【銀行】
銀行での潜入捜査が始まり、派遣の金融事務員として働く日々。
女子行員
「颯馬さん、今日も素敵ね‥」
窓口業務終了後、オフィスでは今日も女子行員たちから羨望の眼差しが颯馬さんに注がれている。
女子行員
「外資のトップ銀行から引き抜かれたエリートでしょ?やっぱり見た目からして違うよね」
(颯馬さんってば、すごいモテぶりだな‥)
予想はしていたものの、その予想をはるかに超えている。
(やっぱりあの短髪の魅力‥?)
私はようやく見慣れてきたものの、銀行の人にとってはあの姿が颯馬さんそのもの。
その魅力は、女性たちをあっという間に虜にしてしまったらしい。
女子行員
「颯馬さん、こちらの書類に判をいただきたいのですが‥」
颯馬
「拝見します」
女子行員から書類を受け取り、サッと目を通す颯馬さん。
その姿を、女子行員はポーッとした目で見つめている。
颯馬
「確認しました」
女子行員
「あ、ありがとうございます‥」
颯馬さんが判を押した書類を受け取り、女子行員は頬を染めている。
(はぁ‥なんだか落ち着かないな‥)
任務中も、そんな様子を見るたびにモヤモヤが募ってしまう私だった。
【廊下】
休憩時間、少し仲良くなった同僚の子と、行内のカフェスペースへ向かう。
この子も例外でなく、颯馬さんのファンだ。
同僚の子
「ねえねえ、颯馬さんって、なんか高貴な香りが漂う人じゃない?」
サトコ
「え?あ、そうだね、そんな印象あるよね」
少し緊張しつつ、素知らぬ顔で答える。
(高貴な香りか‥やっぱりあの爽やかな髪型から受ける印象なのかな?)
同僚の子
「どこかの貴族とか?それとも華族の末裔?気品溢れる王子って感じもする!」
(ふふ、確かにそんな雰囲気あるかも)
適当に話を合わせながら、2人で廊下を歩いていると‥
同僚の子
「あ、噂をすれば‥!」
サトコ
「え‥」
廊下の角を曲がってきたのは、颯馬さんと一人の女性だった。
(あの人は、頭取の秘書‥)
いかにもデキる女性という感じの、少し冷たい印象のある美人。
その秘書の女性と颯馬さんが、親しそうに話ながら歩いてくる。
秘書
「それでね颯馬さん、そのフィラデルフィアへの送金なんだけど‥」
颯馬
「それは頭取からの指示ですか?」
秘書
「ええ、そうよ」
(何か大事な情報を掴んでる最中かも‥)
そう思いつつ、秘書の女性が過剰なほど颯馬さんの身体に触れるのが気になる。
『颯馬さん』と呼びかけては腕に掴まり、書類を見せながら不必要に身体を寄せている。
同僚の子
「もしかして、あの秘書も颯馬さん狙い?やだ、勝ち目ないじゃん‥!」
サトコ
「しっ、聞こえるよ」
慌てて止めるも、案の定、すれ違いざまにちらりと見られる。
秘書
「何を浮かれてるのかしら?ここは仕事をする場よ」
サトコ
「すみま‥」
颯馬
「これから休憩ですか?午後の仕事に備え、しっかりリフレッシュしてきてください」
サトコ
「は、はい‥」
謝ろうとした私の言葉を遮り、さりげなくフォローしてくれる颯馬さん。
颯馬
「休憩時間に心身を解すことも必要でしょう」
「私たちもそうですが、毎日多額のお金を相手にする仕事は、ストレスが溜まりますからね」
秘書
「まあ‥確かにそうね。颯馬さんがそう言うなら‥」
颯馬さんは、誰を責めるでもなく秘書を納得させてしまった。
(さすが颯馬さん‥)
秘書の女性は気分を害した様子もなく、微笑みさえ浮かべている。
2人は何事もなかったかのように、私たちの横を通り過ぎていく。
同僚の子
「今の聞いた?颯馬さん、私たちをフォローしてくれたね」
サトコ
「うん‥そうみたい」
同僚の子
「もう~、やっぱり素敵すぎるよ颯馬さん!」
目がハートになってる同僚に呆れながら、去っていく颯馬さんたちを見送る。
(またあんなにくっついてる‥)
顔を寄せ合うようにして書類を見て話しながら歩く2人。
まるで恋人たちが囁き合っているように見える。
(なんか‥お似合いだな‥)
エリート感漂う美男美女の後ろ姿に、どことなく嫉妬を感じてしまった。
【銀行】
(これが終わったら資金帳簿の確認もしなきゃ‥)
派遣社員としての通常業務をこなしつつ、公安としての仕事もこなす。
資金運用の闇を暴くため、大量の資金帳簿をチェックしなければならない。
(颯馬さんと秘書の様子に嫉妬なんかしてる場合じゃないよね)
気を取り直して、業務に集中するよう努める。
(颯馬さんは、もっともっと大変な仕事を担ってるんだし)
潜入捜査が始まってから、颯馬さんは滅多に家に帰れない日々が続いている。
銀行から帰宅して夜を明かすのは、もっぱら公安学校の教官室らしい。
(2人の時間なんて、もういつから過ごしてないんだろう‥)
同じ職場にはいるものの、ほとんど接点がない状態が続いている。
(近くで見てるから余計に寂しさを感じちゃうな)
(でも、仕事だから仕方ない仕方ない‥!)
そう自分に言い聞かせ、気合を入れて通常業務を終わらせる。
そして次に、問題の帳簿チェックだ。
(その前に、ちょっと気分転換しようかな)
コーヒーでも淹れようと思い、私は給湯室へ向かった。
【廊下】
給湯室に行く途中、廊下で見覚えのある背中を見つけた。
(颯馬さんだ‥!)
秘書の姿はなく、颯馬さん一人の様子。
(話しかけたいけど‥どうしよう‥)
<選択してください>
サトコ 「そ‥!」 思い切って呼び止めようとすると、颯馬さんはスッと私の唇に指を立てた。 颯馬 「黙って」 サトコ 「!?」 颯馬 「そのまま」 (な、何‥!?)
サトコ 「お疲れさまです」 颯馬 「お疲れさまです」 事務的なあいさつを交わし、さり気なく視線を絡ませる。 (挨拶だけでも、言葉を交わせただけラッキーかな)
サトコ 「‥‥‥」 颯馬 「お疲れさまです」 会釈だけをして通り過ぎようとすると、挨拶を返された。 サトコ 「お、お疲れさまです!」 颯馬 「声が大きいです」 サトコ 「すみません‥」 (返されると思ってなかったから‥)
そう思った瞬間、いきなりグイッと腕を引っ張られた。
サトコ
「えっ!?」
颯馬
「しっ」
何事かと思っているうちに、すぐ傍にある会議室へ連れ込まれてしまった。
【会議室】
サトコ
「そう‥んっ!」
颯馬さんの名を口にする間もなく、その口を手で塞がれる。
(一体何なの!?)
慌てる私とは裏腹に、颯馬さんは冷静かつ神妙な顔をしている。
と、扉の向こうから何やら声が聞こえてきた。
(頭取と秘書の声‥?)
頭取の声
『例の送金の件だがね‥』
秘書の声
『その件でしたら既に準備は整っていますので、すぐにでもゴーサインを』
頭取の声
『いや、そうなんだが、このところやけに頻繁に送金の要求が‥』
秘書の声
『運用のための海外送金です。失礼ながら、本行では急務な資金運用が必要かと』
頭取の声
『うむ‥』
(頭取は送金を渋ってる?)
(それって、もしかして黒幕はあの女性秘書ってこと‥?)
話の内容から、どうやら秘書が頭取を利用して資金を流させているらしい。
颯馬
「‥やはりそっちか」
2人の声と足音が消えたのを確認すると、颯馬さんがつぶやいた。
(颯馬さんも同じこと思ったみたい!)
(というか、もうその手を外してください‥)
まだ颯馬さんの手に口を塞がれたままだ。
その状態で、颯馬さんは私の耳元で囁くように言う。
颯馬
「早速貴女に調べて欲しい帳簿があるんですが‥」
(み、耳元で話さないで‥!)
サトコ
「んんん‥!」
颯馬
「ああ、すみません」
口を塞いでいたことなど忘れていたかのように、パッと手を離す颯馬さん。
(本当に忘れてた?それとも意地悪‥?)
思わず勘繰った目で見ると、颯馬さんは不意にニコッと微笑んだ。
颯馬
「貴女をこんなに近くに感じるのは、久しぶりです」
(え‥)
颯馬
「最近少し元気がないようなので、気になっていました」
(‥バレてたんだ)
颯馬
「今夜、うちに来ませんか?」
(‥!)
<選択してください>
サトコ 「はい、行きます!」 颯馬 「フッ‥早速元気が出たようですね」 サトコ 「あっ‥。つい嬉しくて‥」 颯馬 「素直な感情表現は、行内ではもう少し控えてください」 サトコ 「は、はい‥すみません‥」
サトコ 「いいんですか?」 颯馬 「ええ。そうでなければ誘いません」 (そ、そうだよね‥) サトコ 「じゃあ、行きますね‥今夜」 颯馬 「色々とゆっくり話しましょう」 サトコ 「はい‥」
サトコ 「でも、この捜査が終わるまでは‥」 颯馬 「それまで俺に我慢しろと?」 サトコ 「そ、そういうわけじゃ‥」 颯馬 「では今夜、いいですね?」 サトコ 「はい‥お邪魔します」
颯馬
「では、お待ちしています」
ポンと優しく頭を撫でると、颯馬さんは会議室から出て行った。
(やった‥久しぶりに2人の時間を過ごせる!)
喜びが湧き上がると同時に、颯馬さんの鋭さに改めて感心する。
(私の元気がない理由も、きっとお見通しなんだろうな‥)
だからこそ忙しい中でもこうして誘ってくれたのだろう。
(やっぱり敵わないな‥颯馬さんには)
嬉しいような、悔しいような‥でもやっぱり嬉しさが上回る私だった。
【颯馬マンション バスルーム】
夜、約束通り颯馬さんの家にやって来た。
颯馬
「で、サトコさんは何でそんなに元気がなかったんですか?」
一緒にお風呂に入り、背中から抱きしめられる。
(わかってるくせに言わせようとするなんて‥)
サトコ
「意地悪な質問ですね‥」
小さな抵抗を見せると、後ろからそっと顔を寄せられた。
颯馬
「聞きたいんですよ。貴女の口から」
チュッとこめかみ辺りにキスをされ、ドキッと鼓動が高鳴る。
(颯馬さん‥本当に意地悪なんだから‥)
いつもやられっぱなしの私は、更なる抵抗のためあえて話題をすり替える。
サトコ
「それより、まさか秘書の人が裏で手を引いていたなんて、ビックリでしたね」
颯馬
「実は事前の調べで彼女に怪しい動きがあることがわかり、それで私から近づいたんです」
サトコ
「そうだったんですね‥」
「よく一緒にいるので、仕事とはわかってるんですけど‥」
ぶくぶく‥‥
最後の言葉を濁すように、お湯に口元を潜らせた。
(嫉妬してたなんて‥言えないよね‥)
颯馬
「そんなに潜ったら、溺れてしまいますよ?」
お湯の中にある私の顎を、颯馬さんは指先でそっと持ち上げる。
そのまま、ゆっくりと私を前に向かせる。
颯馬
「お湯に濡れた唇、色っぽいですね」
(そんなこと言って誤魔化すなんて、ずるい‥)
素直になれない私の目を、颯馬さんは真っ直ぐに見つめてくる。
颯馬
「俺が欲しいと思うのは、サトコだけだよ」
(颯馬さん‥)
颯馬
「俺が信じられない?」
私は無言のまま、ぶんぶんと首を横に振る。
颯馬
「よかった」
「でも、不安にさせたことは確かだし、お詫びに何でも言うことを聞いてあげるよ」
サトコ
「え‥?」
颯馬
「リクエストは?」
(急に言われても‥)
そう思ったその時、颯馬さんの前髪からぽたりと一粒しずくが落ちた。
(そうだ‥)
サトコ
「じゃあ、颯馬さんの髪を洗いたいです」
颯馬
「髪を?なんでまた‥?」
サトコ
「前にも言いましたけど、私、颯馬さんの髪が好きなんです」
「触れてると落ち着くんです」
颯馬
「‥そう?ではどうぞ」
穏やかに微笑むと、颯馬さんは湯船の淵に背を向けた。
そのまま後ろ向きで淵に腕を掛け、のけぞるように頭だけを洗い場の方へ倒す。
颯馬
「この体勢でいい?」
サトコ
「はい‥」
私だけ湯船から出て、そっと颯馬さんの髪を洗い始める。
(短くなっても、触り心地は変わらずいいままだな‥)
切ったばかりの頃より、また少し伸び始めている。
目を瞑っている颯馬さんのおでこに、シャンプーの泡が飛んだ。
サトコ
「あ、ごめんなさい」
颯馬
「せっかく最高に気持ちよかったのに」
「‥おしおきだね」
(え‥あっ)
スッと自分で泡を拭うと、颯馬さんは振り向きざまにキスをした。
(颯馬さんってば‥)
シャンプーの香りに包まれたお仕置きのキスは、私の身も心もうっとりさせた。
【寝室】
数か月後‥
潜入捜査は終わり、銀行の件も無事に解決したある日。
颯馬
「よし。こんな感じでいかがですか?お嬢様」
寝室のドレッサーの前で、ドライヤーを片手に悪戯っぽく微笑む颯馬さん。
お風呂上がりの私の髪を丁寧に乾かしてくれた。
サトコ
「ありがとうございます‥なんか、ふんわりツヤツヤ!」
満足して髪に手を通すと、颯馬さんも満足そうに微笑んだ。
颯馬
「お気に召したようで何より」
サトコ
「えっ‥!」
ドレッサーの椅子から抱き上げられ、そのままベッドに運ばれる。
颯馬
「いい働きをした分、ご褒美をもらわないとね?」
そっとベッドに押し倒され、ツヤツヤになった髪に指を通される。
ドキドキしながら見上げる颯馬さんの髪が、さらりと頬の方へ下りている。
サトコ
「‥伸びましたね、髪」
颯馬
「そう?」
サトコ
「元の長さに戻った感じです」
下からそっと、颯馬さんの髪に触れた。
颯馬
「どっちの俺の方が好き?」
(え‥)
不意な問いかけに、きょとんとして考える。
(‥考えるまでもないかな)
サトコ
「どっちも‥というより、どんな颯馬さんも颯馬さんですし、私の好きな人に変わりないです」
颯馬
「‥貴女ならそう言ってくれると思ってました」
颯馬さんは、ふっと穏やかに微笑んだ。
そしてそのまま、ゆっくりと私の上に身を沈めてくる。
颯馬
「サトコ‥」
囁くような声と共に、柔らかなキスが落ちてくる。
熱く甘いキスを受け止める私の頬を、颯馬さんの髪がそっと優しく撫でていた。
Happy End