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潜入捜査は蜜の味 颯馬1話

【キャバクラ】

男A

「見かけない顔だが、いつ入った?」

隣に座る強面の男が、無遠慮に私の肩を抱いてきた。

(うぅ‥これは捜査、我慢我慢‥!)

潜入したキャバクラで、私はグッと奥歯を噛み締める。

男A

「緊張してんのか?可愛いじゃねーか」

サトコ

「本日デビューのララです。よろしくお願いします」

キャバ嬢に扮した私は、精一杯の作り笑顔で愛想を振りまく。

(さっきの失敗を取り返すためにも、しっかりやらなくちゃ!)

それは、このお客たちが来店した時のこと‥

サトコ

「い、いらっしゃいませ~」

ずらりと並んだ暴力団関係の男たちを前に、緊張が走る。

でも、その中には “一員” として潜入している颯馬さんの姿もある。

(颯馬さんもいるし大丈夫。落ち着いて行動を‥)

そう自分に言い聞かせたその時‥

サトコ

「きゃっ!」

慣れないピンヒールに躓き、靴が脱げてしまった。

(まずい‥)

そう思った瞬間、颯馬さんがスッと私の前にひざまずいた。

颯馬

大丈夫ですか?

(え‥)

颯馬

どうぞ

脱げた私の靴を手に取り、そっと履かせてくれる颯馬さん。

サトコ

「‥ありがとうございます」

予期せぬ展開に、ドキドキと鼓動が高鳴る。

と、立ち上がった颯馬さんが、そっと顔を寄せてきた。

颯馬

気を付けて

サトコ

「!」

(‥そうだよね。ドキドキしてる場合じゃない)

耳打ちで注意されてしまい、すぐに反省する。

(こういうミスから潜入がバレることだってある‥)

ドキドキがハラハラに変わり、不安が広がる。

でも男たちは、意外な反応を見せた。

男A

「さすがだな。鶴馬の女の扱い方は、天下一品だ」

男B

「俺たちも見習いたいもんですね。兄貴」

男たちは颯馬さんを偽名である『鶴馬』と呼び、そのスマートさに感心しているようだ。

颯馬

お褒めに預かり光栄です

男A

「ったく、この色男が」

(よかった‥特に怪しまれてないみたい)

思いがけず和やかなムードになり、ホッと胸を撫で下ろす。

(すごいな颯馬さん、もうすっかり信頼関係を築いてるみたい‥)

数か月前から彼らの組織に潜入していた颯馬さんは、着実に事を進めているらしい。

(それに比べて私は‥)

いきなりコケてしまった自分が情けない。

男A

「ところでお前、新入りか?」

『兄貴』と呼ばれた男が話しかけてきた。

サトコ

「あ、はい‥お見苦しいところをお見せしてしまい、大変失礼いたしました」

男A

「まあいい。新人なら俺のテーブルに指名してやる」

(え‥)

男B

「兄貴が情けをかけてやったんだ。しっかりサービスしろよ?」

サトコ

「は、はい‥!」

(やった、私も同じテーブルにつける!)

あの失敗がきっかけで指名を受けることになった私は、颯馬さんと同席して捜査できることになった。

捜査の目的は、彼らの組織と海外マフィアの繋がりに関する情報を得ることだ。

颯馬

ララさん。兄貴の水割りは濃い目で頼みます

サトコ

「はい。たっぷり濃い目ですね」

颯馬さんがさり気なく指示を出してくる。

(酔わせて口を軽くさせる作戦かな?)

高級ウイスキーをふんだんに注ぎ、殆ど水は入れずに差し出す。

サトコ

「どうぞ」

男A

「うん、いいバランスだ。味気ない酒は嫌いでね」

サトコ

「お酒がお強いんですね」

「最近はあまり飲まない人が増えているので、頼もしいです」

男A

「そうか、頼もしいか!」

持ち上げられて気を良くしたのか、男は上機嫌になって再び私の肩に手を回す。

そんな男に、私の逆隣りに座る颯馬さんがすかさず話題を振る。

颯馬

そういえば兄貴、先日も例の酒場で大暴れしたそうじゃないですか

『例の酒場』とは、海外マフィアとの密会場のことだろう。

男A

「あー、あん時は海外からの客人の接待でな」

颯馬

海外ですか。兄貴ほどになると、付き合いもグローバルですね

男A

「まあな。翼龍会の郷田さんに色々と世話になってるおかげだ」

(翼龍会の郷田‥)

颯馬さんの口車に乗せられ、男はあっさり重要参考人の名を漏らした。

(その郷田って男が海外マフィアのパイプ役ってことか)

欲しかった情報を得て、私はさり気なく男の手から逃れようとする。

(あとは上手く離席してこの情報を本部へ‥)

男A

「なんだよお前、ちっとも飲んでねーじゃねぇか」

(え‥)

逃れようとした男の手が、逆にまた私を引き寄せた。

男B

「ほら新人、もっと飲め!」

サトコ

「はい、いただきます‥!」

不自然にならないよう、笑顔で水割りを飲み干す。

男A

「いい飲みっぷりだ。やっぱ酒は楽しく飲まねーとな」

サトコ

「そ、そうですよね」

(うぅ‥このペースで飲んでたら捜査に支障が出かねない‥)

気を付けながら飲むものの、グラスが空くとすぐになみなみ注がれてしまう。

(そろそろまずいかも‥)

軽いめまいを覚えたその時、隣からスッと手が伸びてきて、私のグラスを取った。

(え‥?)

男たちの目を盗み、颯馬さんが一気に私のグラスを空けてくれる。

(‥颯馬さん!)

颯馬

そろそろ指名が入るから、あとは俺に任せて

小声で言われたその直後、ボーイさんがやってきた。

ボーイ

「ララさん、ご指名が入りましたのでお願いします」

サトコ

「あ、はい‥」

(本当に指名が入った‥)

男A

「何だ、もう行っちまうのか」

サトコ

「すみません。呼ばれてしまって」

男A

「まあ、ちょうど俺の酒も飲み干したとこだし、行ってこい!」

サトコ

「はい。ごちそうさまでした」

私はそう言って、男のグラスと乾杯した。

(よかった‥すんなり解放してくれて)

それも颯馬さんがグラスを空けてくれたおかげだ。

(結局また助けられちゃったな‥)

情報は得たものの、少し後悔が残る潜入捜査となった。

to  be  continued

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