

サトコ

「うぐっ‥た、確かに‥おいひいですね‥」

「調理係は一柳教官が適任だったのにな‥」

ちょっと恨めし気につぶやいてみるが、室長は案の定気付かない。

難波

いや、お前もさ、やっぱり手際いいよな~

サトコ

「そんなことないです。さすがにこれだけの量を1人でさばくと時間がかかってしまって‥」

「‥ちょっと、手伝ってもらえますか?」

さり気なく言うと、室長はわざとらしく斜め上方に目を凝らした。

難波

お?今のはカラスアゲハか‥!?

サトコ

「‥室長って、蝶に興味なんかありましたっけ?」

難波

ん?あ、いや‥なんというか‥アゲハは別だろ?

珍種のアゲハを見つけるのは、男のロマンというかだな‥

サトコ

「‥‥」

(絶対聞いてないフリしただけだよね、今の‥)

サトコ

「室長って、そうとこありますよね‥」

室長を恨めしく見た瞬間、つい勢いよく包丁を振り下ろしてしまった。

ザクッ!

難波

そ、そんなことねぇって‥

手伝うぞ?手伝う、手伝う

室長は焦ったように腕まくりを始めた。

その姿に、私もようやくニッコリ微笑む。

サトコ

「じゃあこの串に、切った野菜をどんどん刺していってもらえますか?」

難波

おお、任せとけ

室長は大げさに胸を張ると、さっそく串刺し作業を開始した。

難波

なかなかうまいな、俺‥

どうだ、こんな感じで?

室長はズキーニの串を得意げに見せてくる。

サトコ

「いいと思います」

難波

よし‥それじゃ次は、ミックス串を作るとしよう

室長は楽しげにどんどん串を刺していく。

2人で手分けをしたら、下準備はあっという間に完了した。

サトコ

「ありがとうございました!1人でやってた時はどうなることかと思いましたけど‥」

難波

何事も共同作業だな

で?次はこれをどうするんだ?

サトコ

「そろそろ焼き始めないとなんですけど、焼け具合っていまいちよく分からないんですよね‥」

難波

それじゃ、親指と人差し指で丸作ってみ

サトコ

「?」

何事かと思いつつも、言われたように丸を作った。

(これっていわゆる、OKサイン?)

不思議に思っていると、室長は私の親指の付け根をぐにぐに触り始めた。

サトコ

「な、なにを‥?」

難波

これがレア

室長は中指、薬指と順に親指で丸を作らせ、その度に私の親指の付け根を触って言う。

難波

で、これがミディアムで、これがウェルダンだ

サトコ

「そ、そうなんですか!?」

どうやら、各指と親指とで丸を作った時の親指の付け根の固さを、

お肉の焼け具合の参考にするらしい。

(すごい‥室長って物知りだな‥)

感心して見つめるが、室長はまだ私の親指の付け根をしみじみ触り続けている。

難波

俺としてはやっぱり、ミディアムが‥

うん、これだな

室長が頷いて微笑んだ瞬間、真剣に見つめていた私と目が合った。

難波

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

(これってなんか、手を握られてるみたい‥)

誰かが見ているかもしれないと思った瞬間、恥ずかしさに顔が真っ赤になった。

難波

ん?

室長はちょっと不思議そうに私を見てから、手を離しておかしそうに笑う。

難波

ハハハッ、照れちゃって‥

<選択してください>

A: だって‥!

サトコ

「だ、だって‥!これじゃ、手を握られてるみたいじゃないですか!」

難波

いいじゃねぇか、手くらい

いつももっとすげぇとこ触ってんだろ?

サトコ

「な、なっ‥!」

B: 照れてません

サトコ

「て、照れてません!」

言いながら、ますます赤くなった顔を俯けた。

難波

かわいいねぇ、手くらいで

いつもはもっとすげぇとこ触られてるっていうのに‥

サトコ

「し、室長!?」

C: 室長は平気なんですね

サトコ

「室長は平気なんですね‥」

室長の余裕が恨めしく、赤面したまま上目使いで室長を見る。

難波

平気も何も、手ぐらいで照れてたら、お前‥

俺はな、いつもはもっとすげぇとこ触ってんだぞ?

サトコ

「な、なっ‥!」

(こんな所でなんてことをっ‥!)

思わず、バシッと室長の胸を叩いた。

でも室長はちっとも悪びれることなく笑っている。

難波

お~怖いねぇ

こりゃ、ガソリン補給しないとやられちまう

室長はおどけたように言いながら、空になったビールのコップを持って走って行った。

(もう‥私だけドキドキさせられて、悔しい!)

【川べり】

(なんとかして、室長のこともドキドキさせたいけど‥)

炭の火が安定するまでの間、私はひと息つこうと川まで歩いてきた。

さっきからずっと妙案がないかと考えているのだが、なかなか思いつかない。

サトコ

「あ、魚‥」

東京に出て以来すっかりご無沙汰な光景に、思わず身を乗り出した。

(そういえば前に、室長に鮎の捕り方を教えてもらったことがあったよね‥)

(その夜、テントで室長と‥)

その時のことが鮮明に蘇ってきて、また1人で赤面してしまった。

(って、こんな所で何を思い出してるの‥!)

サトコ

「さて、そろそろ‥」

持ち場に戻ろうと立ち上がった時だ。

背後から元気な子どもの声が聞こえて来た。

と思った、その瞬間。

ドンッ、バッシャーン!

サトコ

「えぇぇっ!?」

(う、嘘でしょ‥!?)

【バーベキュー場】

(すっかり遅くなっちゃったな‥まさか、川に落ちるなんて‥)

ため息をつきながらバーベキュー会場に戻ってきたのは、あれから1時間ほど経ってからだ。

あの後、子どもの親が飛んできて、平謝りで濡れた服を乾かしてくれた。

それでも、全体的にまだしっとり感はぬぐえない。

颯馬

あ、戻ってきましたよ

後藤

一体どこに行ってたんだ?

加賀

チッ‥任務放棄してんじゃねぇ、焼き係

東雲

神隠しにでもあったのかと思ったよ

サトコ

「すみません‥」

突然の私の失踪に、教官のみなさんから呆れた声が上がった。

サトコ

「今から、不在を埋めるべく働きますので」

さっそく焼きに入ろうとした時、手招きしている室長の姿が目に入った。

難波

サトコ、ちょっと‥

サトコ

「はい‥」

(怒られる‥よね?)

室長に付いて、少し離れた場所に移動した。

サトコ

「あの、すみませんでした!」

難波

なんだよ、突然‥

室長は急に頭を下げた私を、不思議そうに見つめている。

サトコ

「だ、だって‥」

(てっきり、任務放棄したことを怒られるものと‥)

難波

大丈夫なのか?

何があった?

サトコ

「室長‥」

(怒らないんだ‥)

サトコ

「ちょっと、川を見に行ったら、足を滑らせてしまって‥」

難波

それで微妙に湿ってるわけか‥

怪我は?

サトコ

「いえ、それは」

難波

ならよかった

室長は微笑みながら、私の頭にポンッと手を置いた。

難波

目が離せないよ、本当にお前は

捕まえておかないとな

サトコ

「え?」

ハッとなって顔を上げた瞬間、室長が軽くキスを落とした。

サトコ

「!」

(また室長ったら、こんな所で‥!)

難波

お前にはドキドキさせられっぱなしだな

動揺する私とは対照的に、室長はのん気に笑っている。

サトコ

「それ、ハラハラって意味ですよね‥」

難波

それはどうだろうな‥

室長は笑いを止めて私を見ると、まだ水滴を落としている髪の毛にそっと触れた。

難波

水も滴るいい女‥ってな

サトコ

「!」

再びドキッと心臓が跳ねた。

(やっぱり、室長には敵わないな‥)

あれから、楽しいバーベキューはあっという間に終わり‥‥

私は任務放棄の罰として、今度はテント収納係を命じられた。

(えっと‥とりあえずロープをかけて、干して‥)

サトコ

「って、え?なんで全部短いの!?」

用意されたロープは、テントに対して短いものばかり。

サトコ

「これじゃ使い物にならないよ‥」

途方に暮れた私の手から、誰かがロープを取り上げた。

サトコ

「!?」

難波

貸してみろ

サトコ

「室長‥!」

室長は真剣な表情でロープを操ると、手早くそれらを結び合わせていく。

サトコ

「すごい‥」

(しかも、なんだかすごく手慣れた感じでカッコいい‥!)

今まで知らなかった室長の一面を見た気がして、心が弾んだ。

難波

ほら、これならいけるだろ

サトコ

「ありがとうございます。室長って、こんなこともできるんですね!」

難波

これは、子どもの頃にボーイスカウトで教わった2重テグス結びってやつだ

これなら、めったなことじゃ解けない

サトコ

「へえ‥室長がボーイスカウトに‥」

難波

久しぶりにやったけど、身体は覚えてるもんだな

どうだ、少しは見直したか?

サトコ

「もちろん!少しどころか、ほぼ感動です!」

難波

またまた‥

サトコ

「だって私たち、普段、ロープなんて縄抜けくらいしか縁がないじゃないですか」

難波

縄抜けって、お前‥

どちらかというと、今時そっちの方が縁ないけどな

サトコ

「ははっ、それもそうですね」

たとえ後片付けでも、2人で笑い合っていれば幸せな時間。

(もう少しこのまま、こうしていたいな‥)

ともすると手が止まりそうになる私を見て、室長が微笑んだ。

難波

今度は、2人で来るか‥

サトコ

「え‥?」

難波

その時は、俺のボーイスカウト術をもっと色々見せてやるよ

部下の前では、あまりしゃしゃり出ちまうと煙たがられるからな

最後はそっと、耳元でささやいた。

私は思わず、くすっと笑う。

サトコ

「私も一応、部下ですよ?」

難波

お前は部下だが‥俺のモノだ

サトコ

「!」

室長にじっと見つめられ、またドキドキと心臓が高鳴りだした。

(結局、今日は室長にドキドキさせられっぱなしだったけど‥)

(次までには、室長のことももっとドキドキさせられるように頑張ろう!)

想いも新たに、楽しい一日が終わろうとしていた。

Happy  End

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