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潜入捜査は蜜の味 石神2話

【個別教官室】

潜入先での仕事を終え、公安学校に戻った。

教官室のデスクで書類仕事をする石神さんに、コーヒーを差し出す。

サトコ

「お疲れ様です」

石神

ああ

集中しているのか、気のない生返事しか返ってこない。

(石神さん、私より遥かに仕事量が多いんだよね‥)

デスクに山積みされている書類が、それを物語っている。

(邪魔にならないよう、私は帰ってから報告書に手を付けよう)

帰る支度をしていると、潜入用に支給されている携帯のLIDE通知音が響いた。

♪♪~

(生徒からかな?)

♪♪~

♪♪~

♪♪~

(うわわ、そんなに!?)

石神

‥‥‥

連続して鳴り始め、石神さんが訝しげにこちらを見る。

サトコ

「す、すみません、生徒や教育実習生の人たちにLIDEのグループへ入れてもらって‥」

「通知、切っておきますね」

石神

情報収集のためか

サトコ

「はい‥直接話すこと以外でも何か掴めればと思って、色んな人とIDの交換を‥」

石神

逆にボロを出さないよう、返信は最低限にしておけ

サトコ

「はい‥気を付けます」

私は通知を切った携帯をバッグにしまい込んだ。

サトコ

「それじゃあ‥」

石神

お前は‥

(え‥)

帰ろうとして挨拶を口にすると、ちょうど石神さんも何かを言いかけ言葉が重なった。

サトコ

「お先にどうぞ」

石神

いや、大したことじゃない。今日はもう帰れ

私が帰ろうとしていたことを察したのか、石神さんは遠慮している様子。

(けど、そんなこと言われたら、余計に気になる‥)

サトコ

「何ですか?言ってください」

石神

だから大したことじゃない

サトコ

「気になって帰れません。教えてください!」

石神

‥ったく

頑固なまでに留まると、石神さんは呆れたようにため息をついて折れてくれた。

石神

お前は、人の懐に入るのが上手いと言いたかっただけだ

サトコ

「え‥?」

(そうなのかな‥?)

石神

ほらみろ。大したことじゃなかっただろ

サトコ

「いえ‥でも、なんだかピンとこなくて‥」

(みんなとワイワイしながらID交換をしただけだし‥)

石神

自分の特技は意外と自分じゃ気付かないものだ

(そういうもの‥?)

石神

はぁ‥

まだピンとこないでいると、石神さんは再び小さくため息をついた。

そして、人差し指でクイッと眼鏡を上げる。

石神

そのせいで余計なものまで引き寄せるのは、どうかと思うがな

サトコ

「余計なもの‥」

何のことかわからずにキョトンとしていると、石神さんはふっと綺麗に微笑んだ。

(あ、この微笑み‥)

そう思った瞬間、ハッとした。

(余計なものって、もしかして立候補のこと‥!?)

潜入中に、生徒たちとふざけていた私をたしなめた石神さん。

怖い顔で淡々と叱ったかと思ったら、不意に柔らかく微笑んだ。

『立候補なんかさせるな』と言いながら。

(ふふ、石神さんってば、それで私のことを『懐に入るのが上手い』なんて言ったの?)

石神さんの真意が垣間見れた気がして、ちょっと嬉しくなる。

サトコ

「でも私が入りたいのは、石神さんの懐だけですから‥!」

石神

‥‥‥

(え?あれ?呆れられてる‥!?)

石神さんの表情は一切変わらず、焦りだけが募ってくる。

(まずい‥調子に乗りすぎたかも‥)

猛省していると、石神さんが椅子に座ったまま私の方へ向き直った。

(こ、これは、怒られる‥!)

覚悟した瞬間、石神さんが静かに立ち上がった。

そしてそのまま、ゆっくりと私の前まで近づく。

(怒られる前に謝った方がいいかも‥)

サトコ

「す、すみませ‥」

言いかけたその時、突然ぎゅっと抱きしめられた。

サトコ

「‥えっ!?」

石神

懐に入りたかったんだろう?

サトコ

「!!」

私を抱きしめながら、意地悪さと甘さが混在する笑みを浮かべる石神さん。

普段見せないその表情と行動に、私は心の底から驚く。

(ありえない‥石神さんがいきなりこんなことしてくるなんて!)

驚きはじわじわと喜びに変わり、ドキドキと鼓動が騒ぎ出す。

サトコ

「は、入りたかったです‥石神さんの懐に‥」

恥ずかしさより嬉しさが勝り、私は素直な気持ちを吐露した。

石神

これで満足か?

サトコ

「はい‥大満足です」

石神

ったく、正直すぎる

呆れたように言いながら、そっと頭を撫でてくれる。

その優しい手つきに、胸の奥がきゅんと甘さが広がる。

(なんだかまだ信じられない‥石神さんが仕事中にこんなことしてくれるなんて‥)

半信半疑のまま、私は石神さんの身体を抱きしめ返す。

と、石神さんもそっと包むように私を抱きしめ直してくれる。

(石神さん‥)

大好きな石神さんの香りを確かめるように、うっとりと目を閉じる。

その時ふと、昼間の生徒たちの会話を思い出した。

【廊下】

男子生徒

『やっぱり石田先生怖ぇ~』

女子生徒

『石田先生がサイボーグって噂は、ホントっぽいよね‥』

【個別教官室】

(ふふ‥あの子たちには、“石田先生” がこんな風に優しく女性を抱きしめる姿なんて)

(想像もつかないだろうな)

ちょっとした優越感に浸り、石神さんの腕の中でこっそり微笑む。

石神

どうした?

サトコ

「あ‥いえ、何でもないです」

石神

思い出し笑いか?やけにニヤニヤしてたぞ

サトコ

「なんか‥幸せだな~って思って」

誤魔化すように微笑むと、石神さんは笑みを浮かべたまま言う。

石神

俺としてもサトコに思い出してもらいたいことがあるんだが

サトコ

「?」

石神

今日中に提出してもらうもの‥

サトコ

「?‥あっ!報告書!」

石神

やっぱり忘れてたか

サトコ

「すぐに帰って作成します!」

慌てて石神さんから離れると、サッと手を掴まれた。

石神

帰ることはない。ここで書けばいい

サトコ

「でも、お邪魔じゃ‥」

石神

仕事には息抜きも必要だ

(あっ‥)

掴まれた手をグッと引き寄せられたと思ったら、甘く熱い口づけが待っていた‥

Happy  End

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