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Season2 プロローグ

【電車】

颯馬
······

(不審な行動はなし、こっちに気付いている様子もない···)

私は一車両隣から、颯馬教官の様子をうかがっていた。
一般の人を装いながら、教官の様子をさり気なく観察する。

(対象者から意識を飛ばさないように、一定の距離を保って···)

サトコ
「···ん?」

優先席近くの吊革に掴まっている男性の後ろに、若い女の子が立っていた。

(混んでいるわけじゃないのに、あんなにくっついて···)

女の子は周囲の様子を気にしながら、ゴゾゴゾと妖しい動きをする。

(この動き、もしかして···)

サトコ
「!」

次の瞬間、その子は男性のズボンのポケットから、財布を抜きとった。

(あんな女の子がスリをするなんて···!)
(前にも似たような場面に遭遇したような···これって、デジャヴ?)

車内アナウンス
「間もなく、次の駅に···」

女の子
「······」

サトコ
「あっ···」

次の駅に近づき、女の子はドアへ足を向ける。

(次の駅で降りるつもりなんだ!)
(追いかけなきゃ···)

そんな思いに駆られるも、ぐっと踏みとどまる。

(···ダメだ。今は尾行中だから、目立つ行動をするわけにはいかない)

女の子から颯馬教官へ無理やり意識を向けようとすると···

謎の青年
「···君、そこにいる男性から財布を取ったよね?」

女の子
「え···?」

イケメン風な青年が颯爽と私の横を通り過ぎ、女の子に声を掛ける。

女の子
「な、何を言ってるんですか!?そんなわけ···」

男性
「財布がない!ポケットに入れてたはずなのに···」

女の子
「!!」

女の子は咄嗟に、鞄をギュッと抱きかかえた。

謎の青年
「財布はその鞄の中、だよね?とりあえず、次の駅で降りようか」
「貴方もそれでいいですか?」

男性
「ああ···」

女の子
「っ···」

観念したのか、女の子はガクリと項垂れる。

(なんてスマートな対応···!良かった、勇敢な人がいて···)
(後は駅員さんに任せれば大丈夫だよね···!)

謎の青年
「······」

サトコ
「···?」

イケメン風な青年は男性に女の子を任せると、私の元へやって来る。

謎の青年
「見て見ないフリ?あんた、最低だね」

サトコ
「···!!!」

謎の青年
「······」

蔑むようにこちらを見ると、青年は女の子の元へ戻って行った。

(···落ち着け。今は尾行訓練中なんだから)

カッと頭に血が上るも、大きく深呼吸をする。

(それに一般の人から見たら、彼の反応が正しいし···)

謎の青年
「···ほら、行くよ」

女の子
「···はい」

謎の青年
「······」

ホームに到着すると、青年は女の子と男性を連れて電車から降りる。
青年は最後まで、私に冷たい視線を送っていた。

颯馬
······

(あれ?ここで降りるのかな···?)

颯馬教官が動いたのを見て、駅名と時間を確認する。
電車を降りるのを確認すると私も後に続いた。

【改札】

(あ、あれっ!?颯馬教官がいない···!)

電車を降りて駅のロータリーに出ると、颯馬教官の姿を一瞬で見失ってしまった。

颯馬
···フフ、残念でしたね

サトコ
「わわっ!」

柱の陰に潜んでいた颯馬教官に声を掛けられ、尾行の訓練は終わりを告げた。

サトコ
「いつの間に···」

颯馬
今回は、60点···といったところでしょうか

(微妙な点数···まだまだだなぁ)

後藤
目立つ行動を控えられたところは、成長したな

サトコ
「ご、後藤教官!?」

颯馬
後藤がサトコさんを尾行して、点数をつけていたんですよ

サトコ
「そうだったんですか!全然分からなかったです···」

(後藤教官は更に私の尾行をしていたんだ···)
(やっぱり、教官たちってすごいな)

後藤
目の前で起こったことに身体が反応することは
相変わらず直さなきゃならないところだな···

(見られてた···!頑張って我慢したんだけどな)
(後藤教官に気付かれるなんて、まだまだ未熟ってとこだよね)
(それに···)

先ほどの青年のことが、脳裏を過る。

颯馬
どうしましたか?

サトコ
「···先ほどの現場に、勇敢な青年がいてくれて良かったなって思ったんです」
「私は立場上、見て見ぬフリしかできないから···」

颯馬
ですが、それが公安刑事です

後藤
ああ、氷川は間違っていない
いくら目の前で犯罪が行われようが、俺たちは手出しすることは出来ない

サトコ
「そうですよね···」

(さっきの言葉は、ちょっとだけ堪えたけど···)
(私のした行動は、1年かけて学んだことなんだから···!)

厳しい教官たちの元で学んできたことは、確実に蓄積されている。

(教官たちのような立派な公安刑事になれるように、もっともっと頑張ろう!)

颯馬
フフ、サトコさんの常に前向きな姿勢は素晴らしいと思いますよ
その前向きな姿勢を活かして···

サトコ
「へ···?」

颯馬教官は、自然な動作で私の腰を引き寄せる。

颯馬
さっそく、サトコさんに次の捜査に付き合って頂きたいのですが···?

サトコ
「捜査、ですか?」

颯馬
ええ。是非···

後藤
周さん、捜査なんて入っていましたか?

後藤教官は、颯馬教官の手をさりげなくどかし、離してくれる。

颯馬
後藤は先に帰ってて大丈夫ですよ

(怖っ!颯馬教官、笑顔なのに黒いオーラを纏ってる···!)

後藤
いや···捜査があるなら、俺が手伝います

颯馬
適任、という言葉を知っていますよね?

後藤
それが何か?

(すごい···後藤教官、颯馬教官の黒いオーラに怯んでない···)
(って、感心してる場合じゃなくて!)

サトコ
「きょ、教官!あの···」

後藤
アンタは黙っててくれ

颯馬
サトコさんは黙っていてください

サトコ
「は、はい···」

それから私は火花を散らす2人に挟まれながら、行く末を見守った。

【学校 校門】

翌日。

(あれから1年か···)

桜が舞い散る中、1年間過ごした校舎を見上げる。
長野にいた頃に上司に『出るだけで刑事になれる』と勧められて入った学校。

(初めはここが “公安” を目指す学校って知らなかったんだよね)
(しかも、不正入学だったなんて···)

それが発覚して退学になりかけたものの、教官の力を借りてなんとかここまで来ることが出来た。

(大変で辛いことも多かったけど···)
(カレと出会えて、カレの補佐官になって、彼女になって···)

???
「おい、そこのグズ」

サトコ
「っ!」

ドスの利いた声に、ビクリと肩を震わせる。

加賀
邪魔だ

サトコ
「は、はいっ!すみません!」

慌てて道を開けると、加賀教官は鼻で笑う。

加賀
テメェが進級できるとはな

サトコ
「うっ···」

(痛いところを突いてきた···)

1年前なら、ここで尻込みしていただろう。

(だけど···今の私は違う!)

サトコ
「卒業しなきゃ、公安刑事にはなれないですから」

加賀
ほう···デカい口を叩くようになったじゃねぇか

加賀教官は鼻で笑いながら、どんどん迫ってくる。

(こ、怖い···!)

後ずさろうとすると、顎に手を掛けられた。
そのまま持ち上げられると、視界に加賀教官しか入らないくらい顔が近づく。

加賀
まあ、そのヤル気もいつまで続くのか見ものだな

(ど、どういうこと···?)

意味深な笑みを浮かべる加賀教官に、鼓動が早くなる。

???
「お前は脅すことしか頭にないのか」

サトコ
「あっ···」

いつの間にいたのか、石神教官は私の腕を引いて加賀教官から助けてくれる。

加賀
うるせぇ。口出しするんじゃねぇクソ眼鏡

石神
もっと語彙を増やしたらどうだ?お前はいつも同じことしか言わないからな

加賀
ああ゛?

加賀教官の眉が、ピクリと跳ねる。

加賀
毎度嫌味しか言わねぇクズに、言われたかねぇな

石神
嫌味を言われるようなことしかしていないからだろう?
だいたい、この前の捜査も···

(ま、また始まった)
(2人の言い合いはいつものことだけど、いつ終わるか分からないし···)

こっそりと姿を消そうと背を向けると、ガシッと両肩を掴まれた。

加賀・石神
「···待て」

サトコ
「!」

恐る恐る振り返ると、鬼の形相の教官たちが私を見下ろす。

加賀
「逃げてんじゃねぇ

石神
責任逃れをするつもりか

サトコ
「い、いえ!決してそういうわけではなくて···」

加賀・石神
「······」

2人からにじり寄られ、一歩一歩後ずさると···
(せ、背中に壁が···!)

退路を断たれ、教官たちはそれぞれ私の顔の横に手を突く。

(ダブル壁ドンっ!)
(って···そんなことより、どう見たって上官2人に恐喝されているようにしか見えないんじゃ···)

石神
お前はどっちの味方なんだ?

サトコ
「そ、そんなこと言われましても···」

加賀
さっさと答えろ

サトコ
「ひいぃっ!」

(ど、どうか命だけは‥!)

【講堂】

鳴子
「サトコ、こっちこっち~!」

鳴子に手招きされ、席に着く。

千葉
「遅かったけどどうかしたの?」

サトコ
「う、うん···。ちょっといろいろあってね···」

千葉
「?」

鳴子
「そういえば、脱落者はいなかったらしいよ!」
「みんな進級出来て良かったよね」

サトコ
「うん。最後の方なんて、みんな必死になって頑張ってたもんね」

進級試験が迫り、『全員で進級しよう!』と一致団結して日々訓練に取り組んでいた。
その結果、誰ひとり脱落しないで進級出来たのだ。
鳴子と私しか女はいないけど、今ではみんな、“仲間” として受け入れてくれている。

鳴子
「あ、そろそろ始まるみたい」

石神教官が壇上に立つと、それまでざわついていた講堂は一気に静まり返る。

石神
まずは期末考査の結果から発表する

石神教官が話し始めただけなのに、空気がピリッとする。

(さすがだなぁ···)

結果発表が終わると、入れ替わるように難波室長が壇上に立った。

難波
進級おめでとさん
お前さんたちは後1年で卒業だ。まあ、今まで通り頑張れよ

(相変わらずゆるいな···)

だけど、ここぞという時に頼りになるのが難波室長だ。

石神
全員、起立!

石神教官の言葉と共に、講堂のドアが開かれる。
精悍な顔立ちの青年たちが、講堂に入ってきた。

(私もついに、先輩になるんだ···)
(『氷川先輩』なんて呼ばれたりするのかな?)
(みんな国家公務員のエリートだし···負けないように頑張らなきゃ!)

鳴子
「そういえば、あの噂聞いた?」

サトコ
「噂?」

入学式の終わり緊張の糸が切れたのか、辺りはざわつき始める。

鳴子
「補佐官が交代になるって話」

サトコ
「えっ···!?」

千葉
「いや、初耳だけど···」

鳴子
「テストで成績の順位も変わったじゃない?」
「だから補佐官が変更になるかもって、もっぱらの噂だよ」

(まさか···加賀教官の意味深な発言は、このことを指してたの?)
(せっかく1年間カレの補佐官として頑張ってきたのに、もし交代になったら···)

千葉
「あくまでも噂だろ?」

鳴子
「そうだけどさ、もしかしたら私たちだって誰かの補佐官に···」

???
「千葉は、颯馬さんの補佐官に選ばれるかもね」

サトコ
「えっ···」

声がする方に振り向くと、東雲教官がいた。

サトコ
「東雲教官···」
「ど、どうして千葉さんが颯馬教官の補佐官なんですか···?」

東雲
颯馬さんのお気に入りだからね

東雲教官は、嫌味たっぷりにニッコリと笑う。

鳴子
「それじゃあ、噂は本当なんですか?」

東雲
···さあね。オレもまだ知らないんだよね

東雲教官と視線が合い、教官の口元がニヤリとする。

(その顔は、絶対何か知ってるよね···?)
(もしかしたら、本当にカレの補佐官じゃなくなっちゃうのかも···!)

???
「···あれ?あんた」

サトコ
「え?···あっ、あの時の!」

(失礼な人!)

昨日、電車で女の子を捕まえたイケメン風の青年がいた。

(ここにいるってことは、新入生···!?)

謎の青年
「公安学校の訓練生だったんですね」
「僕も、今日からここの訓練生になります。宮山隼人です」

(···あ、あれ?)

嫌味のひとつでも言われるのかと身構えるも、爽やかに返される。

宮山
「これから、よろしくお願いしますね。先輩···」

(昨日のはいったいなんだったの···?)

サトコ
「う、うん。こちらこそ、よろしく···」

宮山
「へー···これが先輩ね···」

(なっ···!)

ぼそりと私にだけ聞こえるように言う辺り、彼の腹黒さがうかがえる。

鳴子
「イケメン···!」

千葉
「佐々木···」

宮山くんを見て目を輝かせる鳴子に、千葉さんが苦笑する。

鳴子
「元カレといい教官たちといい、サトコの周りって本当イケメンばっかでうらやましい~!」
「ねぇ、サトコ。宮山くんとはどこで知り合ったの?」

サトコ
「知り合いというか···」

宮山
「まあ、色々と···ね、先輩?」
「こんな優しそうで綺麗な先輩がいるなんて、嬉しいな」

鳴子
「きゃーっ!爽やかイケメン···!」

キラキラスマイルで返され、鳴子のイケメンセンサーがさらに反応する。

東雲
へぇ···色々ね

(うっ···突っ込まれた!)

チラリと東雲教官を見ると、怪しんだ目が私を射抜いた。

(もしかして、疑われてる···!?)

サトコ
「そ、それは、なんと言いますか···」

東雲
どうでもいいけど···後で書類整理でも手伝ってもらおうかな?

(ゴクリ···っ)
(そ、その笑顔がすごく怖いです!東雲教官···)

宮山
「あ、先輩!」

私の言葉を遮るように、宮山くんは再びキラキラスマイルを向けてくる。

宮山
「分からないことも多いので、色々と教えてくださいね」

サトコ
「う、うん···」

宮山
「ありがとうございます!」

(私と同じ歳くらいだと思うけど、後輩に丸め込まれてるなんて···)
(先が思いやられるなぁ···)

ため息をつく私の隣で、鳴子は「春が来たっ!」とはしゃいでいる。
その隣で千葉さんが苦笑いをしていた。

【廊下】

鳴子
「この後の予定ってなんだっけ?」

千葉
「新入生たちが訓練に入るから···」

千葉さんが言いかけた時、校内アナウンスの鐘が鳴り響いた。

難波
あーああ、これ、電源入ってんのか?石神

石神
···はい、入ってます

難波
えー、氷川サトコ。すぐに教官室に来てくれ

サトコ
「ええっ!?」

室長のアナウンスが校内に響き渡り、足を止める。

鳴子
「室長から呼び出しって、サトコ何かしたの?」

千葉
「すぐに来いって言ってたけど···大丈夫か?」

サトコ
「う、うん···」

最近の出来事を思い返してみる‥

(この前、室長に頼まれたDOSSシールを石神教官に渡し忘れたことかな?)
(いやいや、それくらいで呼ばれるわけないし···)

サトコ
「···とりあえず、行ってみるね」

私は慌てて、教官室に向かった。

【教官室】

サトコ
「失礼します」

難波
おっ、来たか

加賀
遅せぇ

サトコ
「す、すみません!」

(急いで来たんだけどな···)

頭を下げながら、室内の様子をうかがう。
教官たちだけじゃなく、何名かの訓練生たちがいた。

難波
そうビクビクするな
氷川、テストの結果がギリギリ上位に食い込んだだろ?
それで今年も、お前がこいつらの補佐官に選ばれたんだ

サトコ
「ほ、本当ですか!?」

石神
締まりのない顔をするな

サトコ
「うっ···すみません」

東雲
これくらいで喜ぶなんて、本当単純

颯馬
フフ、サトコさんらしくていいじゃないですか

後藤
······

難波
それで、だ。今回は補佐官をシャッフルすることになった

サトコ
「えっ!?」

難波
これは決定事項だからな。それぞれにつく補佐官はもう決まっている

(あの噂は本当だったんだ)
(まだまだカレの元で学ぶことはたくさんあるのに···)

難波
···氷川

室長は私の肩にポンッと手を置き、意味ありげにウインクする。

難波
アイツの反応が楽しみだな

(アイツ···?)

心の中で首を傾げると、石神教官が一歩前に出る。

石神
では、ペアを発表する

石神教官が補佐官の名前を上げていくたび、ビクリとする。

私とカレの名前は、まだ呼ばれていない。

(もしかしたら、教官が変わらないって可能性もあるかもしれないし···)
(どうかカレの補佐官になれますように···!)

石神
次、氷川サトコ

サトコ
「はい!」

緊張した面持ちで、教官の名前を待つ。

アナタが補佐官につきたい、カレは······

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