カテゴリー

続編エピローグ 難波1話

【寮 自室】

久しぶりに学校から早く帰ったその夜。

(今日はもう課題も終わったし‥!)

部屋でのんびりしていると、室長からLIDEが入った。

サトコ

「ん‥?」

送られてきたのは、特に何もない道端の写真。

サトコ

「なんだろう‥これ?」

(この写真、なんとなく見覚えがあるようなないような‥)

サトコ

「これって、もしかして‥学校の近くの道?」

(でも、なんでそんな所の写真が‥?)

送り間違いかなと思いつつも、『どうかしたんですか?』と返信をした。

すると、次に送られてきたのは哀愁漂う表情のネコのスタンプ。

サトコ

「こんなスタンプあるんだ‥」

(変なスタンプだけど、このなんとも言えない悲しげな表情‥)

(ただごとじゃない感じがする)

室長にこの場所で何か悲しいことでも起きたのかと、無性に心配になった。

(電話、してみたほうがいいかな)

室長に電話をしようとした時‥

♪~

(室長だ!)

サトコ

「もしもし?」

気負い込んで電話に出たものの、室長の応答はない。

サトコ

「室長?室長、どうかしたんですか?」

難波

‥サトコ、今どこだ?

ようやく聞こえてきた室長の声は、どことなく暗い。

サトコ

「寮の部屋ですけど‥?」

難波

じゃあ、ちょっと出てきてくれ

寮の前にいる

(もしやこれは、緊急事態!?)

サトコ

「わ、わかりました。すぐに行きます!」

【寮前】

慌てて服を着替えて出て行くと、室長は寮の前にお通夜のような表情で佇んでいた。

サトコ

「室長、お待たせしました!」

難波

おお、来たか‥

いつも通りのひと言も暗く沈んで、室長らしさが感じられない。

(これはやっぱり、余程のことかも‥)

サトコ

「何事ですか?」

難波

‥飯は、食ったか?

サトコ

「え?いえ、まだですけど‥」

難波

じゃあ、行くか‥

力なく言って、室長は先に立って歩き出した。

(あれ?まずはご飯ってことは、緊急事態というわけではなさそう‥?)

肩透かしを食ったような気分になりつつも、ホッとしたら急にお腹が空いてきた。

(とりあえず、何もないならよかった。この感じだと、またいつもの屋台ラーメンかな)

【ラーメン店】

難波

仕方ない‥ここにするか‥

室長が入ったのは、駅前にできた新しいラーメン屋だった。

(あれ?いつものとこじゃないんだ‥)

(室長とこの辺であの屋台以外に入るなんて、初めてかも)

サトコ

「珍しいですね。新規開拓ですか?」

何気なく聞くと、室長はどんよりとした目で私を見た。

難波

さっき送ったろ?

サトコ

「?」

難波

あの写真だよ、あの写真

サトコ

「はぁ‥」

(さっきの写真とラーメン屋の新規開拓に何の関係が?)

訳が分からずポカンと見返すと、室長は寂しげに首を振った。

難波

分からねぇか‥

そりゃそうだよな‥

この入れ替わりの激しい街で、ちっぽけな屋台がひとつどうなろうと、誰も気に留めやしねぇ

サトコ

「屋台って‥いつものラーメン屋台のことですか?」

難波

ああ。あれはな、あの屋台があった場所の写真だよ

サトコ

「あった場所って‥それじゃ‥」

難波

さっき行ったら、影も形もなくなってた

室長はLIDEで送ってきたスタンプさながらに哀愁漂う表情を浮かべ、

どこか遠くを見る目になった。

難波

昨日は普通にあったのにな‥別れは突然だ

サトコ

「そうですね‥」

(あの屋台はいつでもあそこにあるものだと思ってた‥)

(突然無くなるなんて考えてもみなかったから、私もショックだな)

(あの屋台には、室長との思い出も色々あるし‥)

なんだかんだ言いつつ、室長との距離を縮めてきたのはいつもあのラーメン屋台だったように思う。

(確か、室長に初めて『ひよっこ』って呼ばれたのもあそこでだったよね)

【屋台】

大将

「はいよ、ラーメン3つお待ち!」

難波

おー、来た来た

ほら、どんどん食え。後藤も‥

ひよっこも

サトコ

「はい?」

難波

紛らわしいから、今日からお前はひよっこと呼ぶ

サトコ

「あの、よっぽどその方が紛らわしい気が‥」

難波

いいから、食え。ひよっこ

【ラーメン屋】

あの時のラーメンの味が懐かしく思い出され、切なくなった。

(それからも、悩みを聞いてもらったり、背中を押してもらったり‥)

【屋台】

難波

なんだ、ひよっこのくせに、一人前に抱え込んでんのか?

サトコ

「え‥」

難波

何があった

難波

誰だって、少なからず自問自答しながらこの仕事を続けてる

あとは、お前がどうしたいかだ

目の前にある分かりやすい正義を行使するか

それとも、目に見えない、誰からもありがたがられない正義のために身を捧げるか

難波

自信がないヤツは危険だ

サトコ

「‥‥‥」

難波

でも自信がありすぎるヤツは、もっと危険だ

サトコ

「それじゃ‥?」

難波

お前は向いてると思うぞ

公安に

サトコ

「!」

【ラーメン屋】

(ああいう会話は、あの屋台だったからこそできたような気がするな)

(こういう明るくてきれいでちゃんとしたお店じゃなかったからこそ‥)

いつの間にかラーメンが目の前に運ばれてきて、私と室長は黙って食べ始めた。

難波

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

見た目は同じようなラーメンなのに、やっぱり味は全然違う。

(もちろん、これはこれで美味しいんだけど‥)

でも何か物足りない。

それはたぶん、屋台特有の空気感と距離感と、

『室長との思い出』というスパイスに違いなかった。

(ここでも思い出を積み上げていけばまた、2人にとっての思い出の味にできるのかなぁ‥)

難波

そして誰もいなくなった、か‥

室長はポツリと言って、スープを煽るように飲み干した。

たかがラーメン屋台ひとで‥なんて思えないほどの悲しみが伝わってきて、

室長のあの屋台への愛着の深さを改めて思い知らされる。

(そうだよね‥そんなに簡単に代わりになんて、できないよね‥)

(自分にとっての大切なものに、突然姿を消されたら‥)

【帰り道】

店を出てからも、室長は言葉少ないままだった。

(室長の気持ちは分かるけど、いつまでも失ったものに捕らわれててもしょうがないし‥)

(こういう時はやっぱり、新しい出会いを見つけるのが一番かも?)

いつか鳴子に貸してもらった恋愛本の一節を思い出し、ラーメンに応用してみることにした。

サトコ

「この際、新しいラーメン屋さんの開拓でもしませんか?」

「色々食べ歩けば、またお気に入りのお店が見つかるかもしれないし‥」

難波

‥‥‥

サトコ

「さっそく、次の連休から始めてみましょうよ!」

室長を元気づけたい一心で言ってしまってから、ハッとなった。

サトコ

「あ、ごめんなさい。次の連休はダメだったんだ‥」

難波

‥何かあるのか?

サトコ

「何というほどのことじゃないんですけど‥久しぶりに、実家に帰るって言っちゃったんです」

難波

そうか‥長野か‥

サトコ

「はい‥」

(こんなタイミングで帰省の約束なんてするんじゃなかった‥)

(でも今さら、取りやめるなんて言ったらお母さんが怒りそうだし‥)

難波

いつだったか、長野は星が綺麗だって言ってたな‥

室長はポツリと言って立ち止まり、あまり星の見えない夜空を見上げた。

サトコ

「沖縄ほどじゃないですけど、ここよりはずっとずっとたくさん見えます」

難波

そうか‥

室長はそう言ったきり、黙り込んだ。

再び歩き出しても、ぼんやりと星を見つめたままだ。

(室長、何を考えてるんだろう?)

いつの頃からか、2人の間に流れる沈黙があまり気にならなくなっていた。

むしろ、それが心地いいと感じる時さえある。

(これが、信じられてるってことなのかな‥)

たとえ何を考えていようと、どこにいようと、心はひとつ。

(室長も、同じ気持ちですよね?)

問いかけるように、ギュッと繋いだ手を握った。

室長もすぐに握り返してくる。

言葉は無くとも確かに気持ちが通じたのを感じて、

私たちは互いの体温を感じながら黙って歩き続けた。

【寮前】

寮が近づいてきて、どちらからともなく手を離した。

サトコ

「それじゃ‥」

難波

ああ、またな

力ないながらも、今日初めて見た室長の笑顔に、私も笑顔になった。

サトコ

「おやすみなさい」

背を向けた瞬間、後ろから抱きすくめられる。

サトコ

「!」

難波

‥‥‥

離れがたい想いが湧き上がって、私はそっと室長の腕に触れた。

難波

また明日な

サトコ

「‥はい‥また明日」

室長は後ろ手に手を振りながら、夜の闇に紛れて行ってしまった。

室長の残した煙草の香りだけがフワッと漂い、本人のいない寂しさを際立たせる。

(もう少し一緒にいたかったけど、しょうがないよね)

(次の連休のこと、もう一度お母さんに相談してみようかな‥)

【学校 廊下】

翌日。

講義を終えて廊下を歩いていると、突然目の前が明るくなった。

パシャッ!

サトコ

「え!?」

目を凝らすと、少し離れたところで黒澤さんが使い捨てカメラを構えている。

黒澤

今の表情、頂きました!

サトコ

「ちょ‥なんですか、急に!?」

黒澤

すみません。カメラマン魂を刺激されたので、つい

サトコ

「そんな‥撮るなら撮るって言ってくださいよ!」

「私、今すごくぼんやりした顔をしてたと思うんですけど‥」

黒澤

いえいえ。ちょっと憂いがあって、なかなかよかったですよ~

題名は‥そうですね、『講義明けの訓練生』でどうでしょう?

(どうでしょうって、すごくまんまなんだけど‥)

ちょっと呆れたが、

あまりに上機嫌の黒澤さんを前にしたらツッコミを入れる気も起らなくなってしまった。

サトコ

「まあ、いいですけど‥なんで急に写真なんか?」

「しかも使い捨てカメラなんて、今時珍しくないですか?」

黒澤

そうなんです!よくぞ気付いてくれました

実は週末に部屋を掃除していたら、これが出て来まして‥

よくよく見たら、まだ撮影枚数が残っていたんですよ

サトコ

「そ、そういうことでしたか‥どんな写真が入ってるのか、現像が楽しみですね」

微笑んで行こうとしたところに、室長が通りかかった。

黒澤

あ、難波さん!

難波

おお~なんだお前ら、カメラなんて持って、写真部でも結成したのか?

室長は黒澤さんの手元を見ておかしそうに笑った。

その様子に、昨夜のような哀愁は感じられない。

(よかった‥屋台が無くなったショックからはもう立ち直ったみたい‥)

サトコ

「違いますよ。これは黒澤さんが‥」

黒澤

そうだ!お2人の写真も一枚撮りましょう

難波

は?

サトコ

「え?」

(ちょっと嬉しいかも‥室長との2ショットなんて今までなかったし‥!)

サトコ

「じゃ、じゃあ‥」

難波

いらねぇよ

サトコ

「!」

黒澤

そんなこと言わずに!

難波

写真なんて撮ってもしょうがねぇだろ

室長にあっさり背を向けられ、ノリノリでカメラを構えていた黒澤さんもしょんぼりとなった。

黒澤

あと一枚だったんですけどねぇ‥

サトコ

「‥‥‥」

(学校での一枚なんていい思い出になると思ったのにな‥)

(でも隠していないとはいえ、さすがに校内で2ショットなんて浮かれすぎか‥)

黒澤さんと一緒に、私も軽くため息をつく。

(それにしても室長、あんなにバッサリ断るなんて‥)

(もしかして、写真があんまり好きじゃないのかな?)

あれこれ考えを巡らせていると、不意に室長が振り返った。

難波

それよりサトコ、お前にちょっと用がある

一緒に来てくれ

サトコ

「はい‥」

(なんだろう、用って‥?)

私は黒澤さんに会釈すると、急いで室長の後を追いかけた。

【室長室】

難波

まあ、そこに座れ

室長室に入ると、室長は真剣な口調で言った。

(この感じ‥私、また何か失敗でもしたかな‥)

これまでに犯した数々の失敗を思い出し、胃の辺りがキュッと痛んだ。

たとえ付き合っていようと、室長は失敗に対して容赦ない。

ぎこちない動きでソファに座ると、室長は向かいに座ってじっと私の顔を覗き込んだ。

難波

あのな‥

サトコ

「は、はい‥」

難波

あれから色々考えたんだが‥

(あれから?)

どのポイントまで戻ればいいか分からず、一瞬、目が泳いだ。

難波

俺も、一緒に行こうと思う

サトコ

「‥どこに‥ですか?」

難波

長野だよ

次の連休、俺も休みが取れることになってな。どうせなら、と‥

サトコ

「それは構いませんけど‥室長は長野で何を?」

難波

何をって、そんなの決まってるだろ

室長の真意が分からず、ポカンとなった。

そんな私に、室長は当然のように言う。

難波

「サトコの実家に挨拶に行くんだよ」

サトコ

「あ~挨拶ですね‥」

「って、ええっ!?」

(あ、挨拶?それって、それって、つまり‥?)

思いがけない展開にどう答えたらいいか分からずアワアワしていると、

室長は軽くため息をついた。

難波

‥やっぱり急すぎか

確かに、いきなりこんなおっさんを連れて帰ったらビックリされちまうよな

サトコ

「そんな‥そんなっ!」

(ほ、本気で言ってるの!?で、でも、まさかね‥)

サトコ

「‥いいんですか?」

室長の表情を探るようにしながら聞いてみる。

難波

言っただろ?おっさん重いって

サトコ

「‥‥‥」

難波

‥‥‥

(いつもみたいに『なんちゃって』とか言わないんだ‥)

室長に真剣な瞳のまま見つめられ‥‥

私は戸惑いながらも小さく頷いた。

to  be  continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする