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潜入捜査は蜜の味 石神1話

【高校】

男子生徒

「長野ちゃんって、やっぱ先生って感じしないよね~」

サトコ

「あはは‥」

(そりゃそうだ‥偽物だもんね)

潜入先の高校の廊下で、教育実習生の『長野』として生徒たちと触れ合う。

この高校に左翼団体の要注意人物がいるとの情報を受けて潜入捜査中だ。

女子生徒

「長野ちゃんと一緒に赴任してきた石田先生は、ザ・鬼教師って感じだけど」

サトコ

「ザ・鬼教師か!確かに」

(同じ偽物なのに、石神さんは先生以外の何者にも見えないからすごいよね‥)

石神さんは臨時講師の『石田先生』として潜入し、該当人物の監視に当たっている。

(私の仕事は情報収集がメインだけど‥この子たちは何も知らなそうだな)

サトコ

「じゃあ、週末も家でちゃんと予習復習するんだよ」

男子生徒

「長野ちゃんは週末、デート?」

サトコ

「え?」

適当に話を切り上げて行こうとしたら、思わぬ切りかえしをされてしまった。

女子生徒

「長野ちゃんって彼氏いるの?」

サトコ

「い、いないよ~」

一瞬焦りつつ答えると、一人の男子生徒がスッと手を挙げた。

男子生徒

「だったらオレ、立候補しま~す」

女子生徒

「何言ってんの?長野ちゃんがあんたを相手にするわけないじゃん」

男子生徒

「当たって砕けろだろ!」

(ふふ、この年頃って、やっぱりこういう話題になっちゃうんだな)

女子生徒

「長野ちゃんには、もっとこう、年上の男性が似合うよ~!全部を包み込んでくれる感じの!」

サトコ

「そ、そうかな?」

男子生徒

「つーか、長野ちゃんって元OLなの?」

サトコ

「え?」

女子生徒

「教育実習生なんだから大学生でしょ?」

男子生徒

「大学卒業後に一度就職して」

「その後、通信教育で教育実習の科目だけ履修し直してるとかって噂聞いたけど?」

(そ、そんな噂あるの?てか、そんな細かい設定まで決めてないのに‥)

女子学生

「在学中に教育実習の単位だけ落としたってこと?」

男子生徒

「じゃねーの?」

サトコ

「あ、いや‥」

思わず言葉に詰まったその時、背後からつかつかと足音が近づいてきた。

男子生徒

「やべ、石田先生だ‥」

(え‥)

石神

随分と騒がしいですね

サトコ

「す、すみません‥ちょっと生徒たちと雑談を‥」

石神

長野先生、報告書がまだ上がっていないようですが

サトコ

「あ、はい‥!すぐに書いて提出します!」

石神

教育実習生だからといって、生ぬるい仕事の仕方は許されませんから

淡々と言い捨てて、石神さんは去っていく。

(お、怒ってた‥?演技の一環‥だよね?)

確認したくてもできない。

男子生徒

「やっぱ石田先生怖ぇ~」

女子生徒

「石田先生がサイボーグって噂は、ホントっぽいよね‥」

(石神さんがサイボーグっていう噂はここでも出ちゃうんだ‥)

サトコ

「私ちゃんと謝って来るよ。みんなは気を付けて帰ってね」

本気で怯えている生徒たちに言うと、私は急いで石神さんを追いかけた。

【階段】

サトコ

「石田先生!」

追いついて声を掛けると、石神さんの足が止まった。

(潜入先だから、会話には気を付けないと‥)

サトコ

「あの、助けてくださってありがとうございます‥」

石神

何の話ですか?

石神さんは振り向かずに言う。

(やっぱり怒ってるのかな?)

表情は見えないし、何を考えているのか分からなくて戸惑う。

(生徒に経歴を突っ込まれて困るなんて、初歩的ミスだし‥)

それを謝りたくても、この場で迂闊に言葉にするわけにもいかず黙ってしまう。

と、石神さんがゆっくりと振り返った。

そのまま一歩踏み込み、目の前に立って私を見下ろす。

石神

もっと毅然とした態度を取りなさい

(うっ!)

サトコ

「は、はい‥!」

石神

完全に生徒に舐められてるじゃないですか

サトコ

「仰る通りで‥」

石神

教育実習生だからといって生ぬるい仕事をするなと言いましたよね?

サトコ

「はい‥今後気を付けます!」

石神

返事は良くとも内容が伴ってなければ意味がありません

サトコ

「すみません‥」

(うぅ‥まさに、ザ・鬼教師‥)

石神

あなたは生徒を教育する立場なんですよ?

サトコ

「はい‥」

石神

だったら立候補なんかさせるな

サトコ

「はい‥。えっ?」

思わず顔を上げると、石神さんと目が合った。

石神

ふっ‥

サトコ

「!」

美しいほどの柔らかな笑みを見せられ、ドキッと鼓動が高鳴る。

が、その笑みは幻のごとく一瞬で消え去った。

石神

報告書の提出は今日中だということを、忘れないように

サトコ

「あ、はい‥」

石神

いつもの倍の時間がかかるだろうが、時間厳守すること

サトコ

「いつもの倍‥?」

(あっ、そっか!教育実習と潜入捜査の両方の報告書を作らなきゃいけないんだ!)

石神

わかったのなら、早く行動した方がいいのでは?

サトコ

「は、はい‥!」

石神

ふっ、相変わらず返事だけは良いようだな

わずかに笑みを浮かべると、石神さんは階段の踊り場を立ち去り、職員室へと入って行った。

【廊下】

(はぁ‥帰ったら二つの報告書を作成か。今夜は眠れそうにないな‥)

肩を落とし、私は小さくため息を漏らす。

(ちょっとでも石神さんが笑ってくれたことだけが救いかな‥)

去り際の小さな笑みと、その前に見せた柔らかな笑みを思い浮かべる。

(またあんな笑顔で褒めてもらえるよう、頑張ろう!)

気持ちを引き締め直し、私も一歩遅れて職員室に入って行った。

to  be  continued

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